ダーク・ファンタジー小説
- Re: 白夜のトワイライト【完結版】連続更新&番外編スタート! ( No.91 )
- 日時: 2013/07/25 16:49
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Drat6elV)
- 参照: 番外編。
夕暮れが差し掛かり、喫茶店の中もそれに包まれてきた頃。ようやく三人は喫茶店が出ることになった。
「あー、今日は飲んだ飲んだぁ……」
「朱里は飲みすぎだよ。ミックスジュースだけ4杯も……」
「それだけ美味しいんだから、いいってことよ!」
無邪気な笑顔を葵に向けて浮かべる朱里。
既に会計を済ませ、三人は外に出ていた。夕暮れの光が一面に包み込み、それが暮れるとたちまち暗闇に変貌する。まばらにどこかしらの建物に光が灯り始めていた。
「朱里ちゃん、今日はありがとぉー」
「全然! 二人共全く頼まないもんね……奢るって言った私からすると少し奢り足りないなぁ」
朱里の考えはすぐに表情に出る。それはたった一ヶ月からの付き合いでも葵はよく分かっていた。
朱里は渋い顔をして結衣の言葉に受け答えした。とは言っても、すぐに笑顔に戻るのでそれは照れ隠しのようなものに近かった。
「それじゃ、ちょっと遅くなっちゃったけど……また明日学校でね!」
「うん、本当に今日はありがとう! 朱里!」
「じゃあねぇ、葵ちゃん」
「って、本当にいいの葵? 送っていかなくて」
「あー、うん、全然平気! ここから家近いしさ」
朱里と結衣は家が近いところにあるが、葵の家はそうではなく、ここからだと二人と逆方向の位置にあった。
「最近変な人多いから、本当に気をつけてよ? 何か不審な奴を見かけたらすぐ私に連絡とか……」
「あはは、本当に大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね、朱里」
「うー、私にも連絡してね? 葵ちゃん」
「結衣ちゃんが一番危険そうだからどうかな……」
「全く。葵は可愛いんだから、変な奴に付きまとわれそうで心配だわー」
「そ、そそそそんなことないよ!」
毎度毎度、自分のことに関しては拒絶反応が酷い葵は頭を左右に何度も振って朱里の言葉を否定する。
「ふふ、そーゆうとこが可愛いわ。……あ、やばい! バイトの時間に間に合わないかも!」
「あれれ? 朱里ちゃん、日曜日はバイト休みじゃなかったのぉ?」
「いつもはそうなんだけど、今日は同期の子がシフト変わってって……! とにかく、急がないと! ごめんね、葵! ほら、行くよ! 結衣!」
「わ、わわっ。あ、また明日ね、葵ちゃんっ。ま、待ってよぉー」
慌ただしく朱里は走り出し、結衣は足がもつれそうになりながら追いかける。しかし、その速度は天と地ほど差が違う。その結果、朱里が結衣の手を引いて再び走り出し、葵に手を振りながらその場を立ち去って行った。
それを苦笑しつつ見送った葵は身を翻して二人とは正反対の方に歩いて行った。
夜道は電灯と周りの建物から漏れる光、そしていつの間にか暮れた夕焼けに代わって月の光が一面を照らしていた。
特に歩いたというほど歩いてもいなかったが、既に夜が訪れ、葵の周りには人気もさほどない。
ここ、隔離都市東京は区分ごとに地域が分かれ、一般の人間のみで生活をしている。といっても、その中に複数の能力者が混じっているが、原則として能力者が一般の人間に混じることは"犯罪"となる為に隠れて過ごしている。隠れてまで、過ごしたい者もいる。
薄暗い夜道を一人、女子高校生が歩いている姿は危なっかしいといえばそうだろう。
しかし、それは"普通の女子高生ならば"という話である。
「……どうしたの?」
葵が突然呟く。闇夜の中から、その言葉に誘われたかのようにして人影が一つ浮かび上がった。
梅雨の季節は温度がそれなりに夏に近づいてきており、今でも十分に暑く感じられるほどだった。しかし、葵の前方に浮かびあがった人影の正体は、全身ジャージで包ま、頭には男性用と思わしき帽子を被っていた。
身長は、葵よりも少し小さい。葵もそこまで身長は高くない為、相手は中学生ぐらいの歳に見える。髪は肩を少し越すぐらいで、闇に染まるほど綺麗な黒髪をしていた。
「ニュース、見た?」
声は見た目相応ぐらいの女の子の声だった。顔はあまり見せたがらないのか、俯き加減であまりよく見えない。
「……見たよ、一応」
少し詰まった様子で葵が少女の声に応える。どんな表情をしているのか分からないまま少女は立っていた。
「こんなところで、大丈夫なの?」
「大丈夫。この辺りに人はいない」
「……でも暗いし」
「全然暗くない。明るい」
明るいと口に出す少女だが、実際外にいて月の光や周りの街灯ぐらいでは薄暗いのに変わりはない。
「それは弥子ちゃんが暗いところ好きなだけでしょ?」
「違う。暗い方が話し易いからいるだけ。好きではない」
「私は明るい方が話し易いんだけど……」
「そんなんじゃ甘い。"人間"の中で生きていくのは難しい。隠しきれるわけがない」
「私たちだって、"人間"だよ。……弥子ちゃん、何かあったの?」
葵の言葉から数十秒の間が生まれた後、弥子と呼ばれた少女の口が再び開いた。
「近頃、ベイグランドの動きがおかしい。何かしようとしている」
「地方のエルトールの動きは?」
「それはない。全く動く気配もない。やっぱりあいつらは頭がおかしい。何がしたいのか分からない、ただの、人殺しだ……!」
明らかなエルトールに対して嫌悪感を抱く気持ちを吐く弥子を見つめて少しの間沈黙が訪れる。
それから再び口を最初に開いたのは弥子だった。
「変な騒動を起こされて私たちの身に危険が及ぶといけない。それに、最近の殺人事件には凶悪能力犯罪者も出てきている。どういう目的か分からないけど、そいつは……」
「……そいつは?」
「……東京にいる隠れ能力者を殺してまわってる。殺し方とか、色々僕の記憶から判断して……"最悪の能力者"が当てはまった」
一呼吸おいてから、弥子はその名前を口にする。
「その名は——スケアクロウ」
——————————
闇夜の中、一つの家の屋根に一人の影があった。
「……準備できたか? がきんちょ」
『で、出来てるよ! ……あ、出来てます!』
その影の正体は、一人の男だった。
月の光も雲に隠れて辺りは薄暗いよりもずっと暗い。
無線機のようなものを口に近づけて話す男のもう片方の手には、長く程よく太い一本の"棒"が握り締められていた。
「本当に出来てんだろうな?」
『だ、大丈夫だって! 今までヘマしたことなんか……!』
「あるだろうが。お前のせいで俺がどれだけ窮地に追い込まれたか分かるか? それと、タメ口を利くんじゃねぇ、がきんちょ風情が」
『う……このっ、言わせておけば! 俺のおかげってことも少しは——ッ!』
「バカッ、うるせぇ!」
無線機から発せられた大きな声は静かな場所ではよく響く。男が止めるのも遅く、何より後ろから気配を感じた瞬間に素早く横転する。
その瞬間、とてつもない大きさの岩石が男の元いた場所に激突する。
「うおおっ!」
衝撃が横転して避けた男にも伝わり、屋根から転がり落ちていった。
闇夜の中、屋根の上に立つ人物はただ一人。口元を歪ませ、男が落ちる様子を見守っていたのは先ほど岩石を飛ばした張本人だった。
「ッはっはぁぁあ! なんだぁ? 今のは虫けらかぁ?」
舌で口元を舐め、右手には巨大な岩石を持つ大男がそこにいた。
巨大といっても、男の身体を優に超えるぐらいであり、男の身長も大柄で2mは近い。横幅も大きく、筋肉で固められた男の腕は楽々と岩石を持ち歩いていた。
「そんなものでこの"岩石剛腕"の服部 権蔵(はっとり ごんぞう)は倒そうなどと、考えるものではないわぁ!」
「……ったく、やかましいな、あんた」
「……あ?」
首を回し鳴らしながら首に手をかける闇夜の中に再びもう一つの人影が舞い降りていた。
「さっき落ちていったように思えたが……ありゃ気のせいかぁ?」
「あぁ、残念ながらそれは俺だ。ったく、やってくれやがったな。首が無駄に凝っちまった」
「ぶはははは! 面白い男だぁ! わしを殺しにきたのか? 誰から頼まれたのかは知らんが、お前もどうせ"同業"だろう? どうだ、わしの仲間に—ー」
「あー、悪い。俺を"あんたら"みたいなのと一緒にしないでくれ」
「……ふんっ、何をぬかす、小僧が。わしらに残された道はこの程度しかないだろう」
「だから——あんたらと俺を一緒にすんな」
棒を握り締め、男は不敵に笑う。
「ぶはははは! ……どうやら仲間になる気はないようだな。小僧、惜しい度胸と態度を持ち合わせていたが……残念ながら、"相手が悪かった"」
「——ッ!」
権蔵が岩石を投げつけ、それを素早く左へ移動して避ける。だが、その一瞬の隙に権蔵は急接近する。
「うぉぁらぁあっ!」
「っ、チッ!」
右手の剛腕に握り締められた岩石を男の頭上目掛けて振り下ろす。それを間一髪後ろに引いて避けると、右手に持っていた棒を振るい、権蔵の顔に打撃を与えようとするが、
「甘いわっ!」
権蔵の左腕がそれを防ぐ。酷く鈍い音が闇夜の中に鳴り響いた。
左腕の骨が折れたかと思いきや、権蔵の左腕には木々や瓦礫が張り付いていた。よく見ると、周りの屋根のあちこちが穴を空いている。
「なるほどな……その腕が磁石のような役割をしているわけか」
「ぶはははは! そうだとしたら、とは考えた方がいいのぉ!」
「……くそっ!」
男の後方から凄まじい勢いで岩石が飛んできていた。腕が岩石やその他木材などを引き寄せることは分かったが、それがどれほど範囲に及び、またどういう効果を生み出せるか。
権蔵の右腕に引き寄せられるように、どこからともなく岩石は生み出され、そしてそれは右腕に。その道中、"誰がいようとも関係はない"
何とか避けようとするが、普通の大きさではない岩石は男の頭を掠らせた。速度がそう速くないおかげで威力こそ不十分かもしれないが、頭に掠らせただけでも損傷は大きい。
その勢いのまま、男は横転し、屋根の上に転げ倒れた。血が屋根に付着し、男の頭からは血が流れ出ていた。
「なんじゃ……案外呆気なかったのぉ」
男の腹部に足で踏みつけ、権蔵は再び右手に岩石を手にしていた。
「安心せぇ……誰だかわからんように、顔をぐちゃぐちゃに潰してやろう。お前が死んだということは見ただけでは誰も判別できなくしてやるからなぁ、ぶはははは!!」
「……余計なお世話だっつーの」
「あん?」
男は、閉じていた目をゆっくり開ける。それは、そこにあったのは——淡い赤色に染まった瞳だった。
「お、まえ——ッ!」
権蔵が何かを言う前に、男は棒を持ち、そしてとてつもない速さで岩石を持った右腕を突いていた。一瞬の内に右腕は骨の折れた音が鈍く響き渡る。岩石や木材を集結させるよりも、それは速い。
「うがぁっ、あ、ああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「喚くな、うるせぇ」
いつの間に立ち上がったのか、男は痛みによって苦しみ膝をついた権蔵を、見下していた。
目は、紅色。その冷徹な表情は、目の前の命を、"見下していた"。
「や、やめ……!」
「だから、うるせぇよ」
棒で権蔵の頭を殴る。よろける権蔵の胸部に突き刺し、嗚咽を吐かせる。
それから、右足を折り、左足を折り、左腕を折り。軽々と人の骨が折れ、砕け、割れる音が続き響き渡った。そのたびに、権蔵は喚きまわり、そのたびに、男は冷徹な表情で言った。
「うるせぇよ、"害虫"が」
痣だらけとなり、血塗れとなった権蔵はもう為す術がない。全身の感覚が麻痺し、何も感じることが出来ない。
「た、だのむぅ……! いのぢだげば……!」
「……あぁ、そうだ。冥土の土産に。一つ教えといてやろう」
「た、だのむ……! がねならあ゛るッ! どうが、どうがだずげ……!」
棒を子供の玩具のようにくるくると回して血だらけのまま命乞いをする権蔵に向けて棒を構えなおす。
月夜の光が再び姿を現し、辺りに薄く光が散らばる。それに伴って男の表情も権蔵には見えた。
その表情は、紅色の瞳をし、まるでこの状況を楽しんでいるかのように——嗤っていた。
「俺は榊。てめぇらのような"薄汚い異常者"をぶっ殺す————"人間だ"」
そのまま、棒を振りかざし、権蔵の顔面に向け、
「や、やめ゛——ッ!」
——————————
『っておい! 大丈夫!? 榊にぃ!』
「その呼び方はやめろって言ってんだろうが、ぶっ殺すぞがきんちょ」
『そ、そんな怖い声で言わなくても……それで、どうだっ……どうだったんですか、榊さん!』
「どうだったんですか、榊さん、じゃないだろボケ! お前、自分の仕事はどうしたんだよ」
『あ……いや、その。見つかっちゃったから、もういいかなって……』
「お前、本気で俺を怒らせたいようだな」
『すみませんすみません! 怖かったんです!』
「……はぁ。もういい」
『……えっと、仕事は終わったんですか?』
「あぁ……仕事終了だ。ちと頭に一発掠らせちまったけどな」
『って、結構やばかったんじゃないの!?』
「やばくねーよ、このがきんちょが! 二言目には敬語忘れやがって! お前、帰ったら本気でしばくぞ!」
『ご、ご、ごめんなさい! でも早く帰ってきてください! 料理が冷めるよ!』
男の子供の声を黙って聞いてから、小さく溜息を吐く。
『もしもし!? 聞いてるんですか!?』
「あー……わかってるからうるさくすんな。……今から帰る。…………って、お前さっきまで料理作ってたの?」
『あ……』
「……すぐ帰るわ」
『ひぃぃっ! ごめんなさい、ごめんなさい!』
月の光にあてられ、榊と呼ばれる男はまたの名をこう呼ぶ。
——"魔女狩り"と。