ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.26 )
日時: 2013/02/15 02:00
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 5LwYdnf7)
参照: 個人的に史上最大となる7000文字以上書いてしまいました……。

ステンドガラスに映るキリストの表情は表現の仕様がないほど綺麗な様だった。その神の目下に写る、対峙する両者。黒い修道服を纏ったユリアはメイスを二つ構え、悠然とそこに立っていた。
柔和な微笑を浮かべたまま、ユリアはゆっくりと首を傾げるように動かすと、口をハッキリ動かし、

「それじゃあ——始めましょうか」

その言葉が放たれるや否や、尋常ではない殺気が教会に訪れた。
ステンドガラスに映るそれは、その空気とはまるで似つかない。

那祈はまだ泣いているのであろうか。
白夜はそう思いつつも、目の前の"敵"を見た。那祈の人生を破壊したともいえるこの敵に対して、静かに両手を合わせ、灰色の光を右手に灯らせた。
そして、その光らせた手を前へと差し出す。瞬間、ユリアが踏ん張り、勢いよく白夜に向けて走り出した。片方のメイスは地面に引き摺りながら、もう片方のメイスは空中を横から裂きながら白夜へと襲いかかろうとした。
だが、その手前で白夜は突然灰色の手を振り下ろし、鼻で笑った。再び、白夜に"あの感覚"が蘇ってきたのだ。

——人を殺すという、感覚が。

その瞬間、ユリアの目の前で突如、灰色の光が灯り、それに気付くその刹那の中で灰色の光は轟音を響かせながら一気に爆発した。どうやってそのような突然の出来事を回避出来たのか、ユリアは気付けば後ろへと二歩分程度戻り、メイスを床に付き伏せていた。
特に外傷もないようだが、ユリアの柔らかな笑みは消えており、代わりに冷徹な畏怖さえも感じる"笑顔"がそこにあった。

「面白い能力ですね……。能力者だと、直感で分かりましたが……ふふ、やっぱり貴方は私と同じような気がします」

両手で軽く黒い修道服を払った。そして無意識の内にユリアは片方の手にメイスを握らせ、もう片方の手で床に付き伏せていたメイスを引き抜いた。その細く白い手からは想像も出来ない怪力によって、軽くそれを慣れた手つきで振り回すと、不気味な笑顔を浮かべた。口元が綺麗な弧を描き、歪んだ感情が表情に変わった瞬間である。

「貴方は、私と同じです。人を殺すということに快楽を求めている。……それを日ごろ抑えることが出来たとしても、貴方の理性はそれに従おうとしていないのです。……違いますか?」

那祈は、その言葉で思い当たることがあった。
初めて白夜と出会った時、絶望の最中、突然それは巻き起こった。
今まで自分を追い掛け回していた黒服達が一瞬の内に血の海と化した。目の前には、恐怖の象徴でしかない黒服らが無残にも人の形はしておらず、つい先ほどまで生きていたものとは思えなかった。
そんな惨劇を呆然と、気を失いそうになる手前に声を投げかけてきたのが、白夜であった。しかし、その前に見た彼の表情は——黒服らの恐怖など全く別物でありながら、それは吐き気を催すほどの殺気。表情は、冷徹という言葉で表し様がないほど畏怖の対象としてそこにあった。

那祈がいくらこの時極度の恐怖状態であったといえども、その表情は人ではない、別の人種。恐らくそれは、殺人の"それ"なのだろうと感じ取ったのである。
今、目の前で自分を守るように背中を向けている銀髪の青年は、どんな顔をしているのだろうか。
そんなことを思いながらも、あの時の惨劇の様子が蘇ってくる自分がいることに酷い自己嫌悪にもなっていた。

一方、白夜はユリアの発言に対して否定することもなかった。ただ、目の前にいるユリアの不気味な笑みを見つめている。その表情は自分で推し量ることはできないが、ユリアの言うように殺人狂のような表情をしているのだろうか。

しかし、白夜はそれでもいいと思ってしまった。それでも、守りたいものがあるなら、目の前にいる敵をたとえ殺したとしても、敵が守りたいものを怖そうというのなら、方法は問わない。どんなことをしても、リセットは出来ないのだから。守るべきものを守って、死んだとしても、構わないと思っていた。

「……"ルト"」

その時、小さく白夜が呟いた。途端、白夜の両手に再び光が灯る。それを見たユリアは先ほどの爆発かと思い、身構えるが——様子が違った。
白夜の右手に太陽ような強い光が灯り、それはまるで伸縮自在の光熱線のようだった。その強い光の灯った手を素早く横に振りかざしたその時、ユリアは危険を感じて身を伏せた。

直後、凄まじい音が鳴り響いた。それは聞いたこともない音であった。その音が止んだ頃、ユリアは気付く。周りにあった椅子などのものが全て"斬られている"のである。
それも、刃物ではない。凄まじい熱によって斬られたように、まだ椅子の断片等に赤く火花が散っていった。
つまり、白夜は右手のあの光を使い、熱によって斬る溶斬を繰り出したのであった。

「……そんなことも、出来るんですね。あぁ、やっぱり。貴方は"あの人"の言っていた人ですね? 通りで強いなぁと思いました……ふふ、いいですねぇ。私と……殺し合いをしましょう!」

内容は白夜に向けてのものであるが、その目と不気味な口元の歪み具合によってそれも分からなくなっていた。本人は気付いているのか、長い金色の髪が先ほどの溶斬によって半分ほど斬れてしまっている。ユリアが動くためびにその髪が落ちていく。
その刹那、メイスを一つ、勢いよく白夜へと放り投げた。華奢な体とは似つかないその怪力で投げ飛ばされたメイスは凄まじい勢いをもって白夜へと向かっていく。
メイスはとめられることもなく、そのまま白夜へと吸い込まれるように流れていったと思ったが、直撃する直前でメイスは突然勢いを失くした。

白夜は左手を突き出し、そのメイスを止めていた。左手には、先ほどの眩しい光とは真逆の光、闇がそこに灯っていた。
その闇は、引力をもたらしているのか、メイスは手に触れていることもなく、その数cm前で空中にて浮遊している状態であった。

「返してやる」

白夜が一言、そう言った瞬間、メイスは凄まじい勢いを再び取り戻し、今度は逆方向の持ち主であるユリアへと向かっていった。何とか持っていたメイスを使って受け流すようにそれを回避するが、そのまま勢いを乗せたメイスは教壇へと突っ込み、木屑が弾け飛んだ。

「ふふふ! 面白いですね! あは、やっぱり凄いですねぇ。あの人が言うだけありますよ、うふふ!」

狂ったように笑うと、メイスを両手で持ち、素早く白夜の元へと移動し、振り下ろした。だが、それも途中で遮られる。背中に隠していたのか、大きな逆手用のダガーでそれを防いでいた。基本は二つセットで使うものであるが、何故か一つしか持っていないようで、その一つを右手で持ち、メイスを支えていた。

ユリアはメイスを一瞬離すと、連続的に攻撃を繰り返していった。
右から大きく振りきった一閃を避けると、白夜はダガーを突き出し、ユリアを切り裂こうとするが、素早い蹴りがユリアから繰り出され、それを避けることで攻撃が曖昧になる。
その小さなミスを逃さず、状態を素早く立て直したユリアからメイスによって大きく縦一閃に振り落とされた。白夜もそれを予見し、体を捻って何とかそれを避ける。代わりにあった溶斬によって切り裂かれた木屑がメイスとぶち当たり、粉々になっていた。

「ふふ、惜しいなぁ……」

ユリアは先ほどまでの柔和な笑みなどは浮かべていない。那祈が見たそれは、今まで共に生活をしてきた、あの優しいユリアではなかった。
あの時も、ユリアは殺人衝動に駆られていたのだろうか。私を殺そうと思っていたのだろうか、などということを考えれば考えるほど、今までの生活が偽りだったという事実が漠然と浮かび上がってくる。
白夜に助けて欲しい、と言ったが、殺して欲しくはなかった。むしろ、ユリアも助けて欲しい。そんな甘い願いが那祈の心の中に渦巻いていたのだ。

ユリアは白夜の後を追いかけ、メイスを振りかざす。見れば隙が有り余るほどに見えるが、メイスを振りかざしてから振り下ろすまでのスピードが尋常ではないほど速いのである。その為、対処があったとしてもそのスピードで圧巻されてしまい、迂闊に手が出せなくなってしまう。
右手から左手にダガーを移した白夜は右手に光を灯らせ、小さな円球のようなものを生み出した。その光る円球はユリアと白夜を結んだ丁度の真ん中の位置にて沈下し、次の瞬間には大きな火柱を立てた。
轟音と共に、その火柱は暴れ、さすがのユリアもその火柱を回避する為に後ろへと下がり、様子を見たその時、何かが隣で蠢くのを感じた。メイスを振りかざし、そこへと一閃薙ぐと、金属がぶつかり合う音が聞こえた。そこにいたのは、火柱の向こうにいるはずの白夜であった。

「ふふ……なるほど、熱気によって蜃気楼のようなものを生み出せるんですね。ですが——捉えましたよ?」
「ッ!!」

その時、ユリアの左手には——メイスがもう一つあった。近くの椅子下かどこかに、まだメイスを隠しており、白夜へと攻撃を放つ最中、姿勢を低くして重みをメイスに加えている最中にメイスを左手に持ったのである。予想していなかった攻撃は見事に白夜の肩を打ち抜いた。幸い、重みは全て右手のメイスにこめられていた為、力的には掠った程度ではあるが、その怪力とメイスの重みだけで十分なダメージを白夜へと負わせると共に、後ろへと吹き飛んだ。木屑と化した椅子などを撒き散らせながら白夜は地へと伏したのである。
その右肩からは、メイスのトゲ部部によって抉られた傷跡に伴い、血が流れ出ていた。

「ふふ、うふふふふ! ふふ、ふはは、ふはははははは!! いいですよ! 最っ高です! 気持ちが良い!!」

両手を掲げて、高笑いをするユリアは、突っ伏している白夜を見下していた。

「白夜君!!」
「ふふ……あぁ、そういえば、いましたね、禾咲さん。……あまりに影が薄くて分かりませんでした」

再び、柔和な笑みでユリアは那祈に目を向けて言った。そして、気分があまりに良かったのか、その笑顔のまま那祈へと言葉を続けた。

「もうすぐ"お家"に帰れますから、少し待っていてくださいね。……白夜君? でしたっけ。私にボコボコにされてから、あの人の下に連れて行かないといけませんし。……是非、このまま殺したいところではあるんですけどね、ふふふ」

狂っている。そう直感で、那祈は感じた。
一緒に暮らしていた当時では全く思いもしない声に、言葉。全て、消し去りたかった。

「じゃあ……そろそろ、終わらせましょうか」

ユリアが倒れている白夜へと振り返り、血のついたメイスを持って近寄っていく。
だがしかし、その時白夜の体が動き、突如として右手が光り出したと思いきや、左手に持ったダガーを勢いよくユリアへと投げた。
難なく、それを避け、ユリアは笑みを先ほどの二倍増しにした。抵抗力のある敵を弄り(なぶり)倒すのは殺人の次に快楽であると思っているユリアこその表情であった。

「最後の抵抗ですか? ふふ、どんどん抵抗してください? 貴方は私に完全に負けるのですから」

余裕の表情と態度で更に歩み寄ろうとしたユリアへと向けて、左手を差し伸ばした。その手には、闇を象徴するかのような黒い光が灯っている。

「何をしているのですか? ……まあ、どちらにせよ、私は——」

と、そこでユリアは気付いた。
もし、白夜の闇は衝撃などを吸収するだけの闇ではなく、あれが"全てのものに対して働く引力の闇"だとすれば。
考えられる要因は一つ。しかし、気付いた時には遅かった。

「しまった——!」

無残な音が目の前で繰り広げられる。いつしか白夜の手元から投げられたはずのダガーが、白夜の左手の闇に誘われて戻らんとしていた。その一直線上には、ユリアがいる。
ダガーは現在、ユリアへと向かっており、それに気付いた頃には、ユリアの腹部を抉ろうとしていたところであった。


「チェックメイトだ」


白夜が不気味に笑い、そう告げた最中、ユリアの腹部にダガーが突き刺さった。突き刺さった状態のまま、引力を弱めたが、このまま力を強めれば、きっと貫通するだろう。そうなれば即死は間違いない。
白夜はその無残な行為を実行しようとしていた。ユリアは、敵。再び那祈を襲うかもしれない。そんな一種の"恐怖"にも似た感情が白夜の"殺人衝動"を動かしたのである。

「う、ぁ、あ……。ふ、ふふ……やっぱり、貴方は私と、同じ……殺人がしたくてたまらない、殺人狂……!」

腹部から血を流しながらも、ユリアは嬉しそうに笑いながら言った。白夜は、その言葉をまたも否定することはなく、冷徹な表情のままそれを見ていた。

「殺せばいいじゃないですか……貴方は、止められない。その衝動は……早く——! 殺せぇぇええええ!!」

ユリアの表情が豹変し、笑みではなく、狂った人間としての一人を飾るのにふさわしい叫び声と共に、口からも血を吐き出した。
その言葉に誘われたのか、ぴくりと白夜の体が動き、左手の光が強まろうとしていた。

しかし、その時だった。


「やめてぇぇええ!!」


教会を一面に響かせるその声の主は、那祈だった。泣きながら、その悲痛な思いを白夜へとぶちまけながら、白夜の元へと歩み寄ろうとしていた。

「貴方は、白夜君は、殺人狂なんかじゃない! 殺しちゃダメ! もうやめて! 私はそんなこと、望んでなんかないよ! 助けて欲しいと言ったけれど、ユリアさんとの思い出も、忘れたくないよ! 嫌だよ……白夜君は、そんなことするような人じゃない!」

ゆっくりと、一歩ずつ那祈は近づいていく。それを、初めて見せた驚愕の表情で白夜は見つめていた。

「禾咲さん……無駄ですよ。無駄! 無駄! 無駄!! ……殺人狂に例外はないんですよ。私のように、快楽を求めている者ばかり。……私との思い出なんて、ぶち壊してあげたじゃないですか」
「無駄かどうかを決めるのは、私です。私は、白夜君を信じたんです。それに……ユリアさんも」

那祈のその言葉を聞いて、ユリアは笑い声をあげた。
ステンドガラスに映る笑顔とも言い難い、表し様のないキリストのそれが見下ろす中、ユリアは腹部から流れ出る血を手で抑えながら言った。

「バカじゃないんですか!? 私を信じる? バカバカしいにも程がありますよ、禾咲さん。貴方に信じられる筋合いなんて、もうこれっぽっちもないはずです! ふざけるのもいい加減に——」
「ふざけてなんかない!」

ピタリ、とそこでユリアの言葉が止まった。那祈のこれまでにない気迫を感じたのだ。

「ユリアさんとの思い出、私はいっぱいあるよ。皆で一緒に遊んだし、ユリアさんの作ってくれたご飯とか一緒に食べたし、夏には海とか行って遊んだ時も、私がこけて泣いてた時も、ユリアさんは優しく微笑かけてくれて、いっつも言ってくれたよ!」

那祈は思い返していた。ユリアとの思い出を。共に暮らしてきた今までの日々は、那祈の中で一番輝いていた。孤児として同じ境遇の"家族"と出会い、そして——ユリアもその中にいたのだ。
いつの間にか、また涙が溢れ出してきていた。ずっと泣かないでいたかったけど、それは叶わなかった。ユリアとの思い出は、それほど深くまで那祈の心に浸透していたのだ。
声が震えて、枯れそうにもなる。嗚咽も混じってきて、ぐるぐると頭の中では思い出が回り、最後に出てきたのは、ユリアが毎度のように泣き虫だった那祈を強くさせた言葉だった。

「泣いたら幸せが逃げちゃうよ、って言ってくれた! だから、私、今までちゃんと泣かなかったよ! ユリアさんに……いつか、褒めてもらい、たくて……」

ユリアとの約束を守っていたかったけど、あの頃のユリアと今のユリアとではまるで違った。あの時から、今では色々なものが壊れてしまったように感じる。壊れる前は気付かず、壊れた後から気付いた大事なものは、儚く散ってしまう。
最初からユリアは殺人狂ではなかった。殺人狂とはまるで別物。真逆の人物だった。
しかし、いつを境にしてだろうか。ユリアの様子が少しおかしくなり始めたのに薄々那祈は気付き始めていた。
ユリアは、元々殺人狂ではなかった思い出しか、那祈にはなかったのだ。

「……那祈ちゃん……ッ! 那祈、ちゃん……ッ!!」

ユリアの目から、涙が零れた瞬間だった。
腹部の血は止まることはない。それは遅すぎた瞬間でもあった。

「ごめんなさい、那祈ちゃん……」
「ユリアさん!」

ユリアが血だらけの手を那祈へと差し伸ばす。那祈はそれに応じるかのようにユリアの元へと駆け寄った——だが、その手に那祈が触れられることはなかった。力無く、その手はゆっくりと垂れて、ユリアは膝から床へと倒れていった。
その地面には、真っ赤な血で染め上げられる。綺麗な床の、真紅の血。

「ユリ……ユリ、ア……ユリアさんッ!」

絶望の恐怖が一気に那祈を襲った。駆け寄り、血だらけのユリアを起こす。金髪の長い髪が血で濡れ、赤い色に染め上がっている。ユリアは、奇跡的に目を開け、ゆっくりと笑みを作って声を必死に絞り出していた。

「ごめん、ね……あなたを、泣かせて、しまった、のは……わたし、みたいです、ね……」
「ユリアさん! 喋らないで! 今、助けるから……!」
「う、うん……あな、たの……"能力"、なら……可能かもしれない、けど……私は、このまま死ねば、いいの……」
「そんなこと言わないでっ!」

血だらけの手を、クレアは那祈に差し出した。それをおもむろに掴み、握り締める。手が血だらけになっても構わなかった。

「この、手で……いっぱい、嫌な事を、しました……もう、殺人狂の、手です……。ごめん、なさい……"約束"、守れなくて、ごめんね……」
「ユリアさん……!? ユリアさん! ユリアさんッ!!」

ユリアは那祈に謝っていた。元から、根本的には殺人狂ではなかったのである。彼女は、何かが起きたことによって豹変した。泣き叫ぶ声は、無常にも神の目の前にして、無慈悲なものだと思われた。

彼女の最後は、殺人狂ではない、那祈の覚えているユリアの優しい笑顔で息を引き取っていった。