ダーク・ファンタジー小説

Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.12 )
日時: 2013/03/27 23:41
名前: Towa (ID: te9LMWl4)

「ほう、君達か。待っていたよ」
 詳細も分からぬまま連れてこられた屋敷で、二人はすんなりと中に通された。
迎えた男はかなりふくよかな体つきをしており、話し方や身なり、そもそもこの屋敷の持ち主であるというところからして、相当地位の高い者であることは明らかであった。


 案内された一室に足を踏み入れたフィオは、思わず感嘆の声を上げた。
煌びやかなシャンデリア、歴史と気品を感じさせる家具や調度品、床一面に敷き詰められた見事な絨毯、見ているだけで目眩がしそうなほどであった。
「なあ、スレイン。ここが例の依頼主の屋敷なのか?」
ちょうど同じくらいの高さにあるスレインの耳に顔を近づけ、フィオは小声で問うた。
「ええ、ここ一帯の土地を管理されている、アレスタス侯爵の屋敷です」
「アレスタス……?聞いたことないな……」
「ここ一帯はツインテルデ王国であって、ミストリアの領土内ではありませんからね。ミストリア出身の貴方が知らないのも無理はないでしょう……」
スレインは同じく小声で返事をすると、にっこりと微笑んだ。


「さて、よくぞ来てくれましたな。マルライラ殿」
穏やかな口調で歓迎の言葉を口にする侯爵に対し、スレインは滑らかに膝を折り、頭を下げた。
「お初におめもじつかまつります。かのアレスタス侯爵様にお目にかかれるとは……光栄の極みにございます」
その丁寧な言葉遣いや所作に、侯爵は柔和に微笑んだ。
「我々も、そなたならば心強いというものよ。して、そちらの少年は?」
ふと目をやられて、フィオは硬直した。
富裕層の人間、まして侯爵の屋敷になど訪問したことがないため、スレインのような丁寧な受け答えができるはずもなかったのだ。
そんなフィオから送られてきたすがるような視線に、スレインは思わず苦笑した。
「彼はフィオ・アネロイドと申します。今回の討伐に同行いたします」
「……ほう」
スレインの言葉に、侯爵は微かに頷く。
「そうか、それはよろしく頼む」
一瞬、まだ何か聞かれるのではないかと身構えたフィオであったが、特に何も聞かれる様子もなく、フィオはその木のように突っ立っていた体から力を抜いた。
と、次の瞬間、侯爵の脇に控えていた一人の騎士が進みでて、スレインとフィオに迫った。

「————っ!」

とっさに、フィオは剣を抜いていた。
金属がかち合う鋭い音が鳴り響き、フィオは突如斬りかかってきた騎士に驚きを示しながらも、打ち合わせたその剣を振り上げた。
キンッ、剣が宙を飛ぶ。
そしてフィオは、そのまま剣を失って棒立ちになった騎士の首もとに、鋭い刃先を突き付ける。
「……侯爵様、どういうおつもりですか?」
特に慌てることもなく、冷静な面持ちでスレインが侯爵を睨む。
すると、侯爵はにっこり笑って軽く手を叩き始めた。
「いやはや、素晴らしい。そこの者は私の屋敷でも特に優れた騎士でね。それを難なく下すとは、やはり貴殿方は信頼できる」
その様子に、フィオは小さくため息を吐いて剣を引いた。
「なるほど、試されたというわけですか」
視線の先にその騎士を据えながらも、スレインはただ淡々としていた。
それからその藍色の瞳を細め、侯爵に向き直る。
「しかし恐れながら、このように腕の立つ騎士様がいらっしゃるのなら、魔物の討伐など我々にご依頼なさる必要はないかと存じますが……」
目を伏せ、少し控えめにスレインは言った。
「いや、今回は特別なのだよ。……君達にはこれから、そこの街道に巣食う魔物の討伐に行ってもらうわけだが……今回のはこちらにいる騎士では歯が立たなくてね。それに、最近隣国のリベルテが荒れていて、いつ攻撃をしかけてくるか分からない状態だ。それに備えて城門と国境に兵を置いている今は、人手不足が否めないのだよ」
「そうでございましたか」
納得したように頷くスレインに、侯爵は言った。
「さて、とりあえず今日はもう日が暮れる。部屋に案内させよう、明日まで休むといい」
「ありがとうございます」
スレインは、深々と一礼して侯爵に背を向けた。
フィオもそれにならい軽く頭を下げると、その背についていった。