ダーク・ファンタジー小説
- Re: 罪、償い。【転載作業終了 コメ随時受付中】 ( No.46 )
- 日時: 2013/02/14 23:01
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
——ピコピコ、ピコピコ。
軽快なBGMと共に携帯ゲーム機の操作音が部屋の中に反響する。紅と藍、相対する色をした、女性と少女は無言で携帯ゲーム機に興じていた。これは先ほどとある少年が興味なしと示したテレビアニメのメディアミックス作品らしく、これをいたく気に入っている二人は熱心に通信プレイを行っている。
数週間前に殺しあっていたとは思えないほど、両者の瞳には相手と遊んでいる事実と、その内容を楽しんでいることを示す光がありありと浮かんでいた。
「来人くんは今頃お昼ご飯ですねぇ」
やや間延びした声で、焔は明に雑談を持ちかける。
明はその話題となるであろう少年を、正直どう思っているのかあまり理解できていない。一緒にいて楽しくはあるし、住まいを提供してくれて感謝はしている。時々焔とイチャついて見せて苛立ちを覚えさせてくれるが、それを除けばとてもいい家主だと思っている。だが、少なくともハッキリとしているのはたったそれだけだ。よって焔のように明確な好意を示すでもなく、明は焔の持ちかけた話題に興味を正直持てないでいる。
ここでそうね、と答えれば次々と彼に関する話をされるだろうし、かといってそういえばお昼ご飯の時間ね、などと言えば間違いなくこの雌狐のために昼食を作らされるのは目に見えている。もちろんいずれ作らねばならないのは確定した事項なのだが、いまはもう少しゲームに興じていたい。よって明はどちらも正直煩わしいので、画面に映る焔が操作するキャラクター目掛けて、無言でコマンドを高速入力して一撃、一撃を確実に直撃させてダメージを稼ぐことで答えた。バキッ、だのベシッ、だの鈍い音がゲーム機のスピーカーから漏れ出す。焔が操作しているキャラクターと、フルボイス仕様であるがため宛がわれたそのキャラクターの声優には若干の罪悪感を覚えながら、明は次々と連続攻撃、俗に言うコンボを決めていき、最後には相手を床に叩き付けて浮かせ、先ほど以上の高速且つ不規則なコマンド入力を行い、蓄積されていた赤いゲージ全てを使って所謂“超必殺技”でK.O.を取った。
「ああー!」
焔は口を尖らせて明へと抗議の目線を送る。下手人である明が操作していたヒロインキャラクターは勝利のポーズと台詞を呟き、そそくさと画面から消失していた。
「酷いですよ、せめて話には乗って下さいよ」
文句はそこか、と苦笑しながら明はゲーム画面に目を落として次の操作に移った。
「お昼は後で作ってあげるから、腕試しはこのぐらいにしてさっさと進めましょう」
「……はーい」
ボタンを押すたびに鳴る色とりどりの音と共に、平穏な時間はひたすらに過ぎていく。
- Re: 罪、償い。【転載作業終了 コメ随時受付中】 ( No.47 )
- 日時: 2013/02/14 23:02
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
——どれだけの時間をそうしていただろう?
明と焔はようやくゲームに区切りをつけ——時計を見ると、もう始めてから一時間半は経過していたことにようやく気づいた——、その後に昼食を摂ってから今度はおのおののすることに精を出していた。
焔は近くの剣道ショップで購入した竹刀で素振りを庭で行い汗を流しつつ、自分の弟を探すための資料を地面に置いて読んでいる。娯楽に時間を費やすのも良いが、自分の為すべきことを為す。それはいまの彼女が最優先すべき事だ。対する明は自分の出自すら理解できない状況、仕方なく自分が扱える唯一にして最高に得意な能力、氷の能力の調整に入っていた。
平穏な時間。来人にとって当たり前になりつつあるこの日常は、明や焔にとっても当たり前のものになりつつあったのだ。暖かく、平和で、このまま永遠に続くのではないかとすら思う日々。そんな中、焔は今朝方、出かける前に来人が食卓の上に置いていった書置きと小さな財布を眺めていた。
——“にんじん、きゅうり、卵、ベーコン、ハム、食パン、米、牛乳”
書置きというよりも、買い物用メモだったらしいそれに焔はやや苦笑する。
燃える炎のように赤い髪を靡かせ、最近のお気に入りである花柄の薄い赤の振袖に、細く白い手を通す。そのまま真っ直ぐ玄関へ赴き階段越しに、二階にある来人の母が使っていた部屋で能力の練習をしている明目掛けて声を張り上げた。
「今朝来人くんに頼まれていた買い物にいってきますねー!!」
「いってらっしゃい」
透き通るような声が二階から返ってきたことに焔は満足し、頷くが早いか実行に移すが早いか、扉に手を掛けて外の世界に飛び出していった。
なかなかの暑さだ。
初夏も過ぎ、もうすぐで学校は夏休みに入るという。つまりあと少し時間が経過すれば、来人と一緒にいられる時間が増えるということでもある。それを考えるだけで、胸の内が弾けるように明るくなる。その気持ちを表現するように鼻歌を歌いながら、この神無木邸にきて初めての、一人での外出の一歩を踏み出したのである。
視界に映る物全てが輝いて見える。あの夜、自分は本気であの少年と、いまや——自分がそう思っているだけかもしれないが——最高の親友である明を殺そうとしていたのは事実だ。だというのにあの二人は、ちょっと強引に押しかけたというのもあるかもしれないが、この身を追い出さずに置いていてくれている。一応掃除や洗濯は我ながら完璧にこなせるのだが、料理はあの二人の足元にも及ばない。正直に言うと、一緒に住んでくれても何のメリットも向こうにはないのだ。
感謝している。
そして何より、愛しい。狂おしい程に。この毎日が。
だがそれではいけないと、焔はハッキリと理解していた。これは自分の弟、銀(しろがね)を助け出すまでの生活。助けた後のことはまだ考えていないが、組織を裏切る形で脱退し、しかも連中が血眼になって殺そうとしていた殺害対象(ターゲット)を守るかのように腰を落ち着けているのだ。当然、自分も殺意の対象になるはずだ。否、それだけではなく、友人の明もまた狙われるかもしれない。
——それだけは嫌だ。
自分の我侭のせいで、闇しか映さなかったこの瞳の中に、再び彩りある世界を取り戻させてくれた——悪夢を終わらせてくれた少年と少女を……殺させたくなどないのだ。だとすれば、いずれはこの身を二人の下から消さなければならないだろう。そしてできることならば、この手で連中を倒さなければならない。例えそれが、“自分の母親”に背くことになろうとも。
力への渇望は自然と高まる。
嗚呼、この身をあの二人の下から離さずとも済むほどの力があれば。あの組織からの刺客を全て薙ぎ倒し、弟も入れて、四人で幸福な日々を過ごしていたい。だというのに、現実は残酷だ。“二つ名”『紅の炎』が“黒”達の世界で語り継がれるようになったのは、そう最近のことではない。それは即ち、焔自身がそこら辺にいる能力者や“黒”からすれば相手にする、イコール、死である存在であることに他ならない。そんな自分であっても、“邪神の集い”正規メンバーですらない。せいぜい正規メンバーのお気に入りの部下、といったところだ。自然、彼ら全員を倒せる道理など——ましてや明、銀、そして来人を守りながら闘える道理など、どこにもありはしないのだ。
「それでも……今だけでも」
「今だけでも、なあに?」
「ひゃ!?」
背中にぽんっ、と柔らかく手の感触があり、驚きと共に振り返ると、そこには焔を送り出したはずの明がいた。何故ここに、と問いかけるように視線を送ると明は顔を逸らして呟くように言う。
「一人で家にいても暇なだけよ。……そういえば、あんたと二人で出かけるのは初めてだったかしら」
「そういえばそうですね」
「……で、今だけでも、なに?」
にやーり。
口元を意地悪く歪めて、明は焔の脇腹を突付いて答えを催促する。対する焔は、顔を赤らめて沈黙するだけ。次第に飽きてきたのか、明は肩を竦めて自分の革製財布を取り出す。財布の中にある金の収入源が気になるところだが、そこは気にしないほうがいいだろうと口を噤む。
仕方なく。
焔は聞かれたことを言うことにした。
「この幸せな毎日を、楽しみたいって思ったんです」
「……」
明は焔の顔を、目を丸くして見つめる。その瞳にどんな意思が交錯しているのかは彼女のみぞ知るところだが、赤髪の女性は少女が新しい言葉を紡ぐまでの間(ま)すら、幸せな日々として過ごしていく。やがて今度は少女の方が顔を赤らめ、
「ええ。わたしも最近のことは、悪くないって思ってるわ」
——素直じゃないですねえ。
焔は普段は逆の立場である小さな微笑を浮かべ、明に右手を差し出した。その眼はじっと焔の白い手と、毛髪と同じく紅色をした瞳を交互に見る。少し不思議そうな顔をしているのは、この手の意味がわかっていない証拠だと、焔は思った。
「なに、これ?」
やっぱり、と。彼女は更に口元を緩め、やんわりとした口調で、気に入った曲を口ずさむかのように、優しく告げる。
「手でも繋ぎませんか」
面食らったように藍色の少女は眼を白黒させた後に、そっぽを向いて少し乱暴に言う。
「ば、ばっかじゃないの。あの馬鹿とでも繋げばいいでしょう」
「いまは、貴女とがいいんですけどねえ」
「………………わかったわよ」
さすがに観念したらしく、少女は左手を出して焔の手を握る。それは傍から見れば、仲の良い姉妹か親友のように見えるほど、自然な姿だった。赤と青、炎と氷。少し無粋なことを言うと、体系も正反対な彼女らはまるで鏡に映った存在かのようにまったくの逆。正反対、対極、対照。だとしても——いや、だからこそ彼女らは、互いをよく理解して、こうして日々を共に過ごすことができるのだろう。
なら、あの少年はというと。
明は理解できない。あの少年が、いま、この姉のような、親友のような“黒”との繋がりを結んでくれた。先ほども胸中で述べたが、やはり、わからない。けれどそれでいいと、同時に彼女は思った。いつか終わりが来るこの平穏ではあるが、故に刹那の幸福が尊いのだと。若干十六、七の年月しか肉体は時間を刻んでおらず、記憶だけでいえば一年、二年しか“自分”を自覚していないというのに彼女は、ある種達観した気持ちでいられる。この手のように暖かい一日、一日を、できる限り味わっていたい。この気持ちは焔だけでなく明も、そしてきっと、あの少年も同じなのだろう。全員が過去に何か、若しくは全てを失った彼らだからこそ、傍にある“繋がり”が大切な物だと理解できる。大量の金銀財宝、強力な能力や卓越した技術、それ以上に大切な物を、いま自分たちは手にしているのだ。
- Re: 罪、償い。【転載作業終了 コメ随時受付中】 ( No.48 )
- 日時: 2013/02/22 21:45
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
「あ、つきましたよ! 商店街ですっ」
「そうね」
きゃいきゃいとはしゃぎながら財布を握る焔を見て、明はそっと胸中で訂正する。つい今しがた姉のようだと言ったが、こういうところはどちらかというと妹っぽい。兄弟姉妹などいた記憶もないから、こんな感じなのだろうな、と予測することしかできないが。
とにもかくにも、今は買い物だ。
焔は少し張り切って“初めてのお使い”にこれより挑戦する。一年、二年しか記憶がないとはいえ、わりと常識人な部類である明がいるので面倒ごとを引き起こすことはないだろうと、明は思っていた。——そう。それが、大きな過ちだったのだ……!
ある時はどこでこの商店街は仕入れたのか焔がダチョウの卵を買おうとするし、牛乳ではなく豆乳を買おうとするし、余計なポテトチップスやアイスクリームその他諸々の嗜好品にまで手を伸ばすので、これには明も手を焼いた。卵とは普通鶏卵のことだ、と切々と言い聞かせ、とりあえずリストにあるものを忠実に購入していくことが夕飯の買い物には必要だということもまた何度か言い聞かせる。一時間かそこらでようやく理解したらしいが、焔はその後も面倒を引き起こしたり、引き寄せたりし続けた。
確かに彼女はこの一時間でだいぶ進歩した。余計なものに対して購買意欲を覗かせることはなくなった。だが、今度はウィンドウやショーケースに陳列された色とりどりの衣服やぬいぐるみ、動物——これには明は、見方によればあんたも動物よね、と突っ込まざるを得なかった——などといった所謂“かわいいもの”を次から次へと見つけては目を輝かせている。しかもこの和服赤髪の女性は、とにかく目立つ。途中で軽そうな男に次から次へとこの女は声をかけられる。明も何度か学校をボイコットしているのだろう制服を着た少年達につまるところナンパを受けたが、悉くそれらは拒否している。どうやら隣にいる焔の……認めるのは少し癪だが、綺麗さも相まって明もずいぶんと装飾されているように見えるらしい。正直鬱陶しかった。
ちなみに焔の断り方は様々で、しつこいヤツには、
「お引取りお願いします」
と、音符マークかハートマークが語尾についていそうなほど軽やかに笑顔で玉砕してみたり、純情そうな少年が勇気を振り絞ってみたような相手には、
「まだ正式に告白はしていませんけど、心に決めた人がいるので」
などなど。このように本当に色々と言葉と相手を選ぶので、相手によっては暴力沙汰に発展するのではないかと自分達というよりは、相手の身を何度か案じることも少々。本当に面倒ごとは遠慮したい。人生事なかれ、平和が一番。
ちなみに明の方は、
「誰とも付き合う気はないから」
の一点張りであった。
焔はその言葉に対し、ほーうとか、へぇとか、ふーんとか一々感動詞を投げかけてきてこれもまた明にとってうざったいことこのうえなかったが、もういちいちこの文字通りの雌狐に目くじらを立てていても仕方がない。よって、彼女はこれを徹頭徹尾、無視し続けた。
そして何度目だろうか。美味しそうな匂いを嗅ぎ付けるなり、焔は残念そうに表情を曇らせる。何度も何度も隣でそれをやられるとさすがに明も居心地が悪くなり、時刻は四時ほど。ちょうど来人も学校を終えた辺りだろうと携帯電話を取り出した。ちなみにこれは、連絡を取るのに不便だろうと来人の名義で彼が購入し、焔と明に支給したものだ。パケットは無制限になっているが、パカパカと音を立てて開くタイプ。俗に言うガラケーというヤツらしい。これを用いて電話をかける。
ぷるるるる。ぷるるるる。ぷるるるる。
何度かなんとも一般的過ぎて面白みもなんともない電子音が携帯から発信される。二度、三度繰り返された後、ようやく件の少年は電話に応答したらしく、画面が通話中という文字を浮かび上がらせた。一、二、と秒読みで通話時間を表示する携帯からは、少し声を上擦らせた少年の声が聞こえてきた。
「お、どうした桜井?」
「んー? 誰と話してんのさ?」
「うっせ、いいからおまえは黙ってろ」
携帯電話の向こう側から笑い混じりに少年へ問いかける自分よりもやや年下であろう少女の声。学校帰りにイチャつくとはなかなかに度胸のあるヤツだ。少しいらだった明はぶっきらぼうに彼へ要件だけを告げる。このことを焔に話してやったら面白いことになるかなあ、と少し嗜虐心を覚えながら。
「いま夕飯の買い物をしてるんだけど、焔がお菓子も買いたいって言ってるんだけどいい?」
「……お、おう」
明に気圧されたのか、来人は特にあーだこーだと小うるさいことを言うことはなかった。それとも電話越しに聞こえてくる声の持ち主によって、またなにか面倒に巻き込まれているのだろうか。明にとって知ったことではないが。
「じゃあ」
ぶちっ。
本当に要件だけ告げて通話を切断した明は、隣を歩く焔に顔だけを向けて言う。
「お菓子買ってもいいそうよ」
「ほんとですか? では……そうですね、羊羹が食べたいです……」
焔が指差した方向へと視線を送ると、そこには昔ながらの様相をそのまま。まさに和風、といった外装の和菓子店が立っていた。和菓子店ならば確かに、羊羹のひとつやふたつぐらい売っていても不思議ではない。というより、売っていない和菓子店のほうが珍しいといえる。
彼女の言ったことをすぐさま理解した明は頷き、甘い香りを漂わせる老舗へと足を踏み入れた。
* * *
「いっぱい買っちゃいましたねーっ!」
「ええ……」
いったいどうやって、誰が、どれぐらいの割合で消費するのか一抹の不安を覚えるほどの量を、羊羹だけでなく団子まで購入を許したことに、明はさすがに責任を感じていた。自分も青ざめた表情をしているのがありありと明は想像できる……対して焔は気にも留めず花が綻ぶような笑顔を浮かべて“食後”を楽しみに思っているらしい。いつも以上にアップしているテンションを明にも伝染させようとしつこい雌狐を片手であしらいながら、明は帰宅してから来人が涙目になるシーンを予想していた。はっきり値段を言わせてもらうと、一万を超える。買いすぎ、というやつである。またの名を無駄遣い。
彼女は青ざめた表情で、財布の中にいる生存者(一万円札)諭吉氏の人数を確認する。一、二、三、四……。来人は、彼女らが転がり込む以前から親類からの仕送り、親の遺産、加え彼のバイト代により生計を立てていると聞いた。そのバイト代が振り込まれるまであと一週間、なんとか生活をしていける分だけは残っていることに、明はそっと平たい胸を撫で下ろした。
現在位置は住宅街。焔と明は帰路についていた。これは明からの凄まじいまでの忠告を焔が聞き入れた結果であり、焔は決して和菓子を扱う老舗から出た後、まっすぐ帰るつもりはなかったと説明せざるを得ない。あの後、雌狐はゲームセンターとやらに行きたいとのたまっただ。
明もゲームセンターという娯楽施設へ足を踏み入れたことはないが、知識はある。金銭を支払い、彼女達が時々家にいるときに興じているゲームとはまた別ジャンルのゲームを楽しむことができる施設だとか。
そう。“金銭を支払う”————それが彼女達を魔窟へ赴かせる歯止めとなったのだ。ただでさえ無駄遣いという名の行き過ぎた八つ当たりを終えた後、これ以上下手に浪費を行えば、普段は温厚で理不尽にも耐え忍ぶ少年も、落雷を発生させることになるだろう。
明は理解しているのだ。普段のあの少年は自分たち二名が横暴を働いても、まあいいか、と流してくれていることを。もし完全に怒らせれば、どんな罰が待っているかは想像に難くない。楽しみにしているテレビの没収、快適でない部屋への移転、数多くの弱みを自分たちは握られているというのに、焔は遠慮を知らないことに最近明は恐怖と尊敬を抱いてすらいる。前者は、いつ来人の全力の怒りが自分に飛び火するのだろうかということ。後者は、その太い神経に対する尊敬だ。
明が不安の溜息を吐いたその瞬間。焔は鋭い声で明を静止する。
「止まって下さい、明さん」
「…………っ!」
始めこそ何事かと眉をひそめていたが、明も即座に看破した。いつの間にかかかり始めた霧という名のカーテン、視覚妨害(モザイク)の向こう側。肉体を引き締まった筋肉と、真紅色の鋼鉄(フルメタルアーマー)、二重の鎧に加え、傷一つない黄金の盾を左手に、何から何まで純白色の騎士剣を右手に装備した、時代錯誤な姿の騎士が姿を現したのだ。
粘つくような気配を感じる、と来人はかつて言っていた。だが、違う。これは鋭い刃を首元に突きつけられたかのような、全身を震え上がらせる明確な気配。殺気。即ち来人をつけていた人物では、ない。
「——“氷弓(ひょうきゅう)”桜井明、“紅の炎”焔と貴殿らを見受ける。……神無木来人を、引き渡せ」
これは交渉でも相談でも依頼でもない。——命令だ。
口調、雰囲気、薄い灰色の長髪を下ろしたその顔。全身から放つありとあらゆるオーラから、明はそういったニュアンスで相手が語りかけてきたのだと把握した。
- Re: 罪、償い。 【第二章第二話追加更新】 ( No.49 )
- 日時: 2013/03/14 22:59
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
「お断りします」
口を先に開いたのは焔だった。尖った視線で“騎士”を貫き、断固とした態度で応じた。一陣の風に靡いた髪をかきあげ、彼女は騎士の対応を待つ。
溜息。
こめかみへ指を当ててわざとらしく彼女の態度へ頭痛を得たと言わんばかりの所作、加えて数秒の間。飽くまで優位なのは自分だと主張するその姿勢。夕焼けの黄昏を背に、事務的な口調で騎士は言う。
「……“守護騎士団”(ガーディアン)、ウォレス・シュバイン・セブン。神無木来人を確保する、ということが我が団の最終決定だ。我らに歯向かうということは、“こちら側”に措ける公務執行妨害にあたる」
機械的に名乗った彼は、“守護騎士団”と自身の所属も明かしたうえで焔の発現を遠回しに撤回するよう求めた。
——“守護騎士団”。こちらの世界に措ける警察に似て非なるもの。権力は遥かに警察より高く、そして組織の人員自体は警察と比べ物にならないほど少ない。“黒”と『能力者』達の混成部隊であり、世界の破滅も幾度となく救ってきたとされる。無論、その中で数多くの罪人の“断罪”も行われてきた。
明も知識としては知っていたものの、こうして実物に会うのは初めての経験だった。そして“あちら側”の世界の“善”と“法”を管理する者達が、わざわざ来人を確保に来た。はたしてこれはいったいどういう了見か、彼女にも理解は及ばない。
「神無木来人の持つ能力は危険過ぎる。彼を処分するため、此度私は参上した。繰り返す、彼を引き渡せ」
——処分。
その言葉を聴いて、ついぞ事態を理解した明。だが危険過ぎるとは何事だろう。来人の能力は未だ不完全な“炎の操作”、完成度も危険度も明の隣にいる焔を遥かに下回るレベルだ。だというのに、なぜ彼を処分する必要があるのか。明は口を開き疑問をぶつける。
「あいつの能力は炎でしょ? どうして処分する必要があるの?」
「貴殿には関係のないコトだ」
「ならわたしの答えも焔と同じよ。あんなでもわたし達の家主だし、みすみす渡すわけにはいかないわ」
「明さんの言う通りです。私達は彼を貴方に差し出すつもりはありません」
「であれば、貴殿らから力ずくで奪い取るのみ」
しゃらん。
鉄の擦れる音が空中を駆け回り、片手に握られた騎士剣を構えてウォレスは宣言する。力ずく——つまり“守護騎士団”への反逆者として、ここにいる明と焔も処分するということ。いまこの時を以って、彼らからすればこの二人は“重罪人”という烙印を押されたことだろう。
来る——。
二人揃って即座に相手の明確な殺気を感じ取り、身構える。だがすぐに、
「ここじゃマズいわよ」
と、明は焔に耳打ちした。その通り。ここは住宅街、こんな時代錯誤した格好の騎士と事を構えるのも社会的にマズくはあるが、そもそもこんな目立つところで能力を行使したら、間違いなくこちらの世界で能力のことが明るみに出る。間違いなく、世間を混乱に陥れてしまうだろう。
「然り。……と言いたい所だが安心しろ。我が副官が人払いは済ませている」
「……へえ。抜かりないじゃない」
成る程、確かにいつの間にか周囲に人気(ひとけ)は感じられない。見渡す景色はいつも通りの住宅街ではあるが、ところどころ抜け落ちたパーツがある。それは“電気”と“生き物”、路地や庭先に潜んでいそうな犬や猫の気配すら辺りには感じられず、もうそろそろ電気をつけてもいい頃合だというのに、未だ住宅街は夕暮れの中ただ佇むのみだ。自然と、彼女ら二人も各々の武器である弓と刀を顕現させ、纏う雰囲気も普段のそれとは異なる“闘う者”の放つものとなる。
「まさかあんたと組むことになるなんて、思ってもみなかったわ」
彼女はそう心の底から告げる。まさか、数週間前に殺しあっていた相手と、同じ一人の少年を守るために共闘することになるとは思ってもみなかったこと。予想などできようはずもない、自分も彼女も、互いを障害と認識したうえで殺しにかかっていた。——だというのに、笑みが零れているのはきっと錯覚ではないだろう。
「私は、きっとこうなるって信じてましたけどね」
「よく言うわ」
——その言葉が合図となり、三者は同時に地面を蹴る。日本刀が刹那、紅蓮色の炎を纏い同時に騎士へと襲い掛かる。加え、桜井がいつもの小手調べとして用いる戦法、氷で作り出した弓を中央からへし折り、短剣として用いて同じく騎士へと飛び掛った。日本刀は上から振り下ろすように、双短剣の一本は振り上げるように、そして最後の一本は敵の鎧ごと心臓を貫こうと突き出される。——が、しかし。
「鈍(のろ)い。初撃とは敵の手の内を晒させる、若しくは一撃決殺。——貴殿らの一太刀、いずれにも該当しない」
明の攻撃は腕へ装備されていた盾に阻まれ、騎士剣により日本刀もまた阻まれる。まるで最初からそこへ攻撃がやってくるのがわかっていたかのような所作で。
藍色の少女は内心絶句していた。それなりに自信をつけつつあった自分ですら、焔の行動速度は正直目で追い、なんとか凌いでいたレベルだったというのにこの騎士ははたして何者だ、と。焔の刀から発せられる神速の一太刀だけでなく、双短剣による搦め手も初撃による二発だけとはいえ、完全に防がれ、見切られている。
カウンターとばかりに振るわれる盾と剣。騎士を中心に巻き起こされる二つの武具による旋風、騎士は体を回転させ自身を纏うマントを靡かせる。たったそれだけの行動で、“紅色”と“藍色”は騎士を軸に、ブイ字を描くように弾き飛ばされた。
- Re: 罪、償い。 【第二章第二話追加更新】 ( No.50 )
- 日時: 2013/03/14 22:59
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
「マズい、ですね……」
まさかこれほどとは。
焔もまた騎士の実力には舌を巻かざるを得なかった。これが“守護騎士団”の正規メンバー。取り締まる対象となるであろう能力を駆使した犯罪を引き起こす『能力者』や“黒”を、力を以って叩き潰す法と秩序の守護者。それが“守護騎士団”——最初の一撃で、力の差を見せ付けられた。
「失せよ。貴殿らの相手をしている場合ではない」
騎士の織り成す剣戟は、舞踏のように。されど穏やかさと厳かさの中に、烈風すら断たんとする激しさを含み彼女らを覆い、屠らんとする。そこに容赦などありはせず。あるのはそう、ただ明確な、殺意のみ。しかもそこに他人を殺すということに関する感慨など存在するはずもなく、ただ義務として、“やらねばならぬ殺戮”を享受していた。
——そんなものを、認めたくはない。
焔は騎士が放つ“義務感”と“殺意”を明確に感じ取り、同時に彼女は思ってしまった。どうしてこうも、他人に押し付けられた使命で、他人の命を奪わねばならないのかと。
数週間前までの自分がそうだったから、それはよくわかることだ。やらねば大切な者が酷い目に遭う、自分の命がかかっている、そういった“掛け替えのない物”を引き合いに出されてしまえば、多くの者が殺戮という最も冒すべからぬことに手を染めてしまう。本当に悲しい、この世の在り方。この騎士ははたして、何を守ることの代わりに他者の生命を奪うのだろうか。秩序か。友人か。家族か。恋人か。それはこの騎士と、彼を取り囲む周囲の者達のみが知ることだ。だが、彼の放つ“気配”というものは、間違いなく相手を殺すことに快楽を見出す狂人の類ではないということが明白。それほどまでにこの騎士の心底は、愚直なまでに直線を描いている。そも、どうしてこれほどまでに相手の心のうちがほんの一瞬の攻防で読めてしまったのかは、彼女自身もあずかり知らぬところだ。だが、殺しを望んでいない騎士に、その手を血で上塗りさせるつもりも、ここで死ぬつもりも皆無。ならば——……、
——理解できない。
騎士はこの雌狐の“黒”が持つ他者を庇護しようとする強い意志を察し、それと同時に彼は思ってしまった。なぜ、この女は自分とここまで似ているのかと。加えてこの女は、尚且つ自分とは別の解答を導き出した存在。そしてこの消しても消しきれない、“心の奥底”に溜め込んだ“死臭”。これはかつて多くの生命を悲哀の中で刈り取った証拠に他ならない。だがそれを覆すほど劇的な変化を、彼女は心の内側で起こしていた。それを騎士は羨望する。はたして何が彼女をここまで強く存在させ、大きく変じさせ、いまここで自分を阻害させているのか。無論この意識の混濁とも言える出来事に関しては、騎士もまた何が原因か理解する術は持ち合わせているのかは定かではない。だが、何よりもはっきりしているのは——、
——見えた。
弓兵にして双短剣を駆る藍色の少女は、刹那の攻防の中、何故かは他の二人と同じくわからない。しかしハッキリと、彼と彼女の“共通点”と“相違点”を見た。それは過去かいまかは別の話として、この二人は代え難い目的のために、心を殺しながら他者も殺し続けてきたのだと。しかし現在の在り様はまるで違う。この騎士は完全にそうであることが普通なのだと諦めてしまっている。対して焔は、手で掬い上げられるものは、腕で抱えられるものは全て救おうという子供が抱くような、しかしどこまでも透き通った理想を抱き始めている。それは尊く、美しいと。彼女は漠然とそう思った。それと同じくして、決意する。この騎士に、そんな友であり姉であり妹である彼女の、邪魔などさせたくない。だからこそ——、
————ここでこの者を倒す。
三者が三様に、同時に自らの体内に宿る肉体・精神のエネルギーを回転させる。既に放たれた高速の剣へ上乗せするかのように、焔はその刃へ自らの刀を振るいながら刹那にして、明は一気に距離を取り、次の瞬間。各々が自らのみが発動することのできる、能力によって生み出される秘奥を起動させる。
「“残火・炎幕”(のこりび・えんまく)……!」
「————“狂おしき悲哀の騎剣”(トラウルグケイト・ラウフ)!」
「氷弓——“永久凍土”(ニブルヘイム)ッ!」
かつて桜井明を一方的に追い詰めた、“空中に残る炎を纏った斬撃”。焔は炎の能力を酷使しながら肉体に能力による強化を施し、一瞬ではあるが普段とは比べ物にならぬ速度を獲得する。そして、連続の斬撃。目にも留まらぬ、どこから目にも映らぬ速度での連続の剣戟は空中に一種の炎の膜、即ち障壁を形成することに成功した。それにやや遅れて騎士の握る剣は淡い青の光を放出し、真っ直ぐ焔によって“残された”刃目掛けて突き出す。更に明は騎士の放った技を減衰させ、尚且つ焔に巻き添えを喰わせても能力の相性から決して足を引っ張るレベルではない損傷程度しか与えぬ絶妙の力加減。その一投を短剣から弓に戻す工程の速さもさることながら、様々な意味で精密な射撃として解き放つ。
- 無題 ( No.51 )
- 日時: 2013/03/16 22:56
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
まだ闘いは始まったばかり。されど三人が全員、敵を“ここで倒すべき敵である”と認識し、ゆえに放たれた彼らの持つ秘技。殺す、倒す、その差異こそあれど、いまの彼ら彼女らに躊躇いは既に存在していなかった。
強烈な光源となる炎は既に日没を迎え、闇夜に染まり始めた世界を明るく照らす。月光に濡れてより流麗な輝きを放つ氷は空を裂き、騎士の握る剣は能力という名の鞘に覆われ、より“仕留めるための力”を宿して炎の幕目掛けて振り払われる。高速を越え音速へ、音速を超え神速へ、もはや光速であるのではないだろうかと彼ら全員が錯覚するほどに、それは一瞬の出来事。
——青白い光に触れた炎は、最初からそこになかったかのように消滅する。
「……!!」
正直、焔は開いた口が塞がる気がしなかった。付け焼刃の応用技ではあるが、斬撃と炎をそのまま空中に残し続けるという物理的、能力的観点両方から見ても強力であると自負する己の技が、意図も容易く掻き消されている事実を受け止めるのに、剣が炎を突きぬけ、彼女を貫くまでという一秒に満たない時間はあまりにも短すぎた。刺突の勢いをそのままに、青白い光を宿したままの剣は閃光となりて赤髪の女性を貫く——、
「焔!!」
——直前のこと。明が前もって放っていた“氷弓・永久凍土”へと視線を移し、同時対象を変えた騎士は焔を貫かんとしていた剣の方向をどういう動きをすれば実現するのかは不明だが、芸術的な体捌きを以ってして巨大な氷矢も一突きで文字通り粉々にしてみせた。最初からそこになかった、どころではない。これではもはや、存在そのものの否定であった。
されど明が作った隙を逃がす程、焔も甘くはなかった。自分の体を大きく後ろへ弾くように引き下がらせながら、指先に宿した火の粉を弾丸のように騎士ウォレスの眉間目掛けて連射する。これはこの数週間の内に、明や来人と行った模擬戦の際に編み出した名も決めていない小技だ。“焔来”(えんらい)ほどの破壊力はないが、明の持つ氷矢の連射とほぼ同等の連射性能を持つ炎の弾丸は騎士目掛けて殺到する。それこそ、点ではなく面の攻撃。騎士にそれを避ける術など、ありはしない。
そう。避ける手段は、だ。
次の瞬間に彼女らは瞠目を禁じ得なかった。悉く——そう、明が生み出した隙を突いて放った攻撃すら、氷矢を打ち払った時の勢いを利用して次から次へと剣で掻き消し、それすらも間に合わない弾丸は寸分違わず盾で凌ぎ切る。
「どうしますか、明さん。こちらの攻撃は盾だけではなく、剣に触れただけでどうやら消されてしまっています」
刀を構えなおしながら和服雌狐は、隣に立って弓に矢を番えたまま騎士を睨む“相棒”へと問いかける。
「どうするも何も、あの剣と盾をどうにかしないと始まらないわ。それにもし剣や盾がアーティファクトじゃなくて、あいつ自身の能力でさっきみたいに剣に触った物を消せるんだとしたら厄介だわ。場合によっては、相手の体に触っただけで……」
「……あまり考えたくはありませんね」
」
明の分析に苦笑しながら焔はそう軽口を叩く。とはいえ、彼女の指摘は的確だ。まずはあの武装を解除させねば焔と明の攻撃は二人がかりで取り掛かったとしても通用はすまい。かといって、敵の能力や実力も未だ未知数。これだけ自分たちを圧倒していながら、まだ本気ではないという可能性も捨てきれない。否、仮にも敵は“向こう側”を管理する“守護騎士団”の一人。むしろ実力は、この程度ではないだろうと推測することすらできる。
厄介な相手だ。
彼女らは自分達が挑んだ相手の強さを再確認し、認識を改める。
「……明さん」
不意に、焔は騎士を視界に捉えたまま明を呼んだ。
「なによ」
このタイミングで言葉を掛けてくるのだ。何か提案があるのだろう、という淡い期待を胸に抱きながら、それを前面に出すまいとつっけんどんな返事を明はするが——それはある意味、すぐ正解だったと思わされることとなる。
「退きたかったら退いていいですよ」
「ふん、冗談じゃないわ」
————“ここであんただけ残して、行けるわけないでしょう”
そんな言葉を飲み込みながら明は言葉を付け足す。
「ああいう手合いは、一回反抗したら逃がしてくれないわよ」
それに。
最初にも言ったように、家主を差し出すようなつもりは一切ない。この騎士にはどうか、この場でお引取り願うつもりである。それは焔も一緒だったようで、口元を緩めながら頷く。
突然現れた得体の知れない“管理者の一員”などに、来人を渡してなるものか。ここで降参する、逃亡するという選択肢は、最初から彼女らの中には存在していなかったのだ。
「じゃあそろそろ」
「ええ。私たちも、本気で行くべきね」
「愚劣。私を前にして手を抜くとは、いままでこの瞬間までに死を迎えなかったことが如何に幸運か知れ」
明の言葉にあからさまに反応し、肩を竦めて呆れたような——事実呆れているのだろうが——物言いで彼女らを侮蔑する。逆に言えば、自分も嘗められていたのだという事実に対する、微かな怒りを覚えているのだ。
「そうなる前に、あんたを倒すわ」
「不可能。貴殿らでは、私を屈服させることなどできはしない」
「できないかどうか、試してみようじゃないですか……!」
今回動いたのは、焔のみ。再び三者が同時に肉薄するようなことはなく、真っ直ぐ突っ込んでくる焔を、騎士は迎撃する姿勢で剣と盾を構える。次に迫ってくる時こそは、首を獲ると。
刀に炎を乗せて疾走(はし)る仇敵に対し、騎士は尚も動くことはない。雌狐の背後から飛び出してくる氷の矢を視界に捉えても、だ。
「外道か。仮にも味方を巻き添えにしようとは」
この角度では間違いなく、焔の背中を貫いてウォレスにも攻撃を仕掛けることになるだろう。後者ならばまだいい。だが前者はいったいどういう了見だ。自ら少ない戦力を減らしにきてまで手傷を負わせようとは、血迷ったか。されどいま騎士の告げた、取り方によっては“忠告”とも取れる言葉を聴いても焔は避ける素振りを見せることはなかった。
「明さんが、そんなことをするわけないじゃないですか」
にこぉ。
この場にはそぐわぬほど緩んだ笑みを浮かべ、焔は刀を握る腕を上段に構える。そこから振り下ろすだけで、強力な一太刀が完成するだろう。だがそれも、斬る対象へ近づければの話。氷の矢に貫かれてしまえば、そうなる前に絶命するのは必至。しかし、
「ええ。その通りよ」
まさに絶妙なタイミング。焔が腕をあげたと同時に、手と頭の間、ちょうど楕円を描いていた空白を矢が二本通り抜け、ほんの今まで焔の腕があった箇所もまた矢が通過する。最初からそうなるのがわかっていたと言わんばかりに。矢は悉く焔を擦り抜け、加えて言うならほんの数瞬前まで死角であった場所から連続で現れる。
——“馬鹿な”
情報によればこの二名は数週間前に殺しあったばかりと聞く。それは彼(か)の、今回標的とされた少年も然り。焔は元“邪神の集い”構成員、しかし目立った活動はなかったため“制裁”の対象にはなっていなかった。桜井明に至っては最近『能力者』の素養ある人間を殺して回る“黒”達を逆に殺して回っていた、ある意味“守護騎士団”の討ち漏らしを倒しているボランティアのような者。いずれもせっかく“守護騎士団”に目をつけられず、平穏に過ごそうと思えば過ごせていた彼女らを、険悪な仲を無視してまで突き動かす原動力とははたして何なのか。そして——何が、ここまでの絶妙な連携を生み出したのか。
いずれにせよここにきて、ようやく騎士は自らの能力の片鱗を見せるに至った。青白い光を再び剣に宿し、迫り来る氷矢を手当たり次第に消失させていく。剣に触れると同時木っ端微塵に消えるそれらは、しかし際限なく騎士を苛み、少しずつ鎧に傷を入れていく。
——“私は、負けられないのだ……!”
“あの方”の為にも。世界の安寧を護る為にも。そして何より、自身の矜持(プライド)のためにも、この者達に負けることなどあってはならない。絶対に。
その言葉は自覚など無しに、口を衝いていつの間にか漏れていたらしい。焔は笑みを掻き消し、刀を地に引き摺る構えへと変えながらウォレスとの間合いを詰め、一気に切り上げる。氷の矢を対処し続けているいま、剣で応戦するわけにもいかない。……狙うは一瞬、盾で焔の剣戟を受け止め、焔の肉体が矢の死角となる一瞬の隙を突いて雌狐を殺し、桜井明へと標的を移し変えるという一連の流れ。
「負けられないのは、私達も同じです。——彼に、何ひとつ罪はない……!」
「黙れ。奴のような過ぎた力は、存在そのものが罪なのだ……!」
互いの護るべき物に掛ける信念を乗せた腹底からの絶叫。相手の全てを否定(ころ)し尽くし塗りつぶさんとする両者はいま、肉薄する。
- Re: 罪、償い。 【第二章第二話-6up】 ( No.52 )
- 日時: 2013/03/16 23:33
- 名前: 花 (ID: 4gRQ5d2w)
読みました(*´∇`*) 設定が濃く、能力の相性設定に感動しました!!
元々、ファンタジー系の世界観が好きな私にとってはとても読みやすく、話の内容が頭に入って来ました。
更新楽しみに待ってます!!
- Re: 罪、償い。 【第二章第二話-6up】 ( No.53 )
- 日時: 2013/03/17 10:16
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
>花様
わざわざTwitterの方からありがとうございます(^ω^ 三 ^ω^)
これからも更新をがんばっていきますので、どうかよろしくお願いします!
- Re: 罪、償い。 【第二章第二話-6up】 ( No.54 )
- 日時: 2013/03/17 13:14
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
刀と盾が交錯し、ヂリヂリと音を立てて火花を散らす。刀に宿った炎は肌が焼け爛れるのではないかと思うほどの熱を持っていた。
このタイミングを待っていたのだ。焔が体を騎士の前に晒し、氷矢に対する盾同然になるこの瞬間を。逆に言えばここまでの連携を見せてきた彼女達に傷を負わせることのできる瞬間は、ここしかなかった。彼はすぐさま剣で焔の首を切り落としにかかるが——、風に舞う木の葉を掴もうとした時のように、ひらり、と彼女は身をかわす。加え、右に、左にと移動をするように見せかけたフェイント。直後飛来する、焔によって再び死角となっていた角度からの射撃が行われ、舌打ちしながら騎士は矢を叩き落しに掛かる。無論盾で焔の攻撃を防ぐ構えを取ることも忘れず……と、ここまできて、騎士はようやく事態の異常さを悟った。
「なんだ、これは……!」
焔が追撃をしてくるとばかり思っていたのだが、その様子は見られない。騎士の足元に半円を描くように背後へ移動したかと思えば、更にそのまま先へと彼女は走る。だが、男が反応をしたのはその意味不明な行動に対してではない。焔が地面に刀を引き摺った地面には、まるで油を垂らして火を点けたかのように、炎が走っているのだ。それはもちろん、彼から距離を取る際に刀で“印”をつけた、彼の足元も同様。それだけでなく、焔の刀と克ち合った盾にも同じ現象が起きていた。斬撃と炎を残す技があるのは前以て知らされていたが、……それは空中に限ってのはずだ。このように“物質に刻み付ける”ことが可能とは聞いた覚えがない。“守護騎士団”の情報部の怠慢か、それとも。
「私達が最近、ただ遊んでいただけとは思わないことです」
凛として告げるその言葉は、彼女達がこの数週間で得た成長であると、彼の疑問を明確にした。
氷の嵐は無論騎士から離れる間に通り抜けたルートにも存在はしておらず、彼女に対しては傷一つ負わせることもなかった。彼はこの氷の嵐から抜け出す術はなく、限りなく打ち出され続ける氷の矢を叩き落すことで精一杯だった。何本かは漏らしたが、それは焔の下へと飛翔する。これで彼女らの連携にも多少の溝が生まれると、彼は踏んでいた。
されど。
それすらも計算の内。
「任せたわ」
「はい!」
連射される弓矢のうち、男が打ち落とすことのできなかった物を焔も弾き始めたのだ。それは彼の背へと軌道を変え、再び攻撃の意思をこれらは見せた。
「っ……!」
「“臥火”(ふしび)……」
このままではまずい。
男は足を動かし、この矢の挟み撃ちと得体の知れぬ炎の陣から逃れようと行動を起こした次の瞬間。彼女の合図がトリガーとなり、彼の足元にあった炎はより一層燃え上がり、火の壁となった。直後、爆発。もはや炎どころか爆炎へと変じた“それ”は、威力こそ減衰させるものの氷の矢がやってくる位置を隠す目晦ましとしても一役買った。即座に盾で当てずっぽうに氷の矢を防ぎにかかるが、また爆発。あまりの勢いに盾とそれを装備している腕は大きく位置を逸らされ、背後、そして前方、両方から氷の矢によって騎士は傷を負い始める。
「焔!」
「はいッ!」
やがて炎が巨大な火柱となって彼を包むと、頃合と見たか。明は矢を放つのをやめ、それどころか氷の弓も粉々にして掻き消した。焔も上段の構えを取り、準備は整う。明の頭上には巨大な氷塊が形成され始め、焔の刀に乗せられた真紅色の炎が勢いを増し、まるでバーナーから放たれる炎のように燃え盛る。
互いに瞬間的という制限を掛けて、限界を超えて更にその先にある境地に立つ。自らの体内に宿る肉体、精神両方の活力はスパークを起こし、全力、限界、そういった自分を縛る物から解放された刹那。彼女らはいま、自分の実力、力量を大いに越えて一度にして能力を吐き出した。その、名と共に。
「“焔来”(えんらい)————!!」
「“氷弓・永久凍土”————……ッ!!」
交差する炎の一閃と極大な氷刃。
接点にして終着点の火柱に飛び込んだ両者は、青と赤の光を発して轟音を引き起こす。何も見えない、何も感じない、無の世界へと総てが剣でできているかのような男を誘(いざな)う。同時、自らに掛けられた限界を強引に超えた力を発揮した明と焔もまた、息も絶え絶えに闘いの結末を待つ。いまの自分達の実力ではこれ以上の大火力の技はなく、小技で攻めようとしても全て乗り越えられるのはわかりきっていた。つまりこれが通らなければ、完全に彼女らの敗北ということになる。だが、確実に獲った。手ごたえはあった。これ以上は何もあるまい。敵が未だに能力を片鱗しか明かしていなかったのが気になるところだが、これを受けては如何な豪傑であろうと無傷では済むまい。
衝撃残る住宅街の中、ゆっくりと火柱、氷の結晶、火の粉といったそれぞれの攻撃の余韻は姿を消していく。煙の向こうではからん、と鉄が落ちる音がした。
「……悪い夢かしら、これ」
煙が晴れたさらにその先。明は焔と闘った時は明確な絶望を覚えていたが、今回ばかりは呆れて笑うことしかできなかった。
騎士は、健在だった。
盾は黒こげになって皹も入り、美しいほどだった頭髪は乱れ、鎧に傷や炎による煤が見て取れた。しかし——彼の肉体と、手に握る剣には、これといった変化が見られなかったのだ。傷を負わせるどころか、ただ力の浪費をしただけに過ぎなかった。
「終わりか」
その声に感情は宿っていなかった。
慣れていたから。強き者とは、常にこうした出来事に晒される。様々な血の滲むような努力と策を引っ提げて現れる敵を、当然のように斬り捨てる。何度も経験してきたことだ。途中で心を乱されもしたが、もはやこの者達に思う所はない。
「了承。では——私の勝ちだ」
まずはあの雌狐の方からだ。冷静に考えれば、『能力者』の方は今までの功績から鑑みて独断で処分しては他のメンバーに何を言われるかわかったものではない。だがこの“黒”は別だ。元敵対組織メンバー、加えて今回のいわゆる公務執行妨害。始末する理由も大義も、挙げれば他にもキリがない。
音もなく歩み寄り、赤髪の女の眼前に辿り着くと同時、騎士は口を開く。
「さらばだ。“紅の炎”。……その意気、見事。確かに貴殿らの牙は私に届いていた」
二つ名を呼び、最後に賞賛を贈る。あの連携は確かに見事なものがあった。“この能力”がなければ、敗北を喫していたのは自分かもしれなかったのだから、賞賛するのは当然ともいえた。だが、それまで。力尽くして届かなかった大逆者は、ここで朽ちるが定め。仮にここで見逃したとしても、後々、他の者に処分されるのが目に見えている。ならば、ここでせめて、痛みを伴わずに潰してやるのが情けというものだ。
——剣を、振り下ろす。
しかしそれは“黒”を害することはなかった。遥か遠方から飛来した紫色の結晶体は騎士の剣の平を正確なまでに直撃し、その衝撃は大きく軌道を逸らされ、彼女に傷一つ負わせることすらなかった。
「……何者だ」
結晶体を投げつけてきた者がいるであろう方向へと向き直る。——“人払い”を潜り抜けてくる時点で、『能力者』か“黒”であるのは明白。今日は犯罪者がよく増える日だ、と溜息を吐きながら、その者を視界に捉えた。
闇夜。住宅街の明かりすら灯されていない中で、ただ一つ光を放つ月を背に、黒い影(シルエット)として佇んでいるのは、輪郭からしてそこの青い髪の『能力者』と同じぐらいの年齢であろう少女だった。……全身を黒く影で染めている以上、それ以外ははっきりしないが、——否。そんなことは関係ない。かかわりがあるのは、ここにまた一人、始末せねばならない敵が増えたということか。
と、思ったのも束の間。その者はそれ以上何かをしてくるでもなく、月を背に騎士を牽制するのみ。空中に無数の何か鋭利なモノが浮かんでいるのは見て取れたが、それで攻撃をしてくる気配はない。
「……ふん」
つまり、退(ひ)け、ということか。……さすがに三対一というのは得策ではない。今回ばかりはその諫言を聞き入れてやるとしよう。
騎士は剣を消失させて、闇夜の中に消えていく。彼女らに、トドメを刺すこともなく。同時に、彼女らにトドメを刺すことを取りやめさせたシルエットも、その場から姿を消した。——続けざまに起こる出来事に無言で静観することしかできなかった彼女らは、緊張の糸が切れほぼ同時に座り込んだ。
「…………とりあえず、一旦帰りませんか?」
「ええ」
あの騎士に関すること。そしてあの月を背に現れた謎の人物のこと。考えるべきことはたくさんあるし、……そろそろ、夕飯のことも考えて、少年の下に帰らなければならない。