ダーク・ファンタジー小説
- Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.80 )
- 日時: 2013/03/06 22:28
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: gM9EmB37)
- 参照: 今回のは無理矢理な展開だと自負してます……。申し訳ないです;
小降りの雨は次第に強さを増していく。曇り空が一面に広がり、青空であった空を今では灰色に染め上げていた。炎上した車に雨が当たるたびに蒸発した音を少し鳴らしながら火は抵抗を続ける。爆発によって抉れた地面に雨が認識しない内に溜まっていく。
そんな中で、雨に打たれながら頭を抱えて呻く白夜の姿があった。
「うぅ、ぅぅ……」
「ふぅ……そろそろ思い出してくれたかな? 己の過ちをさぁ」
頭を抱えて膝をつく白夜の前方、仮面をつけた真っ黒の衣装を着飾ったラプソディが先ほどまでの興奮していた様子とは打って変わり、興醒めしたような口調で白夜へと言葉を投げかける。
「違う……俺、は……」
「俺は殺してない……とでも、もしかして、言うつもり? ふふふ、ダメだなぁ、自分が殺した事実を今更隠蔽しようだなんて」
「ち、がう……っ」
殺していない。そう言葉で断定したいはずなのに、それが言葉として表現されない。何が邪魔をしているのか、白夜は分かっていた。その事実が自ら確認できなかったからだ。
断片的に記憶として残っていたのは、那祈という少女がいたこと。那祈は研究所に囚われ、そこから脱出し、自分が助けたのだという記憶。そして、二人で共に研究所のことを探り、ようやく掴んだ手がかりから、那祈の育ての親ともいえるユリアは研究所とかかわっていた。既に心が壊れ、殺人鬼と化していたユリアを自らの手で最期を迎えさせ、そして——
そこから続きが出てこない。それから明確に何をしたのかは覚えておらず、ただ断片的に記憶が浮かんでくるだけ。己の目的、ルトを助け出すことを伝え、最後に浮かんできた記憶は、那祈がルトに酷似していたという"不確かな事実"だった。
だが、疑問がある。白夜の中で、どうして那祈の記憶があったはずなのに、那祈のことを今まで思い出そうとしなかったのか。それは、何か隠蔽したかった、ということなのだろうか。すなわち、ラプソディが先ほどから述べているように、自分が殺したという事実が隠されているのかもしれない。そんな"見えない狂気"に白夜は侵されていた。
「違わないさ。君の過去は全部全部、ぜーんぶ、知ってる。君のその右手が狂うほどに暴れ、目の前の少女を貫いたんだ。気持ちよかったかい? 安心しきっている相手を殺すのは……」
頭上から降り行く雨を見上げ、両手を広げながら白夜の方へとゆっくりと歩みを進めていく。白夜の様子は右手が光の点滅を繰り返し、左手で額を押さえ、苦しそうに呻くばかりである。
「君の中の狂気が。あの時、爆発したんだ。殺したい。殺したい殺したいと、本当の君が喚いているのが聞こえるよ」
普通に聞けば、根も葉もないことであるのは明確なはずが、既に白夜の心はラプソディの"狂気"に飲み込まれ、正常な考えができない。あるのは、鋭い頭痛と繰り返されるあるべき記憶。そして、ラプソディの声と足跡だった。
「さぁ——思い出そう。君の過去を」
既に、ラプソディは白夜の元まで歩み寄り、姿勢を低くして耳元で語りかける。その言葉で白夜に金縛りが奔ったかのように全身が動かなくなり、目の前の灰色の光景が一転した。
『白夜君は、ルトって子を探して? 私は一人でも大丈夫だから……早く!』
声が聞こえてくる。その声は、どこかで聞いたこのある声。光景も浮かんでくる。殺伐とした白が基調の研究所内。あちこちに大型のカプセルや機械が配置され、サイレンが鳴り響いている。
『どこだっ! どこにいる……!』
駆け回る目の前の光景、無数の雑踏。すべてがリアルに感じる。まるでその場にいるような感覚に陥っていく。
『そこにいるじゃあないか』
何かに導かれ、自分は彷徨った。そして、見つけた時、その瞬間。背筋が凍りつくような思いをした。
『あ……あ……』
血塗れの床、血塗れのカプセル。その中に取り残された、一人の人物。それが誰なのか、不透明な事実の中、何故か襲い掛かってきた恐怖。それはどうしてなのか分からない。ただ、そこに死体があり、それがルトなのかさえも不明なまま、不安に襲われる。狂気に、狂わされていく。
『嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ……ッ! うぅ、ぅ、うわああああああ!!』
信じていた道しるべが、目の前で死んでいる。守りたかった存在が、目の前から消えていなくなっている。それが偽者かどうかさえの区別もつかず、それが真実だと疑いもせず、暴れる、暴れていく。右手が暴走し、爆発をあちこちで発生させ、周りの機械類は粉々に破壊される。誰がどこにいようと、関係ない。全てを破壊したい、殺したい、消し去りたい。止め処なく出てくるこのおぞましい感情を一心にして、右手が暴発していく。全てを巻き込み、そして、場面が急に移り変わる。突如として現れた目の前の少女。右手に生暖かく、気持ちの悪い感覚。
『白夜、君……どう、して……?』
目の前には、那祈の姿があった。涙を流して訴えかけてくる少女。その腹部には、俺の右手が完全に那祈の華奢な体を貫通し切っていた。
そう、俺が殺したのだ。俺が、那祈を。那祈を殺したのは、俺。そう、だ、俺なんだ、俺が殺って、俺が——
『あは、あはははは! あはははははは!』
「やめろ……ッ」
『あはははははは!! あは、はは! ひひっ、あはははは!』
「もう、やめてくれ……ッ!!」
笑い続ける映像の中の白夜は狂ったように右手を振りかざし、既に息を引き取っているはずの那祈に爆撃する。那祈の体が吹き飛び、辺りに血が多量に飛び散る。その中心で、白夜は恍惚とした表情で光景を眺め、再び右手を振りかざし——
「やめろ……ッ、やめろぉ……ッ! やめろぉぉおお!!」
白夜の右腕が急に眩い光が覆い、体全体へとそれは広がっていく。ラプソディは既に白夜から離れ、その光景を見つめて笑い声をあげる。
「はははははっ! 遂に……遂に目を覚ます時が来たか……! ——"人柱"の力を!」
雨は激しさを増していく。白夜の心が今狂気で埋もれ、全身が歪んだ黒の光が包み込み、頭上の灰色の空を見上げる。雷が音を立てて遠くから響き渡り、それと同じように光もまた力を強めていく。
「あ゛あ゛ああああああああ!!」
白夜の内に秘めた"禁断の能力"が遂に解禁された。
——————————
同時刻。激しさを増す雨の中、走り続けてようやく広場付近にまでたどり着いた春は、異常な様子にすぐに気付いた。何かおぞましいものがこの世に出現したかのような、そんな姿は見えない"畏怖の対象"が奥に蠢く感覚。今まで体験したことのない恐怖の種類にこれまでにないほどの焦りを感じていた。
(もしかして……これは、白夜光が……?)
春の予想は少なからず的中していた。不安要素を前々から白夜に感じていた春は、能力者の他に何か白夜の中にあるものさえも見通していたのである。しかし、それがどんなものか分からない以上、何も関連付けることはできない。白夜の断片的なものしかフラッシュバックとして見たことがないからである。
(この道を抜けたら、もう広場に……!)
不安定な気持ちのまま、春は誰もいないゴーストタウンと化した中央広場へとようやくたどり着いた。
そこで見た、光景とは。
「あ、あれは……」
思わず声が漏れる。確かに白夜はそこにいた。しかしそこに、目の前にいるのは、"いつも目視している姿の白夜光"ではない。
そこにいたのは、長い銀髪の髪を持ち、子供の姿ではなく"大人の姿"をした、春が今まで見たことのない月影 白夜だった。