ダーク・ファンタジー小説
- Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.35 )
- 日時: 2013/03/30 14:43
- 名前: Towa (ID: 6Bgu9cRk)
客間、といっても客が優遇されるわけではなく、一行が案内されたのはあくまで王との面会場所のようなものだった。
室内も思ったより殺風景で、赤い絨毯や宝石の散りばめられた椅子などは置いてあったが、総合的に見るとアレスタス侯爵家の派手さには到底及ばない程度だ。
しかし、その簡素さこそが訪れた者に上品さを感じさせるのであり、国王バジレットの威厳を引き立たせるのだった。
バジレットは、部屋の奥まで歩き少し高くなっている舞台のような場所に上ると、背もたれの高い椅子に座る。
そして、肘おきに手を置くと例のごとくこちらを睨むように見た。
赤い絨毯の上に立ったままの3人は、蛇に睨まれたかのように固まる。
「……で、話ってなんだい」
「…………」
咄嗟に言葉が出ない彼らを、バジレットは肘をつき無言で見つめていた。
しかし、この気まずい雰囲気を払拭せねばと、不意にフィオが口を開いた。
「俺達、モーゼル街の件についてはルーフェン……さん達に参考人として連れてこられただけで、本当は別の用件で来たんだ……です」
「ほう、別の用件?」
ひとまず聞いてくれそうな雰囲気に安堵しつつ、フィオはスレインと顔を見合わせた。
どちらの用件を先に出すか迷ったのだ。
しかし、よく考えればフィオの用件というのは宮廷魔導師達に宛てたものであって、国王に対するものではない。
直接国王への用件を持つのはスレインなのである。
そう判断し彼女に先に言えといったような素振りを見せると、スレインはそれを理解したようで前方に視線を戻し、口を開きかけた。
だが、バジレットがそれを片手で制し
、扉のほうを見つめ「入りな」と一言発す。
するとゆっくりと扉が開き、奥から一人の男が姿を現した。
「只今戻りました、王様」
手を顔の前で合わせ跪き、男は恭しく一礼すると顔を上げる。
その中性的な顔立ちと鳶色の瞳を見た瞬間、一同は既に固まっていた体を更に凍りつかせた。
「……誰?」
いや、逆に誰だか想像できていたがために体を凍りつかせたわけだが、信じられないといった風にフィオが囁いた。
薄茶色の柔らかな髪はちゃんと散髪されたらしく、あのだらしなく伸びた前髪や肩に付きそうな状態だった後髪は短くなり、頭の横で銀細工の髪留めに留められている。
青と白を基調とした華美すぎないローブは、あの短時間で着た割には細部まで手がこんだもので、その胸にはやはり竜の記章がついていた。
「帰ってくるのが遅いんだよ、ルーフェン。どこで道草食ってたんだい」
「いやぁ、少し手間取ってしまいまして……」
相変わらずのバジレットの毒舌に、しかしルーフェンは微笑み立ち上がると、フィオ達の立つ位置までやって来た。
頭をぽりぽりとかきながら掴み所のない笑みを浮かべる辺り、やはり着飾ってもルーフェンである。
「ふん、そんなチンタラしたやつに頼む仕事はないよ。報告が終わったらしばらく自室にでも引っ込んでな」
「そんな言い方しなくても……」
あまりの言い様に思わず口をはさんだスレインだが、それを聞いたルーフェンはくすりと笑うと静かに首を横に振った。
「スレインさん、今のはね、翻訳すると『仕事はこっちで片付けるから、しばらくは自室でゆっくり休んでてね』って意味だから。あ、耳飾り返してくれる?」
「え、あ、はい」
「くたばりたいのか、この鼻垂れ小僧」
例のごとく針のような暗器がルーフェンに向かって飛来する。
それをぎりぎりのところで避けながら、ルーフェンはスレインから返ってきた赤い耳飾りをつけると、バジレットに視線を戻した。
「いいんですよ〜王様、分かってますから」
「うるさい、黙——」
「あ!ルーフェンだ!おっかえり〜」
再びバジレットの毒舌が展開しようとしたその時、それを遮って扉が開き、今度は焦茶色の髪の少年——リークが現れた。
格好はグレイスが着ているものと特徴が似ており、先程までの旅装より多少動きづらそうではあるもののこれがサーフェリア王国の宮廷魔導師用ローブなのだと分かる。
リークは、両手を広げて無邪気にルーフェンへと駆け寄ってきた。
それを受け止めようと、ルーフェンも両手を広げた、その時——。
「——と見せかけて俺様パンチ!!」
「ごふっ」
リークは、両手を広げた無防備状態のルーフェンの腹に思いきり拳を叩き込んだ。
そして、衝撃のあまり腹を押さえてうずくまる彼を見下げ、満足げに鼻で笑う。
「油断したな、ルーフェン!これで俺の3戦3勝だ!」
「またやられたかぁ……」
勝ち誇ったように腰に手をあてふんぞり返るリークに、微かに涙を浮かべるルーフェン。
その一方で、フィオ達はいつもと違うリークの様子に、違和感を感じていた。
(リークってもっとこう、なんだかんだで大人っぽい感じだったような……)
しかし、またしても勢いよく扉が開き、その奥から飛び込んできた第2のリークに三人は目を見開いた。
「おいカザル!!てめぇ留守中に俺の部屋勝手に入りやがったな!!中ぐちゃぐちゃだったぞ!!」
第2のリークがいい放つ。
フィオは、先程ルーフェンの腹に一撃を食らわせたもう一人のリークと彼を交互に見比べた。
「仕方ねぇだろ?俺のローブ繕ってもらってる最中だったからお前のを借りたんだよ。ちゃんと戻しといたんだからいいじゃねぇか」
「だったらちゃんと畳んで片付けろっつってんだよ!!箪笥に詰め込みやがって……おかげで皺だらけになっちまっただろ!!」
確かに、そういうリークの着ているローブは、あちらこちらに皺ができている。
が、フィオ達が気にしているのはそんなことではなかった。
言い争っている少年が、全く同じ二人ともリークだったのだ。
焦茶色の髪、猫のような鋭い瞳、少年らしさを残しつつもはっきりとした声音、全てが同じだ。
その事態にフィオ達が混乱しているのに気づいたのだろう、後から入ってきてローブの皺について文句を言っていた方のリークが、3人の方を見やりもう一人のリークを指差して言った。
「こいつはカザル・ラントレイ。俺の双子の弟だ。さっきまでお前らと一緒にいたのは俺だからな!」
その言葉に、ああ、と納得して頷く。
どうやら、皺について文句を言っていたのがリークで、ルーフェンに一撃を食らわした方がカザルのようだ。
「なるほど、リークさんは双子のご兄弟がいらっしゃったんですね」
「うん、本当にそっくりだったから、分からなかったよ」
「「けっ、こんなやつと一緒にしないでもらいたいがね」」
そんな二人の声が見事に合わさって、一同はやはり双子だと感心したわけだが、当のリークとカザルはむっとした表情を浮かべ、お互いをにらみ合っている。
しかし、その背後でバジレットが苛立たしげな雰囲気を出していることに気づいて、2人も即座に黙り込んだ。
どうやらこの双子も、バジレットには逆らえないらしい。
「で、ルーフェン?さっさとリベルテとモーゼルであったことを全て話しな。そこの3人のこともね。小娘、別の用件とやらはそのあとだ」
「あ、はい」
そう言われて、スレインは大人しく頷く。
「あとグレイス。エルダーとラドニス、アルディンはどこにいる?」
「アルディンは兵舎のほうにいるかと。エルダーとラドニスは自室か、まあその辺りにいると思いますが……」
バジレットの横に控えていたグレイスは、前方を見つめていた視線を国王に戻し答える。
「じゃあグレイスとカザル、5分以内にエルダー、ラドニス、アルディンの3人をここに連れてきな」
「分かりました」
「えぇえ〜俺かよ〜」
「文句あるのかい?」
「ありません、行ってきます」
そう言って2人は、扉から走り出たのだった。