ダーク・ファンタジー小説

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.19 )
日時: 2013/04/26 15:41
名前: 哩 (ID: b9u1LFxD)

翌日、朝食をし終えた親方主人がまた馬車でどこかへ遊びに行くと、アリストは家じゅうの掃除をしていた。
毎日掃除をするこの館はとてもきれいで、不潔なところなど一切ない。
これも奴隷のおかげなのだが、褒められたためしがない。
今日は昨日のように大きな言いつけがないので、掃除が終われば自由だ。
一般の奴隷ならもっとこき使われていただろう。
家畜の世話をしろだとか、何かと言いつけられていたはずだ。
だがマクバーレンの館には家畜はいない。
いるのは親方と一人の奴隷だけだ。

「トルテと一緒に湖でも行こうかな。ピクニックなんて久しぶりだし」
二時間も館を磨き上げれば十分だろうとアリストは掃除を切り上げて、館の件子堅牢な扉に鍵をかけてトルテのいる街へと急いだ。
森を超えると見えてくる町並み。
暖かい色の煉瓦で作られている町の家々を目にすると、なんだかほっとする。
街への入り口の大きく開けた道路に沿って歩いて行けば、今日もすぐに声がかかるだろうと思っていた…のに。
声はかからなかった。それどころかアリストに近寄る人がいないのだ。
いや、そうではない。街に本来いるはずの住人の姿が一切見当たらないのだ。
「え…?」
アリストはこの異様な光景にポカンと口を開けてただ突っ立っていた。
街には店が並んでいる。だが人がいないのである。
人の気配さえしない。道路はがらりとしていて、風の音が妙に耳を打つ。
売り子の声も、馬車を呼び止める声も、子供の笑う声も全く聞こえない。
まるで街の住人が、アリストを残して一斉に消えてしまったかのようだった。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.20 )
日時: 2013/04/27 14:56
名前: 哩 (ID: x1KEgngG)

カラーン と重量感たっぷりの重たい鐘の音が耳を劈く。
アリストはとっさに耳をふさぎ、ついでに目をぎゅっとつぶった。
いつもはこんなうるさくないのに、今日はやけに音が大きく感じる。
街が静まり返ると、こんなにも変わってしまうのか。
鐘の音が怖かった。街の住人全員が死んでしまって、それを弔うかのように鳴り響く教会の聖鐘の音。
恐怖に心が支配される寸前—この鐘は一体誰が鳴らしているの?そう思った。

走る、走る。教会まで一目散に。
励ますように鐘は鳴り響いている。
教会に近づくにつれて、鐘の音は大きく響き渡り、アリストの身体を震わせた。
もちろん、教会まで走っている間中、誰にも出くわさなかった。
みんな本当に消えてしまったのだろうか。教会で鐘を鳴らすものと、アリストを置いて何処かへ消えてしまったのだろうか。

教会につくと、アリストはすぐに中に入らなかった。
荒れた呼吸を整えながら、下から教会を見上げる。
純白の教会。鐘楼がてっぺんにあり、そこに取り付けられた大きな銅の鐘はゆっくり前後に揺れ動いている。
教会の窓は透き通る光のように透明度の高いガラス張り。カラフルな飴のような色のステンドグラスは一切ない。
教会全体はゴシック建築調で、針山のように屋根が空につき向かっている。針山のような見た目だが、雪のように淡く光を帯びており、美しいと断言できる。
その針のように空に向かって尖がった屋根は、その先端に十字架が一つ一つついている。そして壁には聖獣の彫刻や天使の彫刻が埋め込まれるようの彫られている。

アリストはそのどっしりと広大な教会を見上げて、その白い扉を押した。扉の奥に広がる光景は—・・・


Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.21 )
日時: 2013/04/28 22:38
名前: 猫梨 (ID: zz4.lYYr)

始めまして、猫梨というものです。
突然コメントしてしまい申し訳ありません>_<
前から少し気になっておりまして。
僭越ながら、読ませて頂きました。←なんか偉そうですみません…
すごく面白かったです!
続き、とても楽しみにしています!

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.22 )
日時: 2013/04/29 18:42
名前: 哩 (ID: oPz3AGB4)

初お客様キター!
うれしくてニヤニヤ止まんないどうしよう
ともかく、足運びありがとう御座います!
楽しんでいってくださいね!

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.23 )
日時: 2013/04/29 18:51
名前: Aira+ (ID: H6B.1Ttr)

はじめまして

文才あふれる小説ですね… とっても面白いです。
題名のインパクトに引かれてきたのが正解でした^^
私も小説書いているんでよろしければきてください。
続き、とても楽しみにしています。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.24 )
日時: 2013/04/29 19:08
名前: 哩 (ID: oPz3AGB4)

教会の中は空っぽだった。やはり誰もいない。
表の純白とは違い、内部は少し茶色味の入った大理石で出来ており、まっすぐ祭壇がある通路から脇に、ずらずらと石の柱が規則正しく立っている。
その石の柱の中央に、木製の礼拝椅子が三列に分かれて並べられている。
天井は高く、きっとそこから落下したら命はない。
窓から差し込む日差しが入り口のアリストから、一番端の厳かな祭壇までを光の道のようにつないでいる。
「・・・司祭様?いらっしゃるんでしょう?」
アリストは入り口から一歩も足を踏み出さずにそうっと声を出した。
か細い声は外のくぐもった鐘の音には負けるが、教会内部に染み渡るように響いた。
だが、その声に反応して現れる司祭や修道女は誰一人としていない。
鐘の音はまだ止まない。

こつこつと革靴の音を響かせて、アリストは身震いしながら祭壇まで歩く。
光の道をこわごわと進み、祭壇の前につくと膝を折ってひざまずいた。
祈るように両手を組み合わせ、息を呑んで祭壇の上に掲げられている大きな十字架を見上げる。
真っ白の穢れ無き石でできた十字架は重く押し黙ったまま、鐘の音に耳を済ませているようだ。
アリストには目もくれない。助けもくれない。
困ってしまったアリストは、とにかく鐘楼へ向かうことにした。
硬い石の床から立ち上がり、せめて鐘を鳴らす人の姿を見たかった。
鐘は一人でにはならないはずだから。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.25 )
日時: 2013/04/29 19:07
名前: 哩 (ID: oPz3AGB4)

お客様二号目が!!
題名は立ち読みした英会話の本で、「非農薬野菜です!」という意味で使われてたんですよ。
でも英語圏の人からすると題名通り「危険だが安全」なんです。
小説かいてるんですね!是非とも見にいきますw

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.26 )
日時: 2013/04/29 19:40
名前: 哩 (ID: oPz3AGB4)

鐘楼はこの教会のてっぺんにある。故に、長い階段をへとへとになるまで登らなくてはいけない。
だが恐怖で疲れなど感じられなくなっていたアリストは鐘楼へと続く長い石造りの階段に足を乗せた。
大丈夫。この階段が終わればきっと人がいる。鐘を鳴らしているはずだ。そうしたらなぜ街がこんな事になっているのか聞こう。

心を落ち着けて一気に階段をかけ上ろうとした瞬間、アリストは恐ろしさに思わず心臓を止めた。
体中の毛が逆立つのを感じる。
なぜ、今まで気づかなかったのだろう。
この鐘のせい?
アリストは心底聞き間違えであってほしいともう一度耳を済ませた。
神聖な鐘の音の合間に、何か、不吉な物音が聞こえてくるのだ。
谷底から異常な生き物が嗚咽を発するような声が遠くから聞こえてくる。
この世のものとは思えない、酷く恐ろしい声だ。

「司祭様・・・司祭様!嫌だ・・・怖い—!」
アリストは緑色の目に涙をたっぷり溜めて、階段を駆け上がった。
教会は神聖な聖域じゃないのか?!
教会の中にいれば安全じゃないのか?!
なぜあんな化け物みたいな声が、教会の中で聞こえるんだ!
がたがた震えながら無我夢中で螺旋を書く階段を登り続けると、ぱっと視界が開けた。
それと同時に鼓膜を揺るがす鐘の音がすぐ傍で聞こえる。
屋上へ出たのだ。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.27 )
日時: 2013/05/01 01:58
名前: 哩 (ID: TwnK.bTA)

この教会の屋上は、とても高い。
やり状に屋根が空に突き出ているが、鐘楼の在る一角には五メートル四方の屋上がある。
その四角い屋上にはふちに柵が取り付けられており、その柵の一つ一つにも十字架が掘られている。
何処もかしこも神聖なのだ。

鐘がうるさい。
アリストは両耳を顔をしかめながらふさぎ、小走りに鐘の音目指して進んだ。
絶対に鐘突きの聖職者がいるはずである。
鐘の下にいて、鐘の下から伸びる大きな太い縄を力いっぱい引っ張って鐘を鳴らしているのである。
「司祭様ー!司祭様ー!!」
アリストは鐘の音に負けないように声を張り上げながら進んでいく。
するとようやく鐘の全体像が見えてきた。
大きな銅色の鐘のすぐ下に、男が身体を揺らしている。
必死で鐘を鳴らしているのだ。
アリストはほっとして、すぐに駆け寄った。

「おじさん!おじさん!!」
どんなに叫んでも男は振りむかず、アリストはその白い服にしがみついてやっと振り向かすことに成功した。
男は驚いたように目を見開き、すぐさま口を開いた。
「こんなところで何やってるんだ。ここは危険だ。すぐに家に帰って家中の戸口に鍵をかけなさい」
いうなり、男は胸元に下がっていたクルスを右手で持ち上げ、左手でアリストのために加護の十字を切った。
そして再び鐘を鳴らそうと紐に手を伸ばす男に、アリストはなおも食い下がった。
コレを聞かずにはいられまい。
「一体どういうことなの?教会は聖域のはずでしょ、なのになんでバケモノの声がするの?おまけに町中は人がいないし、一体何が起こったっていうの?教えてよ、教会はなぜ安全じゃないの!」
アリストが叫ぶように言うと、男は十字を震える手で握りながら言う。
「この教会で今、悪魔に憑かれた男が司祭様と戦っているからだ」

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.28 )
日時: 2013/05/01 02:31
名前: 哩 (ID: TwnK.bTA)

「悪魔に憑かれた男と司祭様が戦っている—?」
目をぱちくりさせてアリストが聞き返すと、鐘突き男は震えるように身震いした。
「そうだ。昨夜、突然この教会の隣のエリオス財閥の店主が発狂したんだ。刃物を手に取り、メイドを数人殺しかけた。司祭様によると、悪魔がついて暴れているらしい」
「エリオスさんが・・・?」
ビックリしてアリストはそれ以上しゃべることが出来なくなり、ただ大きく口を開けたまま鐘突き男をみつめていた。
エリオスとは、昨日出合った。バスケットいっぱいの賄賂を抱えて、会いに行った。
そして銅色の箱と引き換えに、ドレスと賄賂分の宝石とを交換して・・・—別におかしいところなんて無かったはずだ。
メイドというのはきっと、アリストのことを着せ替え人形のようにもてあそんだあのメイドたちだろう。
「そうだ。金好きだったから、悪魔に付け入られたのかもしれない。とにかく、この悪魔は普通の悪魔祓いをしていても一向に消え去らないんだ。そこで司祭様のエクソシストとしての力を高めるために、聖なる鐘の音をこうして響かせているんだ」

言い終えると、鐘突き男はアリストにもう一度十時を切ると、熱心に鐘を打ち鳴らし始めた。
アリストは再び耳をふさぎ、そろそろと階段を下りていく。
ここにいても危ないらしい。
もはや悪魔に憑かれたエリオスのいるこの教会は安全ではない。
アリストはすぐに出て行こうと決めた。
こんな恐ろしい教会になど、長居は無用である。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.29 )
日時: 2013/05/01 11:50
名前: Ruyy (ID: d/IlFCIL)

こんにちは!初めましてRuyy(ルイ)と言います^^
中世ヨーロッパ風の小説ですね!こういう世界観大好きです!
アリストは結局のところ男の子なのか女の子なのか…

私がこちらで投稿を始めた小説にも中性的な子が出てきますw

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.30 )
日時: 2013/05/01 20:02
名前: 哩 (ID: sAXqjtxg)

こんばんは!Ruyyさんはじめまして!
私も中世ヨーロッパの世界観大好きなんですよ!同志ですね!
アリストの性別は・・・フフフ←

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.31 )
日時: 2013/05/01 20:06
名前: 哩 (ID: sAXqjtxg)

アリストが教会から転がるように出て行く頃、教会の中では大乱闘が繰り広げられていた。
題して、エクソシストと悪魔の戦い。
それがかれこれ昨晩から昼近くの現在まで続いている。
人外の悪魔の体力は強いが、人でありまた年老いた司祭エクソシストは額に大粒の汗を浮かばせていた。
16時間以上睡眠も食事も生理現象もすべてなしにして、聖水や聖油を駆使してもなお、悪魔の脅威を取り去れないことに司祭は歯噛みしていた。 
「—偉大にして神聖なる父の名において、神に許されし権限において、高貴なる光においてお前に尋ねる」
白い導師服に赤い十字の刻みのある司祭はもう何べんも繰り返すこの言葉を再び唇に乗せた。
「—お前の唯一の持ち物である真名を申せ」
「唯一だと?とんでもない!お前ら人間どもよりももっと沢山の物をこの手の中に納めてるぜ!」
だが帰ってくる返事は唸り声を帯びた人とは思えない恐怖をそそる声で、意味もないことだらけだった。
司祭は顔をしかめて目の前の男をーというか男に取りついた悪魔をにらんだ。

司祭と悪魔憑きのエリオスは、あまり大きくない部屋にいる。
その小部屋には悪魔憑きエリオスと司祭とを隔てる机と壁に並ぶ十字架、聖書の棚などでうめられており、エリオスは椅子に固定され動きを封じられている。
木製の肘掛け椅子の肘掛けに両腕を金属の鎖で固定され、足も椅子の足の付け根に固定されている。
腹部には鉄を編み込ませた丈夫な革のベルトで固定されており、憑いた悪魔がエリオスの体を使って暴れても大丈夫なようにしてある。
もちろん司祭と悪魔憑きを隔てる机の付け根と椅子は鋼鉄の鎖でつながっている。
司祭には椅子がなく、悪魔を見下ろすように仁王立ちをするのである。

司祭は顔をしかめたまま、首から下げている金の小さな円形の小型ツボを悪魔に向かって振り掛けた。
聖水と対になる祈りをささげられて清められた特別な油である。聖油と呼ばれ、子どもが生まれるとその油で洗礼をするのだ。
もちろん聖水同様、悪魔祓いにはよく使われる有効的なアイテムの一つ。
「俺は料理じゃねぇんだ!油なんてかけんな!」
髪を振り乱しながら、エリオスが低い声で唸る。嫌がっているが、別に効き目はない。
通常ならば泣いて叫んで、自分から出ていくからどうかやめてくれと、泣きながらいうはずなのだ。
「まったく、皮膚がべとつくぜ。この嫌がらせ好きの司祭めが」
苛立ったようにエリオスが司祭を睨むが、司祭の方がエリオスを睨みたい気持である。
司祭はため息をつくと、また言った。
「ー聖なる、高潔で慈悲深き父の名において、悪を取り払う眩き光において—」

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.32 )
日時: 2013/05/03 02:49
名前: 哩 (ID: zQUqUdQN)

とんとんっとノックしてみると、震える声がお前は誰だと尋ねてきた。
そこで、アリストはちょっと上ずった声で合言葉のように言い返す。
「アリストです。あの・・・トルテに会いに・・・」
鐘の音に負けてかき消された声を、その人はちゃんと聞き取ったらしく、扉の重たい錠を一つ一つはずす金属音が響く。
そして扉が開くと、ふいに金色の十字架がにゅっと突き出してきて、避ける間もなく鼻にぶち当たった。
「な、なにやってるんです?」
アリストが鼻をさすりながら言うと、ようやく安心したように扉が全開になった。
「あぁ、アリスト、良かった本物ね。さぁ入って頂戴」
お邪魔しますと、墺仰な出迎えに目をしばたきながら敷居をまたぐと、じっと奥からおかみさんがこちらを見ている。
カウンター越しに、母親の服の裾にすがり付いているトルテも、不安げな面持ちでこちらを見つめていた。
完全に敷居をまたぎ終わり、二人の目の前まで歩いてくると、女将さんは黙ったまま扉を閉めに行き、そして再び鍵をかけた。
「良かったよかった、本物のアリストね。いらっしゃい」
腰に手を当てて女将さんが言うと、トルテはほっとしたように駆け寄ってきた。

「これはね、人と悪魔とを見分ける方法のひとつなの」
今のは何だったの?とアリストが質問すると、トルテが微笑みながら言う。
カウンターのそばのいすに飛び乗り、足をぶらぶらさせながら無邪気に。
「悪魔はね、十字架がキライで、三回入れって言われないと家には入れないの。勝手に入ってくる悪魔は強い悪魔なんだけど、そんなのめったにいないから」
「へぇー、良く知っているね」
関心しながら頷いていると、女将さんが困ったようにため息をついた。
不安げに窓の外をのぞき、カーテンを閉めなおす。
窓や扉の鍵を念入りにチェックして、どこにも不足がないことを心ゆくまで確認している。
「困ったことにね、今教会にいるエリオスさんに取り憑いた悪魔はそこんじょそこらの悪魔とは比べ物にならないらしいのよ。酷く強力で、司祭様も必死らしいわ」
言いながら、不安げにそわそわと動き回る。
「司祭様が祓魔をしているうちは、人々は家の中に入り、家中の鍵をかけて静かにしていないといけないの。そして司祭様を励ますために教会の鐘楼と共に祈りの言葉を唱えるの」
怯えたような二人に、女将さんは安心させるように微笑んで見せた。
だがその利き手はしっかりと十字架を握り締めている。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.33 )
日時: 2013/05/03 20:05
名前: 哩 (ID: MhL4TUn6)

「夜になったら帰れなくなっちゃうよ」
えぇー、アリスト今日はずっと家に居てよ、とトルテが服の裾を引っ張って請うが女将さんがそんなトルテを優しくたしなめる。
ゆっくりと鷲づかみにしたチュニックから指を引き剥がしながら、そっと耳打ちする。
「明日にはきっと司祭様が悪魔祓いを成功させるから、そうしたらアリストと一日中遊んでも良いわ。だから今日はもうアリストを帰らせてあげなさい。このままとどまらせていたら親方さんにアリストが叱られてしまうわ」
言われて、しぶしぶトルテがチュニックを離した。
アリストはトルテの小さな頭を撫でてまた明日ね、とつぶやいて外に飛び出した。
時計はもう、両の針とも重力に身を任せて真下を指している。

森の中を走っていると、闇が力を取り戻して消えていく太陽の断片を山の向こうに押しやっている。
そしてかすかに残る光を喰らうようにあたりにのさばり、魔の手をアリストに伸ばしているように見える。
だが捕まる寸前、アリストは館の前に転がり出た。
館の扉付近に設置されているランプは煌々と光を投げかけている。
ちっと舌打ちするように、闇が手を引いていき、アリストは光の中に影をつれて飛び込んだ。
そして扉を勢いよく開けると、後ろ手に鍵をきちんとかけた。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.34 )
日時: 2013/05/03 20:40
名前: 哩 (ID: MhL4TUn6)

館の中は光であふれていた。
そろそろとすすんで行くと、親方が居間に居て、アリストがやってくると鋭い眼光を放った。
そして口を開く前に、アリストの足元に分厚い真っ白の手紙を投げつける。
椅子に座っている親方を目をぱちくりして見ていたアリストは足元の手紙をゆっくりかがんで拾い上げた。
手紙は手触りの良い古風な羊皮紙で出来ており、金色の蝋で封を閉じられていたようだが今は開けられている。
宛先はマクバーレン。つまり親方宛だ。差出人は教会の司祭様。今現在祓魔に励んでいる司祭様からだ。
「読んでみろ」
言われて、アリストは恐る恐る三つ折になった純白の手紙を広げてその文字に目を通した。
筆記体の流れる文字は読みにくかったが、アリストは黙読する。

『 マクバーレン殿へ
  
  此度、書記を投函したわけは、あなたに仕える奴隷の子に用があるからです。
  昨夜、あたなと仲のよろしいエルオス財閥の店主エルオス殿が悪魔に憑かれました。
  わたくしは苦労してその悪魔から一人の名前を聞き出しました。
  正しくはある箱の持ち主について、の情報です。
  エルオスが憑かれた理由はある箱を手にしたからということ。
  その箱をエルオスに譲った人物こそ、あなたの奴隷の子なのです。
  メイドから話を聞くと、間違いがないとのこと。
  詳しく事情を聞くために、ここに神に許されし権限において、あなたとあなたの奴隷とを召喚諮問します。
  すぐに教会へ来たれよ。これは神の命令である。

  最高司祭 フォーテュン・フォン・ジロア
 
                                                』


読み終えて顔を上げると、マクバーレン親方は怖い顔のまま、支度をしろとうなった。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.35 )
日時: 2013/05/03 21:08
名前: 哩 (ID: MhL4TUn6)

馬車は館の傍につけていたようで、親方が表に出るとすぐに玄関の前にやってきた。
アリストは鍵をかけて、親方を振り返る。
礼服に身を包んだ親方はすでに馬車に乗り込んでおり、黒い扉の隙間からこちらをにらんで早く来いといっているのがわかる。
アリストは慌てて馬車に乗り込むと、おそるおそる親方の傍に腰を下ろした。
黒塗りの馬車は、内装は赤かった。
赤い革張りの椅子は初めてで、むしろ馬車に乗ることなど一生涯無かったのでアリストはその乗り心地のよさに感激していた。
教会への召喚諮問の件が無ければアリストは大感激できただろう。

馬車が街に入ると、揺れでわかった。
館から森へと続く道はがたごとと少し揺れる。
だが街に入ると、タイル張りのため、揺れが規則的になる。
と、鐘の音が不気味に響くのも聞こえてきた。
思わず耳をふさぎそうになるが、こうなったのもあの箱を湖から引き上げた自分が悪いのだ。
ぎゅっと膝の上に両の手を握りあわせて耐えた。

それから数分後。鐘の音が耳元で聞こえるほど大きくなったとき、馬車が止まった。
馬使いが馬車の扉を開けて、親方に着きましたと頭を下げているのが見える。
親方は重々しく頷くと、馬使いに料金を押し付けるように払い、アリストのほうを振り向かずに教会を見つめた。
それは馬車を降りて親方の隣に並べばわかる。
白く穢れなき教会の扉の前に、司教と修道女が立ち並び、こちらを見つめていたのだ。
聖職者のくせに飢えた獣のような目つきをしており、それらの視線はす
べて奴隷の子、アリストに集中していた。

「教会召喚諮問、お待ちしておりました」
そのうちの一人、修道女が笑みも浮かべずに扉を開けると、けらけらと笑う声が響いてくる。
「さっそく来たねぇ」
笑い声はエルオスの声。だが“しゃべっているのは”彼に取り憑いた悪魔である。
「さぁ、こっちへおいで」
悪魔の呼ぶ声に、アリストは総毛だって真っ青になったが、修道女達がアリストの腕を取って教会の中に引きずり込んでいく。
叫び声を上げようとすると、ぱっとふさがれてしまった。
もう逃げられないとばかりに、アリストの背後で扉がぱたりと閉じた。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.36 )
日時: 2013/05/06 19:32
名前: 哩 (ID: NZUH8ARt)

教会の中には町中の聖職者が待機しており、皆そろって礼拝服に身を包み、十字架を胸元にたらしている。
アリストが恐怖に目を見開いて教会の中につれてこられると、聖職者達は一斉に手を組み合わせて祈りをささげ始めた。
まるでアリストの哀れな魂を慰める鎮魂歌の様である。
これから一体何が始まる?そう思ってあたりに首をめぐらせていると、親方が一人の修道女から十字架を手渡されるのが見えた。
気づけば辺りに居る人々は皆十字架を下げている。
下げていないのはアリストだけ。

どんどん教会の奥に連れ込まれていくと、左右に並ぶ石の壁に何か鋭利なもので切り裂かれたような爪あとがいくつも見えてくる。
そして赤い血痕がぱっと花を咲かせているように点々と付着している。
誰か怪我をしたらしい。重症ではないらしいが、もしかしたらエルオスをここに連れてくる最中にメイドか聖職者の誰かがやられたのだろう。
壁を眺めていると、前後左右にアリストを取り囲むように連れ立っていた修道女たちが足を止めた。
顔を左右に振って彼女たちの体の奥をのぞくと、純白の扉が見えた。
魔除けの石造、ガーゴイルの醜い顔が掘り込まれておりきっとここが祓魔の部屋なのだろう。
修道女が静々と、だが額には汗を浮かべてその扉を開ける。
修道女とその後ろに居た親方が身震いするのがわかる。
その扉に切り取られた空間は、逆光のため良く見えないが、二人いるのがわかる。
アリスト自身は青ざめて後ずさりしそうになるが、修道女達が押さえ込み、突き飛ばすようにその扉の方へ押しやるのでいやいやと首を振って何とか逃げ出そうとする。
だが、にゅっとその光の中から手が伸びてきて、アリストの襟元をつかむとぐいっとものすごい力で部屋に引き込んだ。
そしてむなしく、再び背後で扉が重々しく閉じた。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.37 )
日時: 2013/05/06 19:57
名前: 哩 (ID: NZUH8ARt)

光の中に連れ込まれたアリストは、まぶしさのあまり両手で顔を覆った。
一体何が起こった?
状況把握は今は聴覚を頼るしか出来ない。
耳をそばだてると、かちゃんと鎖のような音が聞こえ、何かうごめこうと努力している音が聞こえる。
「へぇ、その子供が今回の仔山羊?」
エリオスの声が聞こえる。悪魔に取り憑かれているので、初対面のようなしゃべり方だ。
と、襟首をつかんでいた大きな手が解けるのを感じた。
「黙っていろ」
うなるように返答するのは年老いた声。司祭様だ。
どうやら司祭様が襟首をつかんでこの部屋に引き釣り込んだらしい。

なにやら水の音がして、不服そうにまた鎖の音がする。
「やめろよ、聖水なんて意味ないんだから。顔が水だらけになるだろ、こっちは縛られてぬぐえないんだぜ?」
エリオス憑き悪魔が言って初めて、アリストは両手の隙間から部屋を覗き見た。
光のあふれる部屋は思ったより広くなく、机がでんと部屋の真ん中を割っている。
アリストが居るのは司祭様の傍で、出口付近だ。
だが悪魔はその机の反対側に居た。
しかもなるほど、悪魔の言うとおりその身体は厳重に鎖で椅子に縛り付けられている。
それでも怖かったが、司祭様が傍にいるので恐怖は幾分かやわらいだ。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.38 )
日時: 2013/05/06 20:26
名前: 哩 (ID: NZUH8ARt)

「こやぎ・・・?」
アリストがそっと手を下ろして司祭に質問すると、司祭は目を細めて悪魔の方へ足を向けた。
どうやら質問に答える気はないらしい。
だが悪魔ははしゃいだように目を輝かせて頷いた。
「おやおや、聞かされてないの?教会の聖職者の癖に、ひどいねぇ。コレはれっきとした詐欺だよ」
ニヤついた顔のまま、エリオスが司祭の顔をのぞきこむ。
アリストもどういうこと?と司祭を見つめるが、司祭は硬く口を閉じて聖水をまた悪魔に振り掛けた。
上機嫌だったエルオスの顔がうんざりしたようにゆがむ。
司祭は振り返ると、アリストの両手を握り、目をじっと見ていった。
「ウソ偽りは許さぬ。ただ真実のみを語ると誓え」
目をぱちくりしていたアリストは、一端司祭様の肩越しに肩をすくめる悪魔を見てから、こくりと頷いた。
「エリオスに一体何をした?この悪魔が言うことは本当か?アノ箱は一体なんだ?」
アリストはごくりとつばを飲んで口を開いた。
「え、エリオスさんには何もしていません。本当です。箱もなんだか良くわからないし、あの人が言ったことは聞いてないし・・・」
どもりながら言うと、司祭はきつくアリストのことをにらんだが、頷き悪魔を振り返った。
「最初に、お前から事情を話せ。おまえがさっき言った事を、この子に繰り返し聞かせるのだ」

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.39 )
日時: 2013/05/06 23:34
名前: 哩 (ID: NZUH8ARt)

「そこの仔ヤギが泉に沈んでいた箱を手に入れ、その箱をこの男エルオスと交換した。仔ヤギは最初渡すのを嫌がってたが、結局この男が金目の物を大量に用意して強引に交換したってわけだ」
悪魔が一端口を閉じると、司祭はアリストを振り返って今の話は本当か?とたずねる。
アリストはビックリしながら深々と頷いた。全くその通りで、まるでその場に居るように説明するとは驚きだった。

司祭が悪魔に続けろと促すと、悪魔は口を開いた。
「その後、エルオスは箱が無価値だと知ると、箱を溶かして装飾品として店に並べるつもりだったらしい。箱を炉に投げ込んで溶かし始めた。そうして中に居た俺達は箱から解放されてこの男に取り憑いたというわけさ」
「中に・・・居た?俺達って・・・一人じゃないの?」
悪魔がエルオスの口を閉じると、アリストは思わず質問していた。
だが司祭もその部分は初耳らしく、目を凝らして悪魔をにらんでいた。
だが悪魔はけろりと居直っており、椅子にふんぞり返ってこちらを見ていた。
「俺達は古代の人間に—忌々しいことだが—封印されちまった。そしてお前が拾い上げてくれるまで人間を恨みながら箱の中ですごしていた。首尾よくバカなこの金持ちの手に渡り、今俺達は解放されたってわけだ」
そしてにやりと笑いながら、エルオスが司祭を鋭い目つきでにらむ。
司祭が汗を流して、奥歯を噛んで少し後ずさるのをアリストは見逃さなかった。
「俺達を封印した人間はまぁ賢かった。俺達が危険だと知ると、すぐに閉じ込めやがったからな。あのまま俺達が地上に居たらどうなっていたことやら。こんな鎖、あの箱に比べれば逃げるのはたやすいことくらいわかってるだろ、司祭様?」
司祭がしぶしぶ頷くのを見て、アリストは不安に駆られて後ずさりする。
なにやら身に危険を感じて、気づかれないように後退して純白の扉に身体をぴったりと寄せる。
と、背後の扉から祈りをささげる修道女たちの声が聞こえてきて寒気がする。
なにやらまずいことになっているのではないか?
アリストは見方であるはずの司祭に恐怖を感じはじめた。

この教会に味方など誰一人いないのだ。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.40 )
日時: 2013/05/07 16:15
名前: 哩 (ID: b9u1LFxD)

司祭は頭の中でさきほど子ヤギであるアリストが来る前に悪魔と会話をしていた。
この悪魔はエリオスを食い尽くした後、この街の住人すべてを食らおうという計画していたらしい。
そんなことさせてはいけないが、司祭の力ではもはやこの悪魔を食い止められない。
そこで司祭は一つ悪魔に提案した。
「どこで暴れてもいい。だがこの街で暴れるのだけはよしてくれ」
もちろんのこと悪魔は拒否する。そこで司祭は強気に悪魔に迫った。
「それならばいっそのこと宿り木であるそのエルオスという男もろとも始末してしまうぞ!」
言われて初めてエルオスに憑いた悪魔が笑い出した。
けたけたと肩を揺らしながらにんまり笑う。
「その前に俺がこの男を始末するまでさ」

司祭はあれこれ条件を出してみたが悪魔は点であしらい続け、耳を傾ける気もないらしい。
だが街には老人が大勢で若者は少ないという話を聞くなり、目の色を変えた。
「ではわかった…出ていく代わりに、生贄として子どもを差し出せ。それを食ったら出ていく。もちろん子ども全員だぞ。うまそうな、十代の子供を贖罪のヤギとして、俺に差し出すというなら他の物には手を出さずに、何も壊さずに出ていく」
司祭は呻きつつもこれを了承した。
街には十代の子供は数えるほどしかいない。
奴隷のアリスト、ケーキ屋の娘トルテ、エルオスのところのメイドたち、それから町娘や成人前の青年が何人か。
数年前の子供を対象とした伝染病によって多くが死んでしまったのだ。
なので、子どもはこの街の宝に等しかった。だが全員虐殺されるよりは…と司祭はやむを得ず決断したのだ。
アリストに詳しいことを聞いたのち、アリストから順に子どもを悪魔に差し出すことになっていた。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.41 )
日時: 2013/05/09 21:32
名前: 哩 (ID: GqM3peS2)

「修道女を一人ここへ」
おびえているアリストを押しのけて、司祭が扉に向かって声をかけた。
白い扉が開くと、同じく怯え気味な修道女が独り、祈りをささげながら司祭をドアの向こうから見つめた。
この部屋の敷居はまたがないらしい。
だが気にせずに、司祭は何やら囁くと修道女はうなづき扉を閉めた。
悪魔が何か期待しているように腕に絡み付いた鎖を揺らすので、アリストはますますすくみ上った。
「あの…教会召喚諮問はいつ終わるんですか?」
きっと家に帰してくれる、きっと親方と一緒にあの館に戻れる、絶対明日はトルテと泉へ遊びに行くんだ、と心の中で繰り返しているのだが、司祭様は黙ったままこちらを見ない。
戦慄が走る。このまま返してくれないのでは?
アリストは出来るだけ悪魔の方を見ないで、司祭様を見上げてつぶやいた。
「エルオスさんに憑いた悪魔を祓うのを手伝えばいいんですか?祓えれば、帰れるんですか?」
と、ぎょっとするほど大声でエルオスが笑い出したのでアリストは飛び上がった。
足にくくりつけられた鎖が鳴り響くほど大きく笑い、狂っているように見える。もしかしたら悪魔なんかではなくて精神異常で発狂しているだけなのかもしれない。
そうであってほしいと願うが、司祭の目ははっきりと悪魔を認識しているらしい。
「そこの数十年エクソシストやってる司祭に祓えないってのに、お前みたいな子ヤギが俺を祓う?無理無理!せいぜいこの街の年寄りを救うための生贄になることくらいしかー」
爆笑して口走る悪魔を、あわてて司祭が聖水をふるって口止めするが、飛び出したその言葉をかき消すには遅すぎた。
アリストは緑色の目を見開いて呆然とおうむ返しした。
「生贄…僕が、生贄?」
と、急にドアが開き、祈りの声とともに先ほどの修道女が現れた。
「ご所望の物をお持ちしました」
言いながらアリストにちらりと同情のまなざしを投げかける。
「ご苦労。では朝日が昇るまで、哀れな子ヤギたちのために祈りを絶え間なく捧げるのだ」
修道女から受けとった小さなものはすぐに司祭のポケットに滑り込んだので目視できない。
しかも司祭の言葉が頭に鳴り響いて、正常に脳が機能しない。哀れな子ヤギ。生贄は確定なのか。
だがどうやら時はきたようで、司祭がアリストを引き寄せてその両手をつかんで悪魔の前に連れて行く。

目の前にある男の目は、飢えで底光りしているようだった。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.42 )
日時: 2013/05/09 21:45
名前: 哩 (ID: GqM3peS2)

「生贄って・・・どうする気ですか!」
すくみあがったアリストは声が裏返るのも気にせずに、司祭を仰ぎ見た。
司祭は相変わらず黙ったままだが、顔が青白く、額に汗がたれている。
代わりにぺろりと舌なめずりした悪魔が笑顔で教えてくれる。
「つまり、お前はもうすぐ俺の腹の中ってことだ」

悲鳴が扉の向こうから聞こえてくると、あたりの修道女達はそれをかき消すように一段と大きな声で祈りをささげ始めた。
ぞっとして後ずさると、背後にもぞろぞろと祈りをささげる町中の聖職者の姿が見える。
聖職者に挟まれてマクバーレンはごくりとつばを飲み、胸元に下げられた十字架を強く握り締めた。
目の前の純白の扉の向こうでは、奴隷がどうなっていることやら・・・
悲鳴は間違いなくアリストのもので、恐怖の叫び声だ。
十五年もの間奴隷としてだが暮らしてきたあの子が、消え去る。
マクバーレンはおぞましさと吐き気に駆られて、その場で膝を打って座り込んだ。

悲鳴はまだ止まない。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.43 )
日時: 2013/05/11 10:35
名前: Ruyy (ID: S8AJBgfb)

お久しぶりです!
これは続きが気になりますね〜!
そしてマクバーレンさん、
何気にアリストのこと心配してる…!
こういう感じの関係(?)大好物です(^ω^)

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.44 )
日時: 2013/05/11 12:07
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

Ruyyさんこんにちは!
ギルバートが出てくる小説はもう更新しないのですか?
グットラックが意外と好きなんですがw

マクバーレンは一応アリストのこと外見的に気に入ってるから・・・心配?してるのかなぁ

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.45 )
日時: 2013/05/11 12:29
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

司祭が恐れで震えているのがアリストには感じられた。司祭も怖いのか。
つかまれた腕が司祭の手を通して震える。
目の前にはつながれた腹をすかせた悪魔、アリストをじいっと見つめている。

司祭が片腕で悪魔のつながれた鎖に手を伸ばす。鎖の音が響く。
最初に右手の鎖をはずすと、ねこ科の肉食獣がやるように爪を突きたてたその指をアリストめがけて振り下ろす。
だが司祭がさっと動いてアリストをかばいつつ、聖水をいつもより多めに顔にぶちまけた。
「なっ・・・この司祭が!」
エリオスの声とは思えないほどの低い声で悪魔がうなり声を上げる。
アリストは気絶しそうになったが、自分が上げる悲鳴のおかげで意識を保つことが出来た。
悪魔は自由になった右手の甲で顔中の水分をうんざりしたようにぬぐって司祭を憎しみの瞳でにらむ。
「まて、ちゃんとくれてやるが、まだまて」
司祭は深呼吸すると、腰が抜けて座り込んでしまったアリストを一瞥してから左手の鎖に手を伸ばした。
じゃらりと蛇のように鎖が床に落ちると、悪魔は縛られていた手首をさすって、子供がするように爪をかんだ。


Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.46 )
日時: 2013/05/11 13:12
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

椅子にもっとも縛り付けている腰の金具に手をかけながら、司祭は言った。
アリストはその間中司祭にやめてくれと懇願するように悲鳴を上げているが、司祭は耳を貸さない。
「アリストを召す時に、エリオスの体から出てくれ」
するとエリオスの顔をした悪魔が小首を傾げて目をしばたく。
アリストを眺めてから、司祭を見つめる。
「子ヤギを喰うには体があったほうが便利だが・・・まさか、俺に実体で現れろと?」
言うと司祭は慌てて首を振り否定する。真っ青の顔が色がなくなるほどに蒼白になっている。
「本当の姿などで現れなくて良い!エリオスにしたように、アリストに憑依して喰らってほしいのだ。喰い終わったら次の子供をつれてくる」
「そうすると、かなりグロテスクな状況になるが・・・まぁ変わんないか」

司祭は額の汗をぬぐうと、ポケットの中身を軽く叩いた。
大丈夫まだある。きっと成功する。
失敗しても最後の子供になるまで、チャンスはある。
子供たちには悪いが、こんなエクソシストにでも祓えない悪魔を葬り去るには・・・
「いいだろう。ただ、去るときは実体に戻って去るからな」
悪魔が了承したので、司祭はほっとした。そして腰の留め金を完全にはずすと、床にへたりこんだアリストを立たせた。
そしてアリストの後ろに立ち、背中を押しながら悪魔の方へと押しやった。
「それでは—」
エリオスがふっと意識を失って眠りに落ちたように動かなくなる。
かわりにアリストの泣き叫ぶ声がピタリととまり、その口から一言。
「—戴きます」
声が漏れた。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.47 )
日時: 2013/05/11 13:52
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

悲鳴が消えた。
修道女の祈りの下から絶え間なく聞こえていたあの声が、ピタリと止むと、マクバーレンは思わず立ち上がった。
修道女達や聖職者の祈りが一段と大きくなる。
と、背後から肩を叩かれて振り返ると、一人の修道女が声を潜めてささやいた。
「あんたは—」—さっき司祭様に呼ばれて何か取りに行った修道女じゃないか?
言おうとすると、修道女はマクバーレンをさえぎって言う。
「どうぞ祈ってください、悪魔が退治されることを」
「—?さっきは哀れな子ヤギのために祈れと・・・?」
だが修道女はそれ以上何もしゃべらずにふところから一振りの刃物を取り出した。
「えっ」
何処にでもあるようなナイフではない。果物を切る用の小さなものでもない。
修道女が取り出したその刃物は刃渡りが三十センチはある大変危険極まりない包丁で、肉屋にしか置いていないものだ。
コレで刺されるかと思ったら、そうではないらしい。
「これをお持ちください。悪魔を退治するためには必要なものなのです」
一応受け取ると、その修道女は一端後ろを向いて不思議な壺のような容器を持ってきた。
のぞきこむと、透明な液体が入っている。
一人で抱えられる程度のこの壺を、見回してみると全員持っていた。
「聖水の入った神聖な壺でございます。その時が来るまではその刃物を浸して置いてください」
「はぁ・・・」
何をすればいいかわからず、一応刃物を聖水に浸してつぼを抱えて立っていると、扉の向こう側からうなり声が聞こえてきた。

「それが狙いか、お前もろともこの町の連中を食い尽くしてくれる!」

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.48 )
日時: 2013/05/12 18:13
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

「頂きます」
そうアリストの口で悪魔がそういった直後のことだった。
司祭は60歳とは思えないほどの俊敏さで動き、アリストの首に先程修道女に頼んだ物をかけようとした。
それは鎖にかけられた銅色の、銀色の斑点がところどころ飛ぶ、いびつな形をした指輪を鎖に通しただけの単純なアクセサリーだ。
だが悪魔はすばやく身をよじって部屋の角まで避難すると、そこから司祭をにらんだ。
「何のつもりだ・・・?」
アリストの緑色の瞳で、司祭の手の内にある者を眺めていたが、理解するなり唸り声を上げた。
「それは・・・エリオスが加工していた指輪と鎖か!」
司祭は見られては仕方がないと、奥歯をかみ締めながら無理に笑った。
鎖を手でもてあそびながら、しっかりと指輪を握り締める。
「そうだ。悪魔にかかわったものはこの街には1つもいらない。だからお前に返そうと」
「ウソを言え、そうじゃないだろ?」
司祭をさえぎってアリストの顔をした悪魔が腕を組みながら嘲笑した。
そしてキッと司祭をその目でにらむと、口の端を吊り上げて恨めしげに言う。
「この子ヤギに、箱の力をそのまま持つ指輪をつける事によって、俺を子ヤギの体の中に封印するつもりだろ?」

悪魔は確かに逃げた。それはこの指輪と鎖が怖いから。
再び封印されるのが怖いから。すなわち—
「だとすれば、私は間違っていないらしい」
司祭は鎖を持つ手に力を込めて、それを強く握り締めながら少ししわがれた声で言った。
悪魔が少しいらだったように眉を寄せる。
「逃げたということは、この指輪と鎖にはいくら変形しようともあの箱の力が宿っているということ・・・そして封印の力が今も有効だということ。“容器”となる人がいればもう一度お前たちを閉じ込めることが可能。そうだろう?」
言いきった司祭は完全に勝ちを確信して悪魔ににじり寄っていたが、アリストの顔をした悪魔はふっと髪を揺らして笑った。
そしてすぐさま凶悪な顔になると、牙をむいて唸った。
革靴で大理石の床を蹴り上げると、司祭に飛び掛りながら絶叫する。

「それが狙いか、お前もろともこの町の連中を食い尽くしてくれる!」

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.49 )
日時: 2013/05/13 12:25
名前: 哩 (ID: b9u1LFxD)

「こいつを外へ!」
絶叫が聞こえて唖然としていたマクバーレンは不意に目の前のガーゴイルが描かれた扉が開き、おまけに人が一人投げつけられてきたので、驚きのあまり壺を取り落しそうになった。
見た目よりも腕っ節の強い修道女たちが部屋から飛び出してきた人を受け止めて、そそくさと後ろへ下がってくる。
「アリスト…?」
マクバーレンは恐る恐るその動かない人物を覗き込むが、修道女たちに担がれているのはエリオスだった。
修道女たちはエリオスを床に卸すと、素早く聖水を滝のように浴びせかけた。
そのおかげで大理石の床中水浸しになり、そこに居合わせた皆の服の裾が水分を含んでじっとりと重くなった。

「腹を空かせたお前にできるのは、その子ヤギを食らって少しの力を得てから私に挑むか、私に憑依して封印される、もしくは子ヤギの体に封印されることくらいだ」
開け放たれたままの祓魔の部屋からは緊張がほとばしる、司祭と悪魔の対峙が見える。
マクバーレンは聖水の入った壺を思いっきり抱え込むと、ごくりと唾をのんで部屋を覗き込んだ。
エリオスがいなくなった部屋には、アリストと司祭様しかいないはず。
アリストはどうなったのだろう…?
「この部屋から出ていく選択肢はないと?」
あざけるように嘲笑する声が聞こえてきて、マクバーレンはぎょっとして固まった。
あの声はアリストの声だ。
固まったマクバーレンに気づいた修道女の一人が耳打ちする。
「あれはもうあなたの奴隷の子供ではありません。贖罪のヤギとなり、悪魔の罪をかぶるもの。もうアリストのことはお忘れください」

「数百年、いや数千年だろうか?箱に封印され続けたお前にはこの聖なる部屋を力なしに抜け出すことは出来まい。私に取りつこうとしてもこの指輪で封印してくれよう」
司祭が鎖から取り外した指輪をはめて、鎖を構えながら言う。
「確かにこんな子ヤギ一人食らったって力は戻らない。この部屋も弱いが箱と同じような力があるからな。だが—」
アリストはきつい顔から愛らしい顔に代わり、ニコッと笑顔で笑う。
毒気の抜かれた笑顔に、司祭は警戒するように数歩下がった。
「60年もの間聖職者、それもエクソシストの司祭の力を食らえば、この部屋くらい楽に突破できる。指輪に守られているつもりだろうが、この子ヤギの体でお前を食らえばいいこと。憑依せずに外から食らえば俺は封印などされない」
舌なめずりしたアリストは、司祭ににじり寄った。


Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.50 )
日時: 2013/05/14 23:22
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

聖職者の体、正しくはその血と魂は極上のものだ。
神に忠誠を誓って祈りをささげてきたその血と魂は洗練されて、常人よりもはるかに強い力を持っている。
それが聖職者の中で位の高い司祭で、さらに悪に対抗するエクソシストとなると、もう皿の上に乗っかった極上のディナーである。

「なめるな、下賎な悪魔風情が。この私をそう簡単に喰えると思うな」
司祭は舌なめずりする悪魔に毅然とした声で言い放ち、長い導師服の懐から短剣を取り出して構えた。
銀色のまばゆく光る、十字架と聖母の刻まれた聖なる短剣である。
だがそれを見て悪魔の憑いたアリストは緑色の目を真ん丸くして、鼻で笑った。
「笑っていろ」
だが司祭は相手にせず、部屋を隔てる机を膝で押し出しながら悪魔を壁に追い詰める。
机に飛び乗るか、机を押し返さなければアリストの身長だとすぐに身動きが取れなくなってしまう。
と、もうすぐに体と机とが密着して動けなくなる寸前、悪魔がアリストの身体を操って机に足をかけた。
そしてそのまま側面を蹴り上げて、机をえいと蹴って押しやる。
子供の身体で出る力ではない。悪魔的な力によって机は爆風でも受けたかのように砕け散りながら司祭の居る方向へと吹き飛ぶ。
「わっ」
司祭が吹っ飛んでいるだろうと思っていた悪魔の目先に、銀色の軌跡が弧を描いて現れる。
司祭の銀のナイフである。
肩口から腹部まで思いっきり引き裂くつもりだったのだろう、間一髪で避けたものの、肩に浅いが長い切り傷を受けた。
「子ヤギには容赦ないねぇ。エリオスには危害を与えなかったくせに」
ズキズキする肩口を手で押さえると、鋭利な刃物で切りつけられたため血が指と指の隙間を湧き水が沸いたように流れ出てくる。

顔をしかめながら司祭をにらむと、思わずビックリした。
司祭はすでに頭上高く再びナイフを掲げている。
目は血走り、口から漏れる言葉は祈り。
悪魔は思わぬ展開に唖然とした。
司祭は悪魔退治するためならば、この子供の身体にいくつ傷を付けようが構わないという気らしい。


Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.51 )
日時: 2013/05/16 23:45
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

手ぶら。丸っきりの丸腰の子供に、銀のナイフを掲げる大人。
その光景が、扉の向こうに見える。
マクバーレンは唖然とし、完全に壺を取り落とした。
壺が床の固い大理石に当ってばらばらに砕け散り、聖水と共に破片を散らす。
中に入れておいた大振りの刃物も金属音を響かせて、マクバーレンのすぐ足元に転がった。
「なんてことを・・・」
つぶやくのも当然である。小さな子供めがけて聖職者の司祭様がナイフで切りつけに掛かっているのだ。
しかも肩口には長い傷口が出来、血が流れ出ている。
「落ち着いてくださいマクバーレン殿。これは祓魔のためで御座います。コレもれっきとしたエクソシストの仕事なのです」
脇に控える修道女が、マクバーレンの足元に転がるナイフを拾い上げて彼に手渡しながら言う。
だがマクバーレンは受け取らず、忌々しげに修道女の中にある刃物を見つめた。
「あんたはこの俺にそんな刃物を渡して何をさせようとしているんだ?」
修道女はそっけなくマクバーレンの両手に刃物を押し付けると、その瞳を司祭と悪魔に向けた。
そして感情のこもらない声でつぶやいた。
「司祭様の手伝いですよ」

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.52 )
日時: 2013/05/17 22:46
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

司祭さえ食べることが出来たら、俺達はここから出られる。
太古の小島の悪魔使いの荒い王の封印から運よく逃れることが出来た今、目前の自由を阻むものはもうないに等しい。
銀のナイフがどうした?指輪と鎖がどうした?力がないから実体になれないけどどうした?
どうもしない。司祭を喰いさえすれば、俺達は待ちに待った自由へ再び戻るのだ。

受身一方だった悪魔は傷だらけの手の甲を一舐めすると、唸りを上げて司祭の腹を思いっきり蹴った。
刺そうと振りかぶっていた司祭は大人しく傷つけられていた悪魔が急に反撃に打って変わったのでもろに腹に足蹴りを喰らって後方に倒れた。
しかも、倒れたどころではない。
奴隷の血を少し舐めたことにより、少し力が戻ったらしく、司祭の吹き飛び方は足元で地雷が爆発したようなものだった。
「くっ」
司祭が固い大理石にぶつけた顔を痛そうにさすっているのをみて、腕も肩も足も切り傷だらけのアリストが納得したように笑った。
左の手のひらを受け皿に、右手拳をぽんと合点と言った調子で打つと、言った。
司祭は忌々しげに悪魔を見上げて、流れ出す鼻血と口の中を切ったために出た血をペッと吐き出しながら、銀のナイフを硬く握る。
「別に手加減する事はないんだ?どんな状態だろうとお前を食べれば俺の勝ち。死んでしまったお前を食べても生きてるお前を食べても変わらないんだったっけ」
「バカいうな。主と天使が司祭であるこの私を加護している。お前になど殺されるものか」
馬鹿はお前だろ、とアリストが笑みを浮かべてつぶやく。
強がるように言う司祭は痛む身体を無理に起こして立ち上がった。
大理石に出血したために血の斑点が模様を描いている。
「その一滴一滴にも俺の力を増やすエネルギーが流れてる。やっぱり出血は控えた攻撃でアンタを食べることにするよ」
血痕をもったいなさそうに見てため息をついたアリストは、司祭に飛び掛った。


Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.53 )
日時: 2013/05/22 11:22
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

「教えろ、司祭様の手伝いとはいったい何をするんだ!」
扉一つ隔てた修道女と安全圏にいるマクバーレンは、手のひらに押し付けられたナイフを震える手でつかみながら、修道女に詰め寄った。
聖水でもともと濡れたナイフの柄がマクバーレンの手汗でほんのり暖かくなっている。
修道女たち聖職者は壺を片手に食い入るように危険区域の扉の向こうに目を走らせているため、必死に叫ぶマクバーレンを無視している。
だがマクバーレンはあきらめずに今度は修道女の肩を乱暴につかんでゆすって問うた。
「おい、答えろ!お前らはいったい何をするつもりなんだ?!」
「…聞き分けのないお方。お離しなさい、神の御使いのわたくし共に気安く触るでない。この身は天に召しますわれらが主のものだと心得ておられぬのですか」
乱暴にゆすり続けると、修道女が冷めた声で忠告のようにささやく。
瞳が細められ、かすかに怒りと軽蔑を感じたマクバーレンはその肩から手をすぐさま離した。
だが濃紺の修道服の修道女は依然軽蔑のまなざしで彼を見下げると、服の裾を正しながら言った。
「何をするか、気づいているのでしょう?エクソシストである司祭様の手伝いをする。すなわち悪魔を追い出すことですよ」
「だが…なんでナイフなんか」
「まだ認めたくありませんか。いいでしょう、あちらを—あの扉の向こうを—ご覧なさい?あなたには何が見えますこと?」
修道女が優雅なしぐさで祓魔の部屋を指差した。

その開け放たれた扉の向こう側には、司祭様と奴隷の子供が血を流しながら争いあっている。
この街の最高司祭フォーテュン・フォン・ジロアとこの町一番の大金持ちに仕える奴隷アリストだ。
「なにって…司祭様とアリスト—」
「いいえ、違います。よく見てください、司祭様と悪魔でしょう?」
戸惑ったようにつぶやいたマクバーレンに、修道女はさらりと間違いを正すように、本当にさらりと言った。
「は…?」マクバーレンはゆっくり修道女の方へ顔を向けてまじまじと彼女を見つめた。
こいつ、何を言っているんだ?
だが修道女は大まじめで、ほかの聖職者も彼女の言葉を肯定している。
「ちょっとまってくれ。それじゃあ、あんたがさっき言った司祭様の手伝いで悪魔を追い出すって、”アリストの体から”じゃないのか?」
マクバーレンがあわてた口調で聞くと、けろりとした顔で修道女がいう。
「街から…いえ、この世界から”あの”悪魔追い出すのです」

まっすぐアリストを見つめた修道女に、マクバーレンは徐々に理解が追い付いてふつふつと恐怖が沸き起こる。
もし、俺の考えがこいつらと同じだとしたら、このナイフは…アリストは…
「悪魔とアリストを同一視しているお前らはまさか…悪魔の憑依したアリストを悪魔もろともこのナイフで殺そうとしてるのか?」
修道女がゆっくり振り返り、そっとうなづいた。
先ほどのように聖職者ぶったしゃべり方ではなく、まともに考えてしゃべっている。
「悲しいけれどそうするしかないのです。あの悪魔たちは箱に閉じ込められていたが、解放されてしまった。再び封印しなければ彼らは大勢の人々を襲って喰らうでしょう。だが幸いなことに封印具は手元にある。あの箱は形を変えて今はアクセサリーとなっているが、封印の効果はあるのです。ですが箱のようにしまいこむことができない。そこで私たちは人を箱とすることにしました」

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.54 )
日時: 2013/05/22 11:24
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

修道女は唖然とするマクバーレンを見てから、もう一度しゃべりだした。
「悪魔はこの街の子供たちを差し出せばこの街から手を引くと持ち出してきました。当初はエルオス殿を容器にするつもりでしたが、彼は何の罪もない。それどころか街の子供達にも罪はない。我々も聖職者、罪のない人を生贄にすることにためらいました。ですが、この悪魔事件で唯一罪のある者がいる」
マクバーレンはひとりでに口をきいた。視線は祓魔の部屋の奴隷の子供に向けられている。
「アリストが箱を持ってきてしまった。それが事の発端だから…アリストには罪があると?」
そうです、と修道女は重々しくうなづいた。
「アリストは悪魔を招き入れた罪がある。そこで我々はアリストを容器に決めました。そして首尾よく悪魔たちを憑依させた。ですが、まだ肝心の封印がかかっていない。封印が完成すると悪魔たちはアリストの体内に拘束され、一体化する。つまりアリストが死ぬと悪魔も死ぬのです。なので、封印が終わった直後我々はナイフでアリストの命を奪わなくてはならない」

言い終わると、修道女はどうかわかってください、と頭を下げた。
「我々は子どもを殺すのではない、悪魔を殺すのです。アリストは悪魔に憑依された瞬間から、もう存在しないのです。あなたの奴隷の子供は、もはや最初からいなかったのです。そして悪魔を退治した後、この街と世界には平穏が舞い戻るのです…」
「それ以外もう解決策はないんですね」
「そうです。最高司祭様の力でも祓うことは出来ませんでした。更に言えば、古代の人々も倒せなかったので封印したのでしょう。やはり我々も封印するしかないのです。そして生きる憑代ごと始末するしかできません」
マクバーレンはうつむいて瞳を閉じた。そしてゆっくりとうなづいた。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.55 )
日時: 2013/05/24 23:41
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

司祭にとびかかるとそのまま押し倒し、ナイフを右手の手の甲で勢いよく弾き飛ばした。耳につく金属音を響かせてナイフが転がっていく。
固い大理石に背中を激しく打ち付けて司祭がうめくが、アリストは構わずに彼の腕にがぶりとかみついた。
だが皮膚のかみごたえがない。司祭の導師服は分厚く、人間の子どもの歯では皮膚まで届かない。
はぐはぐと服にかみついていると、司祭のがむしゃらに振り回したこぶしに頬を打たれて退いた。
上半身を浮かしたまま頬をさすっていたのがいけなかったのだろう、司祭が必死に腕を振り回し、それがこめかみにあたってアリストの体は横倒しに体勢を崩した。

チャンスとばかりに司祭が馬乗りのアリストを払い落し、二メートルほど遠くにある銀のナイフまで飛びつく。
そして柄を握りしめると、体勢を崩して膝をついたアリストを刺した。
二の腕に突き刺さったナイフはアリストが悲鳴を上げてうずくまったので司祭の手から離れて腕に突き刺さったまま。
うずくまって動かず呻くアリストに司祭は鎖の首飾りをかけようと屈んだ。

と、お決まりのように屈んだ司祭にアリストがとびかかり首にかみつこうとするが、司祭は見越しており、攻撃をかわすと二の腕のナイフを乱暴に抜き取った。
出血が激しく、傷みも激しいのだろう。アリストは完全に司祭から注意をそらした。
その隙に司祭が返り血を浴びた銀の斑点の混じる鎖をその首に完全にかけた。
「お前の負けだ、悪魔ども!」
ぜいぜい言いながら司祭はアリストの血液のせいで真っ赤になった導師服で額の汗をぬぐいながら言った。

首に鎖がかけられた瞬間、痛みに悲鳴を上げるアリストの絶叫が響き渡った。
「なんで、痛い!!どうしてこんなことになってるの?」
どうやら悪魔は封印され、アリスト本人が目覚めたらしい。肩口や手の甲、足などの切り傷のほか、一番ひどい怪我はやはり二の腕で、その傷口を完全に取り乱したようにみつめ、血を止めようと必死に押さえつけている。
だが司祭はそんなこと気にせずに、天に向かって手を差し伸べて叫んだ。
「おお、主よありがとうございます。封印は成されました!」
そして指にはめていた箱の力を持つ指輪をアリストにはめると、扉の向こう側から見守っていた聖職者たちに呼びかけた。
「さぁ、最後の仕上げだ。壺をうがて、天は我らの見方だ」