ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】活動報告&全話編集中 ( No.65 )
日時: 2013/03/05 23:42
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: gM9EmB37)
参照: めちゃくちゃ遅れてすみませんっ;

 ——神は偶像に過ぎない。
 人間にとって、都合のいい存在としてそこにある。自らの過ちを自分のものとせず、神に祈るだけ祈り、そして勝手に失望していく。
 そこに在ると願えばそこに神は存在し、そこに無いと思えばそこに神は存在しない。人間にとって神は都合のいい偶像に過ぎず、それは時として願われ、恨まれ、感謝され、憎まれる。自分達が間違えた道のりを、迷い込んでしまった底なしの沼を、神に助けてくれと願い続けるだけの人間。神とはその程度のものでしかなかった。
 しかし、"神はそこに居る"。すぐ傍に存在しているのだ。

 ——神は、確かにそこにいる。


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第6話:罪人に、裁きを

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 鋭利な何かで切られたような鋭い傷痕を残し、白い瓦礫の破片は辺り一面に広がっていた。均等に間を分けて植えられていた木々も無残に切り刻まれ、瓦礫の破片の上に何本も転がっている。炎上した車が横転し、今でも消えることなくその火は燃え続けていた。
 そんな光景を目を細めて微笑む男の姿。
 先ほど、銀色の槍を体内で生産し、それを現出させて放った結果がこの有様であった。その様子に、男は満足したように微笑むばかりか、小さく呟きを漏らす。

「なんやぁ……これで終わりなわけ、ないわなぁ?」

 まるで何者かを挑発するような口ぶりで言葉を吐き出す男。瓦礫が散乱するその光景の中、人気はないように思えた。どこを見ても無残に切り刻まれた痕があるばかりで、車の炎上する音が微かに聞こえる。曇り空のどんよりとした辺りの雰囲気に包まれ、男はゆっくりと口元で笑みを形成した。
 途端、鋭い衝撃が男の背中を襲う。衝撃の奔った最中、首を後ろに向けてそれを確認するとそこには凪がナイフを両手に握り締めてこちらへと踏み寄ろうとしていた。
 衝撃の原因は凪の蹴りであり、その勢いのままに着地して瞬時にナイフを構え、前進してきたのである。

「そうこな……面白うないわなっ」

 振り返るや否や、男は右手に寄せた銀色の液体を形成させ、鋭い槍状の物体を右手全体の形を無くして現出させた。それを大きく振りかぶり、とんでもない速さで振るう。それは常人の目で捉えられるか定かではないほどの速度であった。
 凪は両手に持ったナイフでそれを受け止めるというより受け流す。二本のナイフを交差し、滑らせるように尋常ではない速度のそれを流すと、そのままの流れで一歩踏み出し、右手のナイフで男の首元を狙い、薙ぎ払う。しかし、一歩足りずに相手が首を後ろに傾けるだけで避けられてしまった。

「おっと、危ないわぁ」

 まるでこの戦いを楽しんでいるかのように笑うと、男は右手の銀の槍を真っ直ぐ突いた。それは、音もなく、ただ腕が伸びただけの動き。それだけの動きは先ほど振られたそれとは全く違う、異常な速さで凪を捉えんとしていた。
 寸分の狂いもなく、それは凪を貫いたかに思えたが、しかし。

「——捉えた」

 銃口がいつの間にか男の額に当てられ、ナイフが男の脇腹へと突き刺さっていた。男が目を見開くよりも先に銃口から銃弾が飛び出し、男の額を貫通する。僅かな時間、僅かな動作で男は額に風穴を開けて地面へと倒れこんだ。
 目標が地面に伏したことを確認すると、それを見つめて銃口をさらに男へと向ける。通常の人間であれば、確実に死んでいるだろう。銃弾は頭を貫通し、そこら一面には血飛沫を彩り、男は反応さえも起こさない。それが"普通"なのだが——やはり男は普通ではなかった。

「……やるなぁ、姉ちゃん。でもなぁ、気付かへんかぁ? ……あんたと白夜光を離して、俺と一騎打ちなんて真似させた理由とか」

 男は、突っ伏している。それは確実だった。凪がその目で目の前に男は存在し、そこに血だらけで倒れている。それが現実のはずだった。
 しかし、どういうわけだか、この男の声は先ほどまで聞いていたのと全く同じ声で、更にこの声は"後ろから聞こえていた"。

「あぁ、もう面倒臭いから振り向くなや? ……あんたも分かってるんやろ? 月影 白夜の"中のモン"を」
「……何のことだ」
「とぼけても無駄やわぁ。この後に及んで、まだそんなこと言いよったらキリないでぇ。どうせあんたは、見張り役として同行させられたんやろ? このタイミングであんたがここに来るってことは、それしか考えられへんのや」

 二人だけの空間、ここだけが違う世界のように感じるほど、辺りには何も音はなかった。薄暗い霧のようなものが辺りを覆い、後方から語りかけてくる声に凪は銃を握り締めて動けない。先ほどまでとは比べ物にならないほど、明らかな殺意の込められた語り口調だった。

「まあな、この際やから言うとくわ」

 ふっ、と気配が消えたと思った瞬間、凪が振り向く寸前でその肩に手が乗る。ぞくり、と全身に怖気が奔る。この感覚は凪にとって二度目のこと。一度目の悪夢を呼び覚まし、吐き気が込み上げてくる。肩にかけられているはずの手は見えない。いや、"見れなかった"。そして、まるで悪魔の囁きのような、甘く、おぞましい口調で男は囁く。

「関わるんじゃあない。いいか? お前は"俺達を知っている"のだろう? ならなおさらやめておけ。同じ二の舞を、同じ過ちを繰り返したくはないだろう? ここではまだ殺さない。しかし、だ。これ以上関わりを持つというのなら、覚悟しておいた方がいいだろう……ふふ、まあ、せいぜいお前の主によろしく伝えておくことだ」

 先ほどまでの男ではない。同一人物などではない。まるで別の、"化け物"のように重く、強く、言葉が凪へとかけられる。その刹那、手はゆっくりと離され、次第に体の重みが抜けていく。すぐさま後ろを振り向き銃を構えたが——そこには誰の存在もなかった。

「……なるほど、な」

 ただ一つ、言葉を漏らす。
 男が残した言葉一つ一つを頭の中で何度も思い返していく。その最中、あの男の存在感は戦っている最中の"それ"とは全く別物であることも思い当たる。そう思えば、先ほど語りかけてきた口調は先ほどまでとは"明らかに違った口調"で話しかけてきた。それは聞き比べただけで分かる、単純な違和感。
 いつの間にか、凪の目の前で倒れていたはずの男の死体はなくなっていた。その代わりというように男の着ていた服のみ落ちている。荒んだ周りの様子、静けさがそこには存在していた。
 先ほどの男が言っていたように、凪は"知っていた"。この任務がどうして行われたか。また、自分が何故同行することになったのかを。直接命令はされていないが、何かを暗示するものだと即座に気付いた。"だからこそ、白夜から遠ざかった上で応戦した"のである。
 しかし、と銃をリロードしてホルダーに納めて後に凪は頭の中で考えていた。

「——退けるわけがないだろう」

 過去に写る奴等が関わっているとするならば、なおさらのこと。陰謀が渦巻いているのは確かであり、またこの場所でここで殺さないということはどういうことを意味するのか。凪の想像は膨らむ。
 次第に、口元が微笑んでいく。これから起こることを予測して。

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 運命に従順に生きたつもりだった。
 そのはず、そうだ、俺は、どうして、こんなことに。

(どうしたの?)
「やめろ……」
(ねえ、大丈夫?)
「話しかけてくるな……! 俺に……!」
(——白夜)

「やめろぉぉおおおお!!」

 叫ぶ、叫ぶ。消えない言葉が、記憶が、渦巻く。何度も反復する記憶が白夜の心の中で何度も繰り返される。それは消えることのない、幾重にも続いていく螺旋。もうやめてくれ、と否定しても拒み続けても抗い続けても、消えることはない。
 両腕に灯る光が眩く唸りをあげる。消えたり、激しく燃え上がったり、光は不安定に点滅する。白夜の心を表しているかのように、それは何度も繰り返されていく。

「どうしたのかなぁ、白夜君は……もう分かってたんだよねぇ? あれぇ、まだ甘えてたのかなぁ。君のせいで、皆死んだんだよ? もう忘れちゃった? ——那祈ちゃんのことも」
「う、ぁ……那、祈……?」
「そうだよ。覚えていないかい? 君が——殺したんじゃないの?」
「あ、ぁ……う……ッ!」

 激痛が頭を鋭く響かせる。記憶が何度も何度も、蘇る。思い出なんて甘いものじゃない。それは、ただの願望。己の願望でしかない、こうあればいいなんて、押し付けがましい願望の記憶だった。全部、白夜は知っている。

「何を……した、俺が……」

 思い返す、あの時。ルトのこと、那祈のこと。二人が混じる、混じる。ルトを探してたはずだった。ルトという、大切な存在を。

「忘れたの? ……なら、教えてあげよう。君は——」
「やめ……ッ、ヤメロォォッ!」

 光が暴れる。右手が暴走し、ラプソディの周りを乱立して火柱を立たせる。しかし、リバウンドの如く右手はそれを受け切れずに弾く。ごきっ、と骨が歪む音がする。しかし、頭痛の為にそんなものはまるで何も感じない。ただ頭を抱える。そしてうめき声をあげる。どういう状態なのか、白夜自身も何も分からなかった。
 歪んだ笑みを浮かべ、興奮しながらラプソディは苦しむ白夜へと指を差し、楽しむようにして笑い声をあげ、そして、言い放つ。残酷な、狂気を白夜へと植えつけるように。



「見殺しにしたんだよ! お前は! 目の前で助けて、助けて、助けてぇ! ってお前を求める那祈ちゃんをぉっ! 胸を撃たれ! 足を撃たれ! 腕を撃たれ! 頭を撃たれ! 体中から血を沢山沢山沢山噴出す那祈ちゃんをなぁぁ!! あひゃひゃひゃひゃ! あは、あひ、ひひひ! 覚えてないの!? 酷いねぇ! 自分で殺した相手のことを何一つ覚えていない! 名前さえもうろ覚え? いいねぇ! 狂ってるよぉ! 心底君は狂ってるッ!! 君はその肌でぇ! 返り血をベッタリとつけてぇ! 笑ってたんじゃないのぉぉっ!? あはは、あひひひひ! あひゃっひゃっひゃッ!!」



 そんな、はずはない。
 そんなものは、ありえない。なのに、どうしてか、覚えているような錯覚。映しだされた、その映像は。


(びゃ、くや……く、ん……)
「ぁ、ぁあ……ッ! あァぁぁッ……!」


 ——神様など、そこには存在しなかった。