ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】予定活動報告ー。 ( No.77 )
日時: 2013/03/16 21:42
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: gM9EmB37)
参照: 更新遅れてすみませんっ;今回ちょっと多めの約6000文字ですっ。

 青く澄み切った空が延々と虚空に連ねられているその下、坂道の途中で少女と銀髪の青年が紙袋を抱えて歩いている。周りは白い外壁が建ち並び、坂道の左手真下には綺麗な水の色をした川が続いているが、全体的に半円球の透明なケースによって守られ、まるで外から何物も受け付けなくしているような印象のあるそれだった。
 晴れ晴れとした空の印象とは異なり、辺りは青年と少女以外の人気はまるでない。それに加え、何の為に備えられたのか分からない白い壁が坂道の左右にさえも建ち並んでおり、一本道のそれはどこに続くか初見では検討もつかないほどである。
 そんな一本道を青年と少女は二人歩いていると、少女の方が唐突に笑みを浮かべて言葉を口にした。

「今日のご飯、何にしよっか?」

 両手で抱えた茶色の紙袋の中には食料が入っており、それらの総重量を重たく感じながらも運んでいる少女とは違い、隣にいる銀髪の青年は華奢な体を持ちながらも無表情にて軽々と少女の二倍はあるだろうかと予測される重量の紙袋を持っていた。
 そんな銀髪の青年、白夜は少女の方へは向かずに目の前の坂道の奥を見つめながらゆっくりと歩を進めていき、少女の質問から少し間があってから口を動かす。

「なんでも構わない」

 そんな無愛想な回答でも少女、那祈は微笑んだ。そして、何をするかと思えば紙袋を突然探り始めた。程なくして、彼女の嬉しそうに喜ぶ声と共に取り出されたそれは白夜の目の前へと差し出される。

「はい、チョコレート!」

 と、那祈の声でようやく白夜は少女が差し出した手元を見つめた。そこには、包装された紛れもないチョコレートが握られている。

「好きだったよね? 甘いもの。初めて会った時も食べてたし」

 那祈が笑みを浮かべながら言いつつ、チョコレートを受け取ってもらえることを待っていた。しかし、返って来たのはそのチョコレートを那祈に返す白夜の言葉であった。

「甘いものは好きだが、チョコレートはたまにしか食べないんだ」

 通常ならば傷つくだろう。好物を買ってきたはずが、それはたまにしか食べないものだと本人から聞かされたのであれば。しかし、那祈の反応は予想だにしないものであった。

「ふふ、それならー……」

 まるでこのことを予想していたかのように、那祈は再び紙袋に手を入れる。その様子を不思議そうに白夜は横目で見つめてから数秒後、那祈が笑顔のまま再び取り出したものは——

「じゃーんっ! はいっ、どーぞ!」

 那祈が取り出したそれは、真っ赤な球体の果実。それはリンゴだった。リンゴはしっかりと那祈の手に握られ、白夜の前に再び差し出されている。純粋無垢な笑顔を浮かべた那祈とは裏腹に、白夜はそれに何を返すわけでもなく、ただ頭の中に一つ、
 そんなはずはない。そんな、はずは。

「ん……嫌い、かな?」
「いや……」

 そうじゃない。拒絶の言葉が入り混じる。頭の中に浮かぶのは、予想外の出来事。ただ、那祈は白夜にリンゴを差し出しただけ。それだけの行動で、何故ここまで"脅かされることがあるというのか"。
 白夜の表情は驚きと共に、信じられないと言いたげな苦悶の表情を浮かべていた。それに気付いた那祈は白夜の様子がおかしいことを悟る。

「だ、大丈夫……? そんなに、嫌だったかな……」
「違う……違うんだ」

 反対する意見を述べて、白夜は那祈の方を見つめる。そういえば、と心当たりがどことなく生まれてくることを感じながら。

「何で、リンゴが……俺の好物じゃないかと、思ったんだ……?」
「え……うーん、特に理由はないの。ただ、白夜君が食べてそうなイメージというか……ずっと一緒にいたわけじゃないのに、おかしいよね。でも、リンゴが頭の中に浮かんだの。だから買ったんだけど……嫌いだった?」
「いや……嫌いじゃない。むしろ、好物だ」
「本当? 良かったー!」

 嬉しそうに笑顔を浮かべて喜ぶ那祈に比べ、白夜は少しも嬉しそうな顔さえもせず、また驚いた顔もせず、ただ信じられないように那祈の手の中に納められている真っ赤な"それ"を凝視する。
 そんなはずはない。何度も浮かんだその言葉が、遂に形となって頭の中に、記憶として蘇っていく。それは、白夜にとって忘れるはずのない、大切な"日常"の記憶の断片。

『はい、リンゴ。白夜、好きだよね? ……ふふ、白夜の好物をイメージしたら、リンゴが浮かんできて』
「まさか……」
「どうしたの?」

 過去に浮かんできた記憶。これは紛れもない真実だろう。そして、今現実として起きていること、これも真実のはず。これは単なる"偶然"なのか。それとも、これは"必然"なのか。

「いや……なんでもないんだ」
「そっか。良かった、急に怖い顔したから……はい、じゃあこれ——あっ」

 那祈がリンゴを白夜に渡そうとしたその刹那、その手をすり抜けていくようにリンゴは落下する。その瞬間の出来事、リンゴは地面に当たって少し砕け、坂道の法則に従うように転がっていく。それはまるで、過去を遡っていくかのように。

 今更だった。何故今更——那祈がルトに酷似していると、気付かなかったんだろう。


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 異様な空気が漂う路地裏の方。突如として現れた見知った顔の女性に思わず驚愕の表情を浮かべる優輝。様々な思いが葛藤した結果、涼風の忠告は耳に入っていなかった。

「何で、ここに、八雲ぶちょ——」

 途端、優輝の額に猛烈な痛みが迸る。

「いってぇっ!! な、何を……!」
「デコピンするって言ったよね? 言いましたよね? 何で言うのかなぁぁ! 何で言っちゃうのかなぁぁっ、優輝君!」

 水色の涼しげな着物の振袖がふわりと優輝の目の前を舞い、その次には涼風の綺麗に整った顔が表情をしかめて息のかかる所まで接近していた。

「な、な……っ、れ、礼儀ですよ! 礼儀! 任務中なんですから、それぐらいは……!」

 顔を真っ赤にさせて優輝は慌てて言いながら顔を後ろに退かせた。武装警察の中でもかなりの美人顔と称されるほどの整った顔を持つ八雲 涼風にここまで接近されることは同じ部隊といえども初めてである。またここまで吐息が触れ合う場所まで近づかれてはその美貌を全身に目の当たりすることとなり、余計に言葉を詰まらせてしまう。
 そんな醜態を、恥ずかしく思いながら悟られないように必死に手を左右に振る優輝を見て、どういう意味か涼風は優しく、いつもの愛想の良い笑顔を浮かべて鼻で少し笑うと、優輝から目線を背けて再び目の前の敵、断罪を目の当たりにした。

「それだけ元気なら、もう大丈夫だね」
「え、あ——」

 今さっきまで必死に手を振っていた自分が急激に恥ずかしくなると共に、涼風の言葉通りに体の異常はもうどうもなかった。しかし、断罪に触れられた部分のみ奥底から少しばかりの痛みの痕跡が追って来る。
 断罪と対峙し、もう少しで倒せると過信した自分の過ちを今一度その痛みで悔いた。"断罪の能力"をまだ知らずに、己の能力のみで圧せていたと思っていたのかと、自分の甘さが命取りであったことを涼風の背中を見つめながら歯を噛み締める。

「……すみません。俺、油断してました」
「……私は誓ったんだよ。もう誰も、失わないって」
「八雲部長……?」

 背中姿で表情は見えないが、何かを決意した強い意思がその言葉にはあった。それが何かは全く分からない。気付けば、同じ部隊にいながら、涼風のことを何も知ってなどいなかった。何もかもが秘密。ただ"零傑"と呼ばれ、仲間内からも恐れられるほどの実力者であったというだけであり、素性は何も知れない。どうして武装警察にいるのか、それほどの実績がありながらどうして"厄介者扱いの部隊"に所属しているのか。
 過去に何かあったことは既に優輝の想像内では把握できていた。しかし、それは話されなければ何も分からないし、伝わることもない。優輝の過去もそうである。ニュースとして当時は取り上げられた為、これまでずっと偽名を使っていたが、自分は日上 優輝であることは生きている証だと、それを教えてくれたのは紛れもない、目の前にいる"零傑"だった。
 何か助けになれば、と願うたびにその過去に触れる恐ろしさがそれを拒む。自分だって触れて欲しくない。何の為に黒獅子を追っているのか。それは真実を知る為に、自分が生き残った"さだめ"としているからだ。涼風にとってそれは触れていいものなのか、そうでないのか。それはすぐに判別がつく。触れてはならないからこそ、何も話さない。もしくは、信用されていないのだ。

「……優輝君」
「あ、は、はいっ」

 突然話しかけれた優輝は思わず立ち上がり、奥底から来る痛みに耐えて返事を返した。こちらを向きはしないが、その声色や表情は見えないながら、涼風は今相当の力を放たんとしていることは同じ能力者として感じ取れる。何を話しかけてくるのかと多少の緊張を心に保っていたが、

「走れる?」
「え?」
「いや、走れるかな?」
「え……あ、はい」
「よし、それじゃあ、中央広場に向かって欲しい。少し嫌な予感がするんだ。本来の任務を思い返しながら、そこで起きていることは自分自身の判断で対応してね」
「け、けど、俺も一緒に——」
「私は一人で大丈夫だから。部長命令だよ、お願い」
「……分かりました。すみませんっ」

 涼風から部長という権限を行使し、命令されたのは初めてだった。それほど大切なことなのだと自分に言い聞かせて身を翻し、中央広場へと向かって駆け出す。
 本当ならば、涼風と共に断罪と戦いたい。しかし、分かっていた。自分がいれば、明らかに足手まといだと。断罪の殺意は先ほど優輝と対峙していた時とは比べ物にならないほどまで増大していた。加減されていたのだと優輝は自分の弱さと無力さに絶望を感じる。だが、そんな自分でも託されたこと。それは必ず全うさせて見せる。今はまだ何も恩返しは出来ないが、必ず——自分が復讐を果たし、全てが終わるまでには、と。その時、優輝は心の中で決意したのである。

「……行った、かな」

 涼風が呟くと、目の前にいながら先ほどまで何も行動を起こして来なかった神楽が不気味に笑い声をあげる。

「やっぱり、あの程度じゃ全然ダメみたいだね」
「ふふふ……ふふふふ、まさか、君のような能力者がこんな所にわざわざ出向いてくれるなんて……今日は運がいい」
「そんな、褒め言葉はいいよ。同じ動きやすい着物同士、仲良くしよう、ね?」
「ふふ、そんな殺意を剥き出しにした者が言う言葉かな……?」
「褒められても、何もでないよ? いや……強いて言うとするなら——氷、かな?」
「ッ!」

 瞬間、神楽のいた場所に冷たい風が吹き、地面にはいつの間にか氷が張っており、そこから勢い良く巨大な氷柱が飛び出した。神楽は何とかそれを避け、更に迫り来る氷柱の追跡を手に持った鎌で薙ぎ払う。
 冷たい氷の粒子のようなものが辺りに舞い、涼風の辺り一面が急速的に気温を下げていく。やがて氷の薄い膜のようなものが涼風の半径1〜2mほどに広がり、そこだけの世界を作り上げていた。
 涼風が"零傑"と呼ばれる由縁とは、自分の定めた境界内より外側に向けてどこからでも瞬間的に氷を造形・発動することが出来る能力にあった。また、辺り気温を下げることも可能であり、自らに対する気温の低さは全く感じない。しかし、何も無い所から造形し、発動することは立ち止まった状態に加えて自分の定めた境界内でしか可能とならず、境界から出れば発動することは出来ない。自分の手や自分が触れたものに関しては発動可能である。境界はいくらでも自由に広げることが出来るが時間がかかり、更に外に対する攻撃の範囲が逆に狭くなってしまう。
 神楽は、不敵に笑みを浮かべて走り出す。その能力をまるで理解しているかのように、涼風の境界を突破しようと試みたのである。

「ただ単純に境界を破ろうとしているわけでは、ありませんよね?」

 涼風の一言と共に、神楽に向けて何十本もの鋭利な小型の氷柱が襲いかかる。半分ほどは小型の鎌が阻止し、もう半分は手に持った十字架をモチーフとした大鎌で薙ぎ払った。
 だが、間髪入れずに次の氷柱が飛び込んでくる。先ほどよりも巨大な氷柱であり、それは真正面と後方より挟み撃ちにせんとしていた。何とかそれを上空へ飛ぶことで避けたが、それを待ち望んでいたかのように、涼風が自らの手で造形した氷の槍が上空に存在する神楽を射止めようと既に放たれる。そのままそれは神楽を貫くかと思った刹那、

「仕方ない、か」

 不気味に口元を歪ませ、笑みを浮かべた神楽は大鎌の先端部分を槍のようにして、飛んできた氷の槍にそれを激突させた。しかし、涼風の氷はその間に何物かが激突してきた場合であったとしても、その境界内で作られたものであれば再生をする。それに従って、槍は勢いをそのままに再生するかのように思われた——その時、


反衝撃リフレクト


 槍は再生せず、一瞬にして木っ端微塵に四散した。神楽の持っていた大鎌はそのまま勢いを失わず、それは言い表すならば"衝撃の槍"。強い圧迫を持ったそれは投げ飛ばされてきた方向、つまり涼風へと向けて"神楽ごと"飛んでいった。それは常人では避けようのない、凄まじい速さを持ったそれであったが、そのほんの一歩後ろで涼風は身構えていた。
 ——巨大な、右手ごと覆った剣状の氷柱を構えて。

 それはそのまま振り下ろされる。が、断罪はそれに反応して大鎌を激突させ、威力を無力化させるが、左手に既に造形された氷のガントレットのようなものでがら空きとなっていた断罪の脇腹部分を殴りつけた。その勢いで断罪は1、2mほど飛ばされる。しかし、その表情は苦痛に満ちたものではなく、"殺し合い"そのものに関しての歓喜の笑みであった。

「ようやく、能力を吐き出しましたか」
「ふふふ……吐き出した? 違うね。もっと面白くなると思ったんだよ……君と僕の、殺し合いがつまらなかったらダメだ。やっぱり、君は面白い。出会った瞬間に分かっていたよ、君の奥底に渦巻く増大な——"狂気"をね」
「……私は、誓った。もう仲間は失わない。私の"狂気"は……罪人に、裁きを下す為にある」
「ふふふ……そんなことはどうでもいいんだ。君がどう思ったとしても、狂気には逆らえない……さぁ——僕を殺してみせてよ。楽しませて、みせてくれ」

 いつしか、頭上からは一滴一滴と、だんだんと激しさを増していく兆候である小降りの雨が訪れ始めていた。