ダーク・ファンタジー小説
- Re: 白夜のトワイライト【完結版】第4話更新 ( No.30 )
- 日時: 2012/09/11 23:37
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: LcKa6YM1)
彼女は黒のタンプトップを着ており、下は動きやすそうな迷彩柄のものだった。まさに軍人のような見た目の彼女だが、その冷徹な雰囲気でそれさえも消滅させていた。
黒髪を一つにまとめた彼女が向かう先は、エルトール。ようやく任務を終えて帰還する途中である。肩からかけてあるバッグをものともせず、彼女は歩いていく。凹凸のハッキリしたボディーラインを描いたその見た目に釘付けにされる男も勿論いた。
「おいおい、待てよ姉ちゃん」
ひんやりとした空気の漂うアンダーにて、彼女は目の前に現れたのはガラの悪そうな男が4,5人である。それぞれがナイフやらを持ち、下品な笑みと笑い声をあげて彼女を見つめた。
「荷物を置いていきなぁ。……にしても、いい体してやがんなぁ? どうだぁ、お前、俺の女に——」
「邪魔だ」
彼女は無表情で言い放った。彼女の表情は帽子の鍔に隠れてよく分からないが、明らかに冷えた表情で言っていることを物語る言い振る舞いであった。
「なんだぁ? てめぇ……ここをどこだか知ってんのか? 4番街だぞ、4番街! 俺らの巣に来たってことは……誘ってんだろぉ?」
「……あぁ、4番街か。それは気付かなかったが……無法地帯の4番街は、確か"殺し"もありだったよな?」
「何を今更言ってんだ? お前! 当たり前じゃねぇか! だから、お前を今ここで——」
「そうだ。お前を今ここで、私に二度と口を利けないようにしてやる」
「な——!」
その瞬間、彼女はタンクトップの中にあったハンドガンを取り出し、瞬時に引き金を引いた。銃声が瞬く間に響き渡り、それと同時に立ち塞いでいた男の肩へと弾丸が貫いた。
「ぎゃああああッ!!」
「あ、兄貴ッ! て、てめぇ! よくも兄貴を——!?」
別の仲間が銃を取り出そうとしたが、彼女はその瞬間を逃さず、顔面を蹴り上げた。勢いよく後ろへと吹き飛ぼうとする中、その他の仲間達が一斉に発砲しようとしたが、いつの間にか彼女の手に持たれていた二丁拳銃によって銃を持った手を撃ち落されていく。つい一瞬のことであった。
「な、何だこいつ……!」
撃たれた手を抑えつつ、もう片方の手で銃を再び拾おうとしたが、その隙に彼女は腹を蹴り上げ、その勢いのままからだを捻りあげ、回し蹴りを男の顔面へと浴びせる。鼻血や口から血が飛び出し、地面へと倒れた。
「ひ、ひぃいっ!!」
悲鳴をあげ、逃げようとする男の足を撃ち抜き、その場で倒れさせる。ようやくかと嘆息しようとしたその時、後ろから聞こえた微かな音によって更に体を反転し、捻らせる。それと同時に銃声が鳴り響く。一人、まだ銃を持てた男が発砲したのである。
しかし、銃弾は彼女を打ち抜くことはなく、彼女の体が反転して捻り、地面へとしゃがむ前の残像へと抜けていった。
しゃがんだ後の動作も忘れない。彼女は冷静に銃を構え、即座に男の銃を持った手と足を撃ち抜いた。
「ど、どういうことだ……! こんな女に、俺らが……!」
「愚弄だな。殺さないだけまだマシだと思え。今日は久々に機嫌がいい」
二丁拳銃を納める。それから踵を返すと、また目的地へと向けて歩き出した。
彼女の正体は、エルトールの中でも有数の実力者兼ディストの親衛である。
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「おい、ちょっと待て。今の話はマジか?」
一方その頃、エルトールでは鑑がディストに向けて異論を申し上げていたところであった。
「当たり前じゃないか、鑑君。僕はね、いつだって大マジなんだ。だから今回も——」
「"あいつ"を戻す必要はねぇだろ! 俺が本部にいる限り……!」
「……話をする以前に君、僕の言葉全く聞いてないね?」
呆れた様子のディストだが、鑑の言葉が留まったことを見て、まるで全てを理解したかのように満足した笑みを浮かべた。
「ふふ、今回の侵入の件で……天下の紅蓮閃、鑑 恭祐でも多少は負い目を感じるわけかい? ……だが、安心していいよ。そのことは関係ない。確かに鑑君は心強いし、君がいてくれたら館が燃えて崩れ去ることはあるかもしれないし、何か色々大変なことになりそうだけど、守ってくれると信じている」
「ならどうして"あいつ"を戻す必要が——!」
「正直に言おうじゃないか。うん、まあ、彼女はやっと任務が終わり、こちらに戻れて機嫌よくと来ている。それを帰れ、だなんて言えないだろう? いくら天下の紅蓮閃、鑑 恭祐でも黙る、私の親衛なのだから」
鑑を分かっているつもりではいた。あいつ——いわゆる彼女の性格や気性などを考えると、今は戻したか戻していないかの問題ではない。
確かに帰ってくればエルトールの警備は万全すぎていた。彼女の戦闘能力はさすがディストの親衛でもあるのか、エルトール随一とも言っていいほどの実力であるからだ。
まず問題視するべきは、彼女の気性的との関係であった。つまり、鑑は彼女の性格とは合っておらず、毎度のようにストレスが溜まっているといっても過言ではないほどであるからだった。
「にしても……何で今なんだよ、今。白黒が"例の症状"で引き篭もってる時に……」
「白夜君のは突然だった。僕もビックリしたさ。いわば、不慮の事故だね……おっと、そろそろ来たようだね」
ディストの宣言通り、エルトールの門が開いた。丁度二人はエントランス、つまり門を開いた中のロビーにおり、それを出迎える形となった。
現れた彼女を見て、鑑は絶句し、額に汗を流す。その一方で、ディストは涼しい顔で拍手をしていた。
「おかえり——"絶撃"(ぜつげき)の凪君」
前方には、先ほど戦闘をしてきたとは思えないほどの涼しい顔をした彼女がそこにいた。バッグを肩にかけ、威風堂々という言葉がふさわしいとも思えるその風格は彼女を見るだけで伝わってくるほどである。
門の外では、数日前と同様に和泉と宮辺が門番をしていた。凪の後姿を見て、唖然としたような表情をしている。
無論、鑑が今ここで知らされたように、和泉と宮辺は凪が帰ってくるということは聞かされていなかった。ディストのいい加減な様が目に浮かぶようである。
「ただいま戻りました、ディスト様」
「うん、相変わらず固いなぁ、凪君は……。とりあえず、お茶でもどうだい?」
「せっかくなので、いただきます」
ゆっくりと歩いてくる凪は、まるでディストしか見ておらず、その隣にいる鑑のことなど眼中にないようであった。
「って、待て待てッ! 俺にも挨拶ぐらいはしろよ!」
「……あぁ、いたのか鑑」
「お前相変わらずだな……」
冷たい視線と無表情で凪はディストの隣にいた鑑を見て言い放つ姿を見ては、鏡もまた溜息でそれを返した。
人混みの中で待ち合わせたとしても、鑑ほどの風貌があれば目立つほどであるが、依然として凪はまるで存在すらなかったように振舞う。わざとなのか、冗談なのかその無表情から読み取ることは出来ない。
「まあまあ、凪君。これでも鑑君はずっと君をここで待っていたんだよ? 感謝ぐらいしないと」
「な……!? お前はバカか! そんなこと誰も——」
「ご苦労だったな。しかし、ディスト様だけで結構だ」
「……もう好きにしてくれ…………」
大きく溜息を吐いてその場で頭を抱える鑑は放っておいて、ディストと凪は最上階へと向かっていった。
ずっとその様子を伺っていた和泉と宮辺が二人顔を合わせて、また"あの時"のようなものが見られるのかと冷や汗半分、微笑半分といったところであった。
——————————
「うっ……!」
鋭い頭痛が走る。そのことで途端に目が覚めた。またここか、と嘆息する。しかし、過去の夢よりか幾度かマシであった。まだ現実の方が良い。自分が罪を被ることで、過去の代償を背負うことで、全てを無くそうとしていた。
そうしたことで、楽になれるから。結局は、自分の緩慢であることに気付き、拳を握り締める。
消えない罪が、体を蝕む。その全ての代償を乗り越えた先に、一体何があるというのか。
まだこの"嘘だらけの世界"の真相を解明出来ない。白夜は密かに新たな思いを馳せていた、その時である。
突然、ドアが開け放たれた。防弾防音のこの部屋は、ディストと春の持つマスターキーでしか静かに開けることがまず不可能である。つまり、そのドアの前にいたのは——
「うん? ……あぁ、そういえば外からも防音だからノックの音も聞こえないんだったね。これは失敬したよ、僕としたことが」
そこに突っ立っていたのは、ディストだった。左手には紅茶の入ったカップが握られ、右手にマドラーを持ち、それで紅茶を渦巻かせていた。
笑みはそのままにして、白夜の方へと見つめるディスト。ドアから少し入ったところから踏み込んでこようとしない。その理由が何となく分かった。
「そろそろお目覚めかと思ってた頃なんだ。お客人と共に、君に依頼したいことがあってね」
ディストが言い切った直後にその後ろから人影が現れた。
それは、凪であった。ここで、白夜と凪は初めて出会うこととなる。凪が"とある任務"によってエルトールから離れたのは、もう二年ほど前になる。つまり、白夜がいた頃よりも前に任務で離れていたのである。
凪に関わらず、エルトールのあらゆる能力者達は地上などに出て自分で活動をしている者が多く、緊急要請の任務でしかその者達と顔を合わせることはない。これでも新参の内に入る白夜にとってはこういった元々いたメンバーと初顔合わせというのは特に珍しいことではなかった。
「うん、こっちは"絶撃"の凪君。そして、凪君にも紹介するけど、ベッドに座っているあそこの少年は月影 白夜君。通称、白夜光だね」
「白夜光……2年前だったか、その頃暴れていたベイグラント(放浪者)か」
凪が白夜の方へと見つめる。ベイグラントとは、能力を覚醒したものが規則を破り、地上をどこでも徘徊する者のことを言う。二年ほど前、白夜はそのベイグラントであった。
「……それがどうした。あんたには関係の無いことだ」
「ふっ、確かにそうだ。見た目は子供だと聞いていたが……本当のようだな」
冷笑する凪とそれに対峙するかのように見つめる白夜。どうにも険悪な雰囲気が漂っていた。
「二人共、落ち着いて。これだと、二人で仕事が出来ないじゃないか」
「仕事? ディスト様、私は今任務に帰ってきたばかりなのですが……」
即座に異論を述べたのは二人の内でもいいそうにない凪の方であった。先ほど任務から帰ってきたばかりで、また仕事に行けというのは確かに酷なことであるだろう。それも、前の仕事が長期過ぎる任務であったがうえの小さな反発であった。
「凪君、言いたいことは分かるよ。……白夜君にとっては、まあいいことなのかどうか分からないけど、やった方がいい任務だろうね」
「どういう意味だ?」
ディストは勿体ぶったように笑みを浮かべると、言い放った。
「待ちに待った、黒獅子関連の任務だよ」
「何……!?」
ディストの言葉に反応し、思わず言葉が飛び出した。ベッドからも飛び降りるが、そこをディストから微笑と共に静止された。
「危険も伴うし、可能性っていう範囲だから。そこまで期待はしない方がいいけれど……行くとしたら、チームを組みたいと思ってるよ」
「チーム?」
白夜の言葉は明らかに不快を示すような言い方だった。しかし、ディストはそれを挑発するかのような笑みで返した。
「そうさ。チームメンバーとしては白夜君を始めとして、春君、秋生君、そして——凪君の4人編成でいくよ」
「……その任務、私が必要ですか? 黒獅子とは関係ないことですし、三人編成でも事足ります。私が行かなくても——」
その瞬間、静かな空気が流れ落ちた。ディストから放たれているのか、その空気は発言を失ってしまうほど凍りついたものであるが、ディストはそれでも笑みを浮かべる。先ほどの凪の冷笑とはまた別の冷笑。
「僕が必要だと判断したんだ」
その言葉で、全てが解決したかのように凪は何も言わなかった。
「白夜君も、いいね?」
「……俺は俺のやるべきことをする。誰がいようと関係ない」
「ふふ、いい威勢だね。その調子で頼むよ」
と、笑い声をあげるディストであるが、実際何を考えているのかまるで分からない。エルトールの団長にして、彼の能力など戦闘をしている場面を"誰も見たことがない"。実際には普通の人間で、エルトールの中でも実は一番弱いのではないかという噂が流れるほどである。
そんなディストであるが、先ほどのような突然の凄まじい雰囲気を醸し出す異常なオーラ。あれだけで十分只者ではないと思える。
ディストは団長室で待っていると声をかけた後、部屋から出て行った。その後を凪も続こうとしたが、その途中で立ち止まった。
「過去が全てではない」
白夜の全てが、まるで見透かされたかのような一言に、凪が部屋から出て行くまでの様子を終始呆然と見つめていた。
その後の静けさから一変、白夜は胸の奥から湧き出てくる過去を走馬灯の如く巡らせて、大きく息を吐いた。
そして、歩き出す。
物語の歯車はようやく廻り始めることを心待ちにしていたのであった。