ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.37 )
日時: 2012/12/03 22:31
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: JzVAb9Bh)
参照: お久しぶりの更新です(汗

真っ白い空間にたった一人、取り残されたかのように、少年はそこにいた。
そこは簡易なベッドがある程度の殺風景な白い部屋。この部屋に取り残されることを少年は勿論望んでいないはずである。しかし、現実として少年は"助けられた"。人質となっていたらしく、少年にとってはあまり認識がないことであろうとも、そういうことになっているようだった。

周りに何もないせいか、少年はただ膝を抱えて座り込んでいた。
簡易とはいえど、ベッドの上で座る方がいくらかマシだと思われるが、少年は冷たい床に体を置かせていた。
冷たさがじんわりと込み上げてきていたのが、もう随分前のように感じる。それほどこの床に慣れたということだが、少年にとって、この部屋の中は時が動いていないのも同じことであった。

何を待つこともなく、ただ時は流れてくる。少年の心には、己を助けてくれるヒーローという"信仰染みたもの"は存在しなかった。その存在を知るというよりも、聞いた事がない。それゆえにどういうものであるのかも上手く把握さえしていないのである。
しかし、そんな少年の時もようやく動き始めようとしていた。

「——やぁ。元気かい?」

突然、声が聞こえた。無音の時の中に突如介入してきた声。少年の目には、いつの間にかドアを開いてこちらを微笑む銀髪の男がいた。年齢的にもまだ若く見える。どこかキザっぽい様子がどことなく漂ってもいる。
しかし、何より少年が感じたのは、ただならない何か別のものだった。見た目などでは判断の仕様がない、何か別の、気配がしたのである。

「そこにいるのも飽きただろう? 僕とティータイムでもしないか」

少年の目を見て、銀髪の男は言った。その際に見えた笑みは普通ならば爽やかな紳士のような印象を受けるだろう。だが、少年にとってそれは——

「ぁ……」

初めて少年は声を出した。今まで、声という人間の機能を忘れていたように、初めての声は少年のように甲高く、掠れた声になっている。
しかし、そんなことはお構いなしに、銀髪の男の視線に釘付けになる少年は、目を離せなかった。その目は——

「君の名前は……なんて言うのかな?」

今まで、春がずっと聞いてきた質問を銀髪の男は問う。答えられるはずがない。それは少年もそう思っていたが、自然と口が動いていた。名前など、忘れたはずなのに。記憶がない自分は、時が止まっていたはずなのに。

「——ノア」

少年の口は、はっきりとそう告げていた。銀髪の男はそれを聞いて、口を歪ませる。そして誰にでも通用するような、実に自然であって"不自然"な笑顔を少年に向けた。

「ノア、か……。いい名前だ。やっぱり、分かるよね。君は……」

銀髪の男の目から、少年は、ノアは離すことが出来なかった。
最後まで、その目に見惚れてしまっていた。

その目に映る、別々の色を見つめながら。


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第5話:決められた使命

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銃声が乱雑に鳴り響き渡り、それと同じくして爆発音も混じり、砂土が大きく空中に散らばっていく。
秋生と春は、姿を隠したままそれを何とか突破し、ようやく危険地帯から脱することができた。

「だーっ、しんどいっ! 体がまだ鈍ってやがるし、何より数が多すぎだろ、あれ!」

全身の力が休まらない、といったように秋生は肩を微妙に上下動かしながら言った。
秋生の能力は"陽炎を操ることが出来る"というものだ。陽炎によって自身の体などを日常の色に溶け込むことが出来る。また、炎としての役割も果たせ、ダークな色の炎を変幻自在に放つことも可能である。先ほどの"零旁"というのものは、その陽炎を用いて姿を晦ます独特のものであった。
普段、何気なく見ている風景の中に溶け込むというので、その一点を集中して見れば蜃気楼のような存在に気付くことが出来る。しかし、動き回る蜃気楼そのものなので、触れることは勿論、発見することでさえよほど熟練したものでなければ無理に等しい。

「そんな無駄口叩いている暇があるなら、早く行きますよ。予定より時間が経ってしまいました」
「相変わらず、大和撫子さんはキツいよね……」

秋生は軽く冗談交じりの溜息を吐き、自分の先を行く春の後を追った。
抜け出した後、出来る限り人の目を避けるという意味でも地下の方を経由することになった。あれだけの数を配備していたとなれば、まだ地上には多くの兵士が残っている可能性がある。いつバレるかも分からない状況の中で、無闇に姿を晒す危険があることはしない方が良いと考えたのである。

多少時間はかかるが、この地下道は能力者が当初暮らす予定として仮想アンダーのような設備を兼ね備えるはずの道であった。時間がかかるのは、不十分な設備だということが大きくある。出口が曖昧で、塞がれているところが多かったり、自治都市でも能力者反対の町などは完全に防止している。入るまでは良いが、出るまでが面倒臭い。その為、あまり住民が活用することはない道である。

発展途上の作りの為か、電灯がチラホラと付いていながらもその他にちゃんとした道が出来ていなかったり、地下街として成り立っていない部分は多い。建設がストップしたのは久樹市のみが能力者と混合の町作りを開始してすぐのことだった。地下に住まわせるのは差別であると主張し、この仮想アンダーの建設は取りやめとなったのである。

「にしても……やっぱりおかしいよな」

電灯によって照らされた道を歩いている二人の内、秋生が突然呟いた。

「何がですか?」

特に不思議がる様子も見せていなかったが、大和撫子はとりあえずといった感じで質問の真意を問い返す。

「いや、普通そう思うだろ? この騒動って、神楽がいるから起こっているもの……ってだけだと考えられないんだよなぁ」
「エルトールである私達は、能力者と共同の町でも認可されていない為、私達の来ることを想定して配備しているのかもしれませんよ?」
「それだとなおさらおかしいって。まるで俺らが来ることが分かっている前提で配備してることになる。それに、神楽を連行するっていう今回の任務だが、何故今なんだ?」
「……と、いいますと?」

歩きながらではあるが、春も今回の任務に多少の疑問は感じていたようであり、秋生の言葉に耳を傾けるようになっていた。

「この間、絶対侵入不可能なはずのエルトールに侵入者がいた。それも目的不明の。疑問に思ったのは、俺達があまりに出来すぎるほど犯人と出会わなかったことだ。どこからか侵入したのは認めるが、団長室まで行くのには必ずエレベーターを活用しないといけない。階段で移動できたとしても、あの短時間の間に団長室まで移動できるはずがない。……まあ、通常の人間なら、の話だけどな」

軽く息を吐いて秋生は両手を後頭部に組んだ。通気性が良い為か、風の音がたまに奥から轟いていることが分かる。

「それで……その事件と、今回の任務がどう関係するのです?」
「直接的な関係があるかどうかは分からないが……侵入者の身柄等を取り調べた方がいいし、何より謎の手紙の正体。トワイライトの再来、だっけか? 悪戯にしてはなめすぎてる。団長室に侵入した犯人と、あの手紙……関係性がそこでは全く無い。だからこそ調査すべきだってのに……なんでそんな時にエルトールを離れるんだろうってな」
「確かにそちらも重要でしょうが……こちらも重要だということでしょう。それに、エルトールには鷹ノ目や嵐桜、それに紅蓮閃もいます。あの三人ならば大丈夫ということなのではないですか?」
「まあ……そうかもしれないな。俺の考えすぎってのもありそうだ」

笑いを堪えるように、口を抑えながら、しかし笑い声が漏れている状態で秋生がいるのに対して、春は秋生の話した疑問を一つ一つ頭の中で反復させていた。

「……陰謀、ですか」
「え? 何か言った?」
「……いえ、何でも。そろそろ着くようですので、気を引き締めてくださいね?」

あるとするならば……するならば、考えてしまう。
それは、深い闇の始まりなのかもしれない。蠢く風が荒々しく、電灯がまばらに灯っては消えていた。