ダーク・ファンタジー小説
- Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.90 )
- 日時: 2013/07/25 00:32
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Drat6elV)
- 参照: 久々の連続更新ですb 番外編スタートしました!
——世界は残酷だ。
当たり前のように生きて、当たり前のように暮らし、当たり前のような人々の中で、何も知らずに生きていけたら。
私は、嘘を吐かずに済んだのかもしれない。
『OVER AGAIN〜Fire Work〜』
『……——本日未明、ベイグランドの抗争が各地で勃発し、その活動内容は能力者の人権に対する内容を主に、"能力都市"の開発中止を訴えかけている模様——……』
テレビの中の20代後半の女性アナウンサーが決められた台本にそって言葉を紡いでいく。それが誰かに届くか届かないかも知らないまま、ただ仕事を言い訳にして無責任にも世界の事情を話している。そんな風にしか小日向 葵(こひなた あおい)は思えなかった。
「あははっ、先週の見た?」
「見たよぉー。面白かったよねー。最近、あんな面白いバラエティー番組なかったし……」
「え、違うよ結衣! ほら、火曜日にあった……」
「あれれ? 火曜日にバラエティー番組って……」
「違う違う! バラエティーじゃないよ! 結衣ってほんと、バラエティーしか見ないよね!」
小洒落た喫茶店の中、テーブル席に座る三人の中に葵はいた。
最近の学校生活の中でよく話したり遊んだりするようになったのは、目の前で意気揚々と話す新島 朱里(にいじま あかり)と岸畑 結衣(きしはた ゆい)の二人だった。
活発でスポーツが得意でいつも元気のある朱里とは対照的に結衣は運動がダメだがそのおっとりとした性格に加え、誰もが口を揃えて天然と呼ぶ逸材だ。
「えー、葵ちゃんも見るよぉー。ね、葵ちゃん」
「あ、え? えっと……ごめん、テレビ見てたっ」
「あ、出た! 葵の聞いてないクセ! 聞いてるように見えて聞いてないんだから参るわ……」
「あはは、ごめんごめん……」
朱里が行儀悪く頼んでいたミックスジュースを音をたてて吸い上げると再びミックスジュースを頼んだ。
「そういう朱里は、ミックスジュース好きだよね……」
「分かってないねー葵は! ここのミックスジュースだからいいんじゃない!」
ウェイトレスさんが近づくまでに声をあげて注文するので、女の子としては多少活発すぎるところではあるが、朱里の容姿は普通に女の子として演じていれば何を言うまでもなく、美人な部類に入るだろう。
その為、入学当初はこの豪快な性格に気づかず朱里に告白して色んな意味で撃沈したのは言うまでもない。更に言えば、朱里は全く彼氏を作ろうともしない。縁は相手から腐るほど寄ってくるが、どれもこれも断り続けているのだ。
結果、朱里に対する好意を向ける場所がなくなった男達は自らファンクラブなるものを密かに結成し、彼女が様々な部で助っ人として活躍する際には必ず応援に行っている。
「お待たせいたしました、ミックスジュースです」
「お、きたきた! あ、二人も頼まないの? 今日は最初に言ったと思うけど、私の奢りだからね? 遠慮しないで頼みなよ」
ウェイトレスがミックスジュースを置くや否や、ストローでそれをかき混ぜながら葵達に言った。
スポーツ万能ながらどの部活にも入部していないのはバイトをする為だった。本人曰く、自分の為だといっているが本当のところはまだ知らない。何やらそのバイト代が今月いつもよりも多かったらしく、それで葵達を喫茶店に誘ったのだという。
「いいよぉー朱里ちゃん。私、ちゃんとお金持ってきてるから」
「いやいや、そういうことじゃなくてね、結衣? お金持ってきている持ってきてないじゃなくて、私が奮発してあげるって言ってるわけですよ。素直に従ってよ。ほら、葵もっ」
といって朱里はメニューを押し付けてくる。
かれこれ入学してから一ヶ月は経つが、これほど短期間で仲良くしてもらった例は他にない。その分、葵は二人に感謝の思いが強くある。しかし、それだけ"辛くなっている分"もあった。
「うーん……それじゃ、お言葉に甘えようかな」
「さっすが葵! 結衣と違って話が分かるねぇ!」
「うー、朱里ちゃんっ、そんな言い方しなくてもいいじゃないっ」
「いや……そんなことで涙目になられても……ごめんごめんっ、私が悪かったよ、結衣! ほら、早く選んで!」
「えへへっ、じゃあオススメはなんですかぁー?」
「オススメは……! もち、ミックスジュースです!」
結衣の性格をよく理解して朱里は上手く会話を運ばせる。だからこうして仲良しでいられるんだと葵は思った。
そして、自分もそういう風な関係でありたい。そういう風であって欲しいと、思いながら。こんな風な日常、こんな毎日。ずっと続いてくれれば、と心から願っていた。
「あはは、朱里はそればっかりだよね」
「や、本っ当に美味しいんだって、ここのミックスジュース!」
「じゃあ私これで〜」
「え、結衣ちゃんこれにするの?」
「うんっ。すっごく美味しそう!」
「ふふん。どうやらようやくここのミックスジュースの良さが……」
得意げに朱里が結衣の指したメニューを見た。しかし、そこには想像だにしないものがあった。
「か、か、かぼすジュース……!?」
確かに結衣の指は薄緑色をした爽やかな色合いの飲み物向けられていた。中にはかぼすの実が入っており、暑い梅雨の時期にはピッタリな飲み物だった。
「あー、確かにスッキリして美味しそう! 私もこれに——」
「ちょっ、ちょっと待てーいっ!! 二人共、私の話聞いてた!? 特に結衣!」
「聞いてたよぉー?」
「じゃあ何でかぼす!?」
「美味しそうだから」
「そ、そりゃそうだね……はは、ははは……」
もうダメだと思ったのか、朱里が意気消沈した様子でミックスジュースを寂しく啜った。
結衣の天然には時々本当に驚かされることがあった。おっとりしていながら、自分の意志をしっかりと持っているような印象が葵には当初の方からあったのである。それは勿論、朱里も同じようだった。
「全く……結衣には敵わないわ……。あ、葵はどうする?」
「私もかぼすジュースで」
「葵もかいっ!」
こうして笑っていると、何もかもが幸せに思えてくる。こんなに純粋に笑えたのはいつぶりだろう。
「あ、ところでさ、葵」
「うん?」
丁度ウェイトレスさんが二人分のかぼすジュースを届け、二人してそれを飲もうとストローに口をつけたところだった。
「葵って、彼氏いるの?」
「ぶふっ!!」
かぼすジュースが片方、勿論葵の方が吹き零れた。更にはむせ返す葵に朱里は丁寧にも紙ナプキンで零れたかぼすジュースを拭いた。
「げほっ、げほっ! な、ななな、急に何っ!」
「いあいあ、別に隠すことでもないでしょーに」
「そ、そりゃ、そ、そうかもしれないけど……」
「えー? 葵ちゃん、彼氏いるのー?」
「な……! い、いないよっ!」
結衣からの横槍に無駄に焦燥感が煽られる。
「えー、本当にぃー?」
「ほ、本当だってば!」
朱里のニヤニヤとした表情に首を必死で横に振りながら抗議する。
「ふーん。じゃあ……」
それから数秒後、朱里は笑顔で言葉を付け足す。次は何が来るのかと変な汗をかきそうになるのを感じながら待っていると、
「今度、蛍見に行こう!」
「え……?」
突然、話が全く別の方向にいったので何が何だか分からない状態の葵を差し置き、隣に座る結衣はかぼすジュースを嬉しそうに飲んでいた。
また、それとは"違う思い"が葵の中には存在したが。
「いやー、蛍見に行こうって誘われちゃっててね? それで何人か集めて行こうってなったんだけど……どうかな?」
「えーっと……それは、いいんだけど……それと私が彼氏いるかどうかって、何か関係あったの?」
「あぁ。その行くメンバーの中に男子が何人か混じってるから、別にいいのかなぁーって」
「なんだ、そんなことか……。その男子って、クラスの?」
「うん、そうだね。知ってると思うけど、仲岡とか、坂井とか……冴木とか!」
朱里から聞いた三人の名前は一ヶ月前から転校したばかりの葵でもよく知っていた。
特に、その中でも冴木 俊一(さえき しゅんいち)とは隣の席ということもあり、また転校当初、最初に話しかけてくれた人でもあった。
「あの三人なら知ってるし、大丈夫だよね?」
「あ、うん、それは大丈夫だけど……いつ行くの?」
「来週の土曜日辺りかなぁー。早く行かないと蛍の季節は終わっちゃうしね」
「6日後ね。分かった」
「よっしゃ! 結衣も聞いてた?」
「んー? なあに?」
「……また一から説明かー」
ずっとかぼすジュースによって自分の世界に入っていた結衣に頭を抱えながらも朱里はどこか嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
『……——ベイグランドの抗争は拡大しつつあり、何区かの侵害が及ぶ可能性があります。また、昨夜の××区で起きた殺人事件の犯人が凶悪能力犯罪者である可能性が浮上してきました。隔離都市東京内に侵入する危険性を予知し、武装警察は繰り返し警備にあたっています——……』