ダーク・ファンタジー小説
- Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.35 )
- 日時: 2013/02/05 22:31
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
ここ数日で、俺の家は家族が健在だったとき以上に賑やかなものになった。
予想通り焔は俺の家に当然の如く住み着き——しかも手口は桜井と同じもので——その夜は自分の正体であるらしい紅色の子狐に化けて部屋の中で寝転がっていた。そのときはどこからか入り込んだ野良の動物だと思っていた俺は、抱きかかえてとりあえずどうするか、と桜井と話し合っていたら、突然元の女の姿になって引っ付いてきやがったのである。
桜井曰く、“前言撤回してもいいかしら”とのこと。勘弁して欲しい。
そして今日。焔と桜井、俺の三人で過ごす初めての土日だ。
「来人くん、そちらの人参を取ってもらってもいいですか?」
「はいよ」
「ありがとうございます」
「来人、大根取って」
「おう」
「ありがと」
我が家のキッチン。全員が全員料理スキル持ちであり、俺は家主として、桜井と焔はどういう理由かは知らないが料理は当番だったり全員でやったりとなかなか忙しない。本日の昼食は肉野菜炒め。ついでに桜井は大根おろしを作っている。
誰もが無言でこの時間を楽しんでいる。それは二人の表情を見て、そして俺自身の気持ちを考えればすぐにわかることだった。
家族が完全に消えてから数年間一人で、無色透明な生活を強いられてきた俺の日々に、再び彩りが戻る。こんな外れた日々を、俺はかつて“非日常”と捉えていたが、いつしかこれこそが、俺の“日常”になっていたのは言うまでもない。
ちなみにあの深夜の決戦については、近隣の住民が学校に苦情を寄せたものの、結局無関係の人物が学校敷地内に無断で侵入し花火をしていたという説明を学校が下したため大事にも警察沙汰にもならずに済んだ。——半分嘘で、半分本当だ。俺はあの学校には無関係ではないのでその部分も嘘……と思われるかもしれないが、焔と桜井は完全に無関係。不法侵入である。無論残りの半分の嘘というのは花火のこと。あの戦いを花火なんていうお遊びとして片付けられたのは、少し複雑なものがある。
「できました! 褒めて下さいっ!」
「はいはい、よくできました」
なかばヤケクソの棒読みで、お吸い物を作り終えた焔の頭に手を乗せる。なぜかジロリと俺を睨み付けた桜井は、凄まじい音を立てて大根をおろすペースを早める。このままだと危険な香りがするのでさっさと俺も自分の仕事に戻ろう。
……母さん、父さん、兄さん、……奈央。見てるか、俺はいま、新しい家族と仲良くやってるよ。しばらくそっちには行けそうになくて寂しい想いをさせるかもしれないけどさ、そっちはそっちで巧くやってくれ。とりあえず俺は、こいつらとの約束を果たさないといけないからさ。
「来人、久しぶりにどこか出かけない?」
「たまには息抜きもいいかもな。って言っても俺は試験がもうすぐだから、九時には帰るぞ」
「私も行きます! ぜひお供させてください!」
「あんたはやかましいからダメ」
「えぇぇえ……そんな酷いこと言わないでくださいよ明さん……」
「冗談よ」
あからさまなほどに落胆してみせる焔に、さしもの桜井も苦笑しながら同行を許可したらしい。
この数日、俺は学業をこなしながら、桜井との能力運用の訓練を、焔には剣術の手解きを受けながら空いた時間には焔が集めた弟——銀
しろがね
というらしく、外見年齢は二十歳前後だ——に関する情報の資料を読み漁っていた。どうやら世界の裏側というか、“黒”達の世界もこの地球と同じぐらい広いらしく、その中から生命体一つを探すのはとても苦労しそうだ。
ちなみに補足すると、あのとき砕けた俺と焔の得物は復活している。能力者や“黒”が初めて能力を使いこなしたときに作り出した武器は本人と一心同体らしく、持ち主が死なない限り何度でも再生するらしい。無論精神的に問題が発生すると武器が弱くなるため、ある程度剣術と能力運用が上手になったら、今度は精神力の訓練だと二人とも言っていた。訓練初日ほど桜井も乱暴ではなくなったため心配は少ないが、はてさて何をさせられることやら。
と、いうわけで、今日は昼食を終えたら三人で遊びに行くことが決定した。……まあ、とりあえず評定平均で四が取れれば文句はないだろう。
* * *
「来人くん、遅いですよー!」
昼食を終えた後、全身を赤地に黄色の花模様を施された和服に全身を包み、焔が手を振って俺を催促する。曰く、さっさと出て来いとのこと。
玄関では扉にもたれかかって扉を開け続けてくれている桜井がぽつりと目を伏せながら佇んでいる。こいつも待たせるとうるさそうだし、さっさと行ってしまおう。
「悪いな、待たせて」
「いえいえ、それでは行きましょうか」
「まずはこの前、来人に案内してもらったデパートに行きましょう」
「それはいいですね。早速出発しましょう」
俺を挟んで会話する藍色の少女と赤い女性。俺は自分で腕を組んで、今日の出費をとりあえず計算しておくことにした。……あんまり、高いモノを買わされなければいいのだが。
そのうち坂上と八神には俺の従兄弟としてでも紹介してやってもいいかもしれない。……んで、確か二人は金持ちだったよな。しばらく預かってもらえばなんとか……なるはずだ。
なんていう現金なことを考えていた俺だが、左右でそれぞれぽわっとした笑顔とクールに口元だけを緩めた表情を見せられて、なんかそんな無粋なことをする気も失せてしまった。
……さあ、じゃあ行こうか。これが俺の、新しい“日常”なのだという証明に。いずれこいつらも自分の目的を果たして、俺の下からいなくなるだろう。だからせめていまは、一緒にひと時を楽しめればそれでいい。
少しの不安と大きな期待を胸に、新しい日々という光に向けて、俺はようやく一歩を踏み出した。
罪、償い。
第一章 紅の炎 Fin