ダーク・ファンタジー小説

Re: 〜竜人の系譜〜 ( No.9 )
日時: 2013/03/27 23:28
名前: Towa (ID: te9LMWl4)

 まぶたを開けると、微かな光が木々の隙間から差し込んでいることに気づいた。
 煙の臭いが空気中に漂っており、薪がなくなり焚き火も消えてしまったのだろうと思った。
 若干痛む背をかばいながら肘をついて起き上がる。
しかしその痛みも全身の気だるさも、昨日のものに比べればはるかに回復していた。
(……竜の血が、なじんできたのだろうか……)
そんなことを考えながら立ち上がろうとした時、不意に森の奥から足音が近づいてくるのが分かった。
どくん、とフィオの鼓動が跳ねる。
「……誰か、いるのか?」
フィオは息を呑んだ。
回復したとはいえ、あまり万全な状態ではない。
山賊の類ならともかく、巨大な獣等であれば退治などできる自信がない。
闇をにらんだまま、フィオは息を詰めた。
が、その森の奥から現れたその姿を見て、フィオは一気に安堵の息を吐いた。
「起き上がれるようになったのですね。申し訳ありません、少し水を汲みに行っていたもので……」
物腰の柔らかな声、漆黒の髪。
焚き火に照らされていて顔がよく見えていなかったが、昨晩自分の命を救ってくれたあの女に違いなかった。
「良かった、思ったよりも回復が早かったようで……。もう大丈夫そうですか?」
昨日と同じ透き通るような声で問うてきた女に、フィオは大きく頷く。
「ああ、あんたのお陰だよ。……昨日は言いそびれたけど、本当にありがとう」
それを聞くと、女は笑顔でどういたしましてと答えた。
「ところで……その……貴方の故郷の方々のことですが……」
先程汲んできたという水を木筒に注ぎながら、女は申し訳なさそうに口を開いた。
「実は、さっき水を汲みに行ったついでに、昨日の貴方がおっしゃっていた道を辿ってその集落に行きました」
女の言葉に、一気に現実に引き戻される。
どくどくと全身が脈打ち、背後から冷たい何かが這い上がってくるような感覚に陥った。
「それで、どうだった?」
やっとの思いで声を絞り出すと、女はそれに対し悲しげな顔を浮かべて首を横に振った。
「集落の方々に、『青い髪の少年を知りませんか』と聞いてみましたが……そのような少年は知らない、と……」
集落の人々は、全員が知り合いのようなものだ。
青い髪の少年と聞けば、以前の彼らならばすぐにそれがフィオのことだと分かっただろう。
「そう、か……」
昨日泣いたせいだろうか、特に涙は出てこなかった。
しかしやはり夢ではなかったのだと思うと、胸がしめつけられるようだった。
 竜殺しを終えた後、王都の知り合いには何の変化もなかったというのに、故郷の人々の記憶からフィオに関する記憶のみが完全に消えていた。
本当に、何が起こったというのだろうか……。
「あの……これから、どうするおつもりですか?王都に変わった様子がないのでしたら、このまま貴方が竜殺しを成功させたことを王宮に伝え、宮廷魔導師となるのが最善とは思いますが……」
フィオは俯いていた顔をあげた。
確かに、それが一番良いのだろうと思った。
竜殺しを成功させ竜人となった者は、その魔力を駆使して宮廷魔導師となり王国に仕えるのが普通だ。
しかし、フィオは躊躇いがちにそれを否定した。
「確かに、俺が宮廷魔導師になったらあの集落を貧しさから救うくらいの権力は得られるかもしれない……っていうか、元々それが俺の目的だったんだけど。……でも、そんなの後だ。俺、あいつらが俺のこと忘れたままなんて嫌だよ。大好きなんだ、故郷の皆のこと……。だから、まずはあいつらの記憶を取り戻す。宮廷魔導師になったらきっと他の仕事とかしなきゃいけなくなるんだろうし……とりあえずはなんとか記憶を戻す方法を探そうと思うんだ」
ヤムラ達の顔が浮かんで、フィオは強く唇をかんだ。
なぜこうなったのか、原因など検討もつかない。
これも呪詛といった類なのだろうか、それとも自分が竜殺しに出掛けていた一週間程度の間に、村で何かが起きたのか……。
どちらにせよ、このままの状態で王国に宮廷魔導師として仕えるなど、できる気がしない。
 そんなフィオを見て、女がぽつりと呟いた。
「……では、私と一緒にサーフェリア王国に行きませんか?」
「サーフェリア王国?」
突然の言葉に、フィオは首を傾げた。
「ええ、そうです。……詳しいことは言えませんが、私は今、シュベルテの使者としてサーフェリアへ向かう途中なのです。ご存知だとは思いますが、サーフェリアには沢山の竜人が宮廷魔導師として存在します。もしかしたら、貴方の故郷で起きたことが何なのか、分かる方がいらっしゃるかもしれません」
フィオは、大きく目を見開いた。