ダーク・ファンタジー小説
- Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.34 )
- 日時: 2013/03/29 23:21
- 名前: Towa (ID: a4Z8mItP)
王宮の外装は、思ったより質素な感じであった。
しかし決して寂れているという雰囲気はなく、むしろ悠然と構えるその姿には、威圧感さえ感じるほどだった。
また、国全体に結界が張ってあるためか、あるいは王宮内のことは宮廷魔導師達に任せているためか、人の出入りに多い割に警備が薄い。
よって、王宮は全体的に落ち着いた雰囲気を醸し出しているのだった。
重厚な白石で出来た城壁と木製の扉を見上げ、スレインは軽く息を吸い込むと、静かに扉を開けた。
中も外観からの予想に違わず落ち着いた雰囲気で、辺りでは神官や警備兵らしき人々が楽しげに話していたりしている。
その中で、大理石で作られた床を踏み、3人は客間に向かうべく最上階へと続く階段を目指す。
時々周囲の人々が不思議そうな視線を向けてきたが、特にそれに構うことなく進んだ。
すると、目の前まで迫った階段から、別の人間が降りてくることに気づく——と、次の瞬間。
「——っ!?」
突如背筋に走った殺気に、フィオは剣の柄に握った。
しかし、その殺気と共に風を切るように飛んできた何かは、剣を抜き払う前に3人の間をすり抜け、後ろの壁に突き刺さった。
反射的に後ろに振り返り、その壁に刺さったものを見つめる。
ちょうど針を巨大化させたような飛び道具——明らかに暗器だ。
これから自分達が上がろうとしていた広い階段から、ゆっくりと降りてくる人影。
そして再び飛来してきた暗器を、今度こそはと剣を抜き弾くと、フィオはスレインの前に立った。
「おい!なんなんだ、てめぇは……!」
そうして見上げて、その襲撃者の姿を目にした途端、3人は息を飲んだ。
雪を思わせるような白い髪、すらりと伸びた背筋、深く刻み込まれた皺も含め恐ろしいほど整った顔に、瞳は炎のような紅色、まるで人間とは思えないような雰囲気を纏ったその女は、しかし美しいとしか言いようがなかった。
「だ、誰だ……?」
掠れた声で問うが、その答えは返ってこない。
その代わり彼女は、燃えるような瞳をこちらに向け、氷のような声音で言った。
「去れ」
「……は?」
鋭く放たれたその言葉を理解できず、ただ呆然と立ち尽くす3人に、老女は更に言い放った。
「これくらいのことにも反応できないくせに、剣なんて持つもんじゃないよ、鼻垂れ小僧が。分かったらさっさと去りな」
「…………」
フィオは硬直した。
(な、なんだこの婆さん……すっげぇ怖い……)
言い放っていることもももちろんそうだが、何より雰囲気が恐ろしすぎる。
力業で勝てる勝てない云々よりも、逆らってはいけないという謎の本能が働き、体が動かないのだ。
その横から、スレインが恐る恐る口を開く。
「あ、あの……私達、戦いに来たとかではなくて、その——」
「黙りな小娘。お前に話しかけた覚えはないよ」
「…………」
結局、鋭い眼光で一刀両断され、スレインも沈黙した。
ついで、キートがいつもの笑顔でその老女に近づく。
「おばあさん、少し話を聞いて下さ——っ!?」
が、その勇気ある挑戦も、暗器がキートの首の皮一枚のところを飛んでいったことで、敢えなく終了した。
「ふん、何をへらへら笑ってるんだい、気味の悪いガキだね。女の口説き方も知らないようなガキの話を、私が聞くわけないだろ」
「…………」
再び訪れた沈黙。
まさかスレインやキートまで黙らせるとは、本当にこの老女は何者なのか。
やはり着替え終わるのを待ってでも、ルーフェン達と一緒に来れば良かったと後悔する。
と、ふと老女の方から別の女の声が響いてきた。
「駄目ですよ、陛下!!王宮内で暗器使ったら危ないでしょう!!」
(((陛下——!?)))
その言葉に、三人はぎょっとして一斉にその老女を見る。
そういえば、と、以前ルーフェンが言っていた台詞を思い出した。
——サーフェリア王国の初代国王様はね、バジレット・ハースという女性で、もう68歳になるけどすごく元気なんだよ。
(((いや、元気というレベルではないけど……)))
そんなことを考えていると、先程この老女、改めサーフェリア王国初代国王バジレット・ハースに歩み寄ってきた女性が、こちらに視線を向けていることに気づき、3人も階段上の彼女を見上げる。
僅かに緑がかった黒髪を後ろで一つに編み込んだその小柄な彼女は、ガラス玉のような漆黒の瞳でこちらを見ている。
彼女の場合、凛とした表情を浮かべているものの美しいというより可愛らしいといった表現が似合いそうだった。
「貴女達……もしかしてルーフェンさんの?」
その言葉に、スレインははっとしてルーフェンから預かった耳飾りを見せる。
そして、話すことを許されたこの機会を逃すまいと慌てて口を開いた。
「そうです!私達ルーフェンさんとリークさんと、モーゼル街から来た者で……陛下にお話があるんです!」
それを聞いて、もはや震える子羊状態のスレインを見下ろすと、バジレットはふっと息を吐いて目を細めた。
「全く、とろい娘だね。それを早く言ってりゃ私だって攻撃なんぞしなかったものを」
「あ、も、申し訳ありません」
びくりと肩を震わせて謝るが、それを特に気にすることなく、バジレットはしっかりとした足取りで踵を返し階段を再び上がり始めた。
「ついて来な。どうせモーゼル街襲撃の話だろう」
「いえ、それだけではないのですが……」
「なんだって?」
「……なんでもありません……」
本来の目的は、スレインはシュベルテ王国からの使者としての役目を果たし、フィオは故郷で起きたことについて聞く、といったものだったのだが、今この場では言えそうもなく、スレインは押し黙った。
「すみません、陛下は少し照れ屋なのです」
客間へと続く階段を上がっている途中、自分より頭1つ分背の低い彼女——先程話す機会を与えてくれた漆黒の瞳の女性に声をかけられ、スレインはそちらに視線を移した。
「そ、そうなんですか……かなり過激な照れ隠しなんですね」
「ふふ、確かに。初めは皆怯えるんですよ」
ええ、今まであったどんな魔物よりも怖かったです、とは言わなかったが、それに近いことを一瞬言おうとして、スレインは慌てて口をつぐんだ。
「ところで……貴女は?」
先程から感じていたことを問うと、女性は少しだけ微笑み軽く頭を下げる。
「私は陛下に仕える宮廷魔導師が一人、グレイス・フィロンダと申します」
そう聞いて、スレインは少し目を見開いた。
言われてみれば、彼女——グレイスの胸にもリークのものと似た竜の記章がつけられているし、体も小柄ながら引き締まっていて無駄がない。
だが、まさか竜人の頂点に立つようなサーフェリア王国の宮廷魔導師に、女性がいたとは思っていなかったのだ。
そんな風に思考を巡らせていると、グレイスがふと、スレインのもつルーフェンの耳飾りに目を向けた。
「……そういえば、ルーフェンさんは元気でしたか?」
それに対しにこりと笑ってスレインは答える。
「はい。とても優しい方で……。何度も助けて頂きました」
「そうですか。それは、良かった……」
ふっと、グレイスの表情が緩んだ。
道端で爆睡していたことはあえて言わなかったのだが、そんなに彼らのことを心配していたのだろうか。
と、ついでグレイスははっとしたような表情を浮かべると、そのままバジレットの先へと駆けて行き、最上階のある一室の扉に手をかけた。
どうやら客間に着いたらしい。
ギィィ——……と音を立てて、扉が開いた。