ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.31 )
日時: 2012/09/25 00:28
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: kzK7vPH9)
参照: 更新遅れて申し訳ございません;

寝ている間が一番平和な時というのは事実なのかもしれない。
夢の中がどんな世界であろうと、目覚めることが出来ればそこは現実としてあり、その世界を体験していながら思いを別の場所に移すことが出来る。
秋生は、毎度のように食堂でうたた寝をしていた。安らかな温度の元、寝やすい施設の揃っている食堂の座敷へと転がり、両手を組んだものを枕として寝るのが既に日課のようにもなっているのである。

今日もまたうたた寝をして夢の世界へと誘われる。この時間が一番平和で、争いもないのだろう。安らかな寝息をたてていた。
しかし、その時。その安らかな寝息をたてる秋生へと近づく影があった。

その影は真っ直ぐに伸びていく。そしてその影を表すものである綺麗な人の手が秋生の肩へと当たった。手はそのまま小さく二回肩を叩くと、反応を見張るかのように虚空で静止した。

「起きて下さい」

程なくして、透き通るような声が秋生へと投げかけられた。また声の主は手を差し伸ばし、再び肩を叩く。その動作が何度か繰り返されるが、秋生がおきる様子は微塵もない。どころか、先ほどよりも寝息が大きくなった気さえもする。

「……仕方ないですね」

と、嘆息した様子と共に吐き出された言葉と共に、ゆっくりと親指と人差し指を秋生の頬へと近づけ、そしてそれをつまんだ。

「いひゃいいひゃい! いへへへへ! なんひゃひょへ! (痛い痛い! いたたたた! 何だこれ!)」

突然の痛みによって上手く言葉が喋れない。寝起きということもあり、考えも廻らないまま起こされたような形であった。

「ふふっ、あまりに起きなかったもので……」

その犯人である春は楽しそうに微笑を浮かべている。秋生にとっては全くいい迷惑であった。

「もっと他に起こし方あったでしょ……」
「肩を叩きました」
「もっと他にだよ! 何で肩を叩くの次は頬をつねるんすかっ」
「ですから、やってみたかったんです」

再び笑顔で言われてしまい、とうとう秋生は反論の言葉を止めた代わりに溜息を吐いた。

「それで……一体何の用で?」

頬を離した春へと、そのつねられた頬を手で擦りながら聞く。いつものように柔和な感じの対応で春は口を開いた。

「平たく言えば、仕事です」
「仕事? 最近にしては珍しいな。……それで、内容は?」
「えぇ。内容は団長室で、団長自らがお話しするそうです」
「あぁ、なら団長室に行けば……って、え? 団長室?」
「えぇ。団長室です」

秋生は耳を疑った。業務スマイルかどうかは分からないが、笑顔を浮かべている春とは実に対照的な表情をしていた。
今までの任務は団長がディストの性格通りにいい加減なことが多く、内容等を伝達されて依頼書を頼りに任務をこなす形になるのだが、今回のように団長自らということは滅多にないのである。そもそも、団長としての役割を正当に果たしたことなどあったのか不思議に思うくらいである。

そんな実際は正当であるはずだが、このエルトール本部では不可解に思える今回の任務は秋生が怪しむには十分な理由を持っているのであった。

「気持ち悪いな……まさか、ディストさんが自らって……」
「そこまで考えすぎずとも良いのではないですか? 私も呼ばれましたし」
「え、春も?」
「業務中ですので、大和撫子というコードネームで呼んでくださいね。……えぇ、私も呼ばれました。どうやら同じ任務に属するようですね」

春と任務をすることなどいつ以来だろうと考えてしまうほど、秋生は春と任務を行っていなかった。春の現在の主な役職といえば書類等の担当や、精神面の治療、尋問等の戦闘能力が必要とされる任務向きではないのである。
そんな春が呼ばれた理由も気になるところであるが、わざわざ団長室に招かれる理由が分からない。

「……まあ、なら行ってみますか。団長室に」
「そうですね、仕事の内容を聞きに行かなくてはいけませんし」

と、一瞬だけ春は寂しげな表情をして言った。すぐに秋生から顔を背け、後ろ姿を見せる形になったのでそれ以上秋生からは分からない。
たまに見る寂しげな表情。今はどんな表情をしているのか。
秋生はそんなことを考えながら、その後ろを着いて行った。

——————————

沈黙が漂う。というのも、言葉が発せないほどの重圧が秋生に襲いかかっていたからである。
団長室へと招かれ、春と共に入ったまでは良かった。だが、その後扉の向こうを見るや否や、秋生は絶句したのだ。

「ん……? 確か、月蝕侍か?」
「え……?」

突然の声と混じる目の前の光景。そこにいたのは、秋生にとってあまり見覚えのない人間ではあるが、エルトール内では伝説と化さえもしている人物であった。

「私のことを覚えているか?」
「あ……あの、もしかして……"絶撃"の凪さん、ですか?」
「覚えていてくれていたか。久しぶりだな」

凪は悠然と団長室の中にいた。元からそこにいるのが当たり前かのように、とても自然に目の前へと現れたような感覚。秋生はこの目の前にいる彼女だけで既に困惑してしまっていた。予想だにしていない、まさかの出来事だったからである。

「お、お久しぶりです……」
「そんなにかしこまらなくてもいい。気にするな」
「は、はぁ……」

気にするな、という方が無理であった。
凪がとある任務でエルトールを離れてから早くも2年。その月日よりも前に秋生はエルトールに在籍していた。これでも春と同じほどの戦歴を積んでおり、戦場へと駆り出ていた頃の春の姿はあまり知らないが、任務はこなしていたので噂には聞いていた。

エルトールには、化け物の中の化け物がいると。

それはエルトール内でも噂されるほどの逸材で、それも女だという。
それを聞いて驚いたのは今では懐かしい話のようにも思えていたが、初めてお目にかかった時は鬼気迫るような気迫を感じ、とても女と思えないほどの殺気染みた何かを秋生は感じていた。
ただすれ違っただけだが、伝説と化しているその女は無表情の鉄面皮を美人の顔立ちが一層引き立たせており、見惚れてしまったのを覚えている。

その時、初めて声をかけられ、月蝕侍というコードネームを覚えてもらった。しかし、どうも合いそうにない性格だったので秋生自身は苦手としており、凪が任務で本部を離れると聞いた時は小さく胸を撫で下ろしたりもしていたのだが……

「ここにいるっていうことは……凪さんも、任務で?」
「……二年もかけて任務をこなしてきたばかりだというのに、休息の時間も無く次の任務だ」
「た、大変ですね……」

何と声をかければいいのか分からず、その場限りの一言を言ったが、凪の機嫌が損ねているのかどうかも表情では全く分からない。
少し眉が下がったところを見ると、やはり疲れがあって休みたいと思っているのだろう。ディストの命令によってそれも無くなったことに対して少し困っているような"空気"を秋生は感じた。

一方、当のディストは同じ室内にいた。凪が目を少し向けるのに合わせて秋生もそちらへと目を向ける。
いつものように自分の机へと座り、角砂糖が多量に入った大きなビンから摘んではカップの中へと放り込んでいた。それを見て嬉しそうに子供を想像させるような無邪気さでいるディストは何個かそれを入れた後、ゆっくりとマドラーを手にして掻き混ぜ始めた。

それを見た凪は無表情を崩さず、小さく溜息を吐いた。それを見る限り、凪にも感情の切れ端のようなものは存在するのだろうかと秋生は思っていた。

「お久しぶりですね」

その時、不意に凪へと声をかけた者がいた。透き通ったその声は不意だとしても聞き取れるほどの鮮明なものでった。

「大和撫子か。久しぶりだな」
「2年もの間、任務ご苦労様です」
「ありがとう。長らく留守をして悪かった」

お礼と謝罪の言葉を並べるが、表情は何一つも変わらない。それはいつものことのように何も言わず、春はその顔に多少の笑みを浮かべて再び口を開いた。

「いつお戻りになられたのですか?」
「ついさっきだ。急な任務らしく、私も同行することになったが……大和撫子も参加するのか」
「そうみたいですね。私も呼ばれましたので……メンバーはこれだけですか?」
「——いや、後もう一人いるよ」

春と凪の会話を今まで全て聞いていたかのように、話を割り込む形でディストが突然声を出した。しかし、様子は先ほどのあまり変わらず、何か気に食わなかったのかまた角砂糖を追加して掻き混ぜ、カップに口をつけて中に入っているであろう紅茶を少し飲む。すると、今度は好む味になったのか、満足げな表情をしてマドラーで紅茶を掻き混ぜた。

「もう、一人……?」

春に代わって、秋生が呟いた。春は大体誰か分かっているような様子で、凪もそれと同様の振る舞いをしていたからだった。
その時、扉が開く。音が小さく団長室へと響いていく。それは何かの始まりを告げるかのような、長く響いた小さな音だった。

「来たね」

思い通りだと言わんばかりの笑みを浮かべてディストは呟いた。
扉の前に立っていたのは、まだ幼い姿をしている少年の姿。見た目だけでは測りきれないその瞳の強さ。銀髪が異常に目立っている少年はそこに存在していた。

「もう一人って……白夜光かよ……っ」

再び驚きを露にしつつ呟いた秋生以外、全員がこうなるだろうという結果が既に分かっているかのような表情をしていた。
数十秒間、そんな沈黙が流れてから白夜はゆっくりと団長室の中へと入っていった。そして、凪と春、そして秋生の前で立ち止まった。

「……全員揃ったね。それじゃあ、今回の任務について説明しよう。分かっていると思うけど、今回の任務は君達4人で動いてもらうから、よろしくね」

ディストはいつの間にか空になった紅茶を机の上に置き、口元を歪ませてそう言った。