ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】更新再開 ( No.34 )
日時: 2012/09/30 21:23
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: RGQlo35.)

白く無機質な部屋の中で、一人で座り込んでいる少年の姿があった。
守ってくれている要塞。それがこの部屋だった。防音防弾で、外の音も聞こえない。この部屋は自分だけの部屋。自分だけの城。たった少し広いだけの無機質な白い部屋が、少年の居場所となっていた。

いつになれば、終わるのだろう。

何が終わるのか、少年には分からなかった。ただ、ふとそう思っただけ。それは世界に向けられてのことなのか、あるいは自分が現在置かれている立場についてのことなのか、自分でもよく分からないのだ。

ふと顔をあげる。窓一つない、換気の悪そうに思える部屋。しかし、換気扇だけは配備されているみたいだが、音が聞こえない。酸素は十分に届いている理由がいまいちよく分からないが、これが僕の部屋なんだと思うと、自然に心も共鳴してくれるような気がした。

僕は、誰なんだろう。

ずっと思っていた胸の内を思い返した。記憶がない。あのダンボールだらけの部屋で"銀髪の人"に発見されて、助けられた時もよく分からなかった。自分は人質になっていたようで、こうして隔離されているみたいだったけれど、よく分からないのが少年の今の現状であったのだ。
記憶も何もないが、時折訪ねてくる物腰が豊かな女性が問いただしてくるが、何も答えられない。それが現状としての自分。それは分かっていたが、自分が何者か知らない気持ち悪さはこれほどにまで嫌悪感を抱くものなのかと思ったほどであった。

「僕、は……」

声が出せた。しかし、この無機質な僕の"心"には誰も聞いてくれる人はいない。声は出るが、言葉が出てこない。
無常な時の中で、少年は苦しみを抱えて時を待っていた。

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慌しい雑踏が相変わらずの汚い部署の中に響く。集った全員を一人一人確認するように見た八雲は、相変わらずの落ち着いた状態で頷いた。

「皆揃ったねー。それじゃあ、今日から捜査していくことになるけど、この捜査はかなり危険な臭いがするので、皆気をつけて捜査にあたってください」

八雲の言葉に一同は頷いた。既に優輝を筆頭にして橋本、千晴、相原の順で八雲の前にて横一列に並んでいた一同はこの任務の危険がどれほどのものかを存じているつもりであった。
内容としては、消えた捜査員の行方を捜すことから始まるわけであるが、それに関してまず疑問点が多く存在している。そこから危険が大きく膨らんでいるというわけだった。

まず第一に、捜査員は何故失踪したのか。20人余りの捜査員らが一斉に失踪するという事態が既におかしいのである。誰か一人からでも連絡をよこすことは必然であるし、訓練を積んだ精鋭を送り込んでいるもののそれは可能であると思われる。
しかし、それがまるでない。突然神隠しにでもあったかのように、捜査員らは失踪したのだ。

第二に、この事件の事の発端は失踪した捜査員らの目的から始まる。捜査員らは元々、神楽 社——通称、断罪というコードネームで通っている能力犯罪者の目撃情報を元に捜査員らが動き出したのである。
基本的に確たる証拠などが無ければ動かないものであったが、その目撃情報はしっかりとした証拠があったのを元に動いたという報告があがっていた。
コードネームというのは、能力者がつけられる呼称のようなものであるが、この神楽という人物についてのコードネームはどのような経路を辿ってつけられたのか不明である。"断罪"という犯罪者に似合わない言葉をコードネームとしている神楽は神出鬼没であり、その目撃情報は無いも等しい。

だが、そんな能力犯罪者である神楽が捜査員全員を失踪させるというのは考えにくい。しかし、記録によれば捜査員から一切の通話記録は無かった。目撃情報を元に辿り着いた場所を特定し、そこに着いた程度の連絡もまるでない。それほど暗躍が基本とされる任務なのはどうしてなのか分からないが、それにしてもこれは異常であった。

「この謎の失踪事件は単なる失踪じゃない。接点として今のところ考えられるのは神楽 社しかいない。しかし、目撃情報からの通報は一切ない」

八雲が今までの事実を確認するかのように言葉を紡いだ。
その八雲の言葉をなぞっていく内に、小さく声を出した千晴がそのまま口を開いた。その表情は何か閃いたような様子であった。

「目撃情報等の通報が一切ないということは、まだそこに到着していない可能性もあるし、そもそも失踪と何で捉えられたのか……」

千晴の言いたいこととしては、連絡がつかないやむを得ない事情があったのだとすると、それはどういうことになるのか。
やむを得ない事情があるのだとすれば、神楽と接触している可能性は十分考えられる。だが、上層部は"失踪"と捉えた。

「……確かに不自然だな。失踪という言葉で片付けるには、あまりに要因が足らなさ過ぎる気がする」

優輝も千晴の意見に賛同する意見を見せた後、少しの沈黙の後に橋本が意見を出した。

「ということは、失踪した者として捉えるわけでなく、捜査員は今どこで何をしているのかの把握などを確認する……っていうのが今回の主な捜査ですか?」
「そうなりますねー。そこで"断罪"さんが関わってきたりしたらそれはそれで当たってると思うんだけど……あくまで一つの予測だよね」

八雲が難しそうな顔をわざと形成しているような振る舞いをして言葉を重ねた。

「よ、予測は予測ですが……捜査員の方達が本当に失踪していたとしたらと考えると、辻褄の合わないことが多いです。でも、先ほどの予測に関しても辻褄の合わないことがあるんじゃないかと思うんです。た、例えば——」
「音信不通の点だよね。どういう状況でもまず第一に考えることだし……」

相原の言葉を遮るように千晴が言った。自分の意見を分かってもらえたことが嬉しかったのか、少し遠慮気味に相原は微笑んだ。

「それじゃあとりあえず……千晴ちゃんと相原君は捜査員の足取りを。優輝君と橋本さんは神楽の目的情報のあった場所に行き、捜査員失踪についてを調べる。私は令状手に入れた後から断罪の捜査を進めるよ。……異論はない?」

八雲の指令に誰も口出しはせず、それぞれが同じような疑問を抱えたままの捜査を開始することになった。
優輝はこの事件を早く終わらせ、黒獅子についてを調べたい。そんな一心を胸に秘めつつ、深呼吸した。その様子を、どこか冷めたような雰囲気を醸し出す橋本が見つめていた。

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一方その頃、エルトールではディストが司会を務める会議が始まっていた。

「君達4人に頼みたい仕事というのは他でもない。勿論、危険な仕事だよ。だから君達を集結させたんだ」

ディストが淡々とそこまで軽い口調で言い切った。それを聞くや否や、真っ先に反応したのは秋生だった。

「このメンバーの中に何で俺がいるんでしょうか……?」
「うん? 秋生君も十分精鋭じゃないか。数少ない優秀な団員だと思っているよ」
「お、お言葉は嬉しいんですが……鑑さんとか、和泉らもいるじゃないすか。最近仕事してないし……」
「んー、肩慣らしってことでいいんじゃないかな」
「さっき危険な仕事だって言ったばかりですよね……」
「そうだったかな? まあ、細かいことはいいじゃないか」

特におかしくもないのに高らかに笑い飛ばすディストに思わず溜息が漏れる。漏らしたところでこの状況は変わらず、このメンバーで今回の任務にあたることになるのである。

「……それで、仕事の内容は?」

白夜の言葉で話は再び任務の方へと戻り、ディストは一旦区切る、といったように咳払いを一つしてから再び話し始めた。

「そうだね。簡単にじゃあ言ってしまおう。今までが長すぎたぐらいだ」

といって、ディストは口を歪め、いつものように勿体ぶった素振りをしてから実に簡単に任務内容を告げたのだ。


「神楽 社。コードネーム"断罪"と呼ばれる女の捕獲。重要参考人として彼女をこのエルトールまで護衛するように。——以上」


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どこか殺伐とした雰囲気を漂わせる路地で、その者はいた。
何を待つのか、ポツリとそこに立ち止まるその者は一体何を考えているのか誰にも予想などつかない。ただ、その者は曇りつつある空を見上げていた。

いい天気などとお世辞でもいえないこの天気を目にして、どんな表情をするわけもなく、"彼女"はここに立ち止まっていた。

「ご用意できましたよーっ」

後ろからその異様ともいえる空気をぶち壊した声の主の方へと振り向く。綺麗な黒髪が風に沿うように虚空へと流れ、彼女の着ている半袖着物も共に舞った。
後ろからは分からないが、前の方はバッサリと切られた下半身部分の着物となっており、後ろ姿だと普通の着物を着ているようにしか見えない。
彼女はただ、妖艶な雰囲気と、それとはまた別格の"何か"を放っていた。

何も言わずに、彼女は笑った。その笑みは、誰もが怖気を感じるような、美しくもあり、また——恐ろしい殺気に満ちた笑みであった。


「あぁ——今行くよ」


妖艶な響きが伴うその声は、人気のない路地に響くようにして、この曇り空と重なっていった。