ダーク・ファンタジー小説
- Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.30 )
- 日時: 2013/03/27 22:55
- 名前: Towa (ID: te9LMWl4)
フィオの命が無事であることを知り、キートは安堵の息を吐いた。
しかし、フィオが戦力外になった今、自分もいつまであれと渡り合えるか分からない。
水魔法は、空気中の水蒸気を利用して発動させるため、他の魔法に比べて
魔力の消費量が少ない。
だが、長時間水塊を打ち続けているこの状況下で、キートの魔力も流石に底をつきかけていた。
(——どうする……どうすればいい……?)
頭を回転させながらも、迷っている暇などないと判断したキートは、慣れた手つきで腰に差した細長い水瓶を掴んだ。
そしてその中の水を大気中にばらまき、魔力を発動させようとする。
水蒸気を集める手間を省くことで、より魔力の消費量を削減させようと考えたのだ。
ところが、その動作を繰り出す時間ですら、目の前の存在にとっては立派な隙だった——キートの眼前に、黒よりも濃い闇色の塊が迫る。
「——っ!!」
突然のとんでもない衝撃に、キートは壁際まで吹っ飛んだ。
瞬時に攻撃に使おうとした水塊を、壁と自分の間に回したことで失神することは避けられたが、背中を強打した瞬間に骨の軋む嫌な音がした。
(まずいっ……骨が……)
油断していた訳ではないのに、それが近づいたとき反応できなかった。
自分達とそれの間には、圧倒的な差がある。
——早く、早く立て。
そうして次の攻撃に備えなければ。
そう体に命令するが、所々骨が砕けたのだろう、指先ですらほとんど動かない。
が、結果的に、次の攻撃がキートを襲う事はなかった。
鋭い銃声が大気を響き渡り、キートとそれの間を引き裂いたのだ。
キートは、その銃声のした方に目を向けて、顔を蒼くして絶句した。
そこには、肩を震わせながら銃を持ち立ち竦む、スレインの姿があった。
その銃口から煙が微かに出ていることから、今の銃撃が彼女によるものだというのは明らかだった。
「……愚かな」
(——っ、やめろっ!)
それに集まる魔力に瞠目し、キートは声にならない声を上げた。
そのスレインの足元で、意識を取り戻したフィオも、どうやら状況を飲み込んだらしく穴の空いた腹を押さえて立ち上がろうとしている。
しかし、両者とも身動きができない。
もう一発撃とうとするスレインに、冷笑したそれが迫る。
そしてその鋭い爪が、彼女の体を引き裂こうとした——その瞬間。
耳も目も潰れるような、凄まじい閃光がスレインの背後から走り、それの体を貫いた。
そのあまりの眩しさ、轟音のせいで、3人の目と耳は一瞬感覚を失ったが、その閃光が白い稲妻だったと気づき一斉にフィオを見る。
しかし、フィオはもはや魔力を発動できるような状態ではない。
そもそもあの稲妻の威力がフィオのものでないことくらい、一目瞭然であった。
「……ちっ」
「こんばんは。やっと会えたね」
ふわりとスレインの前に立った二人の男は、先程の稲妻によって体を燻らせているそれと、距離を取って対峙した。
その見覚えのある一人の男——薄茶色の髪をもった青年を見て、スレインは目を見開いた。
「ルーフェン……さん……?」
「久しぶり、この間はどうも。ところで、他二人は大丈夫?」
「……生きては、いますが……」
「そう、なら良かった。あ、リーク、キートくん……あそこの銀髪の男の子こっちに連れてきてくれる?」
「あいよ」
リークと呼ばれた茶髪の少年は、ルーフェンの言葉に手をあげて答えると、壁際で倒れるキートの元へと向かった。
見かけはほとんどフィオやキートと同じか、あるいは少し年上かくらいの彼だが、その気配は鋭く、実力者であることを感じさせた。
「あぁ……あの男が……ぁぁ……」
スレインがふとそれの方に視線を向けると、それは先程までの笑みとは打って変わった憎しみの表情を浮かべ、頭を抱えて何か呟いている。
その憎しみの視線は、他でもないルーフェンに向けられたものだった。
対するルーフェンは、先程までの余裕の表情は消したものの、取り乱すことなく凛とした態度でそれを見つめている。
道脇で爆睡していた人間とは思えないくらいだった。
「……ぁあ……貴様は、貴様は……」
「……君は何人殺した?何人の魂で出来てる?」
そうルーフェンが問いかけると、それはふらふらとした動きを止め、じっとこちらを見てから再びにたりと笑った。
「……沢山殺した……」
「リベルテの人間と、あとこの街の人間、かな?」
「リベルテ……?」
「君の生まれた国だよ」
ルーフェンとそれの間で繰り広げられる会話が理解できずにいたスレインだったが、リークによって運ばれてきたキートを見て意識をそちらへと向けた。
キートは気を失っているらしく動かないが、どうやら生きてはいるようだ。
「あんた、治療できるか?」
リークの問いに、スレインは頷く。
「ええ、大丈夫です。この状況では応急処置しかできませんが……」
「十分だ」
そう言ってリークは立ち上がると、ルーフェンと同じように目の前の存在を見つめた。
それは、まだあの稲妻による衝撃を抱え動けずにはいるようだが、先程に比べ体から昇る煙も少なくなっており、顔にも少し余裕が浮かび始めていた。
そろそろ攻撃を仕掛けてくるのかもしれない、そう考えて、スレインはかすかに身震いした。
「おい、ルーフェン。どうする?」
「多分数が多くても変わらないだろうから、とりあえず僕がやるよ」
「だったら、魔法具がない分は俺の魔力で——」
(魔法具……?)
その言葉に、スレインははっとした。
そして脇に置いてある荷物から、例の麻袋を引っ張りだしルーフェンとリークの前に突き出した。
「魔法具って、これじゃあありませんか?」
その瞬間、ルーフェンの目が見開かれた。
リークの方は、一瞬なぜお前が持っているんだ?という疑問の表情を浮かべ口を開きかけたが、ルーフェンがその麻袋を受けとり歓喜の声をあげたことでその声は遮られた。
「うわぁ、ありがとう!そっか、これ貴女達のところで置いてきちゃってたのか!」
目を輝かせながらその袋を抱きしめ、中から赤、黄、緑の宝珠を取り出す。
すると次の瞬間、その3つの玉はふわりと浮かび上がり、ルーフェンの周りを浮遊しだした。
その光景を、まるで夢見るように眺めていたスレインだったが、しかしリークの声で現実に引き戻される。
「おい!くるぞ!」
声に反応して咄嗟に視線を戻すと、あの闇の塊がこちらに迫っていた。
だが、その塊は轟音と共に現れた炎にかき消され、相殺される。
どうやら、その炎はリークが放ったものだったようだ。
「——っ、ルーフェン、やっぱお前に任せる。俺じゃあ無理だ」
「うん、リークは結界よろしくね。……短時間でやる」
「……了解」
これまでの飄々とした雰囲気を捨て去り、ルーフェンはすっと目を細めた。
そして目の前のそれを見据え、勢いよく手を前に出す。
すると、浮かぶ緑色の宝珠が光ったのとほぼ同時、舞台の床を突き破って、巨大な岩が姿を現した。
その岩は、まるで人間の腕のように伸びそれに掴みかかり、最終的には他の位置からも隆起し飛び出した岩が、巨大な一つの岩の塊となってそれを飲み込んだ。
だが、その岩はゆらゆらと振動しており、中からは悲痛な呻き声のようなものが聞こえてくる——そして、何かを発動させる気なのか、その岩の中心部からすっと黒い魔方陣が現れた。
しかし、それを全く問題ないといったような様子で、ルーフェンが手をかざすと、その魔方陣が書き換えられるかのようにして外側から内側に、金色の別の魔方陣へと変わっていく。
「耳塞げ!」
戦闘に目を奪われていたスレインに、ほの紅い膜のようなものを周囲に張ったリークが叫ぶ。
一瞬なぜそんなことを言われたのか理解できなかったが、慌てて手で耳を塞ぐ。
目の前では、ちょうど黒い魔方陣が、完全に金の魔方陣へと姿を変えた時だった——と、次の瞬間。
目の前が、深紅に染まった。
それを飲み込んだ岩を包み込むほどの、巨大な火柱が上がったのだ。
否、火柱というよりは、もはや溶岩が吹き出したといったほうが正しいかもしれない。
確かにここから発せられた轟音は、まともに聞いていたら耳がおかしくなっていただろう。
リークの張った結界も、この熱風から自分達を守るためのものだったのなのだと、スレインはその時気づいた。
数秒の後、火柱が収まった後を見ると、そこには灰だらけの床と、ほぼ原形を残していないそれの姿があった。
手足は溶け、ほとんど胴体と頭だけになった状態のそれは、剥き出しの目玉をぎょろぎょろと動かした。
「……ぁ……ぁ……消えたく……ない……消えたく、ない」
微かに、漏れるように出たその声を、ルーフェンは確かに聞き取った。
「すまなかったね、君はただの被害者だ。……せめて、人として安らかに眠ってほしい」
穏やかな声音でそう言った後、ルーフェンが再びすっと手をかざすと、その手に答えるように黄色の宝珠が輝き、天から垂直に雷撃が降り注いだ。
雷撃に備えて目と耳をきつく塞いでいたスレインは、静けさを感じ取ってから恐る恐る目を開けた。
するとそこには、ルーフェンと、床に染み付いた漆黒の影のようなものしかいなかった。