ダーク・ファンタジー小説
- Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.25 )
- 日時: 2013/03/27 17:28
- 名前: Towa (ID: te9LMWl4)
* * *
「……よ、よし、いいいくぞ!」
「うん」
「頑張ってください!」
例の淀んだ気配が最も濃い場所の前に立ち、フィオは言った。
その横で、特に緊張した面持ちを浮かべるわけでもない、キートとスレインが頷く。
「じゃ、じゃあまずお前!」
「ぷっ、フィオ、本当に大丈夫?声震えてるよ」
「うるせぇ大丈夫じゃねぇよ、いいからやれ!」
戦う前から既にパニック状態のフィオに苦笑してから、「わかったよ」と答えるとキートはさっと腕を持ち上げる。
そしてそれを、一気に降り下ろした。
すると、その降り下ろした腕と連動して、海面が何かを叩きつけた時のように水しぶきをあげる。
その次の瞬間、海面が表面張力で盛り上がり、派手な飛沫をあげて弾ける。
そして衝撃で姿を現したクラーケンに、三人は改めて息を呑んだ。
「来た……!」
フィオが唇を舐めた。
そしてキートと目配せすると、吐きそうな衝動を抑え剣を抜き走り出る。
クラーケンが煩わしげに咆哮した。
ビリビリとした衝撃が水を波立たせる。
「フィオ!!触手は全部防ぐから、君は攻撃に専念して!!」
雨のように降り注ぐ触手を、全て水塊で弾き飛ばし、キートは叫んだ。
口を開くと吐きそうだったからだろうか、フィオは返事をしなかったが、どうやら言葉は伝わったらしい。
今まで剣で触手を切断していたのを止め、さらにクラーケンに突っ込んでいく。
そして、クラーケンの額目掛けて、高く跳躍した。
「おらぁっ!」
フィオは、吸い込まれるようにしてクラーケンの眉間に剣を突き立てた。
クラーケンはそれに絶叫し、体を捻らせ無数の足で海面を叩く。
——力を出しすぎずに、一点だけに集中して……!
フィオは、かっと目を見開くと、剣を握る腕に力を込めた。
「——いけっ!」
と、次の瞬間、クラーケンの眉間から、凄まじい閃光がほとばしる。
その雷撃はまるで、生き物のようにクラーケンの全身をのたうち回り、覆い尽くした。
今までとは比べ物にならない断末魔をクラーケンが発し、もがこうとする。
しかし、もはや触手を動かす力もないのだろう、くたりとしてほとんどの動きを停止させている。
それ故水塊を作る必要もなくなったキートが、灰と化していくクラーケンを見た。
「これは……炭になっちゃうだろうなぁ」
その呟きが、聞こえたのだろうか。
クラーケンが、最期の一撃と言わんばかりに全身を震わせた。
「どわっっ……!」
その衝撃に、フィオはクラーケンの体から剣ごと振り落とされる。
——ゴォォオォオオ!!
「フィオ!大丈夫?」
「あ、ああ」
砂浜へと落下したフィオを、キートが起こす。
しかし次に顔をあげたとき、二人はその光景に絶句した。
「な、波が……!」
クラーケンが体を震わしたことにより生じた大波が、こちらに迫ってきていたのだ。
クラーケンの体は、炎の中で燻ってその巨大な波に飲まれた。
その大波が、砂浜まであと数メートルのところまでに近付く。
フィオは舌打ちして、目をぎゅっと瞑った。
(くそっ、どうすれば——!)
すると、呆然とするフィオとキートの腕が掴まれ、ぐいっと引っ張られた。
「こっちです!!」
そうしてスレインについて走ると、その先にはこの街の漁師らしき人々が、
巨大な堤防に掘られた穴から顔を出して大きく手招きしている。
「津波用の避難場所だ——!」
「早く入れ!!」
穴の扉を空けている男の一人に、無理矢理突っ込まれる状態で穴に放り込まれる。
すると、波が襲いかかる寸前、その扉は勢いよく閉められた。
外から凄まじい轟音がする。
波が、堤防に襲いかかっているのだろう。
その音が止むまで、堤防に掘られた穴の中、誰一人として口を開く者はいなかった。
どれくらい時間が経っただろうか、ようやく外が静かになったとき、男が穴の扉を開けた。
そこからふっと入ってくる冷たい潮風は、この密閉空間で缶詰状態になっていた体を冷やすのに、ちょうどよかった。
穴の外に出ると、すでに波は引いていたようだった。
辺りには海藻やら魚やらが打ち上げられており、側で苦しそうにびちびちと跳ねている魚を、なんとなく哀れに感じたフィオは、それを掴むと海に投げた。
「本当にありがとうございました。貴殿方がいなければ、私達は波に飲まれているところでした」
沈黙を破り、第一声を放ったのはスレインだった。
穴まで誘導してくれた漁師達に、深々と頭を下げている。
「いやいや、何言ってるんだ!礼を言うのはこっちだよ、まさか本当に倒しちまうとは……はは、たまげたたまげた」
そう言って笑うのは、酒場で話した男だ。
「ところで、お前たちはもしかしてサーフェリアから来たのか?」
「いいえ、違いますが?」
別の男からの問いに、なぜそんなことを聞くんだろうとスレインが首を横にふると、数人の男達は顔を見合わせ、それからちらちらとフィオやキートのほうを見ている。
おそらく、先程の戦闘を見ていたのだろう。
「と、とりあえず、今日はここに泊まってってくれ。もちろんタダでいい」
「え、いいのですか?」
「当たり前さ。それくらいの礼はさせてくれ!」
そういって、笑顔で頷き合う漁師達。
それに対しスレインは再び礼を言うと、少年二人の方へと振り返る。
「疲れたでしょう?もう夕刻ですし、そうさせて頂きましょう!」
「うん、そうだね」
「ああ、そうだな……」
フィオは、これまでの戦いにより、もうほとんど魔力を使ったあとの気だるさに悩まされることはなくなっていた。
竜の血が大分体に馴染んだのか、あとキートから魔力量の調整方法を学んだおかげもあるんだろう。
そのため、今も疲れはあまり感じていない。
しかし、考えたくもないが、あのクラーケンの体液のせいで今フィオとキートは若干ぬめっている……。
それを早く洗い流したい気持ちはあったため、宿に行こうという提案に全力で頷いた。
「それでは皆さん、ありがとうございました」
翌朝、フィオ達一行は漁師達に礼を言うと、そのまま宿を出た。
「今、この先でお祭りやってるから、楽しんでよ」
「お前達がクラーケン倒したんだって?いやぁ、すごいね」
通りすがりに町人達に次々と声を掛けられ、三人はもはや有名人状態であった。
どうやら、昨日の噂が一気に広まったらしい。
「祭りかぁ……美味いものあるかな」
「まあ、あるんじゃない?出店とかも並んでるだろうし」
「サーフェリアへの船は、明日の昼頃に出るそうです。それまではお祭りを楽しむのもいいかもしれませんね」
三人は微笑み合って、モーゼル街の中心部へと向かった。