ダーク・ファンタジー小説
- Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.26 )
- 日時: 2013/03/27 17:29
- 名前: Towa (ID: te9LMWl4)
* * *
モーゼル街最南端の海に突如現れた魔物、クラーケン。
それが葬られてから一日後。
彼はやってきた。
「失礼」
音を立てて町長の部屋へと入ってきた焦げ茶色の髪をもつ少年に、町長とその周りを取り囲んでいた漁師達がびくりと反応した。
ちょうど今、クラーケンの一件を目の当たりにした漁師達が、町長に詳細を説明していたところだったのだ。
サーフェリアの象徴である竜の飾りを胸につけた少年は、手を顔の前で合わせ軽く頭を下げる。
その顔は若干幼さを残しているものの、瞳は鋭く、狙いを定めた猫を彷彿とさせた。
「お初にお目にかかる。私は、サーフェリア国王陛下直属の宮廷魔導師リーク・ラントレイ。沖にクラーケンの出現を確認したと聞いた。詳しくお教え願えるか」
はっきりとした声音に、皆一様に身を固め、視線を町長に向けた。
その視線を感じ、町長は慌てて一歩前に出ると一礼する。
「も、申し訳ない、宮廷魔導師様。実は……その……折角遥々お越しくださったのだが……クラーケンはこの街にはもういないのだ。昨日訪れた旅人三人が、退治して下さって……」
「……旅人?」
リークが、訝しげに呟いた。
「そうです。私めは直接見ていないのですが……黒髪の女性、あと青髪と銀髪の少年だそうで……」
町長は、とにかくへこへこと頭を下げながら説明した。
街にとっては、早くクラーケンを倒してもらう分には有り難いことだった。
しかし、遥々海を越えて来てもらったのに「クラーケンは別の人に倒してもらっちゃいました」なんて言うのは、無礼極まりないことだと考えたからだ。
ましてかの有名なサーフェリアの宮廷魔導師だ。
無礼を働くなど許されることではない。
そう思い、内心ひどく焦っていた町長達であったが、リークから返ってきたのは思いの外あっさりとしたものだった。
「そうか。解決したならば良かった。今後も何かあったら言うといい」
「あ、ありがとうございます!」
その言葉に、町長は安堵したように息を吐き、よりいっそう深く頭を下げた。
「それより……その旅人というのは、クラーケンをどう倒したんだ?剣か?」
リークは、眉を寄せて問うた。
クラーケンを倒したという旅人の素性が、少し気になったのだろう。
すると、それに関しては町長よりも実際に見た自分達が説明した方が良いと、漁師達のうち一人が一歩前に出た。
「な、なんか、竜人様だったようで、魔法を使ってました……その、サーフェリア王国の竜人様ではないのですよね?」
「ああ、こちらには青髪も銀髪もいないからな。黒髪の女というのも……まあおそらく違うだろう……そうか、竜人か……」
リークは、顎に手をあてぶつぶつと何かを呟き考えている。
その様子をただ見つめながら、しばらくして町長が何かを思い出したよう再び口を開いた。
「と、ところでその……リベルテ王国の件について、何かご存知ではないでしょうか?このモーゼル街は、ほとんどリベルテ王国とは関わっていませんでしたが、一応あの国の領土です。しかし、噂によればリベルテは完全に滅んでしまったと……私達はどうすれば……」
たどたどしい口調で言いながら、町長は俯いた。
モーゼル街は昔よりリベルテ王国の領土であった。
しかしリベルテの軍事体制が本格化してからは、国全体を城壁で囲み閉じ籠るような体制をとったため、リベルテから距離のあるモーゼル街は取り残され、名目上の領土というだけの状態を続けてきたのだ。
だが、いざどの国にも所属できていないとなると、今回のような魔物の襲撃等も含めどの政府に頼れば良いのか分からなくなり、非常に困る。
今回も、リベルテ王国が一体どうして滅びたのかも分かっていなかったため、本当にどうすればいいのだろうと頭を悩ませていたのだ。
「ああ、それならば俺の前に来たやつに聞いてないか?」
「と、いうと……その三人の方々のことですか?」
「いや、違う。もっと前に来て、クラーケンのことをサーフェリアに伝えたやつだ。その……なんか全体的に色が薄くて弱そうなやつ」
リークの表現に思わず笑ってしまいそうになった町長だったが、それを飲み込むと、少し考え込んでから首を横に
振った。
「い、いえ……あの方は、ただクラーケンがいるならサーフェリアの竜人に退治させましょうと、それだけで……。かなりお疲れのようだったので宿にお泊まりになるよう申し上げたのですが……急ぎなのでと、早々に去っていかれました」
「……ったく、あの馬鹿、相当だな」
「え、あ、あの」
「いや、なんでもない。わかった」
リークが舌打ちして言った言葉に、思わず肩を震わせた町長であったが、リークはなんでもないと手を振る。
そして懐から一枚の書類を出すとそれを手渡し、受け取った町長は途端に硬直した。
「これは……」
「リベルテ王国は訳あってサーフェリア王国が占拠させてもらった。よって、このモーゼル街もサーフェリア領となる。その証明書だ」
その言葉に、町長と漁師達は歓喜の色を見せた。