ダーク・ファンタジー小説
- Re: 【夢幻を喰らう者】 ( No.1 )
- 日時: 2013/01/06 05:46
- 名前: だいこん大魔法 (ID: Ex8RKlaC)
第一話〜夢幻〜
・・・夢幻がこの世に生まれて、人類を危機に追い込むまでかかった時間が、だいたい十年という、長いようで、短いものだった。
人の人生のはかりでいってしまえば長いのかもしれない。だけども、これまで築き上げてきた、人間たちの社会を、たったの十年でぶち壊してしまうという、別の方向から考えると、おぞましいほどに早い年月だったといえる。
それから、人間が唯一の対抗策といっていい、「夢幻喰」を生み出すことにかかった年月が、五年。
五年の間、人は殺せもしない「キメラ」に立ち向かい、なんとかシェルターの内部から追い出すことだけを考え、いつかこいつらを殺せる存在が生まれてくれることを、祈り続けたらしい。・・・いや、らしい、じゃないな。間違いなく、そう思っていた。
「夢幻喰」を体内に宿し、さらに、その「夢幻喰」を体内に宿した人間が、「キメラ」を喰らうことのできる武器「ヴァジュラ」を扱えるようになるのには、十分な検査が必要だった。
まずは、「夢幻喰」との相性問題だ。人体に宿すことによって、相性というのは非常に重要なものになってくる。これがうまくいけば、人間は本来だせるはずの力の限界をさらに引き伸ばすことができるようになり、人間の倍以上の体躯をもつ「キメラ」たちと、相対することができるようになる・・・しかし、相性が悪ければ、その「夢幻喰」は人間の精神を蝕み、さらには、「キメラ」と同じような症状・・・強制進化を誘発させられ、正気ではいられなくなってしまう。
それから、適性検査が行われて、ようやく「夢幻を喰らう者」の第一段階が終了する。そこまでにかかった年月は、一年。
そこからはとんとん拍子でことが進んだという。「ヴァジュラ」とその人間の適性は、「夢幻喰」を体内に宿す過程でわかっているデータからとり、同じ動物の細胞をもった「夢幻喰」を宿した「ヴァジュラ」を手にすることによって、人は、「夢幻を喰らう者」として、ようやく終末を阻止するために、動き始められるようになるのだ。
「・・・以上が、これまでの「キメラ」による打開策を生み出すための、ここ数年の過去事象だ。・・・入隊するときに一度聞かされてるとは思うが、まあ適度に聞いてくれると嬉しい」
日本・・・かつて、多くの人であふれかえっていた、東京を中心に広がる、シェルター。その中央あたりには地下につながる入口がある。そこは、シェルター開発当初に、地下にも逃げ場を作っておいたほうがいい、という、まあその時の市長の大きなすすめによって作られた施設、「地下基地」がある。
そこは今、この世界でもっとも有望視され、この世界で希望を与える存在が集う軍隊・・・まあ、簡単にいってしまうと、「対夢幻対策支部」というわけだが・・・正式名書は確か・・・
「・・・であるから、見事に「夢幻を喰らう者」の力を持つことのできたものを、国の軍隊と連携させ、より一層確実な掃討を果たすために・・・「ファンタズマ」と名づけ、世界各国に支部を作り上げた、というのが———」
ああ、そうだ、「ファンタズマ」だ。
妖怪、化物、精霊・・・なんでもいい、そういった類のものを連想させるそれは、「夢幻」をうちほろぼすために作られた、人類最後の希望っていうわけらしい。
「・・・だから———おい、織塚。・・・織塚冬夜!!聞いているのか?」
そこで、そんな施設の中の、とある一室・・・といっても、学校の教室ぐらいのスペースの前で、それこそ教室と同じ作りで、教鞭を振るっていた、中年のどこか仰々しい格好をしたおっさんが、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
そう、たった今は、「夢幻を喰らう者」・・・「ファンタズマ」に入隊したばかりの「新人」にもう一度基礎を叩き込むという、まあ義務教育と似たようなものが行われている最中だった。
「寝てはいないようだが・・・まあいい、話を戻すぞ———」
声に反応して、横に広い机で突っ伏していた頭を上げると、教師は起きていればいいといったような態度で話をすすめる。正直言うと、この話はさっきあの中年、「中西隆臣」という、「ファンタズマ」で「新人」の育成を担当させられている、「夢幻喰らう者」ではない、「軍」のほうの人間だ。・・・そうではなくて、この話はさっきも言われた通りに、入隊する前に一度聞かされている話なので、正直どうでもいい話なことこのうえなかった。
話の内容は人類が滅びかけるまでから始まり、対抗策を見出したことによる歓喜でつながり、「夢幻を喰らう者」にすべての希望があてられるという状況で終わる。
この教室には、俺と同じく、日本というこの国のシェルターのなかで、新しく行われた適性検査によって「夢幻を喰らう者」の資格を得た、十代・・・二十代・・・そういった若者たちが、男女問わずに集められていた。
俺は、チラリ、と横に座っている人物がどんなやつなのかと盗み見る。最後列の一番隅っこに座っていたためか、周りにどんなやつらが集まっていたのかさっぱり把握していなかったってのもあるし、『俺は』入隊検査のときに、こいつらとは一切顔を合わせていないっていうのも理由だった。
「ファンタズマ」に、「夢幻を喰らう者」として入隊する場合、適性検査、施設案内、教育・・・同時期に入ったのならば、どの場でも一度は顔を合わせるのが普通だった。
そういった場で友好関係を築き、チームワークを作り上げて、作戦をより強固なものとするのが狙いだったりもするのだが・・・まあ、いまはそんなことはどうでもいいか。
となりに座るやつは、おっさんの話を真剣に聞いているのか、顔をあげていた。・・・周りを見渡す限りだと、真剣に聞いている奴はそうそういない。なのに真面目に聞いているあたり、なかなか真面目な性格であることがうかがわれた。
「彼女」は、おっさんの話を聞いては肯定する場所ではうんと頷いたり、メモることがあればすぐにノートに鉛筆を走らせる。その姿は、優等生、砕けていうのならば・・・バカ正直っていうやつだった。
椅子に座っているから、背丈はわからないが、座高から察するに俺よりも二十センチ近く小さいことが伺われた。
淡い黒のロングストレート・・・かと思ったけど、先っぽのところでふわりと癖がついていて、なかなか触り心地のよさそうな、綺麗な髪の毛、幼さが残るものの、整った顔立ち、目は横から見た感想だが、つり目気味ではあるものの、顔全体の幼さがそれを打ち消してしまっていて、好感がもてる。鼻はその容姿に見合って小さく、結ばれた口も、小さく愛らしいものだった。
・・・若干、自分自身でなにを口走っているんだろう、という思いがあるものの、一見した結果、思うことがあるとするならば・・・こいつは、『夢幻を喰らう者』とは思えないほどに、小さく、そしてか弱そうだった。
まあ実際適性検査をうけて、「夢幻を喰らう者」となってるから、普通の計りにはかけられないことはわかっているが、そう思わせてしまうぐらいの儚さが、彼女にはあった。
一応、今回入隊した「夢幻を喰らう者」の名簿はあるから、しらべようと思えばすぐに名前はわかるだろうが・・・まあ、この説明が終われば、すぐに「あれ」が始まるだろうから・・・と、そこで
「・・・以上が、ファンタズマの存在理由となる。これでおさらいは終了だ」
授業の終わりの合図が告げられた。
そこで各自解散、ということにはならず、例の二つではなかなか行うことのできなかった、どうやら恒例であるらしい、「自己紹介」が・・・ここで始まる。
すでに顔をあわせて、ウマの合うものを探して、仲良くなったものもいるだろう。だけど、それだけじゃだめだ、というのがお偉いさんがたの意見で、各自ここで自己紹介を済ませ、顔見知り程度でもいいから、仲良くしておきなさい、というものだった。
これは、人見知りの人や、内気な人・・・そんでもって、俺みたいな『特別事例』で入ったものにとっては、絶対に必要なものっていうことだろう。
ここで話すきっかけでもなんでもいいから、仲良くなれば、今後の作戦内容も変わるし、チームの分担も簡単にできるようになる。実戦ではどうやら、各自能力に見合ったチーム分担ではなく、「相性」がもっともいいものたちで組むことによって、チームワークという「力」を引き出す、という形をとっているらしい。
それを知っているからか、自己紹介をスムーズに進めるために、一旦各自生徒の資料をとりにいったおっさんがいない間に、すでに仲良くなった男子グループが積極的に女子に話しかけ、まだチームを組んでいない男子は、同じく一人のやつに話かけ、女子もおおかた同じような感じで話始める。
(やっちまったなぁ・・・)
そんな光景をみて、若干俺は頭を抱える。
一番後ろの一番端の席なんてなんて運がいいんだろうと思っていたが・・・こんな不利なことがあったとはね。
完全に、誰かに話すタイミングを逃す・・・というか出遅れる、という、最悪な状況に陥った。
「ファンタズマ」では、というか、戦場では、チームワークが絶対とされている。たまに「相性」がいいもの同士で組んでいても、片方の体調が悪ければ、別の誰かが代わりに入ったりするが、それ以外では、チームの入れ替えはほとんどおこることはない。
そういうわけで、一人になっちまった場合・・・「危険」ということで実戦に参加することはできずに、施設の中で、ひたすら恥ずかしい思いをして誰かに話しかけるしか道は残されない。
軽く絶望して、ハァ、とため息をする。まあ、『特別事例』である俺にはそんなものは適応されないのだが、ここで誰かと仲良くなって、少しでもこの醜悪な現状でピリピリしているこの世界から、解き放たれたい、という気持ちもあったから。
だから———