ダーク・ファンタジー小説
- Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.31 )
- 日時: 2013/03/27 22:59
- 名前: Towa (ID: te9LMWl4)
* * *
——3日後。
「はぁ、暇だ」
部屋の窓から街の大通りを眺め、フィオは何度目とも知れぬ文句を吐き出した。
今からちょうど3日前、このモーゼル街は突如化物に襲撃された訳だが、被害はそこまで大規模ではなかったため、街自体は既に明るい雰囲気を取り戻しており、劇場の復興に向けて人々が動いていた。
「……で、なんでここにこいつらがいるんだ!!」
「は?」
「…………」
フィオは、包帯の巻かれていない方の腕で、向かいのベッドに横たわる薄茶色の髪の青年と、その横で林檎にかじりついていた焦茶色の髪の少年を指差した。
「なんだよ、いちゃ悪いのか?俺達はお前の命の恩人だぜ?」
「うっ……」
リークのその言葉に、フィオは詰まった。
スレインから、フィオとキートが気を失ったあとの話を聞いていたからだ。
『ルーフェンさんとリークさんがいなければ、私達は今頃死んでいました』と。
「だ、だけどっ!なんで別の部屋行かないんだよっ!」
「仕方ないだろ、こいつは寝てるだけだからって病室追い出されたんだよ!」
「じゃあそいつ起こせよ!」
「こいつにとっては大事な睡眠なんだ!」
「こら、二人とも、あんまり大きな声は出さないでください。ルーフェンさんはまだ寝てるんですから」
「うん、僕も骨に響くから、そんな大声は出さないで」
スレインとキートに注意され、二人は黙りこんだ。
しかし、そのあとも大人げなく目をあわせては威嚇しあっている。
あの惨劇のあと、駆けつけてきた役所の人間に事情を説明したスレイン達は、まとめてそのまま病院に投げ込まれた。
しかし、腹部に風穴の空いたフィオは、流石の回復力で僅か1日で意識を取り戻し、3日経った現在では既に歩けるようになっていた。
また、全身複雑骨折のキートも同じく、ほとんど歩けるような状態であったし、スレインも軽く肩を怪我しただけであったため、包帯は巻いているものの全く生活に支障はない状態で、あと1日休めば3人とも病院から出られるだろうというところだった。
だが、問題はルーフェンであった。
ほとんど無傷でいたのにも関わらず、あの闘いの後「眠いから寝る!」と宣言し、そのまま丸3日一度も起きていないのだ。
「あの、……本当に大丈夫なんですか?ご飯も食べてませんし……やはり一度起こした方がいいのでは……?」
「いや、これは寝てるって言うか、仮死状態みたいなもんだから、そういうのは気にしなくていい」
「仮死状態、ですか……?」
「ああ、こいつここ最近馬鹿みたいに魔力使ったから、こうやって回復してんだよ。ま、流石にそろそろ起きるだろうし」
「は、はあ……まあ回復してるなら良いのですが……」
渋々といった様子で納得し、スレインはルーフェンを覗きこむ。
すると、やはり彼からは規則正しい寝息が聞こえてくる。
どう考えても寝ているようにしか見えなかった。
「そういえば、初めて会ったときも寝てたよね、道端で」
「道端!?」
なんとなく出会ったときのことを思い出して呟いたキートの一言に、リークは思わず声を上げた。
「なに、こいつ道端で寝てたの?」
「うん、そうだよ。大の字になって。だから僕達が起こして、一緒にお昼ご飯食べたら、そのままその宝珠みたいなの忘れていっちゃったんだよ」
「ぶっ、なるほど」
リークは、思わず口から出そうになった林檎の欠片を慌てて飲み込み、けらけらと笑った。
「うん、でまあ、そんな感じの出会い方だったから、まさかルーフェンがサーフェリアの宮廷魔導師だったなんて微塵も思ってなかったんだよ」
「はははっ、まあ、そうだろうな。こいつ威厳もなんもないしな!」
リークのこの言葉に、フィオ、スレイン、キートの三人は密かに同意した。
特にフィオとキートに関しては、あの化物との戦闘の際気を失っていて、ルーフェンの魔力を目の当たりにしていない。
そのため彼の印象と言えば、だらしない格好で道端に寝ていた男、それしかないのだ。
「あ、でも——」
ルーフェンのベッドをばしばしと叩きながら笑い転げるリークが、ふと言った言葉に、三人は首を傾げる。
「お前ら、これからサーフェリアの王宮来るんだったよな?スレインがなんか用があるとかで」
「はい、そうですが……」
「だったら、サーフェリアの民衆達の前では一応こいつのこと『さん』付けくらいはした方がいいぞ。こいつ一応、サーフェリアの宮廷魔導師長様だから」
「「え!?」」
「…………」
あまりにも軽い感じで明かされた衝撃の事実に、フィオとキートは目を見開いた。
既に彼が雷属性、火属性、土属性の魔法を使用していた姿を見たスレインは驚きを顕著にすることはなかったが、ルーフェンが竜人だったというだけで驚嘆していた少年二人の衝撃は大きかった。
なにしろ、サーフェリア王国の宮廷魔導師長と言えば、世界でただ一人5匹の竜殺しを成功させたという、世界最強を謳われる魔導師だ。
予想していた人物像との差に、面食らうのも仕方がないことだった。
「いや、でも——こいつ、その、ルーフェン……さん?は、宮廷魔導師長なんだよな?そんな人が魔力切れするような相手って……あの化物は一体なんだったんだ?」
ふいに、今思い出しても恐ろしくなる——極上の笑みを浮かべながら人間を肉片へと変えていったあの血塗られた化物を思い起こして、フィオが身震いした。
ずっと、あの化物の正体を聞こうと思っていたのだ。
「ああ、あれは、単なる魔物だ。ただちょっと特殊な、人間の憎悪から生まれた魔物。ルーフェンが魔力切れしたのはまあそれもあるけど、主な原因はリベルテを焼き払ったことさ」
「——なっ!?リベルテ滅ぼしたのってこいつだったのか!?」
「あ、やべっ」
リークは慌てて口を閉じたが、時既に遅し。
フィオは怒りの混じったような表情で、こちらを睨んでいた。
「おい、それどういうことだ!なんでそんなことしたんだよ!?そのせいで一体どれだけの人間が死んだと思ってるんだ!!」
——国が、故郷がなくなるような想いが、どれだけ辛いことだかわかってるのか!!
ベッドから降り、フィオは掴みかかるような勢いでリークに迫る。
しかし、リークは至って冷静な態度でそれをあしらった。
「おい、落ち着けよ。言っておくが、こいつに非はないぞ。リベルテを全焼させたのだってちゃんと理由があったはずだ」
「なんでそんなこと言い切れる?」
「勘」
「勘で片付けるな!!」
「うるさいやつだな。こいつは無意味な殺戮なんてしない。詳しい事情はまだ聞いてないけど、それだけは確かだ」
「——ですが」
ふと混じったスレインの声に、一同の視線が彼女へと集まった。
フィオとリークの言い争いの中で、高い彼女の声はよく響いたのだ。
「ですが、どんな理由があろうとも、多くの人間の命を奪っていい理由にはならないはずです。たとえリベルテ側に非があったとしても、それはどうせリベルテ政府に問題があったということでしょう?何の罪もない民衆達まで焼き払った理由はなんなのでしょう?」
「さあな。でもそんなの綺麗事でしか——」
「サーフェリアは、リベルテに宣戦布告されたのではないですか?しかしそのとき、リベルテなど戦う価値もないと相手にしなかった。けれどその反面、軍事国家として急成長を遂げていたリベルテを、目障りだとも思っていたのではないでしょうか?あと十数年経てば、もしかしたら無視できないくらいの軍事国家になるのかもしれない、自国を脅かす存在になるかもしれない、と。だから今のうちに潰そうと考えた。でも貴殿方はできるだけ戦争を起こすようなことはしたくなかった。なぜなら、そんなことを行えば、ただですら少ないサーフェリアの軍隊がサーフェリア内にいないことを他国が知り、奇襲をかけてくるかもしれないから。だから1つの国くらい消し飛ばす力を、規格外の絶大な魔力をお持ちの、そちらの宮廷魔導師長一人を送り込み、他のどの国に気づかれることもなくリベルテを焼き払った。違いますか?」
一瞬、室内が静まり返った。
控えめなスレインが、ここまで気を昂らせたことにリークも驚いたのだろう。
そしてフィオとキートは、アレスタス侯爵家でこの話題に異様に食いついていたスレインを思い出した。