ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.43 )
日時: 2013/03/04 22:48
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: gM9EmB37)

乱雑に撒き散らばった様々な硝煙の匂いが広がる。辺りは一面、人に忘れられた町のようであった。
人気はなく、まるで繁華街のようであった町並みも今は沈黙が漂っている。活気に満ち溢れていたと思わしき痕跡さえもこの殺風景な風景によって失われてしまっていた。

「これは……」

その町の様子を見て、凪が呟いた。
その両腰には二丁の銃が装着されており、後ろの腰には大型のナイフが備えられている。黒いスーツを身に纏い、金髪のショートヘアを硝煙の香る風に任せていた。
呟いたものの、その表情は凛として変わらず、冷静にそれを見つめている。

「少し前にここで争ったようだな」

まるで現状を確かめるかのように、凪の隣にいた白夜が呟き、歩き始めた。その後をゆっくりと凪も追う。
二人は同じように捜索しているが、共同ではない。どこかそれぞれの目的に順応しているような様子であった。

春たちとはまた別のルートから二人は侵入を成功させていた。道中に住民と遭遇しなかったことが幸いではあるが、繁華街に出る以上は遭遇するだろうと心構えていた。しかし、その予想に反して久樹市の繁華街は無人と化していたのである。

「断罪とは別の、何かの意思が働いている気がする」

突然、白夜が言い出したことに対し、凪は少し怪訝に近い表情をした。
今回の目的はあくまでも断罪の連行であり、その他の意思が働いていようが、任務には何ら関係はない。白夜の言い草はどうもそれとは見当の違う方向にあると思ったのである。

「というと、何だ」

凪はすぐに表情を戻し、そう返した。白夜は凪の方へと振り向かず、言葉を続ける。凪の視線の先には、白夜の着ているパーカーのフードへと向かっていた。

「見れば分かるだろう。明らかに、おかしい点がある」
「……"死体が一つもない"、か」

白夜の言葉に凪は即答した。
硝煙の匂いが"何故か"蔓延する中、どういうわけかその中に血の匂いは混ざっていない。銃は放っていることは硝煙の匂いのおかげで分かるが、血の匂いはなく、またその発生源となるであろう死体も見当たらないのである。
しかし、明らかな硝煙の匂い。それにこの無人状態の繁華街。不気味な違和感がこの繁華街を覆っていた。

「元々、ここに住民はいなかったと考えるとどうだ? 既にどこか避難し、この繁華街は使われていなかった……」
「だとしてもおかしい。何故硝煙の匂いが漂っている? 無人となったこの町が放置されていたのであれば、漂うはずがない。それに、陳列している商品はどれも腐っていない。先ほどまで人が住んでいた証拠だ」
「……なるほど、そうか。つまり……」
「あぁ。ここにいた住民自体が、銃を放った。争いを始める為に」
「だから別の意思が働いていると?」
「恐らく、エルトールである俺達にも敵意を向けるはずだ。別の意思が住民を動かし、奮起させた。……そうだとしたら、一体——」

と、そこまで白夜が話した途端、凄まじい爆音が響いた。その迫力は離れている白夜と凪にも伝わり、二人は何か言葉を交わすまでもなく走り出す。
まるでその爆音に引き寄せられていくかのように、繁華街を越えた先、センター街へと向かっていった。

途中、特にこれといって異変は感じなかったが、立ち込める硝煙の匂いは一層酷くなっているような気がしていた。
そして、センター街にようやく辿り着いたその先には、

「あら、思ったより来るのが早かったなぁ」

センター街の中心部にいる何者かが言い放つ。
木々があちこちに植えられ、中央に噴水があり、周りにはビルなどが建ち、明らかに人通りの多い場所のはずが、その者とその周りにいる民間人らしき者達、そして——


「待ってたよ……白夜光」


いつかの仮面を身につけた者が噴水の下部に座り、仮面の下で笑みを浮かべた。

——————————

「現れた」

途端、呟いた。それを聞いた傍にいた少女が不思議な顔をして見返した。
妖艶な雰囲気を纏ったその女性は、着物を翻し、上空を見た。その瞬間、爆発音が少し遠くで鳴り響いたのである。

「か、"神楽"様っ!」

妖艶な響きを持つ女性へと、蒼い長髪の髪を揺らした少女が驚いたように声を出した。

「そろそろ行こうか。……僕の客人が出揃ったみたいだしね」

笑みを浮かべる。が、それは嬉しそうでも悲しそうでもない、狂気という言葉が似合う表情だった。それを見た少女、千原 双(ちはら そう)は少し不安そうな顔を見せた。

「また……戦い、ですか?」
「そうだね。双、嫌かもしれないけど、少しの間"もう一人の君"でいた方がいいね」
「血を……流すんですね」

悲しそうな顔をする双とは裏腹に、神楽こと断罪はナイフを懐から取り出すと、それを見て驚愕した双を置き去りにして自分の手を自ら斬りつけた。
血が噴出し、それが双へとかかる。少量ではあるが、目の前で血が噴出したところを見た双は目を見開き、瞳孔が完全に開いてゆっくりと気を失いかけた——が、力が抜けたように手を伸ばし、顔が俯いただけで、何とか千鳥足で地上に踏みとどまっている。
それが数秒間続いた後、ゆっくりと顔をあげる。その表情は、笑みだった。狂気に満ちた笑みが、先ほどのあどけない少女の顔に浮かんでいたのである。

「あはっ、おはようございます、"断罪"様っ!」
「おはよう、双」

柔らかい表情で笑みを浮かべる断罪だが、その表情はどこか畏怖を感じさせる雰囲気を漂わせていた。しかし、それに対して双は興奮したような笑みを浮かべ、勢いよく喋り出した。

「あはっ、血が見れる、血が見れるんだねっ!? そうでしょっ? 私を呼んだのは断罪様っ、そういうことですよね? 殺すんでしょ? "この子の中"にいたら、すぐ気を失っちゃうから自分で血を味わえないの! だからね、すっごく楽しみにしてたのっ! あぁ、今すぐ殺したい! 誰でもいいから、早く早く……ッ!」
「ふふっ、相変わらず元気そうだね……。それじゃあ、味わいに行こう——惨劇スリルを、ね」

——————————

「っぷは、やっと地上だな……っと」

マンホールのような丸い円盤を移動させ、地上へと秋生は顔を覗かせた。見た限り、周りに人気はない。そのことを確認すると、ゆっくりと地下から這い出した。
秋生が出たのを確認すると、続いて春もそこから這い出す。二人はその場の確認を行った後、秋生が最初に声を出した。

「えらく……人気がねぇな」
「侵入する時はあれだけ警備されていたのに……中はこんなにも手薄……不自然、ですね」

二人が辿り着いた先は、センター街から少し近い3番街だった。
1番街に相当するのがセンター街。2番街が繁華街に相当する。二人が着いた3番街は、主に能力者が生活をし、結果的に一般人はあまり生活しないスペースであった。
全部で6番街まであるが、その中でも3番街が最も小さいスペースである。自治都市を掲げてはいるが実際、能力者に与えられたスペースは狭い。

「青空を拝むだけで、俺らは我慢しねぇといけねぇんだよな……」
「突然、どうしたのですか?」
「いや……あまりに人気がねぇってことは、ここに嫌気がさしたのかもなって思ったんだよ」

どこか不満そうな表情を浮かべつつ、秋生は辺りを注目しながら歩いた。春は、そんな秋生の様子にどこか重なった違和感を感じていた。
エルトールに所属する理由。その根本的な部分は、もしかするとこういう些細な理由であり、なおかつ当たり前のことなのかもしれない。そう思ったのだ。
それは、単なる人間として、本物の太陽と青空を見たい。そういう当たり前の常識が剥奪されている。物心のついた頃には既に能力が覚醒していた。いつからエデンが発見されたのか、ましてや誕生した時がいつなど分かるはずもない。だが、実体のないそれは恨む対象にはならず、元からこうであったと認識せざるを得ない。そういう人種になってしまった、己の不運だと春は思っていた。

「……だから、抜け出したんでしょうね」

あの重く、苦しい生活から。

「何か気付いたのか?」
「いえ、別に……それにしても、人の気配さえもありませんね」

知らず内に零れてしまっていた自分の"思い出"とやらを閉じ込めて、春は上手く話を戻した。

「あぁ、全くだ。てっきり民衆の中に紛れ込んでやがると思ったよ。そんで探し出すのに苦労して……ってのを予定してたんだが、これじゃあ断罪がいるってことよりも神隠しを疑うわ」

おどけたように肩を竦めて秋生は言った。
質素な家が出揃う住民街のような場所であるが、あまりに人気がない。生活感らしきものもあまりなく、不自然な様子が漂っていた。

「少し奥まで行ってみるか……何か分かるかもしれねぇし——」

と、その時。
目の前に一人、何者かが立っていた。黒い装束のようなものに包まれ、黒いマントのようなものを纏っている。ただ遠目からでも分かることは、目が赤く光っているということであった。

「何だ……?」

秋生が言葉を漏らした後、目の前にいる黒マントの者は突然腰元からおもむろに剣を取り出した。それを確認した後、次第にその姿は暗黒に染められる。それが消えたかと思うと、刹那に気配を察知した秋生と春は互いに左右へと体を転ばせた。
元より二人がいた場所には、いつの間にか背後にまわった黒マントの男が剣を二つ、振り下ろしていた。

「外したか……」

男が声を漏らしたのとほぼ同時に秋生は刀を構え、春はナイフを構えた。

「おいおい……いきなり誰かも名乗らずに攻撃してくるなよ」
「ふっ、それもそうであったな……。アバターコード、"斬将"だ」
「アバターコードということは……」
「能力者——かよッ!」

横斬りを仕掛けてきた黒マントの男に反応し、秋生は刀でそれを受け止める。笑みを少し浮かべた黒マントの男は、掛け声と共に連続で秋生へと攻撃を仕掛けていく。上下左右から来る攻撃の数々を刀で受け止め、体を反転させる。そのわずかな隙をついて攻撃を仕掛けた。

「遅いっ!」

黒マントの男は、すかさずその攻撃を感知し、もう一方の剣で刀を受け止め、秋生を蹴り飛ばした。

「うわっ!」

秋生の体を宙に浮き、そのまま蹴られた方向へと飛ばされる。
だが、その間に固まった黒マントの男の動きを逃さず、春がナイフで斬りかかった。

「くっ……!」

間一髪、黒マントの男は避けるが、頬にナイフが微かに当たり、斬り傷が一閃浮かび上がった。
もう片方のナイフで腰元を刺そうとする。黒マントの男は剣を振るい、そのナイフを弾いた。

「ぬぅっ!」

もう片方の剣を下から斬り上げる。春は後ろへ飛び、それを避けた。だが、その間に距離を詰められ、黒マントの男の強い攻撃が春へと襲いかかろうとした。

「陽炎、追風おいかぜ!」
「ッ!!」

春に剣が振るわれる前に、秋生の掛け声に合わせてその手から陽炎が浮かび上がった。それらはそれぞれ火球のような物体となって黒マントの男へと放たれていく。
思わず、黒マントの男はそこから後ろへとステップをして退いた。

「ほぅ……貴様の能力は、陽炎か」
「……一体何だってんだ。俺らに何か恨みでもあるのかよ?」
「そんなものはない。ただ……俺は雇われた」
「雇われた? 誰にだ」
「教えるわけがなかろう……。もっとも、お前等をこの先に通す事はない。つまり、ここで死ぬということだ。これから死ぬ者に教える義理もなかろう」
「へぇ、言ってくれるな」

秋生の持つ刀がゆっくりと炎に包まれていく。緑と黒の混ざった鬼火のようなそれは、次第に刀を全て包ませた。

「大和撫子、先に行け。ここは俺が引き受けた」
「何を勝手にほざいている。何人たりともこの奥へは——ッ!?」

秋生の姿が黒マントの男の目の前から消えたかと思うや否や、黒マントの目線の下で刀を構えていた。

「余所見してると、死ぬぞ」
「な……ッ!」

上に振り上げた刀は黒マントの男の左肩を斬り裂いた。だが、反応した男が後ろへと瞬時に体を傾けた為、そこまで深い傷ではない。
血が肩から流れ落ちる。それを見た春は立ち上がり、素早く移動を始めた。

「させるか……ッ! ぐ……! ぐぁぁっ!」

すると、軽い傷であったはずの先ほどの切傷から炎が発生した。その熱による痛みによって怯んだ男は思わず剣を一つ手から落としてしまった。
秋生の刀に纏っている鬼火は対象を燃やし、持続させることの出来る。業火刀ごうかとうと呼ぶそれが黒マントの男の傷をより深く与えていた。
そうして怯む男を前に刀を向け、不敵な表情を浮かべながら秋生は口を開いた。

「吾妻 秋生。アバターコードは月蝕侍。お前の相手は俺だ。名前ぐらい覚えとけ」
「ぐ……ッ、許さん……!」

侮辱に近い感覚を受けた黒マントの男は立ち上がり、剣を構えた。未だ燃え続ける左肩を差し置き、右手で剣を持って秋生と対峙した。

「本命前の……いい準備運動になりそうだな」