ダーク・ファンタジー小説

Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.8 )
日時: 2013/03/27 23:23
名前: Towa (ID: te9LMWl4)

   *  *  *


 ぱちぱちと火のはぜる音がする。
そのすぐそばに暖かさを感じて、フィオはゆっくりと目を開けた。
 まだ朦朧とした意識の中で、炎の色だけが鮮やかに目に写っている。
すると、ふと穏やかな声がフィオの耳に届いた。
「気がつかれましたか?」
緩慢な動きで声のするほうに首を向けると、焚き火の横に座る女の姿があった。
歳は二十歳といったところだろうか。
艶のある黒髪、身にまとっている衣服や装飾品からして、決してこの近辺に住む人間ではないだろう。
「寒くはありませんか?……毛布、もっと必要なようでしたらご用意しますが……」
「いや、大丈夫だ……」
それだけ答えて、フィオは自分の体がどうなっているのか確かめた。
体がまるで鉛のように重く、起き上がることさえ困難なようだ。
それから竜にやられた肩口に視線を移し、傷の部分に布が巻かれていることに気づいた。
すると女が、微かに首を横に振る。
「触れてはいけません。一度止血が施されていたようでしたのでほとんど血は止まっていましたが、まだ熱を持っています。化膿しているのかもしれません」
「そう、か……」
「あ、でも心配なさらないでください。ちゃんと消毒もしておきましたから」
女は、フィオを安心させるかのように微笑んだ。
「それしにても、随分とひどい傷ですね。まるで鋭い刃物に抉られたような……獣にでもやられたのですか?」
「獣……というか、竜に……」
「竜……?」
虚ろな目をしたフィオの言葉に、女は目を見開いた。
「竜殺しをなさったのですか?」
「……ああ」
そう言って怪訝そうに目を向けると、女はうつむき加減になった。
「それは……非常に体がつらいでしょう?思うように動かないはずです」
フィオは驚いて瞠目した。
確かに、先程からただ話しているだけでも息があがってくる。
竜の爪に引き裂かれた傷などよりも、この異様な体の気だるさのほうがつらいと感じるほどだ。
「竜殺しをしたということは、竜の血を飲んだでしょう?それによって、貴方は魔力を手に入れました。しかしそれは本来人間が持つべきではないもの……魔力という強大な力に、初めは人間の体が耐えきれないのです。竜の血が貴方の体に完全に馴染むまで、体はついていかず思うように動かないでしょう」
「……なんで……分かるんだ?まさか、お前も竜人……?」
その問いに対し、女は静かに首を横に振った。
「いいえ、違います。しかし私はシュベルテ王国の宮廷魔導師様、つまりは竜人に仕えている者ですので……竜に関しての知識が皆無というわけではないのです」
 それを聞きながら、フィオは周囲を見回した。
ここは、どうやら林の中のようだ。
周りは木々に囲まれており、風が吹くたびそれらがざわざわとざわめいている。
(そうか、ここは……集落近くの……)
そう思った瞬間、フィオは一気に頭が覚醒したような気がした。
「あの、さ。俺、どうしてここに……?」
これまでとは比べ物にならないほどはっきりした声で、フィオはそう問うた。
そのフィオの様子に、少なからず驚きの表情を浮かべつつ、女は口を開く。
「この林に倒れていらしたんです。本当に、ちょうどこの辺りに」
それを聞いて、フィオは眉を曇らせた。
やはり、夢ではなかったのだろう。


——『あんまり旅人さんを困らせるなよ』

——『どうした、旅人さん。何か気になるのか?』


(ヤムラ……なんなんだよ……)
突然悲痛な表情を浮かべたフィオに、女も不安げな面持ちになる。
「どうか、されたのですか……?」
一瞬、目頭が熱くなった。
そうだ、確かに覚えている。
あれは、夢ではない——。
フィオは一度深く息を吸うと、宙を見つめながらぽつりと呟くように言葉を紡いだ。
「故郷の……俺の故郷の集落が、さ。この近くにあるんだけど……誰も、俺のこと、覚えてなかったんだ……」
その言葉に、女は怪訝そうに眉をひそめる。
「覚えていない……?」
「ああ……俺が6歳で両親なくした時に、一緒に住もうって、そう言ってくれた親友も……とにかく皆、俺のこと、覚えてなかったんだ。竜を殺して、最低限の傷の治療とか王都でやって、それで集落に帰ったら……皆が俺のこと、『旅人さん』だ、って……」
涙を抑えているのだろう、フィオは途切れ途切れに言葉を吐き出した。
突然のことにあまり状況は理解できなかったが、女もその言葉に懸命に耳を傾ける。
「つまりは……記憶がない、と?それは貴方に関しての記憶だけが、ということですか?」
フィオが体を横たえたまま、静かに頷いた。
「最初は、からかわれてるのかと思ったんだ。あいつら、皆本当にいつも通りだったし……でも誰も、俺のこと覚えてないんだ。俺のことを、誰だって、ただの通りすがりの旅人なんだろうって、皆言うんだ」
軽く頭が混乱しているフィオの傍ら、女は考え込むようにして顔をうつむかせた。
「でも……でも、王都のやつらは変わらなかった。俺が治療とか行った時も、知り合いは俺のことちゃんと名前で呼んでたし……」
「つまり、王都の方々には何の変化も見られなかったのに、突然貴方の故郷の人々の記憶から貴方に関するもののみが消えてしまった、と……?」
その問いに頷くと、フィオは目を閉じて、苦しそうな呼吸を繰り返した。
いい加減、限界が近くなっているのかもしれない。
「……とにかく、今日はおやすみください。少し、頭の整理をしたほうが良いのかもしれません……お疲れでしょう……?明日になれば、多少は体も楽になるでしょうから……」
女はフィオの額に手をのせると、囁くような穏やかな声でいった。
その声が聞こえたと同時に、フィオの意識は闇へと落ちた。