ダーク・ファンタジー小説

Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.16 )
日時: 2013/03/28 08:29
名前: Towa (ID: 6kBwDVDs)

 歩いて少ししたところに、キートの言った通り山小屋があった。
おそらく、旅人や商人の休憩場所として用意されたものなのだろう。
中には、ベッドや調理道具など、一晩二晩過ごすくらいなら十分な道具が一式揃っていた。
もっとも、先程の雪虎がこの山に住み着いてからは誰もこの辺りを通っていなかったため、小屋は誰にも使われておらず埃っぽかったが。
「ベッドは二台しかありませんが……とりあえず今日はここで休みましょう。フィオも怪我をしていますし……」
「……誰が床で寝ようか?」
背中にフィオを乗せたまま、キートが言う。
そういえば、ベッド2台に対してこちらはフィオ、スレイン、キートの三人。
必然的に、誰かが床で寝なければならない。
「……普通お前だろ。俺は怪我人、スレインは女だし」
「えぇ、僕はフィオ達の命の恩人だよ?」
笑顔で黒い発言をするキートに対し、フィオが冷ややかな視線を送る。
その様子を見ながら、スレインが心配そうに口を挟んだ。
「私が床で寝ますよ。フィオは一刻も早く傷を癒さなければならないですし……キートもほら、ここまでフィオを背負ってきて疲れたでしょう?二人はベッドでお休みになってください」
「スレイン、そんなことしたらフィオの面目丸潰れだよ。ね、フィオもここは男としてさ、潔く床で——」
「お前も男だろ!!」
「……う〜ん、じゃあこうしよう。一つのベッドを僕とフィオ二人で使えば——」
「そんなの絶対嫌だっ!!だったら俺は床で寝る!!」
「フィオ、それはダメですよ。貴方は怪我をしてるんですから……床でなんて寝たら治るものも治らなくなってしまいます」
「ほらね、フィオ、僕と君は一緒に寝る運命なんだよ」
「そんなわけあるか!!っていうか、お前が床で寝ろよ!!」
しばらくの論争の末、結局一つのベッドにスレイン、もう一つにはフィオとキート二人が無理矢理寝ることとなった。
精一杯の抵抗を見せたのにも関わらず、なんだかんだでスレインに言いくるめられて、暖炉の火を眺めながらフィオはベッドに潜り込む。
もちろん、すぐ背中合わせにキートの気配を感じる状態で。
(……ま、いっか……別に)

 今日の雪虎との遭遇で疲れたのだろう、家の中は先程の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。
フィオももちろん疲労感はあったのだが、先程から何故だか妙に気が昂って眠れずにいた。
傷ももうスレインの治療のおかげで、ほとんど痛みを感じない。
(いや、治療っていうか……最近、傷の治りが早い……)
昔から生傷の絶えない生活を送ってきたからこそ分かることだが、傷の治りが異常に早いとフィオは感じていた。
どんな深手を追っても、一日休めばほぼ完治する。
これもやはり、自分の体を巡る竜の血が原因なのだろうと、フィオは思った。

 時折パチッと音を立てて揺れる暖炉の光を見つめる。
(ヤムラ達は………どうしてるだろう)
ふと、故郷が頭に浮かんだ。
スレインと旅立ってから、いつの間にかもう7日。
ほとんどが移動時間だったため、あまり時間の流れなど気にせずにきたが、こうして改めて考えると、もうそんなに経ったのかとため息が出た。
「……くそっ」
小さく舌打ちして、天井を見る。
そしてそのまましばらく、煤けた天井を眺めていたフィオの耳に、すぐ隣で寝返りをうつ音が届いた。
音の方——キートが寝ている方を見やると、彼の目が至近距離でこちらを見ていることに気づいた。
「……眠れない?」
囁くような声で問うてきたキートから目を背けると、フィオも同じく小声で「ああ」と答えた。
「ところで、フィオっていくつなの?」
「……16」
「あれ、そうなんだ。じゃあ僕と同い年だね。ごめん、てっきりフィオは僕より年下かと思ってた」
「…………」
苦笑するキートに、フィオは再び冷ややかな視線を送り黙り込む。
しかし、昔からよく童顔だと言われているので、今更腹立たしくはない。
それに、キートの銀髪とその落ち着いた雰囲気に比べれば、確かに自分は子供っぽく見えるのだろうと、認めざるを得なかった。
フィオも正直、彼は自分より年上だろうとふんでいたのだ。
そんなことをふつふつと考えながら、フィオはふとキートの方を見て口を開いた。
「……おい、そういやさ」
「ん?」
「一応礼言っとく。助かった、ありがとう」
「ああ、うん。どういたしまして」
それを聞くと、フィオはまた目を背け、ゆら、と揺れる暖炉の炎に視線を固定した。
「……傷はまだ痛む?」
「いや、別に」
「……そうか、フィオは竜人だもんね」
「竜人って、やっぱ傷の治りとか早いのか?」
「そうだよ。人間離れした身体能力を身につけるからね。その分体への負担は大きいけど」
「……へえ」
「知らなかったの?」
「まあ、最近雷竜殺しに成功したばっかだから。スレインにちょっとだけ教えてもらったけど、色々とよく分からん」
最近はあまり思い出すこともしなかったミストリアでの出来事……本当につい昨日のことのようにも思える反面、どこか他人事のように感じた。
幼い頃から、竜人になることを夢見ていた。
しかしいざなってみると、自分の体を何か別の力に支配されるような、なんとも言えないこの感覚は、決して心地よいものではない。
「というか、フィオは宮廷には仕えないの?」
「……ああ。それ、やめたんだ」
「なぜ?」
「……先に、俺の故郷の奴等の記憶取り戻したいから」
スレインが、隣のベッドで身動ぎした。
自分達の声で、目をさましてしまったのだろうか。
もしそうだったら申し訳ない、そんなことを思いながら彼女を一瞥し、フィオは再び暖炉に視線を戻す。
「俺、ミストリアの集落で生まれたんだけど……とにかくその集落貧しくてさ。食うもんもなし、家がないやつだっていっぱいいた。だから俺、ずっと、竜人になって金持ちになるのが夢だったんだ。そしたら、集落の皆を助けられるだろ?でも10日くらい前に雷竜倒して、集落に戻ってみたら、皆俺のこと覚えてなかったんだ」
「フィオのことだけ?」
少しためらいがちに聞いてくるキートに、フィオは頷いた。
「まるで最初から、俺なんかいなかったみたいに……本当に綺麗さっぱりと。俺のことだけ」
「……そう、そんな話、聞いたことない」
「はは、スレインもそう言ってた。あ、ちなみに俺そのあと混乱して集落から逃げ出して、近くの林でぶっ倒れてらしい。まあ、ろくに竜殺しの傷治してなかったし……スレインは、その時俺のこと助けてくれたんだ」
キートは、「そうなんだ」と一言呟いただけだった。
聞いてはいけなかった、そういった気まずさを感じているのかもしれない。
「……それで、記憶を取り戻す方法って……何かあてがあるの?」
「いや、あんまないな……でも、サーフェリアに行けば、竜人が沢山いるだろ?それも本当に、生ける伝説みたいなすごい人達がさ。だから、その人達に聞けば何か分かるかもしれないと思って、ひとまずサーフェリア目指してる。スレインは、よく分からんがシュベルテからサーフェリアへの使者なんだと」
「……何か分かるかもしれない、か……」
「ん……?」
「いや、なんでもないよ」
いまいち聞こえなかったキートの呟きを聞き返したが、彼はそれを答えなかった。
その代わり、フィオの肩をとんとんと叩き言った。
「……ねぇ、フィオ。僕も、君達についていっていいかな?」
突然の言葉に、思わず黙り込む。
まさかこんなことを言われるとは、微塵も思ってなかったからだ。
「いや、別に……俺は構わないけど……でもなんで?」
「ただの暇潰しだよ。僕も少し、興味があるんだ。サーフェリアの竜人さん達に」
暗闇だったためよくわからなかったが、常に笑みを浮かべていたキートの表情が、少し強ばった気がした。
そういえば、キートだって竜人なのになぜ宮廷に仕えていないのだろうか。
そもそも彼はどこの国の人間で、なぜ旅をしているのか。
先程から自分のことを聞き出されてばかりで、全く彼のことがわからない。
それに気づいたフィオは、キートの方を振り返り口を開いた。
「おい、キート。ところでお前も水の竜人、なんだよな?水魔法使ってたし……お前こそ、宮廷には仕えないのか?」
「……いや、本当はね、僕は竜人じゃないんだ」
「は?じゃあなんで魔力を……」
「竜人ではないけど、竜の力は使える。竜化ってやつだよ……」
「竜化……それって——」
「さあ、そろそろ寝ようか。これ以上起きてるといくら君でも傷に響くよ」
「え、ああ」
意図的だったのか、あるいは偶然だったのか。
「それってなんだ?」と聞こうとした自分の言葉を遮られたその雰囲気に、フィオはこれ以上は何も聞いてはいけないような気がして、大人しく目を閉じた。
「おやすみ——」
その声を最後に、フィオの意識は闇に落ちた。