ダーク・ファンタジー小説
- Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.14 )
- 日時: 2013/02/16 07:47
- 名前: Towa (ID: CejVezoo)
日の光がようやく山々の間から差し込みはじめ、フィオは思わず目を細めた。
昨日まではあまり気に止めていなかったが、辺りには白亜からなる家々が並んでおり、その景色はミストリアにはない美麗さを感じさせた。
「ツインテルデって、なんかこう、綺麗な感じの国なんだな」
「そうですね。この国では美を司るリュート神を信仰していますから、町並みも自然とこうなるのでしょう」
ツインテルデ王国は、もともと隣国リベルテ王国の南部に位置する土地の一部であった。
しかし、軍事に重点を置く北部の人間とリュート神を信仰する南部の人間との間に激しい対立がおき、リベルテとツインテルデという別々の国家として独立することで、最近ようやく争いが収まったのだ。
その結果に納得のいかないリベルテ王国は、ここの国民達の生活を未だに脅かし続けている。
それでもツインテルデ王国は、国土の三分の一以上を占める森、その森で蓄積された雨水など、自然の恩恵が豊富なため比較的豊かな国として栄えているのだ。
「俺、今までミストリアから出たことなんて一度もなかったから、この辺りの地理なんて全然分かんないや」
そうはいいつつも、スレインに向かって振り向いたフィオの顔は、目新しいものへの興味に溢れていた。
先程までは慣れない貴族相手に悪戦苦闘していたフィオであったが、屋敷を出てからは実に楽しそうだ。
ミストリア王国は鎖国国家のような王国であるため、ほとんど他国との接触などしたことがない。
その上フィオの生まれ育った集落は、ミストリア内でも更に隔離されたような場所であるため、こうした異文化のものに触れるのは、本当に初めてなのだろう。
「この辺りは小国が連なっていますから、短期間で様々な国を回ることができますよ。色々と区切りがよくなったら、諸国を巡るのも良いかもしれません」
微笑みながらそう言ったスレインに、フィオは深く頷いた。
「ところでさ、魔物っていうのは具体的にどの辺にいるんだ?街道に入ってからもう大分歩いてるぜ?」
さっきまで立ち並んでいた家々もほとんどが姿を消し、辺りには木々が立ち並んでいる。
その木々を見回しながら、フィオはぼやいた。
「そうですね……割と頻繁に襲ってくるようなので、そろそろ出くわしてもおかしくはないはずなのですが……」
「割と頻繁に襲ってくるのか、それは初耳だな」
スレインの言葉に若干顔をひきつらせながら、フィオは周囲の気配を探った。
「……でもやっぱ、まだ何の気配もないな。本当にこんなとこに魔物が——ん?」
言葉を止め、腰の剣に手をやる。
「どうかしましたか?」
「しっ、……今、何かうなり声が聞こえなかったか?」
「そんなもの聞こえましたか?」
真剣な表情を浮かべたフィオとは反対に、スレインは緊張感のない声で答える。
しかし、やはり前方の茂みに敵の存在を確認すると、フィオは微かに後退しスレインを背に身構えた。
(——っ来る!)
と、その瞬間、前方の茂みから飛び出した巨大な影が、奇声を発しながら襲いかかった。
「なっ、……なんだよ」
飛び出した影の、見下ろす2つの光を見て、 フィオは思わず呟いた。
隣に立つスレインも、これには流石に目を大きく開けている。
太陽に反射する、ふわふわと手触りの良さそうな白い毛。
堂々とした太い足。
時折覗く鋭い歯。
二人を見据える、妖しい輝きを放つ目。
「これは……雪虎、でしたっけ?初めてみました……かなり北の方にしか住んでいないと聞いていたのですが……綺麗な毛並ですね」
少しばかりの恐れを滲ませたフィオの横で、 スレインはのんびりと言った。
いや、恐れなんかじゃない。
こんなの、大きさだけで言えば雷竜の比ではないじゃないか。
なぜさっきまでこれが茂みに潜んでいたと気づかなかったのだろう。
「スレイン、とりあえず下がってろ!」
「はい、頑張ってください」
間の抜けたようなスレインの応援を背に、フィオはすぐさま雪虎に向かって地を蹴り、抜き放った剣を首に突き立てた。
雪虎は短い悲鳴と共に首を振り、フィオごとその剣を凪ぎ払う。
剣が刺さったのは確かだったのだが、その巨体故に首を一刺した程度では致命傷になどならないようだ。
それどころか、切りつけられたことにより低い唸り声を上げ、牙を剥いて怒りを露にしている。
フィオは一つ大きく息を吐くと、キッと、雪虎を睨んだ。
そして勢いよく前に向かって跳躍し、脚の関節部分に力任せに剣を振り下ろすと、雪虎の骨の砕ける嫌な音がした。
続けて、よろめくその巨体を素早く這い上がると、眼球目掛けて剣を突き出した。
が、次の瞬間、背中に熱い衝撃が走る。
「——っ!」
咄嗟に後方へと宙返りし、地面に着地すると、ずきりと肩口に痛みが走った。
フィオが雪虎の目を突き刺したと同時に、背中をその鋭い爪でえぐられたのだ。
「ちっ……!」
小さく舌打ちし、足に力を込め立ち上がろうとする。
しかし力を入れると、背中の傷口から生暖かいものが噴き出し、痛みのあまり立ち上がることなどできなかった。
と、ふと顔をあげると、すぐ目の前にその鋭い爪が迫る。
(——っまずい!)
咄嗟に、フィオは腕を突き出し受け身
の体勢をとった。
だが、腕など突きだしたところで、あの爪を防げるはずもない。
全身を引き裂かれることを覚悟し目をつむって、腕に力を込めた、その瞬間——。
彼の手に小さな光が生じ、瞬時に鋭い光線となると、それはまるで生物の様に蠢きながらフィオを包み込んだ。
襲いかかった雪虎の爪は、その光に弾かれ一瞬の内に炭と化す。
「な、今のは……っ」
あまりに一瞬の出来事で、フィオは目を見開き呟いた。
(今のは——雷——?)
フィオは座り込んだ状態のまま、再び片足を失いながらも襲いかかってくる雪虎の存在を認めた。
そして目を突き刺すような光を覚悟し目を閉じると、その腕を勢いよく振り下ろす。
(さっきと同じ……全身の力を腕に集めるような、この感じ——!)
すると、再度凄まじい轟音と共にフィオの腕からうねるような光線が生じ、それは雷撃となり雪虎を飲み込んだ。
雪虎が、断末魔をあげる間もなく燃え尽きてゆく。
そして少しして恐る恐る目を開くと、跡に残っていたのは既に原型を留めていないその亡骸と灰だった。
「す、すげぇ……」
そう呟いて、フィオはぱたりと地面に倒れ込んだ。
あれが、雷竜の力というものなのだろうか。
全身の力を腕に集中させ、腕から雷撃が迸るようなイメージをする——。
(さっきのが……本当に俺の力……)
ちょうど竜の血を飲んだ後のような気だるさと、背中の痛みに苛まれながらも、フィオは清々しいような気持ちになった。
「フィオ!大丈夫ですか?」
慌てて背後から駆け寄ってきたスレインに、視線を向ける。
「あ、ああ……俺は大丈夫だ。お前は……」
「ええ、お陰さまで私はなんとも……。それより、背中の傷を……」
フィオは、背中をスレインに向けるような形で起き上がろうとした。
しかし、身体はまるで鉛のように重く、動こうとすると全身の骨が軋むような嫌な音を出た。
動くことなど、できそうもなかった。
「なんか……駄目だ、全然動けない……」
「さっき一気に魔力を放出したせいでしょう。慣れない内にあんなに魔力を使ってしまったら、身体に負荷がかかってしまいますから……」
「やっぱり、さっきのって雷竜の……」
「ええ、まさかいきなり使えるようになるなんて思いもしませんでしたが……とりあえずもう町に——っ!」
突然、スレインが言葉を切り振り返る。
そしてフィオもまた、反対側の茂みに潜む2つの光を見て、全身から冷や汗が噴き出すのを感じた。
(まさか……もう一匹——!?)