ダーク・ファンタジー小説
- 第二話−異形と少女と槍と弓− ( No.9 )
- 日時: 2013/02/01 19:59
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
——深夜。
雲が風に流され、月を覆い隠し始めた空をわたしは見上げた。——明日は曇りだろうな、なんてことを感慨もなく思いながら、路地裏を一人で闊歩する。
この街には、異世界の住人やわたしの同類が数多く住み着いている。……それも、同類達はほとんどが自分の力を扱えず、気づいていない状態だ。言ってみれば、わたしは自分でスイッチを入れることのできる電気式ポットで、今の連中は他人に動かしてもらえないとお湯すら吐き出せないやかんと言った具合だ。しかも、自分で湯を沸かすこともできない。
少し小突けば、何人かは自力で“そういったこと”が出来るようになるだろう。その最有力候補が、あのぱっとしないヤツ。
————今から話は、千五百年前に遡る。
当時は様々な場所で自分たちの領土や格を決めるために争いが起こっていたという。その中で、自分達に何か不思議なことができれば、と無力さを呪い続けた人達の共通意思が原因で、わたし達人間に異能が宿るようになったのだとか。
尤も、力を与えられたのはごく小数。わたし達は自身に与えられた力を、同類以外には隠して生活していった。
戦時中こそそうした力は重宝されるが、なにしろ人間が種も仕掛けもなく火花だとか水流だとかを操れるのだ。普段は恐れるべき対象として、迫害されるべき存在。こうした“常識から外れた者”は自分の本来の力を隠して生活していかなければならない。でなければ、社会に適応することができず、適応しようとしても強引に弾き出されてしまうのだから、こればかりは致し方ない。
そういった力を得たわたし達は、各々のために力を行使し始めた。ある者はただ節約目的でぽんぽん力を家の中で安売りするやつもいれば、自身が異能を扱えることを吹聴し、傭兵として荒稼ぎするやつまで。大抵後者は後々に使われた派閥に、危険因子として排除されるか、それを防ぐために抗戦するのがオチなため、最近はそういった馬鹿の姿もない。何もわたし達は血なまぐさい争いが好きなわけではないのだ。
兎角、こうした異常現象は秘匿されるのがわたし達——『能力者』の暗黙の了解となった。
科学的なモノが介入する余地はないが、原理としては自分の精神力や肉体エネルギーを力の源にして吐き出している。だから、そうした力は魔力と表現しても差し支えはない。だからわたし達を、かつて魔術師だとか、錬金術師だとか表現した連中もいたらしい。過去に非科学的なことをやってのけて大成したヤツは、たいてい能力者だ。尤も、本当に魔法とか錬金術とかがあることも否定できないから、全部が全部そうとは言い切れないけれど。だからイメージ的には、杖とか箒とか、魔方陣を扱わないタイプの魔法使い——そう考えても問題はないのではないだろうか。
……しかし、そうしたわたし達能力者の誕生は良いことばかりだけではなかった。
急な力の誕生は、この世界そのものに歪みを生んだ。当時能力が生まれた時には、どこもかしこも人間が荒み、動物達は捕食され、木々は切り倒され、歪みを押し付ける先がなかったのだ。
だからこの世界は、もう一つ似た世界を作って、そこに新たな住人を生み出した。
わたしも深い話は知らない。だけど、そいつらは生まれた時からわたし達能力者を遥かに上回る力を持った、動物と人間の姿を行ったり来たりできる怪物だった。しかも例えるならば、……そうだな。闇だとか精神破壊だとか、そういう五大元素に一切関連性のない力を用いていた。
わたし達能力者は、“この世界”によって力を与えられた。だから当時のわたし達の世界では、自然現象を誇張した場合に見られるような異能しか、与えられることはなかったのだ。
だが、反対に。異界の住人達は五大元素の能力を扱わないようだった。わたし達がいることによって生まれた歪みを背負って誕生したのだから、それは当然といえば当然だが。
中には人間の文化に憧れるやつもいて、能力者達を見かければ友好的にする異界の住人もいた。だけど大半は、自分達の誕生そのものを恨んだ。その怒りの矛先はもちろん、そういった歪みを自分達に押し付けた人間達————、
わたし達能力者は上位になればそちら側へ通じる門を開くことができる。異界の住人達も然り、強ければ強いほど巨大で、多くの仲間が通れる門が開ける。
恨みは募り、不和はやがて、互いを潰し合う闘争へと姿を変えて、ひっきりなしに互いに門を開く能力を悪用し殴り込んでばかり。やがて双方の中で急成長を遂げたやつらが温厚だったおかげで、喧嘩両成敗、両方を無理やり和解させたとのことだ。
その後、能力者や異世界の住人のハーフもちらほらと。彼ら異世界の住人は人間の姿も象ることができ、双方が納得のうえで恋愛をすることもあった。
結果として、昨今の“こちら側”は自然現象の誇張である『自然系能力』は能力者が、歪んだ力である『不定系能力』は異界の連中が、という常識が通用しなくなった。ハーフがいることも理由のひとつだが、過去にひっきりなしに門が開かれた影響で、互いの世界の法則が入り混じってしまい、両者はソレに感化され、互いの世界にしか本来有り得ない力を持つ者も出てきたのだ。
————さて。そんな異界の連中とわたし達の見分け方は、生まれた時から既にとんでもない力を持っていた場合大抵は前者。そしてある程度力が自身に馴染んでいるやつの場合は、自分と似た気配であるか違う能力持ちの気配かを判別できる。わたし達異常者だけが扱える、レーダーのようなものだろう。この二つが能力者か異世界の住人かを見分ける方法だ。
戦争を終わらせた過去のお強い人のおかげで、今は能力者も連中も仲良くやっている。けれど——かつて異界の連中……ああ、思い出した。“黒”(クロノス)っていう種族だった。そいつらの中には、能力に目覚めていない能力者達を片っ端から殺す連中がいた。ソレに誘発されて、殺しを平然とする能力持ち達も存在し、最近は新しい能力者が減少傾向にある。
だが————そんなことは、わたしが赦さない。
仮にもわたし達は同じように表社会から隠れて、共に生きていくべき仲間なのだ。それを娯楽やゲーム目的で潰して行くようなことは、許されざる悪徳だ。殺されそうになって、自分から諦めるような軟弱者を助ける義理はないけれど、生きようとしているヤツを殺すなんて、絶対に許さない。
正直に言おう。わたしは去年までの記憶がない。誰かから、親元に引き離されたという記憶しか残っていない。……いつ、こんな力に目覚めたのかも分からない。ただ自分の名前が、桜井明(さくらいあかり)なる平々凡々で面白みもないものであることぐらいしか思い出せないのだ。
きっと、能力者や“黒”達を追いかけていけば答えは見つかるだろうと信じているのも、こうして放浪し続けている理由でもある。こんな知識しか最初の私には残っていた無かったのだから、そうとしか思えない。そう、信じている。
この論が正しいと仮定するならば、わたしが最近行っている能力者の救済は一石二鳥だ。そして……わたしはこの街に、今日やってきた。きっと今日こそは、連続失踪事件の犯人を見つけ出すことができるだろう。なにしろ、最近はこの街で連続失踪事件や連続殺人事件が繰り広げられているのだから。
この街に来てみたところ、今まで消されなかったのがおかしいぐらいに力に目覚める兆しのあるヤツを見つけた。それもまた、今からわたしが追いかけようとしている少年だ。
とりあえずはこいつをつけていれば、やがては探るべき相手が見つかるだろう。
- Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.10 )
- 日時: 2013/02/01 20:03
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
「……さて、と」
今日は昼間から追いかけておいて正解だった。こいつの家を発見できたことだし、明日はこいつを朝から一日中追いかけておけば、異常にも遭遇できるはずだろう。
少年が玄関の戸口から入っていった家をじっと睨み、足に思い切り力を込めて飛び上がる。ふわりとした感覚に全身が包まれて、本来なら有り得ない十メートル以上の跳躍を可能にした。
これが、能力の使い方。異能を操る者の力が強ければ強いほど、その者の身体能力も能力を用いているときに向上していく。
わたしの記憶があるのは……一年前からだ。その頃はふと、路地裏で目が覚めて、なんでか知らないけれどこうした異常なことばかりの知識がぐるぐると渦巻いていた。自分のことは名前しか分からないというのに、知らない知識ばかり頭の中にあって、正直最初は困惑した。
なんとかわたしはこうして生きていられるけれど————きっと、幸運だったのだろう。
そんな不幸中の幸いを噛み締めながら、わたしは少年の家の屋根へと着地した。もう雲に隠されつつある月を眺めながら、静かに私は目を閉じ、天井に腰を掛ける。
……明日からは、本格的に動き出さなければならないのだ。今はここで、休まなければいけないだろう。
————意識は昏い海へ沈んでいく。再び活動するため、休息を求める睡眠というよりも。まるで、ゆっくりと死へ向かうかのような眠りだった……。
* * *
——夢を見るようなこともなく。わたしという意識は、何の苦を訴えることなく蘇生した。
まずかった。久々にまともな睡眠を取ったために、少し寝過ごしてしまったようだ。家の中の気配を探ってみるが、既にあいつの気配はそこにはない。きっともう学校へ出てしまったのだろう。
幸い今日は、最近の事件の影響で人通りが少ない。度重なった幸運に感謝しながら、わたしは屋根伝いに家と家を飛んで行き、道のりという本来の距離を長くする概念を取り除いていく。
顔に当たる風は、この真夏の中に涼しさを与えてくれてとても心地良い。髪をかきあげて、そのままヤツの気配がする方向へと向かう。
能力者や“黒”は普段、自身から毀れる異能の力をカットしている。でなければ気配がモロバレで、敵対者には簡単に見つかって叩かれる。闘っている最中で、ようやくそれらが垂れ流しにされる。遮断中の気配を読めるのは、感知系の能力や道具を持っているやつだけだ。
だが、わたしにはそういった力がない。なのに何故分かるのかというと、原因はあいつにある。
能力者は自分の意志で気配を遮断しない限り、力を自覚してなかったり、まだ使えるようになっていなくても気配を凄い量で垂れ流す。無駄に自分の力を吐き出しているのだから、中途で体調不良を起こす者もいるらしい。
つまり——、今のあいつは力のあるヤツからすれば、格好の誘蛾灯ということだ。
「せいぜいわたしが辿り着くまで、ヘンなのに会わないでよね……」
屋根を飛び続けて、わたしは一人呟いた。
あれだけぷんぷんと匂いを漂わせているのだ。蛾(れんちゅう)だけでなく蝿(かりゅうど)も呼んでいるかもしれない。
最後にわたしは、思い切り足に力を込めて、朝日に照らされながら飛び立った。
* * *
学校——、そう門に記されていたのを見つけた。
学び舎とは総じて、関係者以外が入りづらい場所。わたしが今ここへ入っても、怪しまれることだろう。そして能力者達もこんなところにいたとしても、わざわざ人目につく場所で暴虐を尽くすこともないだろう。自身の存在そのものを秘匿せねばならない“黒”達ならば尚更だ。そのため、学校というところは意外と強固な要塞なのかもしれない。
時計を見ると……十二時半過ぎ。昼食を取っている頃だろうか。わたしは学校という場所の記憶もない……ただ、食事をしていてもおかしくはない時間だと思っただけだ。
食事とは基本的に室内で摂るものだ。なら、敷地内に入っても、校舎に入らなければ誰かに鉢合わせするようなこともないはず。————少し、あいつがどうしているのか様子見をすることにしよう。
気配はとりあえず、一階にいるのが確認出来た。この学校には今のところ、あのぱっとしないやつぐらいしか目覚めそうなヤツはいないことも分かる。それとも、ここにいる力を持つ者は、あいつ以外全員が能力に目覚め、自覚し、正体を隠しているのか。
どちらにせよ、現状わたしが目をつけるべき相手は一人しかいない。
目的は決まった。わたしは意を決して、然るべき相手のいる部屋——の、窓の外へと進んでいく。
がさがさ、と。中庭を掻き分けて進むわたしは、我ながら少し無粋だ。こんな平和なお昼時に不法侵入など、本当はしたくなかった。
窓の外からじっと見てみると……ああ、いた。あのなんか毎日毎日退屈で仕方ねえよ畜生って言いたげな、不満な顔。何度見ても、そんなに退屈ならとからかいたくなるタイプだ。
「ふうん……」
近寄れば近寄るほどに信じ難い。まだ目覚めていない能力者の割には、随分と大きな力を持っているようだ。こんな法外な力を持っておいて、何故今までこいつは放置されてきたのだろう。わたしが殺戮者と同じ考えを持っていたら、この街で真っ先に殺しにかかるというのに。
じっと少年の顔を見つめる。……なんという名前なのだろう。窓越しからだと、何を言っているかも聞き取りづらい。向かいの席には二人の男女がいて、深刻そうな顔をして会話をしていた。
最近この街で起きている事件は、一般人達にも分かるほど明るみに出ているのだろうか。それとも、別の事件か。わたしにはあまり関わりのないことだが、少し気になる。
「って、やば……」
わたしの視線に気づいたのか、あいつはこちらを向いて、事もあろうかわたしのことを指差しながら向かいの二人に何か言っている。見かけない顔だとか言っているのだろうか、余計なことをしてくれたものだ。
知れず舌打ちを漏らしながら、やつが顔を横に背けてる間に、一気に足に力を込めて飛び上がる。そのまま力を用いて、一気に壁を駆け上がった。
ある程度の速度さえあれば、壁だってこうして水平に走れるものだ。窓を踏みつけないように気をつけないとならないが————と、思案しているうちに一気に屋上へ。
「危ない危ない。見つかるところだった……」
自分でも大げさと思うほどに肩を竦めて、屋上の柵を飛び越えながら、下を見下ろす。
ちょうどそこには、あいつがわたしがいなくなったことを不審がって、窓から顔を出している光景があった。
……あれ。もしかして今、わたしは本当に見つかるかどうかの瀬戸際だったんだろうか。だとしたら反省、次からは追いかける場合、絶対見つからないような方法を取らないと。
「ま、ここにいる間は安全ってことよね」
そのまま屋上にいて、退屈な時間を数時間、転寝(うたたね)して過ごすことにした。
——で、しばらくして目が覚めたら、いつの間にやら夕暮れ。なんというか間抜けな鐘の音が聞こえてきて、くすりと笑い、起き上がることにした。
「……さてと。動きはまだないみたい、……?」
……異変が、あった。動きも既にいくつかあった。——あの少年はかなりの速度で、移動している。
不思議に思って校門を見てみると……ああ、あの馬鹿。無闇にヘンな方向に走っている。絶対に妙な気運に当てられて、冷静な判断力を失っている。
——と、いうことは。本当にヤツは、なんとなく違和感を覚えるぐらいには目覚めかけているということだろうか。だとしたら……今日中に何かを呼び寄せるやもしれない。
なんというか短絡的な結論の導き方ではあるけれど、わたしにとっては好都合だ。ああいうタイプは事情を話せばしっかりと順応してくれるし、わたしは能力者狩りを見過ごしたくない。そしてわたしの記憶も、“そういうこと”をしているやつらに聞けば少しは手がかりが掴めるかもしれない。
……やることは決まった。昨日からずっとしていることではあるが、あいつを追いかける。
「……近いわね」
学校へ向かった際と同じように、わたしは屋根を伝って駆け続ける。
すると——やはり、いた。あいつを追いかけてきているヤツが一匹。しかしこの相手も随分な三流らしい。……“黒”、か。わたし達とは違った匂い。だけど気配を隠すことすらできないなんて、よほど弱い相手らしい。
だが、いくら三流とはいえ能力が使えない一般人相手に、“黒”の存在は致命的だ。生まれた時から低級の“黒”でも拳銃の弾丸ほどの惨状は両手両足で当然のように生み出せるのだ。一般人なんかが武装したところで、勝てるわけもない。……目をつけられれば、近くに能力者の助けが無かった場合、その時点でお終いだ。その“死”の気配がまた、近い。限りなく近い。多分わたしとは違う方角であいつをつけていると見てまず間違いないだろう。
- Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.11 )
- 日時: 2013/02/01 20:05
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
「————間に合うといいけど」
地面を蹴り跳躍する。
再び力を込めて、建築物の屋根に白い空気の波紋が広がる。気に入ってはいるこの藍色の長髪も、今となっては少し邪魔くさい。
「よし」
もうすぐで追いつく。いつの間にか空も月が出かけている。あいつも随分と無理をして走り続けている。もしかしたらわたしに対して感覚が働いていて、余計に逃げているのかもしれない。だとしたら面倒だ。——少し、力を遮断して普通に追いかけてみようか。
「……ふっ」
地面目掛けて四十五度、鋭く角を描いて飛び、自分でも賞賛したくなるほど軽やかな着地に成功する。
なんというか、今まで能力に頼っていた分、ああして普通に走っているやつに追いつける自信がない。だけど確実性を求めるのなら、多少のリスクは必要だろう。そう、渋々と自分に言い聞かせて後を追い走る。
————気配は、更に近づいていく。
どう過大評価しても、アレはわたしには及ばない。そもそも気配を移動しているときから思い切り漏らすような“黒”は三流、何度も言うが普通はしない。能力者ですらある程度力を抑えれば、身体能力に補正をかけても気配は消せるというのに……。
わたしは念のためとしてこの方法を取っているが、本来なら必要のないぐらいだ。飽くまでも、あいつが感知系統の能力を目覚めさせかけているのだとしたらという仮定の上。わたしなら、身体能力だけに補正をかけながら気配を消すなんていうことは、普通にできる。
「それにしても、速いわね……」
能力を完全に切った途端にこれだ。あいつはかなりの前方で息を切らしながらとはいえ、わたしよりだいぶ上な速度で走っている。
死に物狂いとはこういうことだろう。後先はもうどうしようもなく、ただ全力で走るしかない。そうすることを強いられているあいつ。……けれど、すぐに詰む。“黒”が相手ともなれば、きっとあいつは殺される。
「……?」
路地裏に走っていったかと思えば、あいつは突然動きを止めた。
くつくつと何か笑い始めて、正直言うと気味が悪い。なにか自嘲じみたことを呟いているが、ここからでは上手く聞き取れない。——距離にして、およそ三十メートル。
あいつの背中をじっと見つめ続けていたら————、それは現れた。
「————あれが、犯人……」
まるで悪魔のような形だった。
本来動物が妖怪じみた姿をしているか、人間の姿をしているものなのだ、“黒”とは。だというのに目の前のアレはなんだ。大した力もないくせして、残虐的な形状(フォルム)といい、ぼろ布のマントといい、真っ黒な肌といい、鋭利な爪、極めつけに禿げた額から伸びる赤い角。
聖書に出てくる魔物に酷似したそいつは、あの少年を危険と表現して襲い掛かった。
「っ————!」
咄嗟に後退したあいつの判断は正しい。日本刀を用いた戦闘方法ではあるが、如何せん距離が遠すぎた。漆黒色の日本刀は少年の胸だけを裂くに留まり、……第二撃。
それもまた、偶然か実力かは知らない。だが転がって回避をするどころか、あいつは眼前の敵目掛けて鉄パイプで斬りかかるように反撃に出た。
「へぇ……」
————気に入った。
無謀。蛮勇。勇気とは程遠い、どちらかといえば負の念に強いものではあるが、あいつは絶対に勝てないと自覚している相手であっても、自らの命を守るためならばと決死の覚悟で相手に挑んだ。
絶対に諦めない、その姿勢。——あそこで諦めるならばそのまま殺されても仕方がないか、とどこか冷ややかな目線も送っていたが、十分だ。あれならば助けてやっても、いずれわたしにも見返りがあるかもしれない。
まあ、元々新入りの能力者殺しという愚行も気に入らなかったし。余計に助けてやろうという気になった。
再び少年へと迫る刃。——視認すると同時に、わたしは足に全ての力を込め一気に駆ける。
やつは完全に遊びが入っている。今のあいつの太刀筋と比べれば、わたしがこの距離を埋めきるという行為のほうがよほど速い。
あいつは目を閉じ、次に来るであろう痛みを堪えようとしていた。いいだろう、ならばその痛みも与えないことにしてやる。
————ギンッ!!
奏でられる凄絶な金属音。わたしの耳にもキーン、と響く高音は、されど少年が未だ存命していることを立証した。
わたしの手には、……わたしの能力である、氷。それを用いて形成した刃を持つ、普段は柄しかない短刀が握られている。今、行ったのは心臓へと迫った刃を、単純に弾き上げただけのこと。
悪魔じみた“黒”は驚き、数歩退いた。今の切り上げで、一緒に腕の腱でも逝ったのか、耳障りな悲鳴をあげている。
「呆れた……」
髪をかきあげ、ただ一言。
完全に近づいた、今だからこそ分かる。本当に、——なんで今日、わたしがあいつを付回すまで何も起こらずに済んだのだろう。まったくもって不可解だ。
「運が無かったわね。今まで何もなかったのが不思議なぐらいよ、こんなに匂わせてれば消しに来るのが普通」
まったく、本当に運がなかった。
こんなに巨大で目立つ兆しを見せていれば、こうして異能の世界へと足を踏み入れざるを得なくなってしまう。そして目の前の怪物も、運がない。
なにしろわたしが目をつけた相手に、危害を加えたのだから。——然るべき罰は受けてもらおう。
「なん、——……」
背後ではこの、一般人から見れば奇妙奇天烈極まる状況に驚愕する少年の声。
……それも、当然か。なにしろこんな、自分とは今まで何の縁もない騒動に巻き込まれているのだから。
「お前は、一体……」
ああ、まったく予想通りの言葉。納得もいく。
何故わたしが自分を助けたのか。あんな見た目が化物なやつの攻撃を受け止めて、初撃で絶叫させた。そして感じたであろう冷気。聞きたいことは、山ほどあるだろう。
だけど今は、そんな暇ではない。答えられる質問にだけ、簡潔に答えさせてもらうとしよう。
- Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.12 )
- 日時: 2013/02/01 20:08
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
「————能力者。あなたの同類よ」
「…………!?」
“能力者”と自身や俺を呼称した少女は、幽鬼のようにゆらりと……しかし確実に、俺を殺そうとしていた異形へと向き直った。
悪魔は舌打ちをすると大きく後ろへと飛び退き、しかし少女はそれを赦さず悪魔が退く以上の速度で倒すべき相手へと向かう。悪魔が突風ならば、少女は神風。悪魔もまた俺を殺そうとしていた時は、かなり遊びが入っていたと見える。野球選手の投球以上の瞬間速度で逃げる悪魔。
同時に。瞠目すべきは、俺と同い年ほどの少女が、目の前であんな怪物を相手にして速度勝ちしているということ。
「ッ————マサカ、コンナトコロデ……!」
「さっきから聞いてれば、お喋りが過ぎるわ。呂律も回ってないし、聞き取るのが大変。だからいい加減、黙っていてもらえるかしら?」
怪物の言葉を遮るように、徒手空拳で挑みかかる藍色。今になってようやく服装が分かった——あんな恐ろしい力を持っていながら、年齢相応。黒のロングスカートに、薄地の赤い上着。全身像が見えたのはこれが初めてだ。
つまり、それだけ奴らは一瞬で距離を開けたということになる。人間技とは思えない……否、事実人間技ではないことを平然とやってのけるこいつらは、一体何者なのか。
眼前の少女(あいつ)と同類と呼ばれた俺は、一体なんだというのか。
「はっ……!」
「コノ……!」
状況は圧倒的に少女が有利だった。俺にはもはや何がなんだか目すら追いついていないが……どうやら刀を振り回しているらしい悪魔の攻撃を、全て紙一重で避けながら、一切の傷を負わず、じりじりと距離を詰めていく。
時折硝子が割れるような音がして、二人の周囲には透明の結晶が散っていた。
「————なんだよ、これ……」
理解が及ばない。なんだ、この状況は。
常識では考えられないような場所に放り込まれてしまったというのか、俺は。確かに吸血事件だなんて、失踪事件だなんて常識では元々考えられるようなものではないが。——まさか、ここまで常軌を逸していたなんて。
————ガンッ、キンッ!
目の前では……ようやく、目が馴染んできた。
時折あいつは、柄しかない短剣
スチレット
の先に、信じ難いことだが透明の刃をつけて日本刀の攻撃を軽々と受け流している。しかも大半は、ただの身のこなしだけで、平然と。
だから周囲に、透明の結晶——この冷気からして、氷が飛び散っているのか。俺はようやくこの状況に理解を示し、しかし同時に更なる疑問を呼んだ。
————本当にこいつらは、一体なにものなんだ。
日本刀を街中で平然と振り回す悪魔。それを圧倒して余りある、短刀を持ち、冷気を操る少女。
超常現象……不意に俺の頭を、陳腐な言葉が支配した。が、すぐさま脳内から追い払う。
バカな。そんなことがあるはずがない。あってたまるものか。今まででそんなことは片鱗すら見てこなかったというのに。
「っ……」
ここでようやく少女が苦悶の声を漏らした。いや、苛立ちか。
見てみれば、どちらも傷らしい傷を負っていない。悪魔は攻撃範囲の広さ、少女は自慢の身軽さを駆使して、相手の攻撃を一切許さないでいる。悪魔の場所へは攻撃が届かず、少女には剣戟が一切掠ることすらない。
実力は遥かに少女が上。だが、如何せん武器が悪すぎた。
「ヒャハハッ……ッ!!」
悪魔の狂笑と同時に、少女の短剣が中空を舞う。俺が視認すらできないその一瞬の間に、短剣を弾き飛ばしたようだ。
絶対的な隙——、武器を失ったあいつに、日本刀に対応する手段があるはずがない。いくら回避できるとはいえ、こんな異常者同士の戦いだ。秒単位の隙ですら致命的なタイムラグとして処理されてしまう。常識外の戦いの中、武器を拾いに行くという行動すらまともにできるはずがない。
「死ネェ……!」
乱暴に振り回す、一縷の漆黒の光。
されど————、
「はぁッ!」
漆黒を受け止める、一対の光があった————!
「ギッ……?! ……弓使イ————ッ!」
俺が、もうだめだ、と。情けなく目を閉じた次の瞬間だった。
少女の左手には氷だけで出来たツララじみた刃が握られ、もう片方の手には冷気を纏った、西洋風の弓が握られていた。
柄も、先まで、全て。こんなときに表し方が間抜けだが、まるで氷菓子のように鮮やかな水色をした弓。唯一黒い色を持つ弦からは、純白の冷気が立ち込めている。
少女はこともあろうか、その一対の装備で刀による一閃を軽々と受け止めたのだ。
「舐めていルのか……弓使イのくせに、今までナイフを使っていただと……!」
「————……、」
少女は答えず、弾丸のように疾駆する。
再び交差する二人。俺の目の前で当然の如く繰り広げられる人智を越えた戦闘。
闘いとは、互いに互いを殺し得る能力を持つ者同士の争いのことを言う。俺はさっき、ただ狩られる側だっただけで、アレを狩猟、若しくは殺戮という。そういった意味合いでも、目の前で行われている争いは、闘いと呼ぶに相応しかった。
悪魔は実力が劣っている分、武器の範囲という利点を用いて少女を近づけさせなかった。対する少女は、完全に自身の力で押し続けている。悪魔からは、牽制以外の反撃を一切赦さず、ただ一歩一歩、死神が獲物へ迫るが如く相手へ近づいていく。
何十合と打ち付けられた武器に、俺は見蕩れてしまっていたことに気づく。頭を左右に一度振り、今、自分がどのような状況に置かれているのかを思い出した。
……が、だとしても。アレは凄まじいの一言に尽きる。
まるでよく出来た舞踊と音楽を同時に見せつけられているようだった。両者の動きはここにきて一切ブレることはなく、打ち付けられる武器達が奏でる高音は止むことがなく、むしろ更にテンポをあげていく。
「くっ……やりヅらい……!」
達人と呼ぶべきだろう。
両者は一歩も譲ることなく、ただ相手を絶命させることに重きを置いてひたすら“撃”を飛ばす。
「飛びなさい、鳥のように」
ついに、戦局が動いた。
少女は大振りな刀の一閃を、体を斜めにずらすだけで回避をして見せ、体をずらした遠心力を無駄にせず、手に握った氷の刃を手裏剣のように投擲する。
悪魔は舌打ちをしながら刀でやってきた刃を叩き切る——が、下策だった。自分の一つしかない武器を、あんな用途に使うのは失敗だ。こちらにとっては有難いミスだが、俺がああいった身体能力を持ったのならば、あんな動きはしないだろう。
「————ごっ!?」
無論、それを見逃す藍色の少女ではなかった。
長髪が地面に擦れる程に体の上下を反転させ、宙返りをしながら顎へと見事にハイキックを決めていたのだ。飛べ、とはそういうことか。まるで翼が生えたかのように、弧を描いて高く空を舞う悪魔。やがては地面目掛けて、垂直に落下していくイメージが、俺の脳裏に浮かんだ。
「終わりよ」
少女の右手には、再び冷気が収束していた。しかも今度は、地面から拾い上げた石を握っていたのだ。アレの周囲に氷の結晶を纏わせ、打ち出し、推進力や中に込められた石の分も追加した損傷を狙っているのだろう。
地面目掛けて自由落下する悪魔の、着地予想地点。つまり、彼女の前方数メートルの地点目掛けて、照準を合わせる。片目を閉じ狙いを定める彼女は、弓射八節を一気に行っているかのような無駄のない上で、理に適った動きを以って、その刻
とき
を待つ。
————射撃。
速すぎた“点”は、空中に蒼白い軌跡を描いて光線じみたものへと変化する。
氷で形成された矢は、真っ直ぐ悪魔の体目掛けて走って行く。——ただ正確無比に、その先に存在する壁へと縫い付けるが如く。
「ぐっ、ぎゃぁああああ!?」
二度目の絶叫。結果は語るまでもなかった。
黒い布ごと悪魔の右肩を貫き、壁へと見事張り付けることに成功していた。どれほどの冷たさなのだろう、穿たれた右肩も一気に凍結し、突き刺さった壁も凍りつき、もはや一体と化していた。
「……!」
だが。
———— 一気に、寒気が走った。
こんな異常な状態を見慣れていない俺でも分かるほどの殺気。悪魔はじっと少女を見据え、未だに自由な左手に漆黒色をした光を集めていた。
漆黒の、光。まるで白と黒、本来は有り得ぬ対極の存在。ソレが両立した背反、相克する矛盾。のど元までせり上がる胃液を、無理やり俺は胸を抑えて押しとどめた。
……アレが撃たれたら、少女は死ぬ。耐える、避ける、そんな問題ではない。水であるかのように周囲のありとあらゆる存在を吸収していくソレは、ある意味最初は芸術的な流れだった。だが、まるでソレは貪るかのよう。如何なる物も度が過ぎれば醜悪で、あの光も例に漏れることはなかった。
「————、……」
- Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.13 )
- 日時: 2013/02/01 20:13
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
怪物がマントの懐からなにかを取り出すのと、少女が再び弓から矢を打ち出すのは同時のことだった。
貫かれ、切断された左手は無残にも地面に転がり、緑色の血液を辺りに散らす。出来の悪いスプラッタシーンのようにも見える惨状を、再び何の反応もなく少女は見つめている。
本当に手馴れているようだ。弓に再び矢を番えると、今度は心臓を狙っているのが見て取れた。
転がった左手へと俺はすかさず視線を向けた。——何やら、蒼白い槍を握った手が、そこにはある。
「あんた自身は下っ端みたいだけど、随分な物を持たせてるじゃない。レプリカとはいえ、光神ルーの槍なんてね。自分の力を囮にして、わたしとそいつを始末しようって算段だったわけか。……それにしても、いくつか理解できない動きがあったけれど、あんたの後ろ————誰がいるのか吐いてもらうわ」
「ぎ、ぐぎぎ……ッ、キキキキ————!」
もはや両腕を失った悪魔は、理性を失った暴徒と化し少女へ疾走する。
既に会話を行うことすら出来なくなった相手を見つめ、溜息を吐く彼女は——向けていた矢を、一気に眉間へと照準を変えて解き放つ。
断末魔はない。頭を砕かれては叫ぶという行為すら出来ないのだから。頭を穿たれ、眉間に黒穴を開けた怪物の即死した骸は、少女へ届くことなく地面へと転がった。それと同時に、突如としてその体は発火し、蒼白い炎に包まれて消えていく。
——光神ルーの槍、と呼ばれた槍もまた、その悪魔が消えると同時に姿を消す。本当に、消えた。存在そのものがなかったかのように、黒い粒子となって天へと昇った。
「……」
なんだろう、この出来の悪い漫画じみた展開は。
つい苦笑がこみ上げてくる。……本当に、なんだというのだ、これは。
光神ルー? 始末? ……誰を? 俺と、あいつを?
現実とは思えないような出来事が目の前で起こっている。だがこれも、現実——でなければ俺の体が、こんな痛みを訴えてくるはずがない。今朝からの行動全てが否定されてしまうだろう。
俺の違和感というものは、間違ってはいなかった。今朝から感じていたざわざわとした感覚は、きっと目の前にいる少女や、あいつに殺された悪魔に対するものだったのだろう。そうだとしたら、全て辻褄が合う。
「お前……」
「ねえ、あなた。自分が今、どういう状況にあるか知りたくない?」
————願ってもないことだ。
言葉を遮られたが、俺が聞こうとしていたことはそれだ。今、俺はどういうものに巻き込まれたのか。それが是非知りたい。
一度だけ、静かに頷いた。
俺の返答を見て満足げな表情を浮かべた彼女は、いつの間にか尻餅をついてへたり込んでいる俺の右手を掴み、やや強引に立たせた。
「単刀直入に言うけど。もうすぐあなたにも、さっきわたしやアイツがやって見せたようなことができるようになる。
アンタが狙われたのはそれが原因。新しい同業者が増えるのを良しとしない連中に、アンタは始末されそうになってたわけ。わたしはそういうのが気に食わないから、割って入った。以上」
「————は?」
ツマリドウイウコトナノ?
俺が……あんな、ことが出来る、とは。どういうことなのだ。
確かに少女は氷を顕現させ、悪魔も腕に光を集めていた。——ああいうことが、俺にも出来ると、言ったのか。
「待てよ。目の前で起きたコトだ、お前らがそういうコトができるっていうのは信用する。
けどな、俺にそんなことが出来るだとか、出来そうだから殺されそうになったってのはどういう了見だ? もっと分かるように言え」
俺の心の底からの問いを受け、少女は退屈そうに溜息を吐く。やっぱりか、という表情は、どこか苛立たせるものがあった。
「今までの統計よ。この辺りで最近、人がバタバタ死んでるでしょ? あれも何人かはそういう連中を狩ってるの。子供がいなくなっていることに関しては、何も分からないけどね」
「————……、」
微かな違和感。
子供が失踪しているような場所の近くに、偶然目覚めかけている能力者がいた? ……それが、何度も?
だけど嘘を吐いているようにも見えない。そもそもこいつが、俺を騙して得られるメリットというのが現状にある判断材料の中にはない。……本当にそうだと言うのか。
————本当ニ認メルノカ。
声が頭の中に木霊する。
ここでこいつの言っていることを認めたら、それ即ち俺がこういった異常者と同類であるということも認めなくてはならない。——否定したい。
だが、否定したところでまた逆に疑問が沸いてくる。今朝からあいつらに感じていた感覚はなんだったんだ。俺が“そういうもの”だと認めた場合、一気に謎が解けてくる。
……なら、きっと……そうなのだろう。
「俺は……、どうすればいいんだ」
口を突いて、言葉が出た。
そうだ。俺はどうやって生きていけばいいんだ。俺を殺そうとしてくる連中は、きっとこれからも出てくるだろう。だけど俺はまだ、あんな魔法みたいなことはできない。魔法みたいなことができるヤツと戦うには、同じ条件に立つか、核弾頭でも所持するしかないだろう。けど、後者は物理的にも経済的にも不可能だ。前者もどうやって力を得るかは、分からない。
「仕方ないから、しばらくはわたしが守っていてあげるわ。今回みたいな例は初めてだもの……強情よね、あなたの能力。たいてい命の危機に瀕すれば出てくるっていうのに、あんな土壇場でもわたしが出ないと死んでたんだから。
む……乗りかかった船だから、アンタが自分で身を守れるようになるまではどうにかしてあげるって言ってるの。その代わり、ビシバシ鍛えてもやるからそのつもりでね……」
言葉を聴いて吟味するごとに俺の顔は呆けたものになっていたのだろう。本当にわけがわからなくて、口をあんぐり開けていたら、不満そうな表情を浮かべてそいつはそんなことをヌかしていた。
————ああ、要するに。俺は自分で身を守れるようになるまで、女子に守られないといけない、どうしようもなくだっさい男に成り下がったままっていうわけだ。
つい、溜息を漏らしてしまった。
「なあに、嫌なの」
「とんでもない。——その、能力? ……それが使えるようになりゃいいんだろ、要するに。だったらいいぜ、使えるようになってやるよ。
俺もこんな、十六、七でくたばるなんざご免だ」
「……決まりね。じゃあ、わたしは失礼するわ」
俺が意を決して相手へ思い切り言葉を投げかけると、再び満足げな笑みを浮かべた少女は踵を返す。
ふと、俺は疑問に思ったことをその背中に放り投げる。
「どこへ行くんだ?」
という問いに対してそいつは、
「気になる?」
と、問いで返してきた。
「ふん。まさか」
「ふふ……なら、聞かないことね」
なんとなく苛立って、不躾な言葉を投げ返してやった。
するとあいつは、意味深な笑みを浮かべてそのままどこかへと歩いていき、夜の闇へと消えていった。……さて、なんとなーく嫌な予感がするのは、きっと俺だけではないはずだ。うん、文章を読んでいるお前もなんとなく読めただろ、おい。
- Re: 罪、償い。【転載作業中】 ( No.14 )
- 日時: 2013/02/01 20:15
- 名前: 鬨 (ID: a4Z8mItP)
「……はぁ」
あれからなんとか家に帰ってこれた。散々走らされて、体はぼろ雑巾みたいにくたびれている。疲れているし、ぼろぼろだ。二つの意味で……本当に、くたびれた。
俺はもう、このパターンとなるとなんとなく読めている。——玄関の扉に鍵を差し込んで、回し、ゆっくりと戸を開けた。
………………ああ、やっぱり居間から電気の灯りが漏れてやがる。そういうパターンかよやっぱり。
「やっぱりいたか、お前。どっから入ってきやがった」
扉を開けるなり、本当にいて、しかも食卓の座布団に座ってくつろいでいる藍色目掛けて声をかける。
こちらを振り向くなり、「あ、バレてた? アンタの部屋の窓が開いてたからそこから入ってきた」なんてヌかすから余計に頭にきた。——親がいない家で良かったよ。居候フラグですね、本当にありがとうございました。そしてこれから俺が能力使えるようになるまで散々コキ使われるんですね、分かります。
————じゃねえよ、くそ。どうしてこんな目に遭わなければならないんだ。
「なあ、まさかとは思うけどさ。…………」
「ええ。しばらくお邪魔させてもらうわ」
……だめだ、凄く死にたくなってきた。やっぱりあのとき殺されておけば良かったかな、なんて言うときっとこの藍色にアイツ以上に痛い方法で殺されるから絶対言ってはいけないな、うん。
仕方がない。もう時計を見ると八時ぐらいだし、飯でも作ってやるか。
「あ、食事は冷蔵庫にあった材料、勝手に使ったけど作っておいたから。電子レンジで温めてどうぞ召し上がれ」
————ナンデスト。
驚きと共にキッチン目掛けてダッシュ。家の中で走ると危ない、なんて言葉があいつから言われたけどここは俺の家だから知ったこっちゃない故スルーである。
見てみると……八宝菜と、小さい鍋の中にはワンタンスープがあった。八宝菜は皿に盛り付けられて、しっかりとラップまでご丁寧に。
「……やるな」
俺が呟くと、聞こえていたのだろうか。あいつは張るほどもない胸を偉そうにふんぞり返ってまで張っていた。
なんか褒めてやるべきじゃなかった。なんとなく、本当になんとなくイライラする。
ついでとばかりに、あいつは次に、とんでもないことを言ってくれた。
「この家、部屋が結構余ってるわね。二階のベッド以外何も置いてなかった部屋を使わせてもらうけど、いいでしょう? っていうかもう使わせてもらってるけど。この部屋からクッションと、和室にあった布団だけ借りさせてもらったから」
家具の物色をしっかりしてくれちゃってるあいつは、挙句見事客間を引き当てている。頭が痛くなりそうだ。
「……分かった」
だがそこまでやられたらもう、否定するにできないだろう。
俺は深い溜息を吐いて、電子レンジにあいつが作ってくれた食事を放り込んで完成を待つ。
————チンッ。
ささっと作ってもらった食事を元の温い状態に戻して、白米を盛り付け。
そのままあいつの向かいに座る。
「……あ、そういえば名前」
何かおかしいと思ったら、こいつの名前を聞いていなかった。こいつだとか、藍色だとか、アレだとかそれだとか色々言っていたが、なんて呼べばいいのかまったくもって検討がついていなかった。
食事を始める前に、これだけははっきりさせておいたほうがいいだろう。
「神無木来人。お前は?」
「桜井明。ようやく名前を聞いてきたわね、あんた」
……ああ、面目ない。それは俺に非があったことを認めよう。
気まずくなってそのままワンタンスープをスプーンですくって口に含み、一気に飲み込む。……旨い。独特なしょっぱさと辛さの入り混じった味が舌を包み、味は文句がない。多分、金を出してもいいぐらいだとは思う。出さないけど。
「明日から訓練は始めるわ。今日はわたしも疲れたから、これで失礼させてもらうわね」
「ああ。おやすみ」
自分が作った食事の感想すら聞こうとせず、もうあいつの部屋と認めてしまった部屋へと向かっていった。……よほど疲れていたのだろう。能力とやらも、良いこと尽くめではないらしい。
俺も今日は、ゆっくりと眠らせてもらおう。
————食後。恙無く風呂や明日の学校の準備、その他済ませなくてはならないこと諸々を済ませ、布団へと潜り込んだ。
色々とあいつ——桜井に聞きたいことはあるが、あいつもあんなに疲れているのだ。ここで追い討ちをかけるように質問攻めにしても良くないだろう。
……そのまま、意識を闇の中に沈めていく。