ダーク・ファンタジー小説
- Re: 白夜のトワイライト【完結版】久々更新です!ごめんなさいっ; ( No.87 )
- 日時: 2013/07/24 16:47
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Drat6elV)
- 参照: お久しぶりです;パソコン不調、テストを乗り越えてようやく更新です
能力者とは、異能な力を持った人間のこと。
普通の人間達は、そんな彼らのことを異常者として見てしまう。今までいるはずのなかった異常な存在が目の前に突然現れた時、人はそれを畏怖の対象として見改めてしまった。
何も、彼らは望んで能力者になったわけではない。望んで"ここにいるわけではない"。
彼らはただ、生きたかった。人として、己として、生きたかった。
いくら世界に拒絶されようが、他人に、友達に、家族からでさえ疎まれようが。
彼らは人間であり、それは風月 春も同じことだった。
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降りしきる雨はいつの間にか音を無くし、時が止まったようにその場に留まっていた。正確に言えば、雨は速度を緩め、その場にほぼ停滞しているような状態であった。
春の外見からは特にこれといって変化はない。しかし、そこには人間にあるべきものの"欠如"が表れていた。
それは、表情である。
先ほどまで苦難の表情を浮かばせていたが一転、無表情と言葉で表すよりも、感情というものがそもそも存在しない。
見る者全てが恐れを抱くような——冷徹な表情へと豹変していた。
「目標……確認」
小さく呟き、目の前に対峙する白夜をただ見つめる。
我を忘れたままの白夜の表情は何を考えているのか想像を絶するほどに虚ろである。しかし、その体は素早く春に向かって動き、神々しく光輝く右手が唸りをあげて一瞬の内に春の懐へ——届く前に、突然の衝撃によって白夜はその行動を強制的に終了させられた。
「……ッ!?」
思わず、その虚ろな瞳を見開いた。
それはただ、白夜の頬を叩いた程度のものだが、重みのあるそれは確かに手ごたえがある。
春の右手が拳の形を作られ、それはしっかりと白夜の頬に向けて伸ばされていた。白夜の頬に届き、なおかつ白夜はその衝撃を頬に感じた。その甲斐あって白夜の突如仕掛けた奇襲は防がれてしまったのだから、何が起きたのか当の本人は全く理解が出来ない。
だが、春は一寸たりとも動いてなどいない。ましてや、あの白夜の速さに先ほどまでならば避けるしか手段がなかったはずなのだ。
これらが意味することは、つまり、春は白夜の奇襲を瞬間的に読み、なおかつそれよりも速い反応でカウンターを繰り出したということになる。
「全て、"視えています"」
「ッ!」
春の右手には粒子が纏われ、そのまま腹部に殴りかけようとした直前に白夜の光り暴れる右手がそれを阻止するべく、横に一閃。しかし、それも読んでいた春は体全体を脱力することによって避けると、空いた左手で腹部を強打した。その速さは今までの春とは比べ物にならない。
左手の拳で強打された白夜の華奢な体は腹部を中心にして曲がり、力の向きに従って後方に飛ばされた。
人間の力は普通の生活をする中で100%の力を出していない。その力は温存され、人体に対して危機が生じた時に稀に発生するケースがある。
それはあくまで一般の人間のケースであり、能力者になれば身体そのものが改善され、自らその力を自由自在に扱うことが出来る。幾度か鍛錬を積むだけでコントロールできるようになるが、発揮することで身体に悪影響を及ぼす危険性もある。
これが人体覚醒。人間の力をコントロールすることによって引き出した力である。
「……?」
人体覚醒によって能力に磨きがかかり、より俊敏な反応をとることが可能になった春は白夜の身体に触れたことによって何か違和感を左手に感じていた。
まるで、"中身が何もない"かのような空虚な感触。人間とは思えない体温、殴ったという感覚が全くない。それらが春に違和感を感じさせていたのだ。
「ぅ、ぅぅうああ……! うぁぁああ……!!」
違和感を確かめるよりも先に、白夜が唸り声をあげると左手で頭を抑えた。見えない何かを抑えているかのように、髪の毛がくしゃくしゃになっても強く、強く頭を抑え続ける。
「うぁぁああああ!!」
すると突然、狂ったように叫び声をあげると白夜は右手を大きく構え、春に向かって駆け出した。
「仕方ないですね……そろそろ、目を覚まさせてあげましょう」
対する春は右手に光を帯びた粒子を纏わせると同時に両目がほんのりと赤色に変化した。向かってくる白夜を赤色の瞳は見据え、右手を前方に差し出す。
右手に纏わりついていた粒子が背中側にも廻り、羽のように展開させて右手と一体化した。
「——星羽」
白夜の右手と交差したかのように見えた直前、光り輝く羽を纏った右手は暴れ狂う光を"押さえ込み"、すかさず粒子に包まれた左手を白夜の額に優しく小突き、目を閉じた。
粒子が白夜の頭に入り込み、脳内を瞬時にフラッシュバックさせていく。白夜の過去が、春の知り得なかった事実が、今このような形で知ることになってしまった。
——しかし。
「……やはり、これは"記憶の断片"ですか」
と、春は呟いた。
それとまた同じくして、左手を離して目を開ける。瞳は赤色を帯びておらず、元の深い黒色に戻っていた。目の前に呆然として立つ白夜は抜け殻のようで、生気がまるでない。
そして、その瞬間。目の前の世界が突然歪み始めた。
世界の崩壊を示しているかのように、着実と世界は色を変えて、形を変えていき、見えてきたのは——
「もう"トリック"が見破られちゃったかな?」
声が聞こえた。
世界は"現実"の広場に戻り、そこにはラプソディの姿とうずくまる白夜の姿があった。
「貴方の仕業だったのですね、ラプソディ」
冷静に、春は語りかけた。曇り空はあるも、少々の雨が降っているだけで、先ほどまで体感していると思っていた降りしきる雨の様子は一つもなかった。
「ふふ……そうだねぇ。全て、僕の狂気による喜劇さ。今更分かったところで、時間稼ぎにそれは過ぎなかったわけだしね。今、真っ白なキャンパスに狂気で塗り潰しているところだったけど、それも、もう終わったところだよ」
「貴方が私に見せていた幻覚の狂気は、白夜の記憶の断片から作り出されたものですね?」
「あぁ、そっか……"君の能力"だったら分かるよねぇ。いらない記憶だからね、それは。"新しい記憶"が既にあるから、必要ないんだよ」
「……久樹市に人がいなかったのは、ここは既に"汚された土地"なんですね?」
「汚されたと聞いちゃ、"犠牲"になった人達が報われないねぇ? 君の推理は当たっているよ。かのトワイライト実験によって汚染した土地は何年かの月日を経って空気を汚濁していき、その空気は"死の風"と呼ばれ、吸った空気の濃度によって致死する……能力者には抗体があるからねぇ。白夜君達ご一行をお招きするには最適の場所じゃないか?」
笑みを浮かべているのか、仮面に隠れた口から多少の笑い声が混じっていた。ラプソディは、この状況を楽しんでいるのだ。待ち望んでいた結果に酔い痴れている。
前方にうずくまったままの白夜に動きはなく、視線は自然とラプソディ一点へと注がれた。
「まあ、必要だったのは白夜君だけなんだけど……バレないように工夫したよ。狂気によって狂わせた"彼ら"を仕向けて入り混じらせることで現実と幻の境をうやむやにしたからね。いいトリックだとは思わないかい?」
「あの人間達はやはり、普通の人間……? 狂気によって狂わせ、死の風に汚染されながら……」
「ふふふふ、そうだよ。どのみち、彼らは死ぬべくして死ぬ運命だったんだ。虐殺よりマシだよねぇ? 少しでも生きながらえたことを逆に感謝して欲しいよ。……まあ、エルトールや武装警察が自分達を徹底的に殺しに来るってことで、必死になってたんだけど。ふふふふ、滑稽だよねぇ!」
笑い声が響き渡り、数秒間それが続いた後、ラプソディは言葉を続ける。
「ま、もう用はないよ。白夜君の"中にあるそれ"も確認して覚醒させた……これからが楽しみだよ、ふふふふ……」
「一体何を企んでるのですか? 貴方は誰の差し金で——」
と、そこで春の脳裏に一人の呼び名が浮かんだ。聞いただけで、何も分からない。けれど、今回の白夜絡みの関連は全て、そこにあるのではないか、と。
「……"黒獅子"の指示ですか?」
問いかけてから数秒後、ラプソディから発せられたのは、
「さあね?」
その時、不気味な怖気が春を包んだ。嗤っている。この男は、確かに嗤っていた。狂気がそこにあった。おぞましいその"何か"が。
「それじゃあ、僕は行くよ。……じゃあね」
「……ッ、待ちなさい!」
得体の知れないものが春を邪魔し、行動を遅らせた。既にラプソディはそこに姿はない。ただあるのは、静けさと少々の雨が降るのみだった。
「白夜光……!」
そこでようやく、春は白夜の元に駆け寄ることが出来た。触れた体は雨に濡れ、冷たさを帯びている。体は今まで通りの子供の姿だったことに多少の安堵を感じつつも状態を確かめる為に両手で触れてみた。
「大丈夫ですか、白——」
「……るな」
「え……?」
ただ、うずくまっていたのではない。白夜は手で自分の顔を押さえていた。そこから垣間見えた中の表情は——
「俺に……触るな……ッ!!」
その手の中から赤い瞳が春を睨み付けていた。
感覚的に、春は手を離してしまう。単純に、無意識的に、本能的に、"触れてはならない"と感じ取っていた。ここにいるのは自分の知る白夜光ではない。おぞましい——"能力者"だった。
だが、それはたった一瞬のこと。次第に顔をあげ、雨が降り続く中、白夜は空を眺めた。
「どうして、こんなにも、空は————遠いんだろう」
瞳は既に黒色に戻っていた。先ほどみたあれはまやかしだったのではないかと思えるほど、その表情はあまりに悲しみに明け暮れて、泣いているようだった。
声をかけるべきなのか、そうではないのか。果たして自分はどうすることが正しいのか分からないまま、春はただその場で白夜を見守っていた。見守りながら、あの記憶の断片の中に見た"光景"を思い浮かばせる。そしてそれを、この白夜に見せるべきなのかどうかも、まだ春には判断しきれなかった。
「——そこにいるのは、誰だ?」
が、しかし。
代わりに出てきたのは、全く別の人の声だった。足音が次第に近づいて行き、白夜と春の前に姿を現す一人の存在。
「そこで何をしている? この惨状は……お前たちは一体……何者だ?」
拳銃を構え、背中に大きな太刀を背負った男。日上 優輝がそこにいた。
油断のないように、拳銃をしっかりと握り締め、距離を縮めて行く。
「質問に答えろ。お前たちは何者なんだ?」
繰り返す質問。恐らく、この者は武装警察なのだろうということが春には予測がついていた。自分たちはエルトールであると伝えたところで、この場を切り抜けられそうもない。それは、この惨状の始末と何故ここにいるかということの情報を公開しなければならないからだ。様々な質問をされるに違いない。エルトールは基本的に目の敵にされていることが多い為である。
考えが思いつかない。この状況、この場合、どうするべきか。迷っている内にも距離が詰められる。喉から何とか声を絞り出そうと、春が口を開いたその直後、
「——復讐者だ」
小さく、白夜が呟いた。その目は確かな決意が込められていた。
「復讐だ。すべて、全てを断罪する。俺の……この手で、必ず……!」
その目の先に一体何を見ているのか。答えは、白夜を除いて誰も知らない。
誰も、知らない。
——————————
「……それで? 成功したんだね?」
「はい。予測通りに事が運びました」
「ふぅん……良かったよ。僕がやっちゃうと、色々ややこしくなってしまうからね……」
「……しかし、良い獲物を見つけてしまいました」
「獲物?」
「はい。私にとって、最優先の獲物です。久々に何か得ることが出来そうな予感がします」
「……君のそんな嬉しそうな表情、久しぶりに見た気がするよ」
「えぇ。胸の奥に溜まったこの"狂気"を発散することが出来る相手がやっと見つかりましたからね」
「……構わないけど、僕の指示通りにも、お願いするよ?」
「はい、勿論です。……では、任務に戻ります————"獅子様"」
「やめてくれないか、その呼ばれ方は捨てたよ」
「申し訳ございません。ですが、この呼び方は久しく呼んでいませんでしたので」
「……それじゃ、頼んだよ」
「はい、仰せのままに……」
扉が閉められる。会話がなくなると、角砂糖を一つ取り出し、カップの中に沈めた。
マドラーを動かし、角砂糖は溶けていく。そして一口。
「……やっぱり、"紅茶"は口に合わないよ」
そう一言だけ、呟き残した。
第6話:罪人に、裁きを(完)