ダーク・ファンタジー小説

Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.6 )
日時: 2013/01/06 10:48
名前: Towa (ID: h4V7lSlN)

 その金色の瞳が、ぎょろりとこちらを向く。
その眼を見ただけで、全身から冷や汗が噴き出し、脚はがたがたと震えた。
それでもフィオは、掌に必死に力を込め剣を構えた。
——勝てる気など、しない。
存在だけで、膝をつきたくなるほどの威圧感。
本音を言うなら、今すぐにでも逃げ出したかった。
——けれど。
「ここまで、来たんだ……!絶対に倒す……!」
恐怖心を奥へと押し込めると、地面を蹴ってフィオは走り出した。
すると、首の皮一枚といったところを細い光となった雷撃が走る。
「ぅわっ——!!」
その恐怖を感じる間もなく、次の瞬間肩に熱い衝撃が走り、フィオ地面に叩きつけられた。
雷竜の爪が、フィオの肩に食い込んだのだ。
「……くそ……!」
血がのろのろと噴き出す肩を押さえ、フィオはすぐさま立ち上がると雷竜の後方へと回った。
(よし、あいつ、眼がついてきてない——!)
素早く移動したため雷竜は狙いを定められていないと確信すると、フィオはその背を駆け登った。
そして、腕に渾身の力を込めて、雷竜の後ろ首に剣を突き立てた。
「なっ——硬っ……!!」
竜の怒り狂う咆哮を背に浴びながら、フィオは脇に飛び降りる。
首ならば一撃で致命傷を与えられるとふんで仕掛けたのだが、鱗が硬すぎてとてもじゃないが斬れない。
「くそ、やっぱり鱗の薄い腹側を狙うしかないか……」
視線の先には牙をむいて威嚇する雷竜。
恐ろしく光る鋭い爪がしきりに地面を掻き、今にも飛びかかろうとしているようだった。

 襲ってきた爪を、跳躍して避ける。
と、不意に雷竜が翼をはためかせた。
その巨体が空に浮かび、それによって生じた風圧に、体勢が崩される。
「——うわっ!」
その衝撃で、先程えぐられた左肩口から、血が噴き出る。
「……あいつ、飛ぶのかよ……!」
空を見上げて、フィオが呟いた。
そこまでの高さではないが、空に剣は届かない。
(そうだ——ナイフを投げれば……!)
フィオは懐からナイフを取り出すと、雷竜の眼に向かって思い切り投げつける。
が、それは簡単に雷竜の翼によって起こされた風圧で弾き飛ばされた。
しかし雷竜の意識がナイフへ逸れたその数秒間で、フィオは素早く近くの木に這い登り跳躍すると、雷竜の翼に飛び付いた。
そして、まるでしなる鞭のように暴れる雷竜から振り落とされぬよう、必死にしがみつきながらそろそろと頭部の方へと移動すると、その眼に剣を深々と突き刺し、引き抜いた。

——ギャアアァァアア!!

耳が麻痺するような凄まじい悲鳴と共に、雷竜はばたばたともがきながら墜ちていく。
フィオは雷竜を蹴り、その落下速度より早く、地面に突撃するように着地した。
(——いける!)
剣を上空につき出すように構え、落下してくる竜の胸まで一気に迫った。
腹側ならば背中側と比べて鱗が薄く、なんとか人間の力でも斬ることが出来そうだ。
「——だぁぁああああ!!」
その叫び声と共に、フィオの剣が垂直に雷竜の胸に突き刺さる。
そして一瞬の硬直の後、雷竜は今までで最も凄まじい咆哮を上げてのたうちまわった。
突き刺すと同時に剣を抜き、フィオは素早く後方に飛びのいた。

——グァァアァアアア……

悲痛な咆哮を残し、雷竜が崩れていく。
まるで闇に沈んでいくように、その姿は塵と化し消えていった。
フィオはその時初めて、安堵の息を吐きだしたのだった。

 先程の雷竜の胸を貫いた剣を見下ろすと、そこには滴り落ちる赤黒い血がべっとりと付いていた。
フィオは、ごくりと喉をならした。
抵抗がないわけではない、だが——。
剣先に付いたそれを、一筋なめとった。

「————っ!」

その次の瞬間フィオは瞠目し、胸を押さえてよろめいた。
全身から噴き出る冷や汗を拭いもせず、ただただ荒い呼吸を整えようとする。
「はっぁ……ぁ……!」
全身の血が、沸騰するように熱い。
心臓のみならず、身体全体が脈打ってるかのような感覚に陥った。
「——っ!」
耐えきれず、木の幹に身体を打ち付けるようにして寄りかかり、ずるずると座り込む。

 そんな何とも言えぬ圧迫感を感じつつ、フィオは微かに笑みを浮かべた。
「ゃ…った…………!」
荒い呼吸を繰り返しながら、フィオは両手を天に突きだし眼を見開いた。
「雷竜を、倒した——!!」

 その叫びを最後に、フィオは意識を手放した。