ダーク・ファンタジー小説
- Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.35 )
- 日時: 2012/11/01 20:57
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: zphvk9oo)
- 参照: 更新遅れ気味ですみません;
静まりかえった食堂に、鑑はいた。
誰もいないこの場所で、ただ一人、何個も並べられている椅子へと腰をかけ、その目の前にある白い長テーブルに足を乗せていた。
足の傍らには、灰皿が置かれている。まだ水しか入っていない灰皿の隣には用意された鑑の"昔お気に入りだった"煙草とライターがあった。
時計の音が秒刻みに鳴り、ほぼ無音に近い換気扇。何を思っているのか、鑑は目の前の虚空をただ見つめていた。身動きは勿論とっていない。本当に起きているのかさえも不思議なほど微動だにしないでいた。
厳しい顔つきのまま、足をテーブルの上に乗せ、煙草を用意したにも関わらず吸わないで微動だにしない鑑の姿は異様だと思われた。
「——煙草、やめたんじゃないんですか?」
その時、不意に声が鑑の元へと届いた。鑑はようやく首を動かし、その声の方へと見ると、そこには宮辺が立っていた。先ほど警備をしていた時に背負っていたはずのスナイパーライフルは持っていない。
「……まだ吸ってねぇだろ」
といって、鑑が再び目の前の虚空へと目を向けようとしたが、宮辺が小さく笑う。
「でも、吸おうとしましたよね?」
「……葵。お前は俺に喧嘩を売ってんのか?」
凄みのある睨みを宮辺へと向けた鑑であったが、宮辺は全く意にも介さないように、むしろ鑑の元へと歩み寄って来た。
「違いますよ。苛立っている時に、鑑さんは煙草を吸う癖がありましたから。やめた今でもその癖は治ってないみたいですね」
「……別に。ただ苛立っているっていうわけじゃねぇよ」
宮辺が鑑の目の前へと辿り着く前に傍にある煙草を手で握り潰した。
「ただな。どうにも引っかかる」
「引っかかる?」
今度ばかりは宮辺が不思議そうな顔をして鏡へと問う。それを聞いて、鑑も相槌を打ってから小さく息を吐き、答えた。
「今に始まったことじゃねぇが……俺達は何の為にいるのかって話だ。厄介者扱いされながらも、能力犯罪者の手から一般市民を守っていることにも直結している。だけど、認められてねぇ。それは俺ら能力者が怖いからだろ?」
「えぇ、まあ……能力者はこれまでの歴史の中でも存在せず、急に覚醒した異能者であるからですけど……鑑さんがそんなこと言うなんて、珍しいですね」
「悪いかよ、俺がそんなこと言って」
不機嫌そうに鑑が申し立てるが、宮辺は否定しながら微笑を浮かべた。
「いえ、鑑さんなら、そんなこと関係ないって仕事になお励む方だと思ったので」
「……それで済むなら、どれだけ簡単だろうな」
「どういうことですか?」
「いや……何でもねぇよ。それより、和泉はどうした?」
ようやく鑑は厳しい表情から普段通りの表情を見せるようになった後の質問に、宮辺は躊躇うことなく答えた。
「あぁ、和泉君なら白夜君が連れてきた人質の様子を伺っているところです」
「てーことは……ガキのお守りってことか」
「言い方は悪いですけど……まあ、そういうことだと思います。最近、任務をそんなに無いので、暇ですしね」
「暇、ねぇ……」
少し考えこむような素振りをする鑑を不思議そうに見る宮辺であったが、突然鑑が立ち上がった。そして、手の中に収められたままであった潰れた煙草をゴミ箱へと放り投げる。見事に入るのを見届けずに鑑は宮辺へと口を開いた。
「ちょっと出かけてくる。留守は二人に頼んでも構わねぇか?」
「え? あのっ、どこに——」
食堂を立ち去ろうとする鑑の背中を見つめ、宮辺は言い放った。それに後ろを振り返ることなく、また歩みを止めることもなく、鑑は小さく手を振ってから言った。
「"罪滅ぼし"に行って来る」
——————————
大きく息を吸い、吐く。その動作だけではあるが、本人にとっては長い時間のようで、短くも感じる、どこか違和感のある時の流れのように感じていた。
緊張していますといわんばかりに肩を硬直させていた秋生であったが、先ほどの流れの狂った時のおかげでようやく心が落ち着いてきている。
とはいっても、緊張というものはどこかにあるもので、それが表情として出てしまっている。その横にいる春は、そんな秋生の姿を見て少し笑みを浮かべた。
「緊張しすぎですよ、月蝕侍」
「いや……緊張するだろ……久々の任務だし、内容が内容だし」
春の言葉に返しながらも、その表情は休まることは無かった。それどころか、現実として緊張が伝わってきているのか、何だか変な感覚が秋生にはあった。
その原因となったのが、まさにこれから行う任務のことである。
ディストの申し出た任務の内容へと真っ先に意見を挙げたのは秋生だった。
「あの……神楽って、それもコードネーム断罪って、第一級能力犯罪者のことなんじゃ……?」
秋生のおそるおそる聞いたことはエルトールの人間ならば分かっているはずの能力犯罪者の情報である。
断罪はその中でもトップクラスに近い犯罪者候補として名を挙げており、第一級能力犯罪者としてこの世に存在していた。
「うん、その通りだよ。よく勉強してるねぇー」
呑気に言いつつ、角砂糖の入ったビンを開け、一つ摘むと突然それを口に含んだ。
「やっぱりこの角砂糖は美味しいね……。舌に乗せると、ふんわりとした甘みが広がっていくんだ。大きな固体ほど、その味も深い」
その言葉一つ一つが何を指すのか考える暇もなく、ディストの笑みを浮かべた表情に惚けさせられていた。
「神楽君には、少し用があるんだ。彼女ほどの犯罪者にしか分からないような内容も、ね」
開いたビンを右手でゆっくりと閉める。パタン、と音がしたのを確認すると、ディストは秋生へと向けて何故か左手で"グーサイン"を出した。そのグーサインに見惚れるかのように、何故か言葉が出てこない秋生を差し置き、黙ったままの他三人に向けて内容を告げた。
「いいかい? 生きたままの捕獲が最優先。ちなみに向こうは護衛なんて"頼んじゃいない"。つまり、こっちはアポ無しで護衛しに行くってことかなぁ。とりあえず、それを好ましく思わない連中がいるってことは……ここにいる4人なら分かるかな?」
「ベイグランドに、反能力者組織の連中か」
「その通り。さすが白夜君だね」
白夜が答えたことに対して素直に喜ぶような反応をディストは見せていた。
ベイグランドとは放浪者、つまり能力者の外れ者として扱われている連中で、一般市民の暮らす町などで生活をしている、いわば違法者である。
しかし、中には能力者迫害に遺憾を露わにする連中もおり、集団となったベイグランドが多発しているのが現状である。テロ等を行う過激派や、政府や一般市民らと話し合って決める穏便な連中とで分かれているが、その話し合いは未だに解決していない。迫害問題は未だに解消されていないからこそテロが起こるが、かといって解消されると一般市民にも反対の意見を持つ者は数多くおり、デモなどが起きる恐れがある。
彼らはエルトールを基本敵視している者が多い。政府から黙認されているエルトールは時に同じ立場と言っても過言ではないベイグランドにも敵意を向けることがあるからだ。依頼を受けて、金さえ手に入れれば敵意を向けてくる同じ立場の人間が許せないのかもしれない。
反能力者組織とはまさにベイグランドさえも受け入れようとしない一般市民の派閥から出来た組織である。市町村一丸となって組織化したところもあり、デモというレベルではなく、能力者を撤去することを目的としており、それらの事件も数多く存在している。
能力事件は武装警察が担当しているが、彼らは武装警察等も敵意を向ける有様であり、政府も手に負えない状態となってしまっている。
能力は覚醒するものであり、彼らの内の誰かが能力に目覚めてしまった時は更に迫害を受けることになる。少数派ではあるが、彼らは"能力"という異能のものに敵意を示しているのは確かであった。
「断罪がいるとされている場所は、自治区なんだよね」
「自治都市って……ここ最近で一番ベイグランドの暴走が多いとされている……」
春の言葉通り、ベイグランドの事件がここ最近最も多発しているのが自治都市であった。
自治都市とは、能力者や一般市民関係なく生活をするという目的の元で設けられた、いわば和平の一歩となる環境だったが様々な派閥に分かれてしまい、自治区はもはや分断されてしまっていた。
自治都市といっても4箇所に分類され、それぞれが大きな都市であることから敵対もそれぞれ強いものになってしまっている。もはや和平をしようと志している都市は自治都市の中の一つ、"久樹市"のみとなってしまっていた。
「元々能力者の街とされていた市なんだが……白夜君は心あたりがあるかな?」
白夜は黙っていた。しかし、ディストの言葉はハッキリと耳に届いていたようで、その瞳には様々な感情が渦巻いているようにも見える。
(白夜光……)
春が心の中で呟き、そして見つめる。姿は子供。しかし、精神は大人であるという。"どうして子供の姿なのだろうか"。その謎は、確かに白夜の瞳の中にあるはずであった。
「黒獅子は、案外近くにいるのかもしれないよ」
ディストは囁くように呟いた。凪は微動だにせず、一番近くでその声を聞き取っていた。腕を組んで、瞳を閉じている。起きているのか分からないほど静寂であった。
「断罪を……問いただせば、"真実"は見えてくるのか?」
「……君次第だろうね」
秋生は二人の会話の意味がまるで理解できない様子で困惑しており、春は黙って白夜を見つめていた。
白夜とディスト——二人の視線が交差し、そして瞳を閉じたのは、白夜の方だった。
数秒後、ゆっくりと目を開ける。真っ直ぐに捉えたのはディストの笑みを浮かべた表情だった。
「——それじゃあ、任務開始といこう」
——————————
何の事情があるか知らないが、秋生にとってただならぬものを感じた瞬間だった。
自治都市へと直接繋がるルートがあり、そこへはエレベーターで行くことが出来る為、エレベーターへと早速二人は乗り込んでいた。長いようで短いこの時間の麻痺が終わりを訪れようとした時、小さく吐息を弾ませる秋生と、先ほどの着物姿とは違った白のワンピース姿に、目印の青いバンダナを備えた春が隣で冷静さを保っていた。
程なく、エレベーターが開こうとしていた。
この時、秋生は何度か反復させる。ディストの言葉を、頭の中で繰り返していた。
「多分、開いた瞬間に——」
チンッ、と軽い音が鳴る。エレベーターの開く合図であった。ドアの開くスピードがスローモーションに思える。最後の言葉は何を言ったのかと秋生は思い返す前に体が反応していた。それと同時に、言葉がふと蘇ったのである。
「殺しにかかってくるよ」
その言葉が脳内を反復する前に、秋生は目の前を見つめ、瞬時に力を全身に込めた。
「——零旁」
秋生の呟いた刹那、陽炎が体中を迸り、全身を風景と一体化させる。それは傍にいた春にも乗り移り、同じように姿を消し去った。
——と、その刹那。ドアがまだ開ききっていない状態で、銃口が見えた。開いていくほど、その数は多くなり、そして全て開いた後。
銃を持った者達がその数、20以上を軽く超え、エレベーターの中へとそれを向けられていた。
何発もの銃声が、舞台の幕を開けた。
第4話:決別と遭逢(完)