ダーク・ファンタジー小説
- Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.58 )
- 日時: 2013/01/12 01:28
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 5LwYdnf7)
「どうしたの? 優輝、優輝ッ?」
突然、通話が遮断された。
優輝へと指令を送っていたマイクは向こう側の音を何一つ拾わない。千晴は、優輝の身に何かあったのだと予測する。もしかすると、既に優輝は遭ってしまったのかもしれない。——神楽 社。断罪に。
「優輝が危険……ッ! 相原君、八雲部長に連絡とって!」
「あ……うんっ」
千晴の隣でコンピューター類の機械を弄る相原に、千晴は先ほど撃ち切った銃をリロードした。
周りには散乱した書類など床一面に散らばり、明かりは幾度も点滅を繰り返す電光灯のみ。二人がこの場所に来た時には誰かがここにいた。銃を発砲してその誰かを止めようとしたのだが、"尋常ではない動き"で逃げられてしまったのである。
「一体ここで、誰が、何を……?」
千晴が呟く。この部屋は、自治都市関係の書類が納められている書庫であった。随分と古くから使われていなかったようで、厳重というほどでもなく、ただ立ち入り禁止の看板が扉前に立てられているだけである。
しかし、そう立ち入り禁止と書かれてあったとしても鎖でドアを閉めているわけでもなく、あまりに警備が怠っていた。この部屋には自治都市の様々な書類があり、例の失踪事件のことも確かにこの場所で発見されたのだ。
考えられることとしては、誰かが意図的に解放しているということ。それは他に利用者がおり、秘密裏に何かを調べているということ。
そうした考えが千晴の中で想像されていた最中、相原が突然声をあげた。
「何? どうしたの?」
「え、えっと……八雲部長、既に察知して向かっているみたいです……」
「よかった。さすが、八雲部長ね」
銃をリロードし終えた千晴が安堵し、近くにあった椅子に座り込んだ。
その時、千晴は何か不審な音を耳で聞き取った。近くから聞こえてくる。それは一定の間隔で、なおかつ聞き覚えのあるような音であった。
「この音……」
ピッ……ピッ……と、繰り返していくこの音の発生源を探る。聞こえてくる音は近くにあるようだが、目で見る限りはどこにもそれらしきものはない。それどころか、突然鳴り始めたようなその音は果たして本当に自分の考えているものなのだろうか、と考え始めた。——しかし。
「うん……?」
一つの床が突然先ほどまでの床を踏んだ音とはまた違う感覚がした。明かりがまばらであまりよく分からない中で気付かなかったが、その部分だけ素材が違っていたようである。周りの木で作られた床よりも、もっと柔軟な作りであり、それは不自然そのものだった。
慎重に、しかし確実にそれを調べてみる。すると、やはり予想通りのものがその奥には隠されていた。
「……相原君」
「……? な、何? 千晴さん」
「逃げるわよ」
「え?」
「早くッ!」
千晴は相原の手を握って走り出した。
千晴が発見したそれは、一定のリズムを刻む時限爆弾であり、何者かによってそれは予測されたかのように——爆破10秒のカウントダウンを始めていたのである。
千晴と相原がドアから飛び出した瞬間、爆風と爆音が二人を襲いかかり、書庫であった古びた倉庫は一瞬の内に炎に包まれていった。
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千晴たちの声が聞こえなくなっていたことなど、今の優輝には考える暇もなかった。
緊張が一気に全身へとのしかかる。今まで仕事をしてきた中で、これほどまでのプレッシャーは初めてだった。
目の前のどうみても普通に見えた女性は断罪である、とたった先ほど漏らした言葉だけで確信する。それは、あまりに恐ろしい、とてつもない殺気が先ほどの言葉だけで優輝は感じ取っていたからであった。
(やばい……! やばいやばいやばいやばい……ッ!)
これは危険だ、と本能が告げる。しかし、逃げ出すことは許されない。たとえ逃げ出したとしても、一歩でもこの場から動いただけでも、殺される。そんな見えない恐怖が目の前に立ち塞がっていた。
「どうしたの……? 顔色が悪いなぁ……」
「お前……ッ、失踪した武装警察の特殊捜査隊と関係があるのか……?」
「失踪? 武装警察? 特殊捜査隊? ……何のことかなぁ」
「お前を探すために派遣された特殊捜査隊だ。……そして、この町で失踪した。20人余りいた全員がだ。失踪に、お前が関わっているんじゃないのか?」
「……くくっ、ふふっ、あはは、あははははッ!」
「……何がおかしい?」
突然笑い声をあげた断罪に、それとは対照的に焦る気持ちを落ち着かせる優輝。この女はまさしく断罪なのだろう。嘘だと思っていた安堵の道はそこで閉ざされた。
「君はおかしな人間だ。たとえ僕が失踪に関わっていたとしても、どうしてそれを話す必要があるのかな?」
確かに、それもそうだと優輝は考える。
もし断罪が失踪に関わっていたとしても、武装警察だということが知れている相手にわざわざ教えるヤツはいない。たとえ教えたとしても、それが信憑性のあるものかどうかなど皆無である。
「……なら、どうして俺が武装警察だということを知っている?」
「ふふっ、そうだなぁ……。君が武装警察だということ、か……。……"ニオイ"、かな」
「"ニオイ"……?」
「あぁ、そうさ。偽善者の"ニオイ"が臭くて堪らない。……とは言っても、君はただの偽善者じゃない。ちゃんと、絶望を知ってる……。恐怖、憎悪……そして、狂気を知っている」
優輝の頭の中で過去がフラッシュバックされる。何度も何度も夢の中でリプレイされてきたあの過去が再び蘇ってくる。
「きっと君も"死にたがり"なんだろう。死に場所を求めてる。君は己の中の罪悪を許せない反面、それを糧として生きている……そんな毎日が延々と、これからもずっと延々と永遠に永久永劫……続いていく未来。そんな狂った人生に、幕を下ろしたいと……そう思っている」
「……お前に、何が分かる……ッ!」
震える声と手が優輝の心情を物語っていた。それを見つめる断罪は表情を笑顔に歪ませつつ、怖気の感じるようなそれに立ち向かうかのように優輝は睨み付ける。それは、自分自身がここに存在していいと、まるで訴えているような姿であった。
「分かるさ。一歩間違えれば君は狂気の中。今頃殺人鬼になっていたかどうかも分からない。そんな最中に今もなお、君はいるんだ。好い加減、分かるはずさ……まあ、それももういい。そんなことよりも……」
背中の方から十字架に模した優に3mを超す鎌のようなものを取り出し、断罪はそれを構える。その華奢な足の方からは何本か伸縮自在の鎌が現れていた。
笑みを浮かべたまま、その恍惚とした表情で断罪は優輝へと告げる。"狂気の始まり"を。
「——さぁ、殺し合いを始めようか」
Daed or alive(生死は問わず)。
見えない狂気に優輝は心を駆られていた。