ダーク・ファンタジー小説

Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.28 )
日時: 2013/03/27 18:46
名前: Towa (ID: te9LMWl4)




「はぁ、もう夜か……」

 フィオが、すっかり暗くなった空を見上げて呟いた。
雲が多いせいか、あるいは周囲が明るいせいか、残念ながらほとんど星は見えなかった。
「なあ、もう宿に戻ろうぜ。俺なんか疲れた」
屋台の食べ物を食べ尽くしたお陰で、いつもより膨れたお腹をさする。
流石に食べすぎではないかと密かにスレインとキートは思っていたが、あえてそれは口に出さなかった。
「フィオ、大漁祭の目玉は“アーツ”の見世物だよ?日中は君の食べ歩きに付き合ったんだから、今度は僕達に付き合ってもらわないと」
キートの言葉に、スレインもその通りだと頷いている。
一瞬、まだ反論しようと思ったフィオだったが、朝から先程まで屋台を次から次へと渡り歩いた自分を思い出し、彼らの言うことはもっともだと感じて大人しく劇場の椅子に座った。

 ちなみに“アーツ”とはモーゼル街の若者達で構成された劇団であり、毎年必ず大漁祭の最終日、最後の催し物として公演を開くのだ。
内容としては、様々なものをモチーフとした衣装を纏った踊り子達が舞踊を披露する、というもので、その舞踊の美しさは他国でも非常に評判であった。
そのため、祭の目玉として、大勢の観客が観劇に集まるのだ。
「でもなぁ、見世物なんて一体何が楽しいんだか……」
ぼそりとそう呟き辺りを見回すと、老若男女を問わず様々な人が楽しげに劇場の椅子に座っている。
それどころか、立ち見席にも人がひしめいているのだ。
フィオにとっては、武道会での熱い戦闘を見ている方がよっぽど楽める。

 そんなことを考えている内に、舞台側から高らかに太鼓の音が響いてきた。
「始まるみたいだね」
そういうキートの声がして、フィオも前方に視線を移す。
すると、舞台に微かな灯が灯り、現れた複数の踊り子達を照らし出した。
全身に青く透き通った布を纏い、その踊り子はふわりふわりとそれをたなびかせ舞う。
おそらく、彼女達は海を表現しているのだろう。

 彼女達がひとしきり舞い終わると、今度はそこに美しい金髪を持ち、清楚な服を纏った女性が現れる。
「あれは……“ルーベルン”の……」

“ルーベルン”とは、この大陸に伝わる天地創造の物語である。

 先程の金髪女性が演じる大気の神は、ある時大空から海面に舞い降り、海の神と結ばれ子を孕む。
そして彼女が産み落とした大気と海の子供は、成長するまでしばらく海上をさまよい、美しい青年となった後に陸に上がった。
 それから彼は、太陽と月を作り、陸に種をまき草木を生やし、美しい世界を完成させる。
しかし、彼が育てた豊かな大地は、人間が世界を支配することでどんどん邪悪なものへと化していった。
空気は淀み、人間以外の生き物達は死に絶える——。
その様子を見た彼は、怒り狂い人間を全て滅ぼそうとする。
だが、そんな彼の前に現れた一人の人間が言ったのだ。
『神様、どうかもう一度だけ我々にチャンスを与えてください』と——。
彼は、その人間の真っ直ぐな瞳に、一度だけ世界再生の手助けをすることを約束し、大地をまた生命溢れる豊かなものとした。
ただし、もし再び人間が同じ過ちを犯すようなことがあれば、次こそは貴方達を滅ぼす、そう告げて——。

簡単にあらすじを言うと、こういったものだった。

 一見単純な物語ともとれるかもしれないが、舞踊を中心とした“アーツ”の演出の美しさに、観客は皆心奪われ食い入るように舞いを眺めている。
しかし、その時間すら忘れさせる舞台も、やがて終盤に入っていった。

 大気と海の神より生まれた子——薄い若葉を思わせる衣装を纏った踊り子が、断末魔のごとく叫び声を上げながら荒々しい舞踊を繰り広げる。
人間に破壊された大地を思い嘆き悲しむ、そういった場面だった。
そのあまりに悲痛な絶叫に、人々はごくりと唾を飲む。
役者の存在感に、圧倒されているのだ。

 どんどんと舞台上の明かりが暗くなり、役者は人間を呪う、恨めしそうな呻き声をあげる。
その表情が、本当に人間とは思えぬような、恨みに満ちたもので、観客は思わず息を止めた。

——人間など、永遠に滅びてしまえばいいのだ。

この舞台では、役者が声を出すことはなかったが、誰もがおぞましいほどの人間への憎しみの声を聞いた気がした。
と、舞台上の一点にふっと明かりがつく。
『人間にもう一度だけチャンスを与えてください』
そう頼む人間が現れるのだ。
しかし、その人間役を見た神役の役者が、演技も忘れて瞠目したことで、観客全員の思考も停止した。
「——な!?」
そこに立っていたのは、役者ではなかったからだ。
黒い鱗のようなもので覆われた体、その肘や膝などには角のような突起物が生えている。
顔も、形は人間に近いものの、その目には白眼がなく、まるで黒曜石をそのまま埋め込んだようで、口は耳元まで割けていた。
明らかに、人間ではない。

 硬直する客席や劇団員達を余所に、それはにたりと笑った。
そして、それが神役の役者を指差すと、途端に役者の体が膨れ、弾け飛んだ。
肉体が、細かい血肉の塊となって前列の席にいた者達に降りかかる。
しかしそれでも、人々は動けなかった。
恐怖の念が、彼らの体を支配しているのだ。

 その様子に、それは更に満足げに唇を歪める。
「さあ、血だ。血を捧げるがいい、人間共よ——!」
す、と手が、客席の人間達へと伸ばされる。
そうして、それが再び人間を血肉へと変化させようとしたその時、ヒュ!と風を切り裂くような音がして、鋭いナイフがそれの腹部に突き刺さった。
「……ほう」
一瞬後、そのナイフを一瞥してから、それが飛んできた方向——フィオを視界に捕らえる。
「——お前は、なんだ……!」