ダーク・ファンタジー小説
- Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.4 )
- 日時: 2013/01/01 17:34
- 名前: 御砂垣 赤 ◆BqLj5kPa5. (ID: zL3lMyWH)
リケール山脈の麓の村を通りすぎ、ちょっと歩いた所にある森。山脈に入る手前の、ちょっとした玄関の様なところ。先住民が暮らしていたらしい洞窟の中に、フィオはいた。別段休みに来た訳でもなく、かといって観光の為に来たわけでもない。では何故こんな湿った穴のなかで、仏頂面で胡座をかいて、しかも盛大に溜め息をついているのかと言うと、
「…………はぁ、」
フィオの目の前で焚き火を囲んでいる男たちが原因だ。
ざっと見六、七人の男たちは何れも屈強で、鶴嘴を持たせて鉱山に放り込めば、成程鉱夫にも見えるだろう。しかし、森で捕らえた熊の肉にかぶり付き、顔や腕等至る所に生傷がたえない男たちは、その辺にいそうな善良な一般人では無い。大きな町に行けば、こいつらの顔写真が沢山貼ってある事だろう。
(何でこんな事になってんだっけ?)
素朴な疑問を一つ、胸に抱いてみる。疑問は上がれど正答は上がらず。事は数時間前に遡る。
リケール山脈。扇状に広がった形の独特なこの山脈は、一ツ山とも呼ばれている。普通に見られる山脈とは違い、それぞれの山の標高に特徴がある。両端の山程低く、中央に依るほど高くなっているので、ある特定の角度から仰ぐと一つの山の様に見えるのだ。中心部では、標高は三千メートルのその山は、高さこそあまりないが、険しいことで有名だ。登山に来るような物好きな観光客も少ない故、リケール山脈の回りには、村は一つしかない。山脈に入る道も限られていて、そのなかでも一番楽で安全な道でさえ、死者が出るのだ。そんな、人の入らない禁域。竜の気に入りそうな山脈だ。フィオは、自分の推測と時折流れてくる噂から、確証を得た。
件の村へ辿り着き、食事と情報収集が目当てで食堂に入った。久しぶりの旅人が珍しいのか、直ぐにとある男と知り合った。
「へー。フィオってあんまり強く無さそうなのにリケールに行くんだ」
「強く無さそうは余計だ。つーか、オレは強いんだよ」
見た目十八才位の男。名は何と言ったか、リオだかミオだか、確かその様な名前だ。人当たりの良さそうな青年だが、一言多い。たまたま隣の席で、質問に答えて旅の目的を答えた所、こうしてバカにされたのだった。
「けど、一人じゃ危ないよ?」
何を思ったのか、リオ若しくはミオが言ってくる。
「いいし。オレ強いし」
「道具とか揃ってるの?見た目軽装だけど」
「…………。オレ強いし」
「関係ないと思うけど。道は分かるの?」
「…………………………………」
そこで断って置けば良かったと今思う。リオ若しくはミオの言う通りに進んで、盗賊に出くわしたと思ったらリオ若しくはミオが人質に取られて、大人しく従ってやったらリオ若しくはミオは盗賊の一員だったと言う下らないオチ。ああ。せめて疑えば良かった。道具なんて使わないじゃないか。随分と端折ったが、百々の詰まりは武器を奪われ身の物奪われさて後はどう料理するかと言う状態だ。
たまに男が気付いたように此方を振り向き、そして爆笑するの繰り返し。もう見飽きた。
(もういい。彼奴なんてこれからムカつく奴でいい)
そう密かに心の中で毒づく。もともと、じっとして好機を伺うような性分では無いのだ。寧ろ此処までよくも暴れずにおいた物だ。
手は後ろ手に縄で縛られている。穴の入り口は一つきり。見張りは二人。焚き火周りは、あのムカつく奴を含めて五人。いける。そう確信したフィオは徐に立ち上がり、男の一人を指して言った。
「おい。そこのおっさん」
声は凛として響く。一瞬だけ洞窟の中が静かになった。暫くして、示された男が口を開く。左頬に切り傷のある、おじさんとでも称されそうな男だ。
「おい餓鬼。誰に向かって指差してんだよ。状況が分かっていないようだな?」
「分かってないのはお前だよ。」
静かに微笑む。と言うより、口の端を少し上げただけだが、それでも効果はあった用だ。頬傷の男が息を飲む。やっと気付いた様だ。フィオは手を下ろした。さっきまで拘束されていた筈の手を。
狭い空間に声が響く。
「お前、縄はどうした?!」
分かりきった問いに、フィオは応じてやる。足元に落ちたままの物を拾い上げて見せた。
「此の事か?」
見ればその縄は途中で切れていた。これでは拘束の意味を成さない。更に驚くべきは、その縄の切り口だった。煌々と燃える焚き火に照らされた縄の切り口は、四方八方に散り散りになっていた。それを握るフィオの手首は、直線状に赤く、場所として血が滲んでいた。縄はそれなりに太い。それをこいつは、力業で引きちぎったのだ。思考がそうと追い付いた瞬間、頬傷の男は反射的にさけんでいた。
「っ囲め! 奴は丸腰だ!」
そう指示した男の判断は正しかった。唯一間違えた事。それは、標的にフィオを選んだ事。フィオは軽く姿勢を落として言った。
「丸腰なら勝てるとでも思ったか?」
その意味を理解しようとするより速く、フィオの姿が消えた。そして次の瞬間には、頬傷の男の後ろにいた。
「残念ながらそれは間違いだ。何故ならオレが、」
そして瞬きの間に頬傷の男が沈む。膝から力が抜け、受け身もとらずに安易に倒れこんだ。
「オレがフィオ・アネロイドだからだ!」
高らかに宣言し、その間にも二、三人と沈めていく。逃げようと背を向けたときに、既に土の味を噛み締めている。男たちは戦いた。そのなかに、あのムカつく奴がいる。そいつの隣の男が訪ねた。否、叫んだ。
「テオ、何なんだ彼奴は!」
(ふーん。テオって言うのか。まぁ、オレには関係ないけど)
聞かれたリオ改めミオ改めテオは、直ぐに答えを見付け出していた。一瞬まさかと疑い、次の瞬間目の前を吹っ飛んだ仲間をみて確信した。こいつだ。間違いない、と。
「フィオ・アネロイド。最近各地の武力大会で無敗のバケモノ。まさかこいつが……っ!」
驚愕。言いたい事を最後まで言うことは叶わず、テオは他の奴等と同じ様に土の味を知った。