ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】一応、序章終了。 ( No.29 )
日時: 2013/02/15 02:36
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 5LwYdnf7)

どうしても拭い捨てることの出来ないそれが胸の奥で鼓動と共にふつふつと脳内へと映像を映し出していく。その鼓動は止むことはない。もしその鼓動が止む時が来たならば——全てを、忘れ去る事ができるのであろうか。


——————————

第4話:訣別と遭逢

——————————


「——はぁ……はぁ……ッ」

この日は、よく晴れた日であった。
しかし、ここは息が苦しい。この場でもがけば、少しは楽になるのだろうか。
日常は、意外にも簡単に崩れ去る。いつも平凡な毎日だったはずが、わけも分からず、理不尽に破壊される。日常なんて、本当に些細なものだった。ただ、それを経験していないから日常がつまらないという言葉が吐き出せる。

誰が想像するであろうか。
家に帰れば、いつも見飽きるほど見た家族の姿がある。その日常には辛いことや悲しいこともあるが、家族はそこにいる。そこで笑う。そこで暮らしている。毎日繰り返しのようで、少しずつ変わっていく日々。そんな日々が、突如として予想にもしていない運命へと捻じ曲げられることになるなんてことを、

一体、誰が想像できるであろうか。

「な……な、に……これ……?」

この時の記憶が今でも思い返す時がある。考えてみれば、よく声が出せたものだ。いつもの日常の中の予想していなかった出来事。それは普段見ることのない、臭うことのない、この風景と異臭。
どうしようもない恐怖が途端に目覚める。恐怖が目覚めたことで、気がついた。

目の前にあるのは——血の海だと。

血の海が一面に広がっていた。そこには見慣れた人がいた。
姉だ。姉がそこに横たわっていた。目を見開いて、恐怖に怯えたような表情をしている。怖い。助けて欲しい。いくら願っても、そこには毎日のように微笑んでくれた姉のいつもの姿は無い。どこにも無い。
そこには、日常の欠片すら残されていなかった。

「い……ぁ……!」

声が出せない。いや、出してはいけないとその時悟ったのかもしれない。
血の海は夥しい(おびただしい)ほどの量で床を彩っていた。木目さえも見えないほど血の海がそれを消し去っていた。よく奥の方へと見ると、更に血が続いていた。
それは、弟の姿だった。弟も、自分より早く帰ってきていたのだ。姉は受験生で、早く家に帰っているのは分かっていたが、弟は今日に限って外へと遊びに行っていなかった。
もはや、弟の横たわる姿を見て理性はどうでもよくなっていた。気づけば、血の海など気にせずに靴下で弟の元へと駆け寄っていた。

とおる! 透ッ! どうして……!」

弟は姉と同じように、血の海の中心にいた。姉のように目を見開いてはおらず、弟は安らかに、眠るように目を閉じていた。
弟の透を抱きしめ、悲しみに嘆いていたその時だった。

「——優輝」

それは、聞いたことのある声だった。後ろを振り返ると、そこに立っていたのは父親だった。
父親の体中血塗れで、着ているシャツなどが台無しであった。かけている眼鏡にも血がついている。顔にも血がついていて、いつも優しかったはずの父親が怖く思えた。

「父さん……! 何で、透が、姉ちゃんが……!」
「そうだね……悲しいことだ。でも、すぐに悲しくなくなる……」
「え……? どういう——!?」

その時気づいた。父親の様子がおかしいことに。
父親が現れた方、それは台所。そしてその台所には——母親が横たわっていた。当然のように、血塗れであった。
では、何故父親だけ生きているのか。そこで思ったことがある。

どうして、父親の眼鏡や顔の上部などに血がついているのか。

それは、死んだ家族を目の当たりにし、たとえ抱き付いたとしても出来るものではない。考えられるとするならば、それは——返り血であった。

「と、父さん……もしかして……」
「優輝……父さん、もう駄目だ……。全て、終わりだよ……最後ぐらいは、幸せに、家族全員で死にたいんだ……」

隠していたのか、動揺して単に気づかなかったのか分からないが、父親の右手にはしっかりと包丁が握られていた。刃にはべっとりと血がついている包丁を。
父親が、家族を皆殺しにしたとそこで分かった。。優輝は運よくそこには出くわさなかった為、殺されなかった。いや、帰ってきた今殺すつもりだったのだろう。一番反抗力の高い、長男の優輝とは一対一の方が都合が良いからである。

「や、やめてくれよ……父さん……!」
「優輝……死のう? 父さんも、お前を殺してから死ぬよ……母さん達を殺して、俺も死ぬ。そうだ、そう決めたんだ……あはは、ふふ……!」

既に父親は狂っていた。この状況をおかしく思えるほどに、それは狂った殺人鬼のようだった。
優輝は、何も出来ずに近づいてくる父親を恐れて一歩ずつ退いて行く。すると、その途中でひんやりと手に感触があった。
見ると、それは金属バットだった。弟が野球で使っていたもので、いつも愛用していたバット。

この時、何を思ったのかあまり覚えていない。ただ、無我夢中で怖くて押し潰れそうなのを必死で誤魔化したかった。それよりも、いつもの日常へと早く夢を醒まして欲しくて、何度も願った。
何度も、何度も。願うたびに、金属バットを大きく振りかぶって、そして——


「うわぁぁぁぁああああああ!!」


『————速報です。今日未明、とある住宅内で父親が無理心中を謀り、母親ら計3名を殺害しました。凶器は包丁で、家族全員を突き刺し、殺害した模様です。殺害した父親は逃亡を図らず、丁度学校帰りだった長男と出くわし、殺害しようとしましたが、長男は金属バットで逆に撲殺した模様。近所の住民が異変に気づき、警察へと連絡し、警察が到着した時には既に酷い惨状の中で衰弱している長男の日上 優輝君を発見しました。現在、被害者である日上 優輝君は病院へと搬送されました。繰り返します——』


——————————

「——日上。日上ッ! 起きろッ!」

眠っていた優輝を起こす声の持ち主は橋本であった。橋本が仁王立ちで優輝を上から見つめていた。

「何ですか、橋本さん……」
「何ですか、じゃねぇ! 早く仕度をしろ。仕事だ!」

仕事というのは第三部隊のみに命じられた断罪を追い、行方不明となった特殊部隊らの捜索のことである。

「分かってますよ。先に行っといてください」
「お前って奴は……! せっかく起こしに来てやったのに、何だその言い草は!」

ぶつくさと文句を言いながらも、橋本は言われたように部屋の外へと出て行った。それを見届け、優輝はゆっくりと背伸びをした後、溜息を吐いた。

父親が最後に言った言葉がある。父親の死ぬ間際、ようやく俺はバットを置いた。父親はもはや元の顔ではなかったが、声だけは日常としてそこにあったはずの父親の声であった。

「奴が……」
「……え?」

一瞬、何を呟いたか分からなかった。どうして死ぬ間際に言うのかも分からなかったが、父親はこの時——涙を流していた。
本物の父親に戻ったのだと。その父親を金属バットでボコボコに、血塗れにしておきながら思えたものではない。だが、最後の父親の言葉は何を言うのか。そればかりが気になり、耳を傾けた。そして、言い放たれた言葉は——

「奴が……無茶苦茶に、した……。何もかも、奴のせいだ……」
「奴? 奴って誰だよ! 父さん!」

その時、父親と目が合った。虚ろな目で、今まで見たことのない父親の表情だった。

「"黒獅子"……」
「クロ……シシ……?」

聞いたことのない名前。明らかに動物ではない、人を指している名前だろう。その黒獅子という人物は一体何者なのか。どうして自分の家族をここまで無茶苦茶にしたのか。父親とどういう関係が——

その時、家の外からサイレンの音が聞こえたと共に、あまりの出来事で衰弱したのか、床へと倒れてしまった。


「っておい! 早くしろよ!」


と、思考がここで途切れた。
優輝が顔を上げると、そこには既に橋本の怒り顔があった。過去は過去のまま。でも、今をどうにかは出来る。精一杯生きていく。そして、黒獅子を探し出し、全てを自供させるその日まで——

「わかってますって。今用意してるじゃないですか」
「今ってお前、さっき俺ここに来たよなぁっ!?」
「あれって、便所に用があったんじゃなかったんですか?」
「お前にだよ!! わざわざ何でお前のところまで来て便所借りんとならんのだ!」

怒る橋本の姿を見て、笑う。あの頃の自分はそうやって笑えるなんてこと夢にも思っていなかった。どういうわけだか、微笑が零れてくる。
今ここにいる全てを感謝しているつもりだった。その為にも、自分の贖罪を全て消し去りたいと思っていた。

「よし、行きましょうか。橋本さん」
「お前な……!」

今日は、よく晴れた日であった。