ダーク・ファンタジー小説
- 第三話−閑話休題− ( No.56 )
- 日時: 2013/04/02 23:00
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
閑話休題。
今朝は普段のソレとは比べ物にならないぐらい濃い出来事があったが、それ以外は普段となんら代わり映えのない学生生活を俺は送った。ちなみに、今日の授業は国語、化学、美術が二時限連続、保健、ロングホームルームである。何人かは——時々、俺もそういう連中に誘われてその一員になることはお恥ずかしながらあるのだが——保健やロングホームルームのように必須履修教科ではない時間に携帯ゲーム機を机の下に隠してやり過ごしている。
……今週ばかりは、天地神明に誓って俺はやっていない。もうすぐテストが近いのだ。今日も一応、最近流行のゲームに誘われはしたがお断りした。こんな時期にはやはり真面目に勉強するに限る。いつもつるんでいるのが優等生二名だからか、比較対照にされて苛立ちを覚えることも、一切ないといえば嘘になる。
そういうわけで、俺はこの時期になるとしっかり勉強をするわけである。それでせいぜい上の下前後をいったりきたりしているというなんとも悲しい話は絶対にしないで欲しい。
「……疲れた」
普段とは比べ物にならないほど真剣に授業へ打ち込んだため、知恵熱を出したらしい。頭がカンカンに熱くなっている……ロングホームルームは自習時間だったので、全力で取り組ませてもらった。数学の二次関数を頭に詰め込んだわけだが、帰ってから一度復習が必要だ。
ふと教室を見回すと、よく一緒に帰っている面子、つまり八神と坂上の姿がないことに気付いた。昨今の事件のこともあるし、生徒会室で会議でも行っているのだろうか。それか、真面目な彼らのことだしそそくさと帰って勉強をしているという可能性もなくはない。むしろそちらのほうが可能性としては高いと言えた。
「……あの」
「?」
机に突っ伏してから数秒が経過した頃。俺の頭上から同級生らしき少女の声が聞こえ、んぁ、と間の抜けた声を漏らしながら声の主へと顔を向ける。
「鏡花ちゃんと八神くんがいないみたいだから……その……」
で、声の主は刀崎だった。今朝といい今といい、随分と気を遣わせてしまったようだ。俺はせめて少しでも会話を和ませようと共通の話題、友人である彼らの話題をそのまま続けることにした。
「そうだな。あいつらのことだし、さっさと家に帰ったんじゃないか? 真面目なヤツらだよなあ、ずっと勉強だぜ。最近は俺も一緒に帰ってないことの方が多いや」
「……えと、そうじゃなくて……」
「え?」
厭に歯切れが悪い。元からそういう人物ではあるが、今は一段と顕著だ。
「……よかったら一緒に、帰ろう? 最近危ないから、一人で帰るのはまずいかなって……」
この時、俺は刀崎に対する評価を大きく改めさせられた。無論、良い方向に。
なんと良いヤツなのだろうか。普段、自分の友達が一緒に帰っている相手が、連中がいないことによって一人になってしまう。そして昨今の連続失踪事件の影響で、なるべく大勢で帰宅すべきということから俺を誘ってくれたわけだ。俺はその心遣いに、気を遣わせすぎだという自分に対する呆れと、純粋に嬉しいという気持ちで胸を満たした。
——“あの二人”も、これぐらい気を遣ってくれれば可愛いものなのに。
小さな不満を胸中で零しながら、俺は首を縦に振る。
「そういうことなら、頼むよ。今朝から気を遣わせちゃって悪いな」
「……大丈夫」
うっすらと微笑を浮かべる少女は自分の鞄を持って足早に教室を出て行ってしまった。何も校門を出るまでもずっと一緒である必要はないし、友達に挨拶でもしにいったのだろう。
俺は椅子から立ち上がり、体を一度伸ばす。そして、同じくして気が引き締まった。
死ぬつもりは毛頭ない。だが、もしかしたら今が学校にいられる最後の瞬間かもしれない。焔と闘ったあの日はあれよあれよという間に事(こと)が進んでしまい気持ちの整理をつける暇もなかった。改めて、自分はこの教室にで共に学ぶ友人達とは遠い所まできてしまったのだと実感した。凹凸の鉄の街、更にその向こう側にいまにも沈みそうな、橙色へ染まった太陽が目に沁みる。
教室を、出る。
後ろ手に閉めた扉から鳴る乾いた音を合図に、一瞬の間だけ“あちら側”の住人である顔を見せていた俺は、いつも通り“こちら側”の表情を作って階段を降り始める。感傷に浸るのもいいが、いつまでも刀崎を待たせるわけにもいかない。
昇降口に到着すると、案の定刀崎は退屈そうに携帯の画面を見つめながら俺のことを待っていた。「よっ」、と声をかけて片手をあげるが、彼女はにこり、と笑みを浮かべるだけでそれ以上の反応は示さない。……いいやつではあるけど、正直絡みづらい。俺は苦笑いをなんとか堪えながら、無言で昇降口の扉を潜った刀崎についていく。
校門を出るまでの道のりの最中、刀崎は一切自分から喋らなかったので、話題は全て俺が出すことになった。鬱陶しいのかもしれない、と少し遠慮もしたのだが、一度話し始めるとしっかりとこちらにも質問はしてくるのでわりと話は弾んだ。結果として、会話は刀崎がよく話す前に置く若干の間(ま)以外で途切れることはなかった。内容としては、
「幼稚園とか、どこ行ってたんだ?」
「……知らなかったの? 神無木くんと同じところ。……坂上さん達とはいつ友達になったの?」
「小学生の頃からだな。……って、まじかよ、おまえ幼稚園一緒だったのか」
という具合である。
クラスは一緒だったし同じ友達を共有しているのだが、俺達の直接の関係はいままであまりにも希薄だった。ただクラスが同じなだけ、という印象しかいままで抱いてこなかったが、今日を境にそれは改めるべきだと思った。
そのまま何の問題もなく俺は帰宅できる——と、考えていたのだが。どうやら俺の認識が甘かったようだ。その時、“ヤツ”は現れた。
金髪で俺よりも年下らしい見た目。それを視界に入れた時点で、俺は片手で刀崎を制していた。
「あっれぇ? お人よしクンじゃーん。このあとアタシとも遊ぶってのに、他の女子連れ回しちゃうなんてアンタもなかなかやるねぇ?」
「————……、」
背筋が凍る。
このセリフを吐いたのが学校の連中ならまだ流せた。後々の社会的立場が面倒になるだけで済んだのだから。——だが、こいつはそうはいかない。
朝霧。今夜俺が一戦を交えることになる相手。紫電纏う『能力者』。焔を殺すと宣言した、俺がこのまま返すべきではない敵。
「神無木くん、この子……」
「……悪いな刀崎。……信じられないかもしれないけど、……こいつは危ないヤツだ。だから、できれば走って帰れ」
「…………ううん、昔引っ越した近所の子」
「…………は?」
朝霧と刀崎を見比べる。刀崎の言う通り、だったのだろうが。朝霧も眼を丸くして刀崎に手を振っている。
商店街にでも行けば桜井達と鉢合わせする可能性もあるので少し遠回りをしてみたのだが、その寄り道の結果として意外な関連性を見つけてしまった。
「……でも神無木くん、危ないヤツ、……ってどういうこと? 瑠吏ちゃんはいいこだよ? それとも……最近、不良になっちゃった?」
きょとん。
そんな擬音がぴったりであろう表情で、刀崎は朝霧へと問いかける。当の朝霧は「まさか。今も変わらず、刀崎のねーちゃんが知ってる通りだよ」、と素っ気無く肩を竦めたかと思えばニカッと笑みを浮かべる。そして、そのまま話し込みはじめてしまった。
彼女らの話を要約すると、二人は本当に旧知の間柄だったらしい。数年前、ちょうど失踪事件が始まる前辺りに両親が離婚して引き取り先となるはずの母親も蒸発してしまった朝霧は、そのまま父方の実家に引っ越してしまったのだという。刀崎はそんな朝霧とは少し前から音信不通にこそなってしまったが、とても気に掛けていた——本当の姉妹のように接していた、とのことだ。途中で刀崎は普段、学校では見せないぐらい——とはいっても、平均的な女子と比べればそれでも物静かなのだが——のはしゃぎ様で、俺にも何度か話を振ってきた。俺は彼女達のことを然程知らないため、「へえ……」だの「そうなのか」だのという会話を盛り下げるような返事しかできなかったが、それはこの際余談としておこう。
以上が彼女らの会話と、それに纏わる俺の反応である。
ここまで仲が良い相手ならば、刀崎に手を出すようなことはしないだろう。俺はほっと安心をしながら、邪魔をしてはいけない、と思いその場から離れようと踵を返した。——その、瞬間。
「捕獲完了ーッ!」
「うごべばッ!?」
朝霧のヘッドロックが見事、俺に炸裂した。頬に硬い骨が密着する辺り、ああ、なるほど、こいつも絶壁か——桜井以下だな、などと脳裏で口走った俺が憎らしい。まるでそれを察したかのように、ヘッドロックは強まる一方だ。
「あーのさぁ、せっかく女子二人と一緒に帰れるんだぜー? もっと喜びなよ」
「いや、俺はおまえらがせっかく仲良く話してるから邪魔をしちゃいけないとだなっていででででででッ!?」
「…………神無木くん、瑠吏ちゃんが嫌いなの? ……それとももしかして、わたしのことが……」
「どっちでもねえからンな声出すなっつか本当にギブギブギブギブッ!!」
……住宅街のど真ん中。いまにも女の子を泣かしそうで、あまつさえ女子中学生にヘッドロックをかまされて死に掛けている男子高校生がいた。というか、それは俺だった。——ん、このモノローグ、軽いデジャヴというヤツではないだろうか。
- Re: 罪、償い。 【第二章第三話-1up】 ( No.57 )
- 日時: 2013/04/09 13:29
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
俺が苦悶の表情を浮かべて数秒後。突然、俺のポケットに放り込まれていた携帯電話が着信のバイブレーションを発する。朝霧の腕を指で小突き、携帯を取らせろという意志を告げる。
「まったく、少しばかりはスキンシップ楽しみなよ、しょーねん」
「年下に少年とか言われたくねえな、おい」
軽い毒を吐きあい、そんな俺達は刀崎は微笑ましそうに見つめる。
「……二人とも、……仲良いんだね」
残念ながら。多分、俺達は今日の夜に殺し合いますぜ、刀崎さん。
内心で、実際にそうであれば良かったのに、とも呟きながら。俺は携帯の通話ボタンをぽちり、と押した。それから携帯の画面を見て気づいたのだが、どうやら桜井からの電話らしい。
「お、どうした桜井?」
「んー? 誰と話してんのさ?」
「うっせ、いいからおまえは黙ってろ」
横から声をあげた朝霧を一言で黙らせる。電話をしている人物の邪魔をするのは、マナー違反というものである。
もしもし、ということもなく、桜井は受話器越しに唸るように息を漏らす。焔にでもからかわれた直後なのだろうか、心なしか苛立ちを覚えているような気がする。
「いま夕飯の買い物をしてるんだけど、焔がお菓子も買いたいって言ってるんだけどいい?」
——どういうわけか苛立ちは俺に向けられているらしい。まったくもって不可解極まりない。ミステリー。
普段の彼女と照らし合わせると明らかに怒っている。桜井の勘にいつ、どこで、どのようにして触れたのは定かではない。いずれにせよ、ヤツが俺に怒っているのは確かだ。ここは下手に刺激をしないでおくのが得策と見える。
「……お、おう」
「じゃあ」
ぶちっ。
本当に要件だけ告げて通話を切断されてしまった。
つー、つー、つー、つー——という通話を終えたことを示す電子音が鼓膜をたたく。……まったくもって摩訶不思議、理解不能、意味不明、奇怪である。俺は彼女になにかしただろうか。
「………………可哀想な人」
「うお!?」
いつの間にか刀崎は俺の背後に回り、通話を盗み聞きしていたようだ。背後から聞こえた声に飛びのくようにして刀崎から離れると、今度は哀れみの目線が俺を貫く。
どういうことだ。いったい何がおきているのだ。俺は悪くねえ! 俺は悪くねえ! あいつが勝手に怒ってるんだ! 俺は知らねえ!
「え、俺が悪いのか?」
「……………………ふ」
と、質問をしてみたものの刀崎には笑みを浮かべるだけでまともに答えを返してきやしなかった。いや、ふじゃねえよ。
加えて、どかんっ、という音と共に俺は大きく背中に衝撃を感じ吹き飛ばされることとなる。
「俺が何をしたって言うんだ」
もちろん、下手人は朝霧である。顔面から地面に放り出された俺は、悔しさのあまりにコンクリートの地面を爪で引っかきながら泣き言を漏らした。
「ほんっとデリカシーないヤツだよな……いや、それともこの場合は朴念仁って言えばいいのかい?」
「…………多分。でも、悪気はないんだから、あんまりいじめたらだめ」
「わ、わかってるよリオねえ」
もはや俺の言葉など完全に無視か。そうか、よくわかったよこん畜生。
ぶっ倒れている俺のことなどアウト・オブ・眼中。二人はガールズトークに再び花を咲かせ、俺はみじめにも地面に這い蹲る形になっている。嗚呼、哀しき哉、我が人生。焔といい桜井といい、こいつらといい、きっと俺の人生には女難の相が出ている。フラグのひとつやふたつ立っているのなら、俺も文句は言うまい。だが焔はどこまで本気か読めないし、桜井は冷たい時はとことん冷たいしいきなりキレてああいう態度を取ってくるし、こいつらに至っては論外。坂上はたぶん八神辺りとくっつくというのが俺の予想。……本当に、俺の人生はどうしてこうなったのだろうか。ぷりーず、てる、みー、マイゴッド。
「聞いたぜ! リオねえ……だってよ!! ……くっそ! おかしくって! ……腹痛いわああ!!」
せめてもの復讐である。まったくもっておかしくもなんともないのだが、地面に寝転んだまま全力でげらげらと笑ってやった。——けれど、なんだろう、刹那にして空気が冷たくなった気がする。……死亡フラグでも立ったかな。
「………………神無木くんも、この子をいじめちゃだめ。……少しお茶でもしようか」
俺の背中を数回つつきながら刀崎は言う。彼女からは坂上のように腹黒い者だけが出せるどす黒いオーラも気配も感じない。だというのに、命を握られていると錯覚するほどの凄まじい戦慄を覚える。その指はゆっくり、ゆっくりと俺の背筋を布越しに這い、最終的にはうなじにまで上り詰めた。その間、俺の背中に悪寒が走り続けていたのは、言うまでもない。
——断れば殺される。
刀崎にではなく、朝霧に。そんな気がしたので、俺は即座に立ち上がってこう答えざるを得なかったのだ。
「サー、イエッサー!」
* * *
場所は変わって、駅前の喫茶店『ターニング・カフェ』。
名前の由来は、かつてここで店主が尊敬する人物が、その後の人生に措いてターニングポイントになる決断を友人達や店主と共にしたことから、この名前がつけられたのだとか。俺の親父も店主とそれなりの仲ではあったらしく、親父が俺の前からいなくなってからは、時々この店でも稼ぎをさせてもらっている。
この店の飲料は俺も大のお気に入りで、コーヒーや紅茶、様々な匂いが鼻腔をくすぐるこの瞬間もまた、日ごろの疲れを癒すとっておきの清涼剤だ。学校帰りに寄るためには、家路をやや迂回しなければならないのが玉に瑕だが、その徒歩の疲れもここで癒すことができる。
そんな店の窓際に位置する座席に、俺達三人は座っていた。
「…………ところで、さっきの電話の人、誰? 彼女?」
「ぶっ!?」
唐突に口を開いた刀崎によって、俺はその大好物であるミルクティーを噴出してしまった。向かいに座っていた朝霧は神懸かった動体視力とでも言うべきか、見てから首だけ動かして回避余裕でした。おまけに目を瞑りながらテーブルの上に置いてあったふきんで椅子の背もたれを拭いてから、俺の顔面目掛けて紅茶つきふきんを放り投げてくる始末。もちろん、直撃である。
今日は散々、他人に振り回されている気がする。今朝は坂上や八神の朝の平穏をブレイク、クラッシュされたし、きっと今日は厄日なのだろう。
しかしそうこう言っているが、下手に間を置くと勘繰られかねない。彼女であるという嘘を吐くことはしないし、仮に吐いたとして色々根掘り葉掘り聞かれるのがオチだ。桜井や焔との同棲は親友であるあの二人にすら秘密にしているのだから、今日初めてまともに喋った刀崎に漏らすわけにもいくまい。
と、思考を巡らせているうちに、朝霧は片方の眉毛を吊り上げながら俺に目配せしてくる。——ああ、すっかり失念していた。こいつは俺の戦うべき敵であり、あの二人と共に生活していることは、どういうわけかこいつには筒抜けなのであった。
「いやあ、実は少し前からお人好しクンとは友達でさー。時々その女子の話聞くんだけど、隣町の友達らしいんだよ」
俺はその朝霧の言葉に、危うく「は!?」などと声を漏らしそうになるが、それを慌てて飲み込んだ。敵とはいえ、元々俺と戦うことには積極的ではなかったのだ。それに社会的に抹殺して楽しむというゲスでもなかったらしい朝霧は、なんと今日会ったばかりの俺に助け舟を出してくれた。この舟に、乗らざるべきか。————答えは、否!
「おう。桜井って言うんだけど、親父の知り合いの子供でさ、同い年なもんで話しやすいし、家族ぐるみで時々だけど出かけてたんだ」
「へーぇ。……鏡花ちゃん達とは別の幼馴染、なのかな」
「そういうことだよ、そういうこと」
うんうん、と頷いてとにかくこのブラフ、フェイクを信じ込ませようとした結果、納得がいったようでそれきり刀崎は頷いていた。だが、次第にその表情は緩んだものになり、へえ、とか、ふーん、とか言いながら口元に手を当て、最終的には焔がよく浮かべる、にやーり、という意地悪っぽい笑みを浮かべ始めた。
「……素直じゃない子は大変」
「電話の内容だけでよくそこまで把握できるな。そうだな、あいつ、褒めてもぜんぜん認めないし、言ってることと行動がしょっちゅう逆転してるんだよな」
気を取り直して俺は紅茶を喉に一口分だけ流し込み、別の話題を持ち出した。
「そういうおまえはどうなって————」
「Shut up!」
「!?」
俺だけではなく、周囲の客も同時に刀崎を注視する。朝霧は必死に辺りへ会釈をして注意を逸らさせているが、俺は普段からは想像できない大声を出した刀崎に面食らって言葉を失ってしまっていた。
「…………察してやんなよ」
「……おう」
テーブル越しに、俺の肩にぽん、と朝霧は手を置いて諭した。
- Re: 罪、償い。 【第二章第三話-2up】 ( No.58 )
- 日時: 2013/04/09 22:58
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
つまりこの少女、刀崎もまた俺と同類というわけだ。恋人いない歴イコール年齢。そりゃこういうコト言われれば怒るのも、女子ならばおかしくはないのだろう。……たぶん。人の気持ちはよくわからない。
「……そうだ、これ見て」
と言った赤髪の少女は話題を切り替えようとばかりに、手元から薄型端末を取り出して画面を見せた。
「ん?」
「なんだよこれ、リオねえ」
俺と朝霧は食い入るように画面に見入り——、同時に、「げっ」と声をあげた。
「SNSにあがっていた画像なんだけど、……うちの学校で、二週間くらい前に火柱が上がってたし近くがとても寒かった、っていう話があったの……変な話もあるものだよね。……私は、合成だと思うけど」
その画像は、だいたい刀崎が言った通りの内容だった。簡易ブロクサイトに呟き、つまり書き込みとして投稿されていた画像付きのそれ。アカウント名、「N_Castle」という人物が書き込んだらしい。内容は、以下の通りだった。
——二週間前、忙しくてアップロードをできなかったのだがいま掲載しよう! 怪奇現象だ、赤井学園という学校の校庭で火柱があがっていた! 俺は夜のランニングで汗を流していたのだが、夏とは思えないほど周囲は極寒の地のように寒かった。
以上がその書き込みだった。
俺はふと、このアカウント名を見つめて首を捻る。N……はまず置いて、Castleとは城のことだ。赤井学園は俺も通う学校で、場合によってはこの人物は俺の知り合いの可能性がある。
知り合いに、城が名前か苗字に付く人物。…………北城。
さて、ここで推理させて頂こう。直訳になるが、Castleはまず城とさせて頂こう。で、北……これは英語で、……Northになる。頭文字は、Nだ。これを組み合わせてできるのは——「N_Castle」……更に言うのであれば、確か北城は最近部活動が時間を削られ、不平不満を言っていたのは記憶に新しい。夜にランニングをしていても、なんら不思議ではない。
いや、考えすぎだろう。こんなところで友人の秘密の花園を発見してしまってはあまりにも可哀想だし。ということで、目を背けさせてもらおう。
色々と思考を巡らせている間に、朝霧はいつの間にか俺の首をがっちり捕まえて、頬同士が密接する状態で質問を投げかけてきた。
「なあ。……まさかとは思うけど、アレ……あんたじゃないよね?」
アレ、とはつまり、火柱を打ち上げたヤツのことである。
「あんな大火力ぶっ放すかっつーの!」
心当たりがないわけではない。たぶん、あれをやったのは焔だ。だが朝霧は焔のことを追っていたので、なるべくその話題を出したくはない。仕方なく自分のことだけを否定した後、怪訝そうな顔で俺と朝霧を眺める刀崎に苦笑しながら言う。
「俺もそれ合成だと思うぜ。そんな非科学的なことあってたまるかよ」
非科学的なこと。自分も起こせます。
「そーだよ。そんなことが平然とあっていいもんじゃないよ」
っていうおまえも起こせるよな、“そんなこと”を。
「……でも、……校庭が確かに二週間前、焦げている所とかあったし……雪が降っていたわけでもないのに、凍ってる所もあったって……」
「!?」
「馬鹿、やっぱあんたらだろ……! 後始末に気を遣わなさ過ぎだ!」
「いやだから違うって!」
刀崎を他所に俺と朝霧は兎角、事件の原因の処遇を巡って小声で言い争う。
ちなみにこの俺の主張。無論、嘘っぱちである。この一件を起こしたのは思い切り、我々だ。
「……変なイタズラをする人達もいるよねー」
「そ、そうだな」
「あたしの眼から見ても、そういうのは構って欲しい子供がやることさ!」
ははははは。
三人で談笑しながら、俺は紅茶と共に頼んだフレンチトーストを咀嚼し喉を通して腹の奥へと。
これから闘うときはしっかりと周囲の後片付けもしなければなるまい。今回は“初犯”なのでこのように悪戯で済んだが、毎回毎回、このような怪奇現象を引き起こしてしまった場合は、さすがにこの町にもとんでもない噂が流布しかねない。そうなった場合、俺達の行動が明るみに出る可能性も否定できないので、できるだけこれからの行動は細心の注意を払う必要がありそうだ。
美味たる珈琲から立ち込める湯気を眺め、刀崎は外を見る。
いつの間にか夕日も沈みかかっていて、差し込む西日は眼を刺激する。その中で輝く少女は、いつもとは違った何かを感じさせる。
「……なあ、あんた。これ終わったらちょっとツラ貸しな」
「……」
頷いた。
俺も、おまえとはちょうど話したいと思っていた頃だ。刀崎とここまで親しくしている人物とは、できれば殺し合いなどしたくはなかった。
だから俺は、もう一度和解の道がないかと賭ける。
「……ねえ、二人とも」
「?」
問いかけるような声はどちらのものだったか。どうでもいい疑問は、すぐさま消えうせた。
「……家族がいないって、どんな気持ちなのかな」
急に冷え始めた空気は、ようやく正体を現す。
夕焼けはやがて闇に堕ち、いつしか俺の見える世界からは失われていった。まるで凍えた風に晒された迷い人のように、少女は俺達に問う。
そこで、俺はようやく理解した。
朝霧はどうかは知らない。けれど、俺が彼女にそれほど敵意を抱くことができなくなりつつあるのは、俺と彼女の境遇が“似ている”からなのだろう。家族が消えるという孤独と絶望を味わった者同士。同属嫌悪などありはしない。同情などでもない。——ただ、同じ痛みを知る者に、更なる傷を負わせたくないのだ、と。
「さあね。少なくともあたしは母親がいなくなっただけさ。そっちの少年がどうかは知らないけど」
「………………」
唇が震える。
俺の核心にして心理的外傷を抉る言葉。されどそれは、決して俺を傷つけようとして向けられたものではない。この優しき少女の問いは、俺や、朝霧。親しくしようと彼女がしてくれている人物を、少しでも理解しようという心の表れなのだ。なら俺は、それに答えなければ。そして、応えなければ。
「どんな気持ち、か。なんだろうな、……すっぽりと穴が開いた感じ、って言葉、よくあるだろ。あんなもんじゃない、と思う。実を言うと、もう両親どころか兄弟のことも忘れ始めてるんだよ、最近は」
——違う。
忘れ始めているのではない。俺は、意図的に忘れようとしているのだ。
楽しい記憶も、辛い記憶も、平穏であった頃の記憶も。全て、総て、何もかもを。この現在という彩りある記憶によって塗り替え、過去に消し去ろうとしているのだ。それは自分の過去の傷を隠すための逃亡であり、逃避であり、思考の放棄。傷は乗り越えなければ人は成長することができない。それはわかっている。もう、何年も前からわかっていたことだ。——けれど俺は、それでも——“傷”と闘うことを諦めた。
「そっか」
「ああ」
それきり彼女は押し黙り、言葉が景色のどこかに書かれていて、それを探すかのように外を眺め続ける。
視線は泳ぎ、されど幽鬼のように浮遊しているのではなく。——そしてようやく、“それ”を得たように俺へと向き直る。
「……わたしはね。誰一人欠けることなく生きてきたよ。だから君の気持ちがわからなかったの。…………知ってたよ、鏡花ちゃんから時々聞いてたんだ。毎日をつまらなさそうに過ごしていて、でもみんなを心配させないようにって頑張ってる君のこと」
「……そんな大したモンじゃねーよ」
言葉では誤魔化していても、気持ちは誤魔化すことはできなかった。
胸の奥底で凍りついた何かが身震いするのを感じた。
まともに話すのは今日が初めて——そんな刀崎が理解できているのだ。きっと俺の芝居はとんだ三文芝居で、茶番で、偽者だと一目で理解できる陳腐なもので。
その話を刀崎に持ちかけた坂上や、きっとその親友である八神も。俺と毎日を共にしているあの二人も、きっと気づいているのだろう。この言葉を告げているのは彼女ただ一人ではあるけれど、いま、この時、目の前には“五人”がいる気がした。
彼女にそれぞれの輪郭が重なり、それらはゆっくりと俺に手を差し伸べる。
「……先生も今朝、言っていたけど。我慢なんてしないで。……頑張っていることを、わたしは……ううん、わたし達は、知ってるよ。泣きたい時には、泣けばいいんだよ」
まったく、と。
俺は口元を引きつらせる。
本当に。俺は焼きが回ったようだ。どこまで他人に心配をかけているのだろう。俺は、そんな言葉を掛けられる資格なんてない。
家族の命を奪ったのは、言ってしまえば俺だ。俺は周りに不幸を振りまく疫病神、だってそうだろう。俺だけが生き残って周りを不幸にするなんて、疫病神といわずに何という。いまは約束があるからと傍にいるが、焔や桜井も、やがて目的を果たしたら俺の下からは去るべきなのだ。
いつまでも続けばいい。この、暖かくて、どこかこそばゆい。そんな、素晴らしき毎日が。
だけどそれは俺の我侭でしかない。
俺という存在に、彼らは暖か過ぎる。俺には、そんなものを手に入れる資格も、権利も、ないのだから。
「ありがとう。……悪い、ちょっと湿っぽくしちまったな。今日はそろそろお開きにするか」
「うん」
言いたいことを言い終えたのだろう。少女は頷くと立ち上がり、——そのまま、俺達は店を後にした。
- Re: 罪、償い。 【第二章第三話-2up】 ( No.59 )
- 日時: 2013/04/09 23:00
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
刀崎を無事に家まで届けた後——その際、彼女は俺が危険だからついてきたのに、と頬を膨らませて反論していた——俺は約束の場所である裏山に到着し、朝霧と共に森林とも言える木々の間を歩いていた。
彼女は今夜、俺が刃を交えるべき相手だ。相手も、その事実は変わらないものだと理解しながらも、互いにこの場で刃を敵に突きつけることはしなかった。
「なあ。これ、独り言なんだけどさ」
切り出したのは朝霧の方だった。俺は隣を歩く彼女に眼だけ向けて、言葉の続きを待つ。
——独り言なら、返事はできない。過去を見据える彼女の瞳が、彼女の物語を紡ぐのをただ待ち続けるしかないのだ。
「あんたも、同じなんだな。そんなところまで。実はさ、あたしもさっきリオねえに言ったこと、半分嘘で半分本当なんだ。……あたしは、親なんかもういない。それにね、引き取り先になってくれた家族も、みんな死んじまったんだ」
同類——、かつてある少女に告げられた言葉が、俺の脳裏に去来する。
彼女はその後立ち止まり、十数メートルほど離れて、捲くし立てるように言う。
——あたしはさ、実はあんたと同じ。こっち側の世界にきちまったヤツで、家族もみんな死んだんだ。
昔はそりゃあ口うるさい両親に囲まれてたさ。大事な弟も、妹もいた。けどさ、ある日、“黒”があたし達の前に現れた。両親は一瞬で死んだよ。あの時、あたしの中に半分ずつ流れてる血で濡れてたナイフをいまでもはっきり覚えてる。
全身、黒いマントみたいな格好した金髪のヤツ。眼は赤くって、ケタケタ笑いながら言うんだ。
あたしが悪い、って。
あたしが力がないばかりに。そして、力の素養があるばかりに二人は殺されたんだって。
それでそいつ、なんて言ったと思う? ゲームをしようって。内容は簡単さ、一時間以内に力を出してみろ。それができなければ、目の前で弟と妹の首を刎ねるって。そして、力が出せた場合で第二ラウンド。一度でもあたしがそいつに攻撃を当てられなかったら、やっぱり目の前で二人を殺す……ってさ。
頑張ったよ、そりゃあ。自分がお姉ちゃんなんだ、両親を助けられなかった非力な自分だけど、何のことかわからないハチャメチャな話だけど、自分にも闘えるんだって聞いて少し嬉しかった。二人を守れなかった。なら、今度はこの二人を守ろう、って。
でもさあ、そいつは馬鹿みたいに強かったんだ。三十分ぐらいだったかな、あいつ目の前で、あたしの両親の死体をぐちゃぐちゃにして遊びやがったんだ。頭の中がガンガン痛くなって、真っ赤に染まって、気づいたらあたしの手の中に槍があって、それで闘おうってしたんだ。……まあ、勝てなかったんだけどね。
つまり、またあたしが弱かったから悪いんだ。全部、全部。あたしの目の前で二人……あわせて、一番大事な四人が、一日に死んだんだ。全部、全部、全部あたしが悪いって何度も何度も責めた。そしてそれ以上に、あたしから家族を奪ったあの吸血鬼みたいな“黒”が赦せないって本気で思った。あんたもきっとわかるだろ、自分だけ取り残される気持ちを。そして、あんたにはわからないだろ。目の前で、自分が弱かったから死んだ弟、妹、お母さんとお父さんの体が少しずつ崩れていくサマを見る気分は。
なんでかそいつは、あたしだけは殺さなかった。本気で切りかかった時に吹き飛ばされて、最後にいなくなる時、あいつは確かにこう言った。
自分は“黒”、異世界からやってきた怪物だ。殺したければ、復讐したければ強くなれ。そして憎め、殺せ、“黒”を殺しまくってみせろ。そしていつか、自分のことを倒してみせろ、って。
……そいつの言いなりになるのは癪だったけど、やっぱり単純に手早く力を手に入れるにはそうするしかなかった。“黒”がいるってわかった町に現れちゃ、そいつらを殺して、殺して、殺しまくって——! いつかあたしの手は、あの日、あたしから全部奪ったナイフ以上に血で穢れちまった。
“黒”ってのは全部殺さなくちゃいけないんだ。
あいつはあたしから全部奪っていったバケモンだ。あたしはあいつを、あいつらを絶対に赦さない。いつかもっと強くなって、あいつのこともぶち殺す。そこから、最後の一匹が死ぬまで、“黒”は残らず殺してやるんだ。
あんたにわかるかよ。“黒”っていうのは人間を殺して遊ぶような連中が多いんだ。例外がいようと知ったことじゃない。こっち側の世界の法則を乱す、ただの異物、ごみだ。世界を腐らせる害虫だよ。腐ってるやつは死んだ方がマシだ。あたしの邪魔をするやつも、みんな殺す。
でも、あんたはあたしと同じだったんだよ。いや、ちょっと違うけどね。でも似たような立場にいるあんたを、できれば殺したくなんてない。リオねえがあんなに仲良くしようとしている、心配している相手を、殺したくない。だから、頼むよ。あんたはこのまま何も知らないってことにして、あの“黒”を……焔を、狩らせてくれよ。
絶対に、邪魔をしないで欲しい。
それだけ言うと、朝霧は唇をぎゅっと結び俺を睨む。頬から垂れる透明の雫は、疑いようのない悔しさと寂寥、憤怒、様々な気持ちが混沌と混ざり合ったものであることに他ならない。
俺はしばらく、彼女にかけるべき言葉が見つからなかった。
朝霧は目尻を拭うと、震える声ではっきりと言う。
「もうあたしは、あたしの大事な人が傷ついたりするのを見たくないんだ。それは、気持ちの面でも一緒だよ。リオねえは優しいんだ。きっと友達の友達でしかないあんただろうと、死ねばきっと悲しむ」
「————なら、他のヤツはどうなってもいいって言うのか」
刀崎の後姿が視界にちらつくと同時、俺はそんな啖呵を切っていた。
「そうだな。俺はおまえの気持ちなんてわかんねえよ。目の前で大事なヤツが死んだってわけじゃない。ただちょっと似た苦しさを知ってるってだけだぜ」
……ああ。なんだろう。
行動原理こそ違うものの、この金髪の少女にこれから言う言葉は、ほんの少し前に言った覚えがある。つまりこいつと“そいつ”は、俺の思うこのことだけを見落としているのだ。俺なんかよりも、よっぽど達観していながら。
「でもな。それって、復讐ってことだよな。……そいつのことが赦せないってのはわかる。俺だってきっと、そいつのことは殺してやりたいぐらい憎むだろうさ。でもな、それで関係ないヤツまで殺すだと? ふざけるなよ」
息を吸い込み、吐き出す。
「それでてめえの家族が喜ぶか? 敵討ちっていうのはまだ、わかる。でもな。その“黒”だからってだけで、そいつを庇ったってだけで死んだヤツらや、そいつらを大切に思ってたヤツらの気持ちを考えたことがあるのか。それは、てめえのただの八つ当たりだ」
「うるさいんだよ……! もう、こうするしかない。仮にいますぐ、もう殺すことをやめたからって、それでそいつらが許してくれるわけないだろ。あたしはもうあのマントのヤツ以上に極悪人さ。恨まれようが知ったこっちゃない。でも、いつかあたしが正しいってみんなわかるんだ。あたしが! 連中を皆殺しにして助かった命だって、絶対にあるんだから」
「かもな」
「……」
それは認めよう。
いずれ“黒”やそれを庇う者達を皆殺しにしたとする。だいぶ理論は跳躍しているし、それでもあいつは間違っていると思うけれど、その果てにあるのは、きっとこいつが正しいと認められる世界だろう。——そりゃあ、当然だ。だってそれは、こいつと違う思想を持つヤツが全員死んだ世界だからだ。
それに俺だって焔に殺されかけた身だ。“黒”を殺せば、確かに助かる命はいくつかあるだろう。だがそれは、普通の人間や『能力者』だって同じことだ。良いヤツがいれば、悪いヤツだっている。だけどこいつは、ただ“黒”やそれに与するヤツだからという理由で殺し続けてきたのだ。それが、正しいと言えるだろうか? 殺しをしている連中にも、焔のようなヤツがいたのだ。全員が全員、悪意に満ちているというわけではないのに。
- Re: 罪、償い。 【第二章第三話-2up】 ( No.60 )
- 日時: 2013/04/10 22:55
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
「……それでも、俺はおまえを認めない。もう一度言ってやる、おまえがやっているコトは、ただの八つ当たりだ!」
ギリ、と奥歯を噛み締めるあいつの顔がはっきりと視界に映る。
こいつは、俺なんかよりだいぶマシだ。
俺はただいるだけで周りを不幸にする。けど朝霧は違うのだ。普通に生きていく分には、何の罪もないただの少女。生き方総てを狂わされたとはいえ、根は優しい、普通の女子中学生であるべき人物なのだ。
そうだ。俺と違って、救いを得るべき人間だ。いつまでもやり場の間違えた復讐などしているべきではないし、その罪はしっかりと償うべきだ。
「なんで、そんなにあいつのことを庇うんだ。あんただってどうせ、殺されかけたんだろ!」
理解できない、と。
どこまでも正直な問いは、純粋であるがゆえに血に染まった瞳と共に俺を射抜く。
けれど。
答えなんてもう、聞かれた時に決まっていたのだ。
「あいつにだって、そうしなくちゃどうしようもない理由があった。だけど別の方法を、俺達で見つけようって、罪を償おうって、頑張ってる」
それに——、
「あいつは……いや! あいつらは、俺にとって、何よりも大事な家族だ。それをてめえみたいな八つ当たり女に、殺されてたまるか——!」
空気が凍る。
肌を刺すような殺気が周囲を支配する。
殺気の主はついに憎悪を剥き出しにし、迷いを捨てたがために死んだような眼を俺に向け、宣言する。
「なら悪いけど、あんたはやっぱり半殺しぐらいは覚悟してもらわなきゃあな」
「やれるもんならやってみな。これでも俺は、あいつらに鍛えてもらってるんだ。そう簡単に倒せると思うなよ」
軽い挑発にすら、朝霧は更に怒りを心頭させる。
「あんた、もうちょい物分りはいいと思ってたんだけどね。やっぱり体に教え込んだ方がはやそうだ」
「その言葉は、そっくりそのまま返してやるよ」
木々の中。
俺と朝霧は同時に獲物を取り出す。——こちらが白銀の刃と漆黒の柄を持つ騎士剣、対する相手は、稲妻の如く鋭利に湾曲した水色の槍。
自分と朝霧以外、全ての時間が停止する錯覚が体を襲う。その刹那、俺は自分の戦力を確認する。
問題なく剣は取り出すことができた。体内を流転する能力の源である精神エネルギーと肉体エネルギーによって全身の活性化に成功。肉体強度は焔と闘ったあの日と同等はあろうスペック。そしてあの日に発現させた炎の能力も、いざとなれば発動させることができるだろう。
——訂正。
肉体スペックは日々の鍛錬の成果から微々たるものではあるが向上。あの夜以上の性能を俺の肉体は発揮してくれるだろう。基礎戦闘力は上がったものとする。
対してこちらは弱体化したと言える。炎の能力、使用不能。俺は未だに自分の能力を理解し切れていない。あの夜に感じた、全身が炎となり燃え盛るような感覚は感じられない。使えるかどうかわからないものに頼るようでは、朝霧瑠吏に勝つことは不可能だ。
時が、動き出す。
動いた。
同時に朝霧はこちら目掛けて飛び出していた。先ほど歩くことによって生まれた距離は、たった一歩によって無に帰した。
槍が迅る。
もはや槍と言って良いのかすらわからない。紫電を纏う一刺しは、間違いなく俺の鳩尾を貫いて致命傷を与えかねないものだ。それを俺は、剣を弾き上げることによって防御する。
正直、ギリギリだ。
俺もあの日から少しは強くなったはずだが、それでもついていくのがやっと。下手をすればこの少女、スピードだけで言うならば焔以上かもしれない。
「くっ……!」
反撃に出ようと剣を振りかぶるが、その前にいつの間にか引き戻されていた槍は再び俺目掛けて解き放たれる。
形ある雷撃と化したそれは、今度は俺の喉を狙い——俺という存在に、殺到する。
反撃をするどころか、完全な防御を許されたのは初撃のみ。俺が攻め手に移る前に、朝霧は槍を何度も何度も突き出して、俺が防御の姿勢を取らざるを得なくなる。そして防戦一方であるにも関わらず、俺はみるみるうちに肉体へ裂傷を入れられていく。
槍というものは、突き出された場合よほど横着でもしなければ必ず引き戻しという絶対の隙が発生する。しかし朝霧の駆る槍にはその隙すら存在せず、この裏山、木々という障害物があるというのに自由自在に槍を駆使して彼女は攻撃を行い続ける。都合六十五号、それだけの槍撃を俺は防ぎ続けたが、一度として無傷で済んだ攻撃は存在しない。まるで林檎の皮を貼り付けたかのように、俺の皮膚は真っ赤に染まり始めている。
それでも、未だ致命傷には至っていない。
十分だ。防ぎきれないとはいえ、致命傷を避けることができている、防ぐ反応が間に合っているというのであれば、それはつまりある程度の対応ができているということ。ならば活路は、必ずどこかに存在する。
「っ、……っ————!!」
だが、速い。
あまりにも速すぎる。
この槍のキレからして、一撃を受けるだけで致命傷は避けられない。それにあいつは、さっきから腕や足の関節、心臓、喉など、戦うにしろ生命を保つにしろ必ず致命傷になる箇所を的確に狙ってきている。このままでは、やられるのは時間の問題だ。
よって、離れた。
このまま打ち合っていれば必ず敗北する。大きく跳躍することにより、俺はこの連続攻撃から離れることに専念する。
だが。
「甘いんだよ」
連続して、今度は朝霧の指先から電撃の弾丸が射出される。
それらはとても剣で弾き落とせるような数ではなく、十を越え、二十を越え、距離が離れれば離れるほどに拡散していく。後方へ大きくバックステップや側転を続け、一歩の間合いは二十メートルほど。それだけの範囲と速度で動いていながら、まるで意志があるように追いかけてくる電撃のそれらは俺を追い続ける。
「くそ……ッ!」
これではとても攻勢に転じることなどできない。追尾するそれらを避けるだけで精一杯だというのに、朝霧はおまけとばかりに多くの弾丸を打ち続ける。
間違いない。このままでは俺は体力を切らし、数を増やし続けた紫電の弾丸に打ち抜かれ、敗北を喫する。
——ここで俺は、一つの浅知恵から生まれた策を弄することにした。
進行方向を切り替え、朝霧へと直進していく。雷撃もよく見れば反応し切れない速度ではない。それらを的確に、当たっても戦いに問題のある箇所だけを回避し、それら以外は体の末端が擦り切れ、焼け焦げるのを覚悟で朝霧へと突っ込んでいく。
相手の顔が困惑に曇る。
ただでさえ電撃が追尾するこの中、俺は相手へと直進を続ける。いつしか五十メートルにまで開いていたこの間合い、弾丸を避け続けるために一歩一歩の幅を縮め、その代わり確実に必要なものだけを回避していく。
「——ようやく、一手!」
「馬鹿かい、真正面から突っ込んでくるなんて、刺し殺してくれって言ってるようなもんだ!」
朝霧は弾丸を撃つことを中止し、再び両手に槍を握り締めて応戦する。
俺の逆袈裟からの一斬を、当然の如く朝霧は槍の柄で受け止め、弾き上げる。——狙い通り。
そのまま俺は転がるようにして朝霧の懐から背後へ回る。……俺を追い続けていた電撃の弾丸は、このまま朝霧を巻き添えにして攻撃をするだろう。古臭い手だが、どこまでも追いかけてくるというのなら、相手を巻き添えにしてしまえばいい。
——しかし電撃の弾丸は、背後から切りかかった俺目掛けて、朝霧の体に触れるギリギリで直角を作って曲がり、それ以上に小さな角度で方向を転換、俺へと殺到する。