ダーク・ファンタジー小説

Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.20 )
日時: 2013/03/28 08:54
名前: Towa (ID: 6kBwDVDs)


 駆け寄ってみると、道脇の1本の樹の下に青年が倒れていた。
と、いうよりも、仰向きになっているこの姿は、意図的に寝転がっているようだった。
薄茶色の髪は柔らかそうであるが、手入れをしていないのが一目瞭然で、すっかり伸びきって前髪が目の辺りにまでかかっている。
着ている服も汚れており、所々すりきれていたり、あるいは灰や煤のようなものが付着していた。

 フィオは馬を下り、跪いて覗き込んだ。
全体的に色素の薄い睫や肌、よく見れば美青年と称してもおかしくない顔立ちだが、だらしなく伸びた前髪やその薄汚れた服装が、全てを台無しにしている。
フィオは、その青年の肩を軽く叩いた。
しかし、反応はない。
そもそも、馬の蹄の音にも自分達の足音にも青年は全く反応を示さない。
「おい、あんた。どうし——」
どうしたのか、と声をかけようとして、フィオは言葉を止めた。
微かな寝息が聞こえてきたからだ。
「その人、寝てるの?」
キートも馬を降り、ひょいとフィオの隣から覗き込む。
「いやでも寝るったって……なんでこんなところで?」
街道でも、魔物はもちろんのこと、こんなところで熟睡すれば、即座に盗人に目をつけられるだろう。
見たところ、特別高価なものを身に付けているわけではないようだが、決して貧民層の人間の格好ではない。
特にその左耳につけた紅い耳飾りは、全体的に色素の薄いこの青年の中で、際立って存在を主張している。
この存在感からして安価なものでないのは一目瞭然、これを盗めば、それなりの値で売れるだろう。
いつからここで寝ているのかは分からないが、今まで盗人に遭っていないのが不思議なくらいだった。
「旅人さんがこの辺りで休憩しているだけならよくある話だけれど、寝てるのは珍しいよね」
混乱した頭を抱えるフィオに、キートは応えた。
「呼吸は正常ですし、少し体温が低めのようですが問題視するほどではありませんね……本当に、ただ寝てるだけみたいです」
スレインも青年の様子を伺うと、首を傾げてそう言った。
「ただ寝てるだけって……それにしても普通起きないか?」
特に小声でもない会話がこんな至近距離で繰り広げられれば、普通は目覚めるはずである。
しかし青年は熟睡しているようで、目覚める様子がない。
「こいつ……放っておくわけにもいかないよな。この辺、夜は冷えるだろうし、盗人も出るかもしれないし」
「そうですね。起きるまで、少し待ってみましょうか」
フィオと同じように、スレインはわずかに身をかがめて青年を見ると、それからキートに視線を移した。
「蹴ったら流石に起きるんじゃないかな?」
「はぁ?」
キートの提案に、フィオは呆れたように彼を見上げた。
「蹴っ飛ばしたら流石に起きるさ」
笑顔で楽しそうに話すキート。
いつものごとく、穏やかな顔をして黒い発言を繰り返す。
「お前……そんな赤の他人いきなり蹴り飛ばすなんてできるわけないだろ」
「そうですね……まあ、無理に起こす必要もないですし……」
「でも気にならない?どうしてこんなところで寝てるのか……早く聞いてみたいと思わないかい?」
「それは確かに気にな——」
「あ……!?」
フィオの言葉を遮ってキートが青年の様子を再び伺っていた時、すごい勢いで青年の上半身が起き上がった。
「だっ!?」
「ん……」
「えっ!?」
起き上がった青年の額が、彼を覗き込む体制をとっていたフィオの顔面に直撃した。
「——っぅぁ……!」
あまりの痛みに、顔面を押さえて悶える。
目から火花、とはまさにこの感覚だろうと思いながら、そのまま地面に転がった。

「……ん……?」
 透き通るような、深い鳶色の瞳がゆっくりと開かれた。
青年はぼんやりと悶えるフィオを見つめ、静かに口を開いた。
「あれ……どちらさま?」
まだうつらうつらと眠そうな表情を浮かべながら、青年は次にキート、スレインを見上げる。
そして最後に再びフィオを見て、不思議そうに首を傾げた。
「私達は旅の者です。先程ここで倒れている貴方を見つけまして……」
スレインは、応答不能なフィオを一瞥してから、一度キートと顔を見合せると答えた。
すると、青年はああ、と声をあげる。
「なるほど。それはそれは、ご親切にありがとう。でも大丈夫ですよ、寝てただけですから」
「は、はあ」
ぽりぽりと頭を掻きながら、青年はスレインに対し笑顔で答えた。
「なんでこんなところで寝てたの?」
「ん?ちょっと疲れただけ。途中で食べ物も水もなくなっちゃうし、色々あってね。お腹すいたし眠くなったから寝ようと思って——」
「だからって、こんな道端に寝るやつがあるかっ——!!」
青年の言葉を遮り、うっすらと眼の端に涙を浮かべたフィオが怒鳴った。
悶えるほどの痛みは去ったようだが、よっぽどの衝撃だったのだろう、その額は赤く腫れている。
「大体あんた、荷物もろくに持たないでこんなとこでなにやってんだよ!!」
「……君、大丈夫?額のところすごく腫れてるよ……痛そ——」
「あんたが急に起き上がってきて俺の顔面に頭突きしてきたんだろうがっ!!」
思わずフィオが青年の胸ぐらを掴んだ。
それを慌てて止めようとするスレインだが、その緊張感とは裏腹に青年は納得したようにぽんっと掌に拳をおく。
「通りで!僕もなんか頭ずきずきするなと思ってたんだよ、ごめんねぇ」
なんともつかみどころのないその態度に、ますますフィオの頭に血が上った。
「この——っ」
「まあまあ、フィオ、落ち着いて」
スレインがなだめるようにその腕に手をおくと、フィオは渋々といった様子で青年の胸ぐらから手を引いた。
それから彼女は穏やかな表情で青年に視線を移すと、軽く頭を下げてから言う。
「あの、先程食べ物も水もなくなったとおっしゃっていましたが……私達丁度食事にしようと思ってたところなんです。空腹でいらっしゃるようですし、よろしければ貴方もいかがですか?フィオ、キート、彼も一緒に、いいですよね?」
「僕は構わないよ」
「は!?」
唐突な提案に対してキートは微笑み頷いたが、フィオは絶対に嫌だといった様子で首を振る。
しかし尋ねたにも関わらず、スレインはそれを無視した。
「え、いいんですか?」
柔らかな物言いのスレインに、青年は少し驚いた様子で問い返した。
「ええ。困った時はお互い様ですし……」
「わ〜、ありがとう」
「おいこらっ、ちょっと待て!」
微笑みあう二人の脇で、フィオが突っ込む。
しかしキートが諦めろと言わんばかりにその肩を軽く叩くと、フィオも呆れたような表情のまま押し黙った。
そのフィオの様子に苦笑すると、それからキートは一歩前に進み出た。
「ところで、僕はキート・スタシアン。キートって呼んでね」
にこりと微笑み、銀髪の少年が名乗る。
「私はスレイン・マルライラ。……えっと、彼はフィオ・アネロイドです」
スレインもキートに続き名乗り、それからふて腐れて名乗ろうとしない青い髪の少年を示した。
すると青年は髪や肩を叩き、埃や煤のようなものを落とすと、三人を見渡した。
「キートくん、スレインさん、フィオくん、ね」
伸びた前髪の隙間から鳶色の目を覗かせ、青年は微笑んだ。
身長は三人よりも頭一つ分高く、その中性的な顔立ちは、人とは違う奇妙な雰囲気を感じさせる。
「僕はルーフェン・シェイルハート。どうぞルーフェン、と」