ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.27 )
日時: 2013/02/15 02:23
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 5LwYdnf7)

土を踏む足が——重い。
それは両者二人共が感じたことであった。白夜と那祈は、ユリアを簡単ではあるが埋葬を行った。血の臭いが広がる教会内とは違い、血を足で踏むあの感覚も忘れるかのような、土の柔らかさであった。
二人共、何も答えない。那祈は、呆然とユリアの墓の前でただ座り込んでいた。その少し後ろで、白夜は墓を見つめてる。

「……ユリアさん、幸せだったかな」

突然、那祈が呟いた。沈黙が貫き通されると思っていた最中に那祈の言葉によって白夜は視線を移した。
しかし、座り込んだままなのは変わらず、言葉だけがそこを往復する。二人のこの距離には明らかな距離があった。白夜の右肩には、包帯こそ巻かれているが、血が滲み出ている。それが先ほどの戦闘を物語っていることは十分だった。

「幸せな、わけないよね。私がいなかったら、死んでなかったのかもしれないんだから」

対象の見えない言葉を、ただ白夜は受け止めていた。
殺人狂ではなかったユリアが、どうしてあそこまで殺人狂を演じていたのか。疑問が後々になって生じる。彼女はどうしてそんな"演技"をしたのだろう。

「私のこと、恨んでるかな……分からないよ、もう」

恨んでいるはずがなかった。死に際の微笑は、本当の彼女の微笑だったに違いない。だが、白夜の口からそれを言うことはなかった。しかし、全ての重みを分かっていた白夜は、那祈に対して言った。言わなければならないと思ったのである。

「……すまない」

その瞬間、ピクリと那祈の肩があがり、ゆっくりと立ち上がった。肩は震えていることが分かる。そのまま、那祈は白夜の方へと顔を向け——泣き顔をそのままにして、白夜へと近づいていく。

「何、で……なんで、謝るの……? 何で……」

白夜は何も答えない。その悲痛な姿の那祈を、ただ見つめるだけだった。

「ねえ……答えてよ? 何で、謝るの? ……ねぇ、白夜君……!」

白夜へと近づいていく。今にも倒れそうだった。那祈の心は悲鳴をあげていたのだ。その悲鳴を叫ぶ場所が、どこにもない。那祈の本心では、このことがどうしようもないことなのだと解釈したくないのである。白夜は怪我を負ってまで戦ってくれたのだ。それは、ユリアから自分を守るためであると、那祈は分かっていた。
だが、それが抑えれるほど、那祈は大人ではない。どんな能力を持った者でも、どんな性格であろうと、那祈はまだ子供なのだ。
白夜の元へと近づくと、ゆっくりと手をあげ、そしてそれをそのまま白夜の胸へと叩き付けた。手にこびりついてとれなくなったユリアの血が痛々しさを更に白夜へと伝わらせる。

「どうして、何も言わないの……!? ねえ、何で……? どうして——どうして、ユリアさん死んじゃったの!? 白夜君! 答えてよぉっ! 白夜君ッ! 白夜君ッ!!」

何度も、拳を作っては白夜の胸へと叩きつける。それを白夜は止めようとはしなかった。出来なかったのだ。悲痛に叫ぶこのか弱い少女は、叫ぶ場所を知らなかった。理不尽なことを言っているとしても、白夜は結局その手でユリアを殺さなかった。しかし、あのままだと、白夜が死んでいたかもしれなかったのだ。ユリアは既に殺人狂を幾度となく演じており、既に何人もの人を殺したはずである。殺すことによって、自分は本当の殺人狂だと認めざるを得なくなっていった。
その理由がどうであれ、ユリアは殺人狂に間違いはない。その事実がそこにあり、また思い出としてユリアは、那祈にとって大切な人であったこともまた真実であった。

「……すまない」

白夜は一言、再び呟く。那祈は、その言葉で胸を叩く手を止め、顔を白夜の胸元へと押し付ける。どうしようもない、このどうしようもない現実を、見たくないと誇示しているようにも見えた。

「どうして、謝るの……!? 謝られても、私、何も……! 何も、返す言葉がないよ……! 私、何も出来なかった……ユリアさん、助けて欲しかったはずなのに、私、何も……!」

大切な人が目の前にいた。しかし、一度の疑心暗鬼によって大切な人が大切でなくなったのだ。気づいた時にはもう遅い。大切な人は既にここにはいないのである。
那祈はそんな自分が悔しかった。それほどユリアが大好きだったのだから。また、ユリアも那祈のことを愛していたのだろう。
研究所から逃げるところを見逃した、というのは本当にユリアの言った通りだったのだろうか。もしそうであれば、効率が悪すぎると白夜は思っていた。その場で対処した方が、確実に良いのは誰しもが分かる。
その時に笑っていたのは、殺人狂の表情ではなく、本当の笑顔だったのではないだろうか。本当は逃がしたかったのではないか。自分を見たことによってもう教会には近づかないだろうと、そう思ったから。
しかし、それらは死んだ後からでは推測しか出来ない。それらを確かめる術はもうないのである。

地面へと崩れ落ちていく那祈を白夜は見つめることしか出来なかった。白夜の中で"あの時"の出来事がこの時、鮮明に浮かび上がっていたからである。

——————————

落ち着いたところで、白夜と那祈は孤児院の中へと入った。いつの間にか夕暮れ近くになっており、今日は孤児院で泊まることになったのだ。
ユリアの言ったように、人気はまるでなかった。物静かな遊び部屋が不気味なほど不自然に思えるほどである。
食料は幸い冷蔵庫などにしまってあるようで、それらを取り出し、那祈はご飯を作って白夜の目の前においた。

「はい、どーぞ! 那祈ちゃん特製のクリームシチューだよーっ」

そこには確かにクリームシチューがあった。野菜の豊富なクリームシチューで、じゃがいもやブロッコリー、にんじんなども入っている。その隣には、パンが入れられたバスケットまであった。
ユリアの墓の前で泣いていた那祈とはまるで別人のような、絶望していたとは思えないような振る舞いに、多少白夜も戸惑いを感じて呟く。

「……無理はするな」
「んー? 何が? あ、白夜君! パンにクリームシチューつけて食べてね。それと、サラダとかも作ったんだー」

大盛りに皿へと盛られたサラダがさらに机の上に置かれる。楽しそうに那祈は白夜の対面に座ると、笑顔でいただきますと手を合わせた。

「那祈、お前——」
「えとね? ……考えたんだけど、一番ユリアさんに今してあげられることって、ただ嘆くことじゃなくて、泣かないって約束を守ることだと思ったの」

白夜の言葉を遮り、那祈はそう言葉にしていた。クリームシチューを食べる為に持っていたスプーンを置いて、少し寂しそうな顔をしながらも、多少笑顔交じりで話を続ける。それを白夜はただ見つめて聞いていた。

「それで、研究所にいる皆を助けてあげられたら一番いいんじゃないかって……だから私、前向きになることにした。いつまでも、泣いてたらそれこそユリアさん、悲しいままだと思う。……だから、私は負けないよ。頑張りたいの。ユリアさんの為にも」

最後の言葉で、那祈は微笑んだ。それはユリアの最後に微笑んだ表情と瓜二つのように、慈愛に満ちた笑顔だった。
那祈は乗り越えようとしていた。それが分かると、白夜も思わず小さく微笑み、それからクリームシチューをスプーンで口に運んだ。その様子を、驚き半分不安半分で那祈は見つめ、

「どう……かな?」
「……美味い」
「本当!? よかったーっ」

嬉しそうに笑う那祈を見て、白夜もまた心が安らぐ気がしていた。だが、白夜には那祈に伝えなければならないことがある。単なる那祈の付き添いでここまで来たわけではない。白夜にも研究所に対して目的があった。単に那祈の為についてきたわけではない。それに加え、説明していく必要があったのである。

「那祈、話がある」
「ん……何? 白夜君」

那祈は丁度パンにクリームシチューをつけようとしていた。その手を止めることはなく、つけるとそのままそれを口に運びながら白夜へと視線を移していた。

「俺が……お前に同行した理由について説明したいと思う」

手を止め、白夜の顔を見る。孤児院のリビングはかなり広めであった。その広いリビングの一つの席で二人は座っている。この広い空間が空虚な気持ちをどことなく思い出させる。
白夜は決してお人好しの為に動いたわけではなかった。勿論、自分の為なわけはないが、白夜の目的は一体何なのか那祈は気になっていたのである。
黙って那祈が頷いたのを見ると、白夜はゆっくりと口を開いた。

「一人の女性を探している。名前は……"ルト"という名前なんだが……知らないか?」

那祈は少し考えた後、首を左右に振ってそれを否定する。
その時、那祈はユリアと白夜が戦っている最中のことを思い出していた。確かあの時に白夜が不意に呟いた言葉。それは、その少女の名前だったのではないかと思い当たったのだ。
もしそうであれば、何故あの時呟いたのか。それは白夜の時折戦闘時に見せるあの表情——人を殺す、殺人狂に似た気性と何か関係があるのか。根本的に、那祈は白夜を殺人狂とは思っていないが、ルトという人物があの冷徹さをもたらしている原因なのではないかと思ったのである。

「そのルトさんって人は……何で研究所に?」

疑問として浮かんだのはまさにそれだった。ルトという女性と研究所の結びつきがまるで分からない。
しかし、次に白夜が口にしたのは、予想していない回答であった。


「それは——」


——————————


あの日の残像は今でもよく覚えている。
何も見えなかったあの日々から抜け出したきっかけは、"彼女"だった。
彼女は、何も見えない俺へと手を差し伸ばし、微笑むとこう言った。

「普通じゃなくても、皆一緒だよ」

手は、そのまま垂れていた俺の手を掴み、握り締めた。温かいその手は、そのぬくもりを消え去ることはなく——彼女はまたも微笑んだ。
全てが、色を取り戻していく。取り戻した色は、目の前から消えることはないと思っていた。

「私の名前はルト。貴方は?」

その笑顔は、どこまでも眩しく、俺にとっての光だった。

「……白夜」
「白夜……いい名前だね」

白夜という名前をいい名前なんて思わなかった。
それは、親と呼ばれる生き物がつけたわけではない。この名前は作られた名前。全てが作り物の世界。

生きるというのはどういう意味なのだろうか。

世界は今日も嘘を吐いていた。


「白夜、行こう?」


どこに行くんだ。待ってくれ。


「大丈夫だよ。心配しないで」


俺が守ると、そう誓ったはずなのに、何で——


「白夜……お願い。最後に、一つだけお願いを聞いて欲しいの」


俺が誓ったんじゃないか。俺が約束したんじゃないか。それなのに、俺は——逃げたんじゃないのか。





「私を————殺して欲しいの」





世界は、今日も嘘を吐いていたんだろう。
この世は不都合だった。世界は今日も音を立てて、見えない所で崩れていく。過去は夢のように淡く、そして儚く、後悔を引き起こす。

それはまるで、罪の重みを知った後の後悔。
——過去の代償だった。




第3話:過去の代償(完)