ダーク・ファンタジー小説
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.1 )
- 日時: 2013/04/10 15:22
- 名前: 哩 (ID: 8.g3rq.8)
第一部 『 Wild but Safe 』
「おい!アリスト・・・アリストはどこだ?」
晴れやかな日差しの下、親方主人の怒鳴り声が良く響き渡る。
やけにイライラとしてせわしなくあたりに首をめぐらせている。
奴隷のアリストを探しているのだが、その姿は親方主人の屋敷にも数個在る納屋にもおらず、孤立したように街より少し離れたこの屋敷の何処にも見えない。
「まったく、何処に行ったんだ・・・」
丁度言いつけたい用事があったのだが、と親方主人は困ったような顔をしてひげのない顎をなでた。
年齢は中年の部類に入るが、年の割りにふけては見えない。
それは今まで苦労が1つもなかったからであり、金にも何もかも困ったことがないからだろう。
ほしいものは先祖の残した膨大な遺産で買い集め、広い屋敷と金貸し家業で遺産は増えるばかり。
血を吸うノミのように、逆にほしいものが自分に向かってたかり集まってくるのだ。
遊郭の女共は血に飢えた猛獣の如く財産を絞り上げようとわんさか集まってくる。
親方主人は、たかり集まる連中を尽きることのない遺産で身の回りにはべらせる毎日だ。
そこで遊びに忙しい自分の代わりに仕事や雑用で奴隷のアリストをこき使っているのである。
「全くアイツはどこにいるんだ、もうすぐ取り立てに行かんといけないのに」
だが唯一アリストに任せない仕事は、金貸しの金の取り立てである。
金が絡む仕事はすべて自分でやっている。
街の住人に金を貸し、こってり金を搾り取るので遺産は破滅しそうにない。
そのまま遊びにその金を費やすためでもあるが、アリストに金を持たせれば逃亡される恐れがあるのだ。
奴隷ならば誰でも買い取れるだけの金はあるが、親方主人はアリストを手放す気はさらさら無かった。
「もしかしたら、アイツは湖畔にでも行っているのか・・・?」
親方主人は苦労の無いが故、しわのない顔を少ししかめて湖畔に続く林の中を歩いていった。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.2 )
- 日時: 2013/04/10 15:24
- 名前: 哩 (ID: 8.g3rq.8)
その頃、親方主人に行方を捜されていた貧しい奴隷のアリストはというと、やはり湖畔の傍に腰掛けていた。
ゆったりとたゆめく湖畔は豊かな針葉樹に囲まれて、白い雲がいくつか浮かぶ空の下、非常に美しい。
川のせせらぎと鳥のさえずりも、耳に心地良い。
そのほとりで、若草色の草の上に腰掛けているアリストは、ゆったりとした、瞳と同じ色の深緑色のチュニック、皮製の半ズボンとぼろぼろの茶色の革靴を身に着けている。
それと、金色に輝く滑らかでさわり心地の良い長い金髪をゆったりと束ね、右耳の下で黒いリボンで結んでいる。
それはアリストが腰掛けると地面にたわむほど長い。
だがどんなに伸びようが、その輝きは色あせず、まばゆく光っている。
長い睫毛も、優しげに弧を描く下がり眉もどれも金色だった。
ここは親方主人の館より少し行った所にある静かなところ。
あたりに針葉樹が立ち並び、騒がしい街のように沈黙を破るものはいない。
親方主人の命令三昧に疲れたとき、アリストは良くここで休憩をするのだ。
生まれて物心着くころからずっと奴隷として暮らしてきた。
奴隷市場で買い取ったと親方主人に言われているので、きっと両親は奴隷だったか、借金に負われてわが子を売った貧しい人であろう。
今ではすっかり奴隷家業が染込んで、床磨きや窓掃除はお手の物。
十五年前の両親のことは、考えてももう他人のような気がしてならない。
思い出す記憶もひとつもないのだから、寂しいとわきあがる感情もない。
もの寂しいと思ったことも、不思議なことに一度も無かった。
「あれは・・・—?」
と、いつものように泉の水面を眺めていると、太陽の光を反射してきらめくものとはほかに、何か別のきらめきが水底でチラついていた。
鼓動が高鳴った。
チュニックの下の、胸が高鳴り、心臓がわくわくと飛び跳ねる。
もしかしたら、宝物かもしれない。
それがお金に変えることが出来たら、いつか奴隷の暮らしをやめられるかもしれない。
体操座りをしていた腕を解き、すっくと立ち上がる。
血液が鼓動の高鳴りと共に血管に激流の如く流れ込み、耳と頬が熱くなる。
革靴を脱ぎ捨てて、心の思うままに静かな湖畔に飛び込んだ。
ずっと保ってきた静寂を破ったのは、自分自身だった。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.3 )
- 日時: 2013/04/10 15:27
- 名前: 哩 (ID: 8.g3rq.8)
ひんやりする水が肌に触れるが、構わずもぐった。
冷たいこの水は近くの山脈から流れ出す清流と、懇々と湧き出す湧き水によって透明度が高い。
魚の姿も、ガラス越しのようにはっきり見える。
だが今は魚などどうだって良い。
光を受けてきらめいている水深のそこに沈む、自分をひきつけるものにしか興味はない。
ゆったりしたチュニックが水を吸い上げて一気に体の動きがのろくなる。
エイのひれのようにチュニックの裾がひるがえり、魚類のようにひれが出来たみたいだ。
束ねた髪が海藻類のようにうねうねと動き回る様子は、たこの足のようだ。
目の前に迫るのは、不思議な具合に屈折した光を受ける銅色の箱のような正方形のもの。
「—?」なんだあれは、と夢中になって水を掻き分ける。
水中で動くほどに冷たい水が皮膚を刺激する。
だが構わずもぐり続ける。
美しい水と光の屈折度合いにより、水底に光の波の後がゆらゆらとうごめく。
その網目のような光がきらきらと銅色の物体を魅力的に照らし出す。
(もしかしたら本当に宝物かも。純銅だったらそれなりに売れるかもしれない!)
歓声を上げそうになって口から酸素が逃げ出す。
慌てて口を引き締めて、残り少ない酸素を有効に体に巡らせていく。
水深4、5メートルほどに達するとやっと水底である。
アリストは残り少ない酸素を詰め込んだ肺が水圧によって圧縮されるのを感じつつ、必死に手を伸ばした。
見たところ正方形の銅色の物体。
手を伸ばし、ざらつきのないまったいらな表面を撫でる。
ざらつくことがなく、指紋が無くなったかのような不思議と掴めない感覚に戸惑い、もたつくと酸素が一気になくなる。
両手でがっしりと掴みかかると、正方形の小箱はすべるものの抱え上げることができた。
意外と重くないことに驚くが、さっと反転してジャリだらけの水底を思いっきり蹴り、水面に浮き上がる。
顔を勢いよく水面に出すと、一気に酸素を肺に取り込んだ。
「—っはぁ・・・」
ぬれて首筋にまとわりつく髪を振り放すように頭を振ると、岸に向かってゆっくり立ち泳ぎをする。
岸に上がると、あまりの寒さに震え上がった。
チュニックを思いっきり絞って水気を取ると、唇を真っ青にしながら必死に獲得した宝を見つめた。
銅色の、一辺20センチメートルの立方体の箱であり、材質は良くわからない。
軽いところを見ると、金属ではないらしいが、トントンと中身が詰まっているかどうか確かめるために叩いてみると、中身は十分詰まっているらしく鈍い音が返ってくる。
「木?な分けない。金属じゃないし、石でもない。一体なんだろうこれは?」
草原に身体を投げだし、箱を眺めていると遠くから誰かの呼び声がした。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.4 )
- 日時: 2013/04/10 15:50
- 名前: 哩 (ID: 8.g3rq.8)
その声が空気を伝わって鼓膜を震わせた瞬間、「あ、親方だ」とすぐにわかった。
アリストは少し不安そうに眉を寄せて声のする方向をにらんだ。
また用事を言いつけられるのだろう。
この静かで心地よい時間は終了してしまうのだ。
まだここにいたかったし、真青色の湖から引き上げたこの正方形の宝物をじっくり見つめていたかった。
そこではっと気づく。
親方に見つかったら、この正方形の小箱は取り上げられてしまうかもしれない。
とんでもない!親方に渡すために冷たい水の中までとりに行ったわけじゃない。
アリストはすばやくチュニックの下にその箱を隠した。
隠した瞬間、林からひょいと親方主人が顔をのぞかせた。
親方はアリストの顔を見るなり、つかつかと怖い顔をして歩み寄ってきた。
「こんなところでサボりやがって・・・お前は奴隷なんだから休む間など無いだろうが」
言いながらアリストの細い手首を掴み上げ、無理やり立たせて屋敷へ引きずっていく。
アリストはチュニックの上から小箱を抱え、見つからないかとひやひやしながら従った。
湖からそれほど遠くない屋敷に着くと、すでに馬車が待機していた。
親方主人は急いでそちらに向かうと、振り返って大声でアリストに言った。
「いいか、帰ってくる間に何もかも仕事は終わらせておけよ!」
言い終える前に、親方主人は馬車に乗り込み、すばやく出発して行った。
行き先はきっと、金貸しの取立てだろう。
そしてその金で沢山の人々—親方曰く餌に集るノミと豪遊するのだ。
アリストは馬車の消え行く方角から目を離すと、終わらせるべき仕事をしに館へ向かった。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.5 )
- 日時: 2013/04/10 18:30
- 名前: 哩 (ID: 8.g3rq.8)
アリストは館の中に入ると、自分の部屋に向かった。
奴隷だが、親方主人にその姿形を気に入られていたアリストは部屋を与えられていた。
かわいらしい顔と、細い手足に体。
それらが色あせないようにと、親方主人は小さいながら部屋をあてがった。
その部屋に入ると、ベットに敷かれたシーツに箱を置いた。
箱は相変わらず銅色で何の変哲もない立方体。
何か入っているらしいが、あけるところもない。
アリストは何か変わったところはないかと躍起になって探していたが、ついに諦めてバスケットの中にそれを放り込んだ。
ずぶぬれのチュニックを脱いで、新しいチュニックに着替えるとアリストはバスケットを抱えて屋敷を後にした。
少し重めのバスケットの中には親方主人の仕事をうまく回す働きを持つ賄賂がたんまり入っている。
もちろん現金ではなく、高額なものたちがごろごろと入っている。
現金だと警察に捕まってしまうからだ。
その賄賂を役所や大きな店に渡すのが、アリストの仕事のひとつ。
18世紀の今は、役所や大きな店と手を組めばいくらでも稼げるのだ。
足取り重く、アリストは街へ向かった。
左右に開けていく森の中、てくてくと十五分ほど歩けば街はすぐだ。
だが乗り気ではない。
この賄賂を渡すと、何かと優しい街の住民を金貸しの歯牙にかけることになる。
金貸し親方主人と役所と大きな店が行う悪循環。
それは大きな店で起こる詐欺から始まり、役所による多額な賠償金請求をする裁判、そして親方主人の金貸しで終わる。
善良で良い人間を捕まえて、物を壊させる。
するとい役所から裁判に召喚されて、多額の賠償金を支払う様命じられる。
そして困った善良な市民はやむを得ずたった一つの金貸し機関、親方主人に金を借りて借金地獄の世界に足を踏み入れるのだ。
アリストはその片棒を担がされて嫌気が差していたが、いくらその顔形が好まれているからといって奴隷が主人に抗うことは出来ない。
そして今日も、とぼとぼ歩きながら、誰かが罠にかかるのを見ているしかない。
さて、今日もまた街へやってきてしまった。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.6 )
- 日時: 2013/04/17 12:55
- 名前: 哩 (ID: 8.g3rq.8)
「おやアリス!お使いかい?」
「アリス、仕事が終わったら店においで。ちょうど新作のケーキができたんだ。味見をしておくれよ」
「アリス、一緒に遊ぼうよ!」
街に足を踏み入た瞬間、アリストの愛称が飛び交う。
そして数歩も歩かないうちに、陽気でやさしい人々に囲まれるのだ。
アリストはそんな彼らが大好きだが、彼らを罠にはめる片棒を担いでいる。
やさしい彼らも、アリストが賄賂を運んでいると知ればもう愛想良くしてくれないのだろう。
ともかくアリストに対してこんなにも親切なのは、アリストが悪徳商法の豪遊主人に仕える奴隷だからだろう。
かわいそうかわいそうと、せめて町にいるときくらい羽を伸ばせるように、やさしくしてくれているのだ。
それともうひとつ、親方主人が気に入るその姿顔だちを、同じように街の彼らも好いていたからだろう。
「ありがとう、用事が済んだらすぐいくね」
アリストは彼らににっこり微笑んで、市役所へ足を延ばした。
この街は大都会ではなく、小さいといえば小ぶりの街だ。
馬車が行き交い、通りには街灯が立ち並ぶ。
一年ほど前に、ある発明家が考案したフィラメントを使う街灯だ。
以前まではガス灯であり、現在の白熱電球より劣っていた。
そのほかに、写真・蓄音機・電話など、数年ほど前に入ってきた技術があちらこちらに散らばっている。
この街にはないが、もっと大都会に行くと、蒸気で走る蒸気機関車と、蒸気船があるという。
数か月後に、万国博覧会が隣国で開かれるらしいが、きっと見る機会はないだろう。
科学がある程度進んできた現在では神やそういう類を存在しないという輩が多いが、この街にはちゃんと教会が立っている。
その前を通過しながら、アリストはその隣の役所に入って行った。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.7 )
- 日時: 2013/04/17 14:21
- 名前: 哩 (ID: 8.g3rq.8)
「毎回どうもね」
いやらしく笑った役所の係員は、アリストが渡した賄賂を受け取って仮面舞踏会の仮面のように、半月型の口の裂けた笑い方をする。
その笑みが酷く不気味で怖い。
賄賂を貰ったらみんなそんな顔になってしまうのだろうかと、アリストは少し怖くなる。
バスケットはまだ重い。
一番量が多いのは、大店の主人に渡す賄賂だ。
この街一番の大きな店で、売り上げも売り物も他のどの店より多い。
大通り、馬車がひときわ多く走る通りに陣取って、その店は今日もにぎわっていた。
ほしいものは皆ここに。外国のものも、衣類も食品もすべてそろっていた。
無いものといえば最新の流行くらいであるが、それも一ヶ月もすればすぐに店に並ぶようになる。
その大きな店はあせた色のレンガで出来たバロック調の建物である。
バロック調とは、機能だけでなく芸術性にも富んだデザインのことである。
上品で高貴、どこかアンティーク品のように古めかしさを感じさせるデザインが、現代の王族に好まれていた。
ここの主人も金だけには飽き足らず、王族貴族の格式がほしいらしく、建物をバロック調にしたのだ。
その店は3つのエリアに分かれている。
貴族や金持ちだけが行けるエリアと、中間貴族、一般と、階級別に分かれるのだ。
足を踏み入れたらわかるが、服装・身なりをチェックされる。
チェックといってもそれは目測で、高価なものを身につける貴婦人や紳士には丁寧な店員がつき、美しい装飾品や絵画、食べ物にしろ何にしろ硬貨で上等なものをあてがう。
だが普通の人々や中間貴族は偽物をつかまされたり、良くないものを売りつけられる。
まだ買うか買わないかの選択の余地があるだけマシであり、詐欺に引っかかれば大損害である。
アリストが店に足を踏み入れた時ガチャーンッとけたたましい食器の割れる音がした。
汚らわしいものを見るような目つきでアリストを見ていた貴族達が、すぐさま反応して音の発信を好奇のまなざしでみる。
そして続く店員の罵声。
「なんてことしてくれたの!コレは高価な壺なのよ!弁償して!」
あぁ、詐欺だ。
アリストは横目でかわいそうな詐欺の被害者を見た。
真っ青になって何度も謝っている。かわいそうで仕方がないのに助けて上げられない。
それどころか詐欺の片棒を担いでいるのだ。
(あんな壺、どうせ安物なのに)
心の中でつぶやき、アリストは店の奥へと振り切るように歩き続けた。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.8 )
- 日時: 2013/04/19 19:43
- 名前: 哩 (ID: 8.g3rq.8)
「あぁ・・・マクバーレンさんのところの使いね」
店の奥の事務に行くと、メガネをかけた社長秘書のような冷酷そうな女性が迎えてくれた。
黒縁メガネのふちを人差し指でくいと持ち上げ、女性はひらりとドレスの裾をなびかせてついてくるよう言った。
バスケットの中身がカタカタ音を立てて、アリストは必死に飛び跳ねるように女性の後をついていく。
枯葉のような色のドレスの女性は足が速く、ハイヒールがこつこつと鋭い音を立てている。
よくもあんな不安定な靴であれほど早く歩けるものだ。
最深部に向かっているのだろうか、階段を数回上がり、人気が少ない廊下を進んでいくとでんとした大柄な扉が出てくる。
皮製だろうか?防音機能がついた酷く分厚いその扉には呼び鈴がついていて、紐を引くと凛玲な音をベルが奏でる。
「入れ。マクバーレンの奴隷っ子だろう?」
「失礼いたします」
きぃっときしんだその扉を軽々と開けた女性は、アリストの背中をついと押して、部屋の中に押し込んだ。
背を押されてよろけそうになり、数歩進む間に、背後で扉が閉まった。
「良く来たな、奴隷っ子。今日は何を持ってきてくれたんだろうね?」
ぶはぁっと葉巻の煙を吐き出しながら、まだ三十代前半の男がやけに装飾品を身にまとった豪奢な身体をソファにうずめながら聞いた。
短く刈り込まれた金髪に、指に嫌というほどつけた指輪。
指の関節が曲がらないほどに指輪がきらめいてまぶしい。
アリストはその姿を見てウッと顔をしかめる。
煙だ。煙はキライだ。蒸気機関車じゃあるまいし、なぜわざわざあんなくさい煙を吸ってはくんだろうか?
と、その表情を見て店の主人は大きく笑った。
そして窓を開けると、ぽいと葉巻を捨て、大きな窓を全開にした。
くるりくるりと煙を撒き散らしながら葉巻が落下していく。
葉巻だって高価なものなのに。あんな軽がると捨てられるほど金があるくせに、なぜ人をだますの?
「悪いね、忘れていたよ。マクバーレンにも言われてたのに。俺の大事な奴隷に嫌な煙の匂いをしみこませるなとな」
アリストはこのときばかりは親方主人に感謝した。
豪遊する主人だが、唯一葉巻はやらない。
じろじろと店の主人がアリストのことを眺め回す。
いつもそうだ。毎回ここへ訪れるたび、品定めのように見られる。
「愛玩用の奴隷なら、もっとマシな服を着せてやればいいものを」
アリストは少しむっとして睨み返す。
この深い緑色の襟付きチュニックは気に入っていたし、だいたい金持ちがするような派手な衣装は好きになれない。
「僕は愛玩用の奴隷じゃない。犬や猫なんかじゃない。ちゃんとこうやって親方主人の命令にそって働いてる人間だ」
言い返すと、店の主人はけたたましい声で笑った。
人の笑い声というよりは、霊長類が上げる金切り声の様である。
「奴隷の身分が何を言っている。お前は愛玩用だろうが。観賞用といっても良い。そのかわいらしい顔と、華奢な体がなかったら、今頃ボロ雑巾のように扱われていただろうよ」
フンッと鼻を鳴らした店の主人は、アリストにさっさと賄賂を渡すよう促した。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.9 )
- 日時: 2013/04/20 22:25
- 名前: 哩 (ID: xsmL59lL)
バスケットをごそごそとかき回すと、いらただしげに店主人はアリストからそれをひったくった。
「この中身はすべて私宛のものだろうが。さっさと渡せば良いものを」
そう嫌な笑みを浮かべながら、バスケットを眺めこむ。
そして、ん?と顔をしかめた。
「違います!僕のものが中に入ってるんだ!」
アリストは慌ててソファから身を乗り出し、バスケットを取り戻そうと手を伸ばす。
だが店主人はアリストの細い身体を軽々と押しのけ、中身を膝の上にぶちまけた。
ばらばらと装飾品ケースが転がり落ちる。中にはふたが開き、宝石やら指輪がはみ出しているものも在る。
輝かしい宝石類に混じって1つ異質な物体が、銅色の輝きを放つ。
それこそアリストの大切な宝物であり、何か良くわからないものであり、店主人の興味を引いたものである。
「何だコレは?」
店主人が指輪で飾られたその指を銅色の箱にのばす。
アリストは我慢ならず箱を先にひったくろうとして、またもや店主人に押しのけられた。
「コレがお前のもの?」
「そうだ、あんたのじゃない!」
必死になって叫ぶと、店主人は高笑いをした。
笑い終わると、片手に箱を持ってしげしげと眺め、小首を傾げて言う。
「では聞こうか?コレは一体なんだ?持ち主ならわかってるだろうが」
ソファに押し付けられたアリストは唇をかんで店主人をにらみつけた。
知らないのだ、その箱が何物なのか。
ただその箱が売れるかもしれないと思って、バスケットに入れたのだ。
その箱が売れた暁には、奴隷から抜け出せるかもしれない。
なのに・・・
「どうだ?わからないのか?お前のものなのに?」
店主人は再び高笑いすると、アリストに意地悪そうに微笑みかけた。
そして立ちあがると、膝の上に散らばっていた宝石たちを蹴散らし、高慢気味に言った。
「その宝石とコレは交換だ。それら全てやろう。なんなら衣服も飾り立てる装飾品もやろう」
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.10 )
- 日時: 2013/04/20 22:41
- 名前: 哩 (ID: xsmL59lL)
「え・・・?これ、ぜんぶ?」
店主人の言っていることが良くわからなくて、のろのろと鸚鵡返しすると、店主人は扉の方へ行き、呼び鈴を引いた。
すぐさま若い娘達がやってきて、店主人の前にひざまずいた。
「エリオス様、御呼びでしょうか」
三人そろって合唱のように言った娘達に、エリオスという名前の店主人はアリストを指差して命令を下す。
「その者をすぐさま貴族のように飾り立てよ。そしてこれらの宝石類を身に付けさせ、すぐさま追い出せ!」
はい、と娘三人はお辞儀をして答え、あっけに取られて床に座り込むアリストを引きずるように立たせた。
そこでハッと我に帰ったアリストは、物憂げに湖の底に眠っていた銅色の箱を見つめた。
何かもの寂しげに銅色の箱は光を受けて、エリオスの手の中に在る。
返せ、と叫ぼうとしたが口を閉じた。
もともと売るためにアレをもってきたのだ。未知数の物品よりも、完全に高価だとわかる宝石をえる方が良いのではないか?
アリストは大人しく部屋を出て行った。
娘三人とアリストが出て行くと、エリオスはふっと笑った。
「金などもてあそぶほどにある。・・・コレは一体何なんだろうな?」
きらりと銅色の箱が、なにやら凶悪な微笑を浮かべたように感じて、エリオスは笑みを消した。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.11 )
- 日時: 2013/04/20 23:01
- 名前: 哩 (ID: xsmL59lL)
「ちょっと・・・なんでこんなもの!」
透き通るソプラノボイスが悲鳴のように更衣室から漏れ出す。
「エリオス様の言いつけで御座います。貴族のように着飾れとのこと」
若い娘三人—アリストよりも年上の女性たちが慣れた手つきでアリストを飾り立てていく。
金の長い髪にくしをいれて、髪飾りの宝石を散らしていく。
チュニックの代わりに深い緑色のゆったりしたドレスを着せられて、アリストは憤慨したように叫んだ。
「何でドレスなんか!」
「婦人が召すものはドレスで御座います。少々黙っていてください」
ガッとさるぐつわをかまされ、アリストは唸る他は何もしゃべれなくなった。
三十分ほど良いように飾られると、鏡の前に突き出された。
見つめ返してくる少女は、とんでもなく愛らしい姿をしていた。
瞳の色と同じ深い緑色の優雅なドレスに身を包み、金の髪には黒いシルクのリボンと鮮やかな色の宝石髪飾りが光っている。
胸元には首輪のように真珠の首飾りがぶら下がり、指には赤い宝石たちがきらきらと輝いている。
足元は黒いそこの低い靴で、アリストは足が痛くてたまらなかった。
なぜ足を痛める靴をわざわざ履くっていうの?
さるぐつわをはずされて、口は利けるようになったが鏡の向こうから見つめ返してくる人物に何もいえない。
そうこうしているうちに、手を引かれて店の外に追い出されてしまった。
「コレはお返しします」
乱暴気味に押し付けられたバスケットの中には今まで着ていた衣服と革靴が入っていた。
そして、今回身に付けられなかった宝石類がどっさりと。
これらを売れば、とんでもない金持ちになれる。
銅色の箱と引き換えに一瞬で巨万の富を築けたのだ。
もう貧しき奴隷のアリストではない。
晴れやかな気持ちがする一方、なぜだか銅色の箱が気になってしょうがなかった。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.12 )
- 日時: 2013/04/22 18:20
- 名前: 哩 (ID: PoNJOIO3)
道行く人々がこちらを見てくるのをひしひしと感じて、アリストは居心地の悪そうに足元に視線を落とし歩き続けた。
自分が緑色のドレスの幼婦人にみられているだけで恥ずかしいというのに、貴族のようにきらめく装飾を所狭しと身に着けているせいで余計に目立っている。
「あれって…アリスト—?」
「まさか…だってアリスは奴隷で…」飛び交う声が聞こえてきて、恥ずかしさのあまりうつむき続ける。
自分の黒い靴を見つめて、帰り道によっておいでと言われた人々を訪れようかどうか迷っていた。
「—あ、やっぱりアリスだよ!」
幼い声が軽やかに青空に響いて、目の前に少女が躍り出てくる。
その少女は町娘よろしく、薄い生地の軽いドレスに身を包んでいる。
装飾品は一切付けていないが、それがかえってもともとの素材を生かして、生き生きとして見えた。
その少女の名前をアリストはよく知っていた。
街に来ると必ず遊んで!とせがんでくる、妹のようにかわいいかわいい町娘。
「トルテ」
本名はトラロッテというケーキ屋の娘だ。
繁盛している店で、トルテも貧しさに身を投じることはなく、健やかに成長していた。
奴隷というかわいそうな身分をいたわる両親にならって、友達になってくれた。
それは義務ではなく、むしろ自然な関係で成り立ち、今に至っている。
「アリスってやっぱり女の子だったんだ!似合ってるね、すっごくかわいい」
アリストは閉口してしまった。
自分が身に着けているものはむしろトルテが身につけたほうがよっぽど似合っているだろう。
恥ずかしいというより、5歳離れている少女にかわいいなどと言われて、あきれてしまった。
自分からしたら幼い彼女のほうがよっぽどかわいらしい。
「やっぱりってなんだよ…」
ぼやくようにぶっきらぼうに言うと、トルテはん?と小首をこてんと傾げた。
その小動物のような所作がいちいちかわいらしいと、アリストは感じていた。
「だってアリス、いつも男の子みたいな格好してたもん。革靴って女の人は履かないものよ?」
アリストはポカンと口を開けてトルテの足元を見た。
なるほど、確かに彼女は小さいながらブーツを履いていた。
「なんか緊張するね、お兄ちゃんって感じだったのに急にお姉ちゃんになったから!」
トルテはアリストの手を引き、ケーキの試作品を食べようよ!と店に連れて行った。
参照 72(柱) 行きました!
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.13 )
- 日時: 2013/04/22 20:08
- 名前: 哩 (ID: PoNJOIO3)
銅色の箱は乱暴にぽんぽんと左右の手でいたぶられながら、店主人のエルオスの手の中でもてあそばれていた。
「ただの真鍮にしては重過ぎるんだよな」
アリストが着せ替え人形よろしく貴族に変身している間に、彼は鑑定士を呼んで箱を調べさせた。
その鑑定士の老人はモノクルを箱に寄せたり離したりして、数分で箱の価値をさらりと述べた。
「ただの真鍮ですな。真鍮の箱です。ただ、異様なことに真鍮が詰まっているだけではこれほど重くないはずなのですが…不純物でも混じっているのでしょうね」
そう言うと鑑定士は仕事を終え、去って行った。
エルオスはこの無価値の箱をどうしようかと悩んでいた。
この箱をずっと握っていると、何か異様な気配を感じる。
そんなはずはないのだが、箱が次第に微笑んでくる気がするのだ。
それも見つめ続ければそうするほど、その笑みはどんどん広がり、口が裂けるほど狂ったような笑みを浮かべるのだ。
はっと目をそらせば、その笑みは霧のように消えて、銅色の光がきらめいているだけなのだ。
エルオスは不安げに眉をしかめた。
何か変ないわくつきのものなのだろうか?
「だとしたら上等だな。エルオス財閥にいわくつきの逸品がある、詐欺師にはちょうどいい名声になるだろうよ」
冗談めかして笑ったエルオスに、銅色の箱は再び凶悪な笑みをうかべた。
それはまるでこれから起こることを想像するたちの悪い悪戯っ子のように。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.14 )
- 日時: 2013/04/22 21:04
- 名前: 哩 (ID: PoNJOIO3)
「まぁまぁ、アリス!貴族みたいにきれいに着飾って!どういう風の吹き回しだい?」
ケーキ屋につくと、おかみさんが驚いたようにアリストを見て声を上げた。
いつもは男の子の服装のアリストがすっかり変わっているので、驚いたのだろう。
アリスト自身、鏡を見た時は驚いたものだった。
「僕もよくわかんない…ただ急にこんなことになっちゃって」
いつもの口調でしゃべると、違うでしょ、と傍らにいたトルテが人差し指を立てて注意する。
何事かとそちらを見ると、トルテは一語一句区切って言った。
「わたくしもよくわかりませぬの。ただ、ふいにこのようなことになりまして…でしょ!貴婦人ていうのはこう言ったしゃべり方をするものよ」
「そうよ、せっかくなんだから、これを機にその男の子口調を直したらどう?」
トルテに追従しておかみさんまで追い打ちをかけてくる。
アリストはげんなりした顔で肩をすくめた。
カウンターに並べられたケーキの絵は、どれも油絵で立体的だ。
それらの絵はトルテが描いたもので、とてもきれいである。
将来は画家になりたい、といった彼女はいささかしょんぼりしていた。
この時代は、あまり女性が活躍できる場は多くない。
天文学から学者、美術、錬金術、政治と様々な役職を紳士たちが独り占めしているのである。
その背景には女性を活躍させないようにとしている仕組みがあるらしい。
いうことを聞かせ、権力を持たせないでいれば、常にそばを離れないでいてくれるといった理由であったと思う。
アリストから見たら、それは金銭を与えられず、身分不相応な権力を与えられない奴隷と一緒だ、と思うものだった。
「私は夢があるけど、きっとかなわないの。どこかへ嫁いで、ずっと家事や館の掃除を一生するのね。紳士はずるいわ。何もかも一人占めで、こっちへ分けてくれたっていいのに」
しょんぼりしたトルテはそう言ったものだった。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.15 )
- 日時: 2013/04/24 15:36
- 名前: 哩 (ID: vXApQJMC)
「おいしい?」
聞かれて、アリストはぶんぶんと首を縦に振った。
新作のケーキはとてもおいしいもので、最近この街にも出入りするようになったサクランボウをふんだんに使ったものであった。
プラムのように酸っぱいが控えめな味が、とても新鮮で頬がちぎれそうなくらいおいしい。
私も手伝ったの!とトルテがうれしそうに声を上げる。
「ところで…アリスは本当に女の子なんだよね?」
おかみさんがカウンターでケーキをおいしそうに頬張るアリストに聞いた。
その問いにトルテが耳を貸す。
二人の視線を受けて、アリストはまいったなと頭をかいた。
「…ご想像にお任せします」
「なにそれ!どっちなの?」
トルテが不満げに声を上げるが、教えるわけにはいかないのだ。
アリストはそっと回想する。
「おまえは街の連中にも、これから出会うすべての人間にも性別を明かすな」
アリストは物心ついた時から親方主人のマクバーレンにこう諭されてきた。
「どうして?」
聞けばマクバーレンは決まって不愉快気に顔をしかめて言う。
「おまえは性別を明かせば決まって妙な輩を引き付ける。男でも女でも構わずな。私の奴隷は私のものだ。ほかの者の手にかかっては困る」
何を言っているかわからなかったが、この約束はずっと守っていた。
性別不明の服を着て、あまり目立たぬよう過ごすように命じられた。
誰からもいいように性別を見られ、結局のところ、彼らが思う性別などまちまちだ。
男だと思う者もいれば、女だという者もいる。
名前はアリストだが、愛称はアリス。
髪は長く、優しげな面は童顔気味で、かわいらしい少女そのもの。
結局、親方主人マクバーレンとアリスト以外、アリストの性別を知る者はいない。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.16 )
- 日時: 2013/04/24 15:50
- 名前: 哩 (ID: vXApQJMC)
日が暮れる前に館に帰らないといけない。
こんな服装をしているのを見られたら、親方主人が怒るだろう。
ただでさえ、紳士の視線が痛いほど背中に刺さってくるのだ。
夜道を歩くなど危険すぎる。
おかみさんとトルテに挨拶をすますと、素早く街を後にした。
舗装された石の道と違い、森のぬかるむ地面には貴婦人の靴は歩きにくい。
泥に手間を取られて、ドレスの裾を引っつかみ歩いていると、すぐに日は沈んでいく。
ドレスなどいっそ脱いでしまいたかったが、これは売るために綺麗にしておかないといけない。
バスケットの宝石たちとともに、こんな衣装、うっぱらって少しでもお金に変えるつもりだった。
「あの箱…どんな価値があったんだろう?銅色できれいだったし、泉の底に沈んでいたから、古代の文明のものなのかな?」
別れる瞬間ものさみしげに光った箱。
今はどうしているだろうか、元気でやってるのかなと、まるで生きているものに対して思うことを、アリストは率直に思っていた。
館が見えてくると、アリストはほっと溜息をついた。大丈夫、親方はまだ帰ってきていない。
戸口に手をかけて中に入ると、すぐに自分の部屋に走った。
転びそうになるが何とか建て直し、扉を開けるとすぐにドレスを脱いだ。
深い新緑色の美しいドレス。
だが未練も何にもなく、アリストはすぐにチュニックに袖を通した。
慣れ親しんだ肌触りに思わず笑みを浮かべて、革製のズボンをはく。足元は革靴。
「さぁて、今日の収穫はどんなものかな」
ざらり、と音を立ててバスケットを掻き回す。
その手ごたえに目を輝かせてベットの上に、エルオスがやったようにそれらをぶちまけた。
赤、青、緑に、黄色に紫。
様々な色の宝石がきらめいて、目に毒だ。それらはとても高価そうに見える。
きっとドレス一式と合わせて売れば、相当な額になるに違いない。
きっと奴隷の暮らしから抜け出せて、どこかでのどかに暮らせるはずだ。
「親方に見つからないようしなきゃ。どこかに隠して、すぐにでも逃げられるようにしないと」
アリストはそれらをベットと壁の隙間に隠すと、いろいろな角度から見てチェックした。
「うん、大丈夫。これなら見つからないよね」
安堵すると、くるりと踵を返して部屋を後にした。これから夕食の準備をしないといけない。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.17 )
- 日時: 2013/04/25 20:54
- 名前: 哩 (ID: aLFc9Kk0)
調理台に向かい合って巨大な肉切り包丁を手に、具材を切り分けていくアリストはぼんやりしていた。
大なべに具材を放り込んでいる間にも、スープを作っている間にもどうにも気が散ってしまう。
銅色に輝くあの箱が、どうにも忘れきれないのだ。
「また泉のそこに、沈んでいるかもしれない・・・」
包丁を口元すれすれまで寄せて、腕を組んだアリストは浮ついた気持ちのまま、食事をつくり終えた。
キッチンから皿に移した食材たちをダイニングルームへ運び終えると、長テーブルにナプキンやらフォークやらを置いていく。
高い天井に吊り下げられた豪奢なシャンデリアが、心ここにあらずのアリストを見下ろしていた。
アリストがすべての仕事を終えて、料理の並べた長テーブルから離れ、傍の質素な机に移動した瞬間、戸口で親方の声がした。
どうやら帰ってきたらしい。
奴隷用の貧しい机から離れて、いくつもの扉を抜けて玄関を開けると、親方が相変わらずきらびやかな格好でたたずんでいた。
遠目に馬車が走り去っていくのを見ながら、アリストは主人のために両開きの大きな扉を開けて親方を家に上げた。
夕食も済み、皿洗いの途中でキッチンに親方主人がやってくる。
アリストにブランデーをビンごと持ってくるようにと命令すると、親方主人は部屋を出ようとして途中で歩みを止めた。
そしてこちらを見ずに、聞いた。
「賄賂はすべて渡したか?」
「はい、全部渡しました」
「そうか」
この短い会話の間中、アリストはびくびくしながら洗う皿から目を離せなかった。
親方と目を合わせたら、賄賂の宝石全部と豪奢なドレスの代わりに泉から引き上げた銅色の箱と交換したことがばれそうで怖かった。
エリオスがマクバーレン親方にしゃべっていたら、どうする?
そんなことを考えていると、親方はさっさと書斎に戻っていった。
どうやら何も知らないらしい。
アリストはほっと胸をなでおろした。
- Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.18 )
- 日時: 2013/04/25 21:11
- 名前: 哩 (ID: aLFc9Kk0)
ブランデーをマクバーレン親方のところへ持っていくと、親方は書斎の大机に腰掛けて、膝の上に山のようにばら撒かれた招待状やら親睦を深めようとしてくる連中からの手紙をあざけるような笑みで眺めていた。
アリストの事を見ると、かすかに微笑みかけて肩をすくめて言った。
「見てみなさい、金目当ての連中からの手紙がどっさりだ」
子供に言い聞かせるように言ったマクバーレン親方は、アリストの手からブランデーを受け取ると、代わりに手紙の山を残らず渡した。
「重いですね」
アリストが率直な意見を述べると、マクバーレンは笑った。
そして笑いながら手紙の山の一番上の切手を手に取ると、しげしげと眺めながら言った。
「こういった紙切れどもは案外役に立つ」
「え?役に立つ?」
アリストが重たそうに手紙を抱えながら首をかしげると、マクバーレンは面白そうに頷いた。
「紙という奴らは燃えるんだ」
言いながら親方は暖炉に手紙を投げ込んだ。
唖然と手紙が火に舐められ、焼かれて、食い尽くされるのを見ていたアリストに、マクバーレンはすべて暖炉に投げ込むよう命令した。
折角書いてくれたのに、とためらっているアリストに、マクバーレンがもう一度今度は強い口調で命令を下し、アリストはしぶしぶ暖炉に手紙を投げ込んだ。
いくら金目当てだからといって、こんなぞんざいに扱って良いわけじゃないとわかっているけれど、結局自分は奴隷なのだ。
逆らえない。
目の前で燃えて行く幾百ほどの手紙を見つめ、アリストはしばらくそこに突っ立っていた。