ダーク・ファンタジー小説
- 無題 ( No.69 )
- 日時: 2013/08/04 10:54
- 名前: 鬨 (ID: UIQja7kt)
家に帰ってきてから俺を最初に出迎えたのは、珍しく焔の飛びつきではなく桜井の仏頂面だった。
俺が背に乗せて家に運んできた少女と、血まみれ——とはいっても、先ほど言った通りなぜか傷は治っていたのだが——の俺を見て困惑の色を見せたが、そこはやはり外れた側の連中だ。さして驚いた風もなく、リビングのソファに二人がかりで寝かせた。
団欒用のソファとテーブルが朝霧に占拠されてしまったので、俺と桜井は仕方なく食卓用のテーブルと椅子を使って状況説明を開始する。
「……じゃあ、わたしから」
「ん」
と、こうして先に桜井から話させるのにも意味があった。
なにしろ、先刻の俺ほどではないが怪我をしているし、疲労の色も見えた。普段なら俺が帰宅すると必ずといっていいほどウザいレベルの絡みをしてくる焔が、自室で寝ているという話も聞いたし、尋常ではないと判断したからだ。
無論、血まみれになっている俺を見て桜井がその方針を咎めなかったわけではないが、そこは家主の権限を利用させてもらった。
「あんたを狙ってる、“守護騎士”(ガーディアン)……話したっけ、向こう側の警察みたいな組織よ。その一人がこっちに来たから、とりあえず撃退したわ」
「なっ……」
いま、何と言った?
この少女は、いまいくつか聞き逃してはいけないことを言った。
まず。
があでぃあん、とやらは今朝方、ちょうど朝霧から聞いたことだからよしとしよう。だが、俺がそれに狙われているとはどういうことだ? それに、警察に似つかわしい組織であるということは、権限もそれなりにあるはずだ。それを……撃退しただと?
ちょっと待って欲しい。
そうなるとこの少女と焔は——特に焔は、元は“黒”側のテロリスト同然の集団にいたことも手伝って——公務執行妨害に類する罪を背負ってしまったのではないか? なんで俺なんかのために……とまでは考えたが、口には出さなかった。俺もきっと、新しくできた家族が狙われていると知ったら、同じことをしただろうから。
話はわかった。納得もする。だがまた解決しなければいけない問題が増えた。
焔の弟の件、桜井の記憶の件、朝霧の件、——そして今後、“守護騎士”達をどうするかという件。山積みにも程がある。
「それと、その途中。わたし達はそいつに負けそうになったんだけど、別の能力者が邪魔に入ってね。命拾いしたわ」
……さらに問題が増えた。桜井と焔が二人がかりで挑んでも勝てない相手。しかも、一人で我が家に居つく怪物級の連中二人分の戦力を持った相手が、組織のうちの一人でしかないということ。つまるところ、次にそういった手合いが二人で俺達を狙ってきた場合、ほとんど百パーセントに近い確率で、俺達は死ぬ。
だが、悪いことばかりではないようだ。俺達を助けようとするヤツも、一人いる。——やらねばならないことはさらに増えたが、これは目先の問題。その気になればどのようにも解決できる。その『能力者』を探す。次に騎士が来る前に、どうにかしなければならない。
「じゃあ次はあなたの番よ。その子、誰?」
片目を閉じていつの間にか注いだらしい紅茶を口に含み、ついでに俺のほうにもティーカップをひとつ寄越してきた。ありがたく紅茶を一杯注ぎ、俺も桜井に倣って喉を温めた。……アールグレイか。
「こいつは、焔を殺そうとしていたやつだ。昔、金髪の吸血鬼みたいな“黒”に家族を皆殺しにされたらしくってな。それで、“黒”を皆殺しにする——っていうのが、こいつの目的らしい」
「それで、あなたは相変わらずのお人よしぶりで説教をして?」
「……」
「動揺しているところを倒して?」
「っ……」
「見る限り、なぜか大怪我をしたにも関わらずピンピンしていて?」
「……っ、!」
「しかもそんな危険人物を話せばわかると言って連れて来た。そんなところかしら」
「…………大正解です」
呆れた、と言わんばかりに桜井は吐息を漏らした。肩を一度大きく揺らして、本当にどうしようもない——と、その蒼瞳が告げていた。
「まあいいわ。危ないことをするな、なんていうのは、わたし達も言えなくなってきたところだし。……焼きがまわったわね」
音を立てず紅茶を再び胃に放り込みながら、桜井は複雑な表情をした後、やや表情を緩めて言う。どうやら今回ばかりは不問にしてくれるらしく、こちらとしては大変ありがたい対応だ。
「焔はまだ寝てるけれど、よかったら起こしてきてくれないかしら。……あなたが帰ってくるのが遅いから、わたしが料理は準備しておいたから」
「そっか。悪いな、そうさせてもらう」
ティーカップの中身を二人同時に飲み干して、ソファから立ち上がる。桜井はキッチンに消えていき、俺は言われた通りドアノブをまわして廊下へ出る。
……そのまま、俺は壁にもたれかかった。
苦しい。全身を言いようのない苦痛が襲ってくる。リビングにいるときは我慢するのがとてもつらかった。……心配をかけるわけにはいかない。おそらくは先ほどの、雷の能力を使って強引に身体能力を向上させた反動だろう。俺の不摂生で、あいつに嫌な想いをさせるのは御免だ。
顔を顰め、いつまでも廊下にいては気づかれてしまう、という理由で、なるべくゆっくりと階段を上がる。焔には悪いが、いま“あの勢い”で飛び掛られたら、痛みに耐えられる自信がない。
休息をかねた階段登りは、十数秒で終えてしまった。覚悟を決めて俺は焔に割り当てられた部屋の扉をノックする。
一、二、三。
「入るぞ」
返事がないので、さらに十秒ほど開けてから部屋に入る。
扉の隙間から廊下の明かりが部屋へ差し込み、焔の姿が目に入る。夏場だからか、薄いタオルケットを体にかけて、ぐっすりと寝込んでいるようだ。不意打ちに用心して、部屋の中に一歩ずつ侵入する。ちら、と横目で部屋の内装を見ると、いつの間に買ったのか、そしてどこから手に入れた金で買ったのか、いくつかの家具がかわいらしく飾られていた。自分の例の姿とかけているのか、狐の模様に刺繍がされたカーペットまで敷かれている。
……まあ、そこは寛大に流すとして。
「焔、飯だぞ」
つんつん、と頬を何度かつついて起こすことを試みる。
起きない。
仕方なく体を揺する。
……起きない。
「…………起きろ、じゃないと朝飯も抜きにするぞ」
「!?」
起きた。
勢いよく上半身を起こした焔の額が、ちょうど俺の額に激突しかけたので、そこは自分でも驚異的と思えるほどの反応で回避。——そう簡単にお約束になってたまるものか。そういったフラグは立った傍から一本一本、確実に始末してくれる。
「あ、来人くんおはようございま……なんですかその格好!?」
「……後で桜井に聞いておいてくれ、何度も説明するのは面倒くさい」
もうひとつ理由を挙げるならば、おまえが狙われてたからそいつをやっつけた、なんて言えばどうなるかは薄々予想もできたからである。そういうフラグもまた回避。何度でも避けてみせるさ、俺のフラグ一級解体士っぷりをナメてもらっては困る。
「えぇぇぇえ……心配ですし、教えてくださいよぉ」
「やーだー、ひっつくな」
両腕を伸ばして抱擁をかまそうとしてきた焔だが、その額を押して再び上半身を倒させて回避。すぐさまダルマのように起き上がって腕を伸ばしてきたのは予想外だったが、それも華麗なステップをしてさばききる。
「そんな素晴らしい反射神経で拒否をされると、さすがに傷つきますね……」
「とか言いつつ、次の瞬間にはおまえ、すぐ戻ってるだろ」
「言い返せないのがとても残念です」
「いや、否定しろよ」
「うふふ」
俺は溜息と共に、焔を起こすという役割は果たしたため、のんびり階段を下りて一階へと向かい始めた。——階段から降りた途端、焔が全力で背中に飛び乗ってきた。こいつはそのうち折檻が必要だろうか。
- 7 ( No.70 )
- 日時: 2013/08/07 16:53
- 名前: 鬨 (ID: UIQja7kt)
「……」
上から、焔と来人の声が聞こえる。相変わらず騒がしい二人だ。
けれど、そんな二人がいるからわたしは毎日を楽しく過ごせているのだろう。その事実を改めて噛み締めた。……自然と緩んでいた頬が、少し気に食わないけれど。
深海のように青い髪を手で梳く。料理の途中に髪が邪魔になるが、ここまで伸びてしまっていまさら切るのはもったいないという貧乏性がそういった『自己管理』の邪魔をしていた。
ハム、白菜、玉ねぎ、人参、じゃがいもを手早く切り、アクを抜くためじゃがいもを水にさらす。ついで、電気で熱するタイプのキッチン……なんというのだろう。後で来人に聞いておくとしよう。とにかく、ガスコンロの代わりに調理用の熱を提供してくれる機械を起動。しばらく待ってからじゃがいもと人参は塩水で茹でた。
あとは鍋にオリーブオイルを熱し、ハムと玉ねぎを先に炒める。それにやや遅れ、白菜、じゃがいも、人参を放り込んだ。
……だんだん鼻を野菜独特の匂いが包んできた。我ながらなかなかの手早さ、これなら和食派の二人であろうと洋食の素晴らしさを知ってくれるだろう。
——と、そんなこだわりというか、好みはさて置いて。
炒め終わった野菜をしっかりと確認し、水と固形コンソメを加えて透明の蓋を鍋にかぶせる。すぐに蒸気で蓋が水滴だらけになるが、時々蓋を開けてアクを取ることを忘れない。人によっては味には大差がないとのたまう馬鹿者もいるが、何より見た目が美しくない。徹底排除である。
弱火に位置するところまで熱を弱め、そのころ。ソファで布の擦れる音が聞こえてきた。
「目が覚めたのね」
「……誰、あんた」
キッチンの中から少しだけリビングの少女を見る。金髪碧眼。わたしも人のことは言えないが日本人離れした姿だ。……なぜかわたしは名前からして日本人なのだが。顔も然り、である。
わたしはその少女——そういえば、まだ来人から名前を聞かせてもらっていない——を見てから、しかし見た目には興味を失って料理の様子を見る。いつの間にかたくさんアクが出てきてしまっている。美しくないにもほどがある。駆逐開始。
「桜井明。……あのお人好しの同居人よ」
「うわ。ってことはここ、あの馬鹿の家かよ。二人も家に連れ込んでるのな……」
「わたしもあなたが追っているっていう焔も、無理やり押しかけたようなものだから。あまりいい言い方じゃないわね」
「……よくなんもされないね、あんたら」
「あの狐に言い寄られても手を出さないくらいのへたれだから」
リビングの方からくすくすと笑い声が聞こえてくる。話を聞くだけでは戦闘狂の部類かと思っていたが、あまりそういった印象は受けない。印象だけかもしれない、と油断をしないことを忘れないようにはしているが、とにかく第一印象はそれほど悪くない。が、しかし。
「あなたのいう“馬鹿”は、一応わたし達の家主だから、怪我をさせた責任として少しお仕置きをしてあげたいところだけど……」
「……」
「やめておくわ。そういう仕返しが意味がないというのは、散々馬鹿から聞いたし」
一瞬だけ警戒心を剥き出しにしたか。部屋の空気が素早く“行ったり来たり”したのを感じた。まったく、わかりやすい。“そういう性格”ならば、確かに来人の言っていた直情的な行動に走るのも頷ける。
支度を終えたスープの蓋を開ける。同時に、平行して焼いていたハンバーグを盛り皿に四つ。スープカップにもしっかりと四人分スープを注ぎ、ハンバーグの皿に刻んだキャベツを盛る。
少し簡単になってしまったが、こんなところでいいだろう。わざわざ挽肉から捏ねるのは本当に面倒だったが、せっかく人に食べさせるのだから市販の“温めるだけ”のハンバーグでは味気ないだろう。というわけで、面倒を無視してしっかり上手に焼けました。
「申し訳ないけど、そこにある台拭きでテーブルを拭いておいてくれるかしら」
「……なんであたしが」
「せっかくあなたの分も作っておいたんだけど、要らないなら仕方ないわね。明日、焔と二人で分けるわ。本当に残念だわ、作りたてのほうが美味しいのだけど、お客様が要らないというなら……本当に仕方ないけど、冷蔵庫に入れておくわ」
……わざと軽く毒を吐いてみる。
「……、…………チッ」
篭絡完了。
わたしもあまり人のことを言えないが、この家に住む人間——あと異世界の怪物一匹——は脳みそが胃袋になっているのではないだろうか。家主も普段はあまりそういった側面を見せないが、焔の和食やわたしが時々中華を作ると健啖家らしいケを見せる。焔は食事抜き、という罰を実際にやったことはないが、ちらつかせるだけで簡単に靡く。……わたしはというと、たぶん拗ねて自分で作る。
一人でモノローグに浸っていると、金髪乱暴口調少女は終わったよ、と声をかけてきた。無言でわたしはテーブルに料理を乗せていき、できれば皿もそれらしいモノのほうが気分も出るのだが、この家には広い皿が壊滅的に用意されていないため、米を茶碗に盛ってこれらも乗せる。ハサミ、フォーク、スプーン、あと一応の箸はそれぞれケースに入っているためケースごと持ってきた。
それと同時に、焔と来人が部屋に入ってきた。焔が来人の背中に顔を埋めながら両手を胸に回し、来人のほうは心底うっとうしそうに手を払っている。
……さて、この二人のスープに氷でも突っ込んでやろうか。
「……お、起きたのか、朝霧」
「……」
朝霧、と呼ばれた少女はそっぽを向いて着席した。
——で、焔がその少女を見て目をカッと、見開いた。
「な、な、な、なあああにを連れ込んでるんですかあああっ! 来人くんまさかロリコ」
「桜井、焔の飯は抜きでいいぞ」
「あ、嘘ですごめんなさい」
当の本人、渦中に突如として落とされた朝霧はさすがに動揺した様子で焔を見る。——こんな馬鹿だったのか、と目が語っている。
そうだ。二つ名が有名になるほど強力で、どちらかというと黒い噂も多いこの女が、まさかこれほどまで“馬鹿っぽい”空気を漂わせているとは誰も思うまい。初めて会ったときこそ、尋常ではない威圧を感じたがいまとなっては胃袋を掴んでしまえばどうとでもなる。……本気の殺し合いは勘弁して欲しいが。
それはともかく、だ。
「……いやあ。私をやっちゃおう、なんて言うからどんな人かと思ったら、わりと……」
……焔は廊下で事情を聞いていたのだろうか。さすがにどんな見た目かは聞いていなかったらしいが、改めて会話となると落ち着いた雰囲気だ。先ほどまでの馬鹿さ加減はどこへやら、見た目相応の冷静な空気を纏って、少女を見つめる。
「……なんだよ。あたしはあんたを殺しに来た。それが、なんだってんだい」
「いいですよ? 勝負をしましょう。ちょうど貴方も私も事情があって手負いですし、条件は似たようなものでしょう。その代わり、条件があります」
来人が焔に食って掛かろうとするが、焔は珍しく彼の頭をさすってから身をかわす。
「貴方は私が負けたなら殺して構いませんよ。その代わり、私が勝ったらこの家にしばらく滞在して、じっくりと考えてみて下さい。自分が何をすべきか、ということを。ああ、それと——」
頭を何度か掻いてから、焔は言う。
「せっかく明さんが作ってくれたんです。先にご飯にしましょう」
にっこりと。
これから殺されるかもしれないというのに、笑みを浮かべた。