ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】第6話開始 ( No.70 )
日時: 2013/02/18 23:12
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 5LwYdnf7)

「はい! これ!」

 突然、目の前の視界に飛び込んできたのは細い腕に、握られた手作り感のあるミサンガだった。
 丁寧に縫い込まれており、そう簡単には解けないように頑張って作ったらしい。細い腕の先には、笑顔で見つめてくる那祈の表情。白夜はあまりに突然のことで、少しの間時が止まったかのように何も反応出来なかった。

「……何だ、これは?」
「ミサンガだよ。作ったから、白夜君にあげようと思って!」
「俺に、くれるのか?」
「うん、そうだよ! その代わり、ちゃんとつけててね?」

 断るわけにもいかず、ぎこちない仕草でミサンガを受け取る。それを見た那祈は嬉しそうな笑顔を浮かべて白夜を見つめた。その表情は純粋無垢と言っても過言ではないほどの笑顔で、思わず目を逸らして手に乗せられた色とりどりのミサンガを見て小さく笑う。
 ——笑った、記憶があったのに。

 本当に、殺したのか?
 俺が、この手で。

——————————

「いっくよぉーっ!?」
「……またですか」

 かれこれ、春と双は応戦し続けていた。といっても、ほとんどワンパターンの展開であり、春自身も何とかこの状況を打破したい気持ちで向かってくる相手を出迎える。
 双のやり口は決まって手持ちの槍を乱暴に振るい、隙があれば自身の能力であろう"氷の造形を手の平上に生産する"ものを多用してそれらで春を貫かんとしてくる。しかし、乱暴に槍を振り回している状態の中で能力を無理に使おうとすれば、勿論精神力が安定せずに乱れ、造形は綺麗に形を成さない。でこぼこの氷の槍を表現し、それを瞬時に飛ばしてくる程度の為、命中率も低く今の所は春に直撃どころか掠りもしない。更に、槍を乱暴に振り回してくる時には必ずと言っていいほど掛け声がかかる。そのおかげもあって攻撃が予測しやすく、春の身のこなしではそんな乱暴な手法は通用しないことは当然なのであった。

(早く先へ進みたいのですが……)

 既に春の中では年齢相応の呼称ではなかった無礼な行動に対する怒りは治まっていた。それよりも早く、早くに先に急ぎたい。そんな逸る気持ちとは裏腹に、槍は縦横無尽に向かってくる。一見、乱暴に見えて、尚且つ隙のあるように思えるが乱暴さゆえのことなのか、速度が異常に速い。見たところ、双は中学生程度の歳に見えるのだが、どういうわけかそれ以上の、男顔負けの力を誇っているのである。

(何かトリックがあるかもしれませんが……どうしたものでしょうか)

 右に薙ぎ払ってくる槍を姿勢を低くして避け、頭上を見上げればすぐそこには上から振り下ろそうとする双の不気味な笑み。そして瞬時に下ろされる槍を手持ちのナイフで受け止めるが、衝撃で負けて体勢を崩す。

「もらったぁっ!」

 手元から吹き飛ばされたナイフを見送る間もなく、双の槍はその頭上高くに持ち上げられた——が、しかし。

「あまりに大振りで、懐ががら空きですよ?」
「ッ!」

 双の槍は確かに振り下ろされる刹那、そこに春の姿はいない。体を床に滑らせ、尋常ではない身のこなしによって双の懐まで入り込んでいたのである。槍は頭上で高く留まった状態で、春は双の腹部へと手を差し出す。瞬間、光り輝く透明の粒子が春の手のひらより伝わり、双の体中へと蔓延していく。

「な……ッ」

 声をあげるのも間もなく、双は槍を持つ力を失い、地面へとそれを落としていた。ゆっくりと、春はそのまま双へと触れたまま、

「ごめんなさい。急いでいるのです。ですから、少しの間だけ、夢を見ていてください。——遮断ブラックアウト

 どくん、と双の心臓が一段と大きく鼓動する。脳へとそれは伝わり、次第に意識が薄れていく。そこからもう、双の目には何も映らなくなった。
 ゆっくりと立ち上がると、春は長い黒髪が垂れたのを耳にかけ、真っ直ぐ前を見据える。

「急がなければ……」

 嫌な予感がする。それも、ふつふつと、不安の表れがまるで空が表しているように、曇り空は更に広がっていた。

——————————

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 息切れが止まらない。目の前にいるのは、凶悪能力犯罪者。優輝が黒獅子を追っているあまりに知らなかったが、周りの人間は皆が知っているほどの有名な犯罪者である。たった一ヶ月で100人にも及ぶ殺人被害が出たとさえも噂される犯罪者が、今目の前に、こちらに殺意を向けてきているのである。
 殺伐とした路地裏の中、ジメジメとした空気を孕み、断罪こと神楽 社は不気味な笑顔でこちらを見つめている。やはりそうだ、こいつが、こいつが"断罪"。名前だけでは違和感しかなかった犯罪者は今まで優輝が相手にしてきたものとは比べ物にならないほどの殺気を感じる。たった一言だけで、ここまで人は怯えるものなのか。自分にはそれはないと思っていた。あの残酷な、地獄を見たのだから。しかし、死と隣り合わせであることを実感した時、それと同じような恐怖の錯覚に陥る。

「……僕が断罪だから、捕まえるのかな?」

 笑みを浮かべる断罪。唇を噛み締める。
 目の前に対峙する"人の形をした化け物"を倒さなくてはならない。そんな、正義感というのか、無謀というのか、勇気というのか分からないような、不思議な決意を固める。こんなところで、死ぬことは許されない。自分にはまだ使命がある。生きる使命が、罪の使命が。

「……だったら、どうする?」
「ふふっ、あははっ、捕まえる? 冗談だよね?」
「冗談じゃない。お前を——」

 その時、凄まじい怖気を感じ取る。これほどまでに、全身を震わせたのは"あの惨劇"以来のこと。それが今まさに、目の前に畏怖するべき存在としてそこにいた。


「——殺し合おうよ、人間じゃなくなるぐらいに」


 背中に掲げられた大きな包みの存在に今まで気付かなかったが、そこから取り出されていた一つの鎌状の物体。十字架を気取っているようにも見える真っ直ぐの棒と棒をクロスさせて引っ付けたようなもの。しかし、その鎌の先端には鋭利に尖る槍の先端、そして飛び出た鎌の刃である部分は真っ直ぐに、しかし鋭利なカッターのような刃を覗かせていた。それを構え、満足気に微笑む神楽の姿。

(ヤバい……! 来るッ……!)
 
 先ほどの言葉を放った時の恐るべき殺気の恐怖をそのままに、優輝を標的として自身の背丈を越えるほどの大きさの大鎌を構えて踏み出した神楽の姿を見て、既に分かっていた。分かっていたのだが、体が強張って上手く反応できない。

「いくよ?」
「うっ……ぁっ!!」

 突如、神楽はまるで瞬間移動したかのように素早い動きで優輝のすぐ傍まで近づき、そして——金属がぶつかり合う音が響き渡る。
 何とか神楽に反応し、優輝は手持ちの太刀を抜き出して受け止めた。恐怖のあまりに反応したようで、自分を情けなく思う反面、目の前の敵は凶悪能力犯罪者なのだと再認識させられていく。しかしそれに伴って、段々と優輝の中で使命が再び芽生えてきた。
 何とかしなければならない。自分は、何の為にここにいる、何の為に生きている。こんなところで死んではならない。生きなければ、何も果たせない。

「うぉぉおおっ!!」

 姿勢が崩れた体勢から、勢いよく神楽を弾き返す。神楽は仰け反り、その場から一度離れるが、余裕の笑みを浮かべたまま軽々と鎌を一回転させて見せる。それに対して、優輝は余裕はなく、何もしていない状態でも息切れしていた。しかし、使命感を訪れた突然の恐怖によって再び呼び起こされ、何とか心内状況は落ち着いたのである。

(危なかった……ダメだ、相手に圧されてる……! こんなことじゃ、全然ダメだろうが……!)
「逃げる? それとも抗う? 君には選択肢は残されてはいないんだ。いいかい、宣言しておくよ。僕は君を殺す。そう決めたんだから、それは導かれし運命なんだよ。哀しい運命に捕われた、君を逃す為に、ね」
「お前は、俺の何も知らないッ! 俺にしか分からないッ!」
「分かるさ。君のような人間は、一番分かりやすい」
「黙れッ!」

 太刀を構え、神楽へと向かっていく。しかし、その途中で気付く。神楽の両足には伸縮自在の鎌が存在しているということを。
 数十本に至るそれらは向かってくる優輝に反応するかのように伸び、優輝の進行を妨げる。その隙に神楽は手に構えた鎌を横へと薙ぎ払っていた。

「ぐっ……!」

 構えていた太刀でそれを防ぎ、後ろへと退く。しかし、追い討ちとして数十本に及ぶ鎌があらゆる所から優輝を狙う。太刀を精一杯振り回し、防いだところでその数十本の内の数本。その他は直撃を免れるように軌道をずらす程度のことしか出来なかった。
 鎌は優輝の体に傷をつけていき、その数は10箇所以上にもなる。掠った程度のものだが、体中から少量の血が切り傷を表していた。

(もっと動きが速かったら、俺は殺られていたかもしれない……!)

 今までは正義感の方が強く、そしてあの惨劇と肩を並んだ恐怖はなかった。だからこそ黒獅子のみを標的として生きてきたが、その考えは甘かったといわざるを得ない。目の前には、こうして畏怖するべき相手が余裕の笑みを浮かべてそこにいるのだから。

「生死なんてものは、突然にしか起こらない。だからこそ、ゾクゾクしないかなぁ? ふふふ、僕はね、そんな狂気スリルが堪らなく好きなんだ。でもね、そんな好きなこととは別に、助けてあげたいって思うよ」
「……何をだ」
「決まってるじゃないか。可哀想な、可哀想な、生きる意味のなくして生まれてきた愚かな人間達にだよ」

 神楽が迫る。優輝は太刀でそれに対して身構えるが、無数の鎌が優輝の動きを制限していく。そして、迫りきった断罪は構えた大鎌を振り下ろそうとしていた。だが、優輝は焦らない。むしろ、この絶体絶命にも思える状況を"好機"と見ていたのだから。

「生きる意味のない人間なんて、いるはずがないっ!」

 蒼い光が太刀の刃に灯る。光は刀身を包み込み、まるでそれは炎のように燃え上がり、勢いは止まると刀身には淡い蒼色の光がまるで刃の如く完全に覆っていた。

「うおおぉぉッ!!」

 太刀を振るう。蒼い光がその残像を作り出し、凄まじく重い一撃が的を貫く。自分を取り囲む無数の鎌に対してその斬撃は一気にそれらを切り裂いていった。何物も、その斬撃の前にはいられない。空気さえも断ち切る"蒼い斬撃"は無数の鎌を一刀両断した。

「まだだっ!」

 空中を浮くようにしている神楽を置いてけぼりにして、優輝は更に次の一撃を繰り出す。目標勿論、神楽本体にである。邪魔するものがなくなり、また排除した反動で動きが鈍った神楽の手元は既に狂っていた。最大のチャンスに、優輝は渾身の一撃を叩き込もうとする。

「喰らええぇぇッ!!」

 神楽をそのまま一刀両断——には、届かない。
 まだ鎌は残っており、その鎌が地面を刺して神楽の体を後方へ回避させたのである。それゆえ、斬撃は目標を失い、目の前の虚空を切り裂いた。何物も存在しない、あるとすればそれは空気のみ。空気を断ち切った音が豪快に轟く。それによって、その場にあった地面の砂は一気に舞い上がり、地面は裂け目を作った。

「クソッ……!」

 悔しさを噛み締めながら、息を整える。二回連続で優輝は"能力"を発動した為息切れが起こっていた。
 優輝の能力とは"何物も斬ることが出来る最強の斬撃を繰り出せる"というものである。ただし、それは鋭利なもので、斬れるものでなければ意味を成さない。鈍器に対してはこの能力は何故か発動せず、刃物類でしか効果を発揮しないのである。しかし、この能力は大きく体に負担をかけるものであり、最大で三回連続でしか今の所斬ることは不可能だった。

「へぇ……面白い能力だね。戦うべくして生まれたような……」
「はっ……神さえも斬れるかもしんねぇってことで、"神斬"(しんざん)なんて不本意なアバターコードが認証されてるけどな」
「神斬か……いいねぇ、君は。今さっきのはゾクゾクしたよ……ふふ、それじゃあ、僕の方もお見せしようかなぁ」
「何、を——」

 瞬間、神楽は優輝のすぐ傍まで近づいてきていた。物凄い瞬発力、跳躍力は人間の域を超えている。危険だ、と意識内では分かっており、体を反応させるが、それよりも先に神楽が手を差し伸ばしていた。
 そして、間もなく、優輝の体は弾けるようにして吹き飛ばされる。口からは血反吐を噴出し、込み上げるその嗚咽感と腹部に響く強烈な痛みに抵抗できぬまま、優輝は実に5mほども飛ばされたのだ。
 そのまま、何が起きたのか分からず、ただ腹部に強烈な痛みが走り、必死にそれを押し込めるように抵抗するが、声さえもまともに出ない。ぼやけた視界の中で、ゆっくりとこちらに歩み寄って来る神楽の姿が見える。しかし、動かない。体が言うことを利かない。神楽の手には、大鎌が握られてある。その表情はぼやけた視界の中では分からないが、きっと笑っているのだろうか、とそんな予測をする暇もなく、優輝は突然襲われた死と直面していた。
 ——が、しかし。
 
 突如、大きな轟音が響き渡る。どこからか、分からない。視界はだんだんと暗闇を増してきていた。そのまま、闇の中に落ちるかのように思われたが、予期せぬ声が聞こえたのである。


「優輝君、よく頑張ったね」


 その声は、確かに聞こえた。
 いつもは、頼りない泣き虫で、動物好きで、謎が多くて、いつも笑っている——

「八雲……部長……?」

 視界がまた現れる。そこには、薄っすらと見えた。いつも通りの涼しそうな薄い青色の浴衣を着た人。少しだけその人はこちらを振り向き、いつも通りの笑顔で、

「優輝君、部長って呼び方はダメだよ。八雲さんって呼ばないと、デコピンするよ?」

 ——"零傑"八雲 涼風がそこにいた。