ダーク・ファンタジー小説

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.56 )
日時: 2013/05/22 11:28
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

記憶はなかった。
悪魔に憑かれた直後からの記憶はなく、ただ目覚めたときとんでもない激痛に絶叫した。
体中が身に覚えのない怪我でいっぱいだ。しかも目の前の司祭様は助けてもくれないし、指に無理やり指輪をはめた。

正座を崩したような座り方のまま、近づいてくる大人たちを不安げに見つめていたアリストは、誰もが刃物を手にしていることに息をのんだ。
水が滴っている刃物で、刃渡りが結構ある。
いったい何をする気か、それはわかっていた。
きっとあの刃物で僕は刺されるのだ。何故だかは知らないが、きっと命を奪われるにきまっている。
逃げたいが出入口は一つだ。そして動くのもできないくらい出血が多いし怪我が痛む。
逃げ場はないのだ。守ってくれる大人もいない。
親方でさえもナイフを片手に聖職者の波に紛れてこちらへやってくるのが見える。

「さぁ、悪魔に終焉を」司祭様が血の滴る銀のナイフを掲げながら声高らかに宣言する。
きっと司祭様のあのナイフで自分は刺されたんだろう。
そういえば、悪魔はどこに行ったのだろう?そしてなぜ自分は刃物を持つ集団に囲まれているのだ?
脳内麻薬のエンドルフィンが出たのだろう、傷みが理解できなくなり、痛くなくなる。
震える子ヤギのように、アリストは円形に自分を取り囲む大人たちの声に耳を傾けた。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.57 )
日時: 2013/05/25 00:51
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

「どうするんですかベレス?このままじゃ僕たちも殺される」
「んな事はわかってる、グラーシャは黙ってろよ・・・」
「あぁら、司祭相手にべらべらしゃべってた時とは威勢が違うわねぇ」

突如として体の内側から声が聞こえてきてアリストは瞬きを忘れて硬直した。
コレは一体どういうことだ?何で聞き覚えのない声が自分の内側から聞こえてくるのだ?ひょっとして悪魔の声?
ぞっとしてどうしていいか解らずに司祭の方へ目を向けると、ナイフを厳かに胸の前に掲げてゆっくり近づいてくるのが見える。
のろのろ進みながら、神様に祈りをささげ、悪魔退治の成功と子供の命を差し出すことの許しを請うて居るのだ。

「ベレス君、祈りが終わっちゃうと私たちは串刺しだよ」
「仕方ない・・・こうなったらベリトに子ヤギと我らの契約を結んでもらう必要があるな」
また声が聞こえて、アリストは思わず自分の襟首をつかみ、そっと腹部を覗き込んだ。
そこから声はしてくるのだが、やはり何も見えない。
ベリト?ベレス?一体誰だ?しかも何か契約がどうとか言っているが?
と、辺りを静寂が包んだ。
ハッとして顔を上げると、司祭様たちの神への祈りが終わったのだ。
それを悟るとアリストは血の気が引くのが解った。
祈りが終わったら、やることはひとつ。
悪魔をアリストもろとも滅するのだ。

と、すばやく声が聞こえた。
「私は契りを求めるもの、ベリトなり。生きたくば、我ら72柱と契約を結ぶべし」

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.58 )
日時: 2013/05/25 02:43
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

「えっ」
内側から聞こえてくるその声は、契約を結ぶよう誘いかけてくる。
悪魔との契約は、おぞましいものだと宗教が根付くこの街の住人ならだれでも知っていること。
「迷っているとお前死ぬぞ。我ら72柱と契約をして、この場から逃がしてほしいと願えさえすれば、ここから逃がしてやることも出来る」
ベリトのきれいな声がその契約内容を語れば、すべて正論で良い案に聞こえてくる。
「もう時間はない。もう一度聞こう、我ら72柱と契約を結ぶのか?」

—ベリトの言う通りだ。時間はない
アリストは緑色の瞳をいっぱいに開き、迫ってくるナイフの刃を見つめた。
ためらいのないナイフの刃たち。それらが聖水を滴らせながらもう寸前まで迫ってくる。
生きたくば、契約内容をじっくり確認する暇はない、ただちに契約しなければ。
—死にたくない
死なないで済むのなら、悪魔とだって契約を結べばいい。
後でどうなるかわからない。だが死にたくない。
代償は何かも知らないまま、アリストは顔を傷だらけの両腕で覆いながら目をぎゅっと瞑って叫んだ。
「契約する!!」

叫んだ瞬間、首にかけられた銀の鎖と指にはめた銀の指輪がまばゆく光を放った。
その光は司祭たちをひるませながら、花火が上がるように天井まで上り、空中で静止した後重力に従って大理石の床に落ちた。
アリストの膝元に落下したその光は、床に落ちた瞬間アリストを中心に円形に広がり、幾何学模様を描いた。
「?!」
強烈な風と光が円形を渦巻くように発生し、その場に居た全員がひるんで顔を腕で覆い尽くす。
アリストだけがぽかんと口を開けて目の前に降り立った人物達を見つめていた。
「契約は成されました」
ふわりと床の上に着地する三人は、人の姿をしているが何か異質だった。
一人は黒い燕尾服を着てふちの広い帽子をかぶる顔色の悪い少年の姿をしており、髪の色が赤紫色をしている。
その手には司祭たちが持っている刃物など比べ物にならないほどのナイフが装備されている。
青白い顔は司祭たちの方向を向いており、赤い瞳がうつろそうに彼らを眺める。
その脇に立ってこちらを見つめているのは真紅の鎧に身を固める美しい顔立ちの青年。契約は成されたと言ったのがコイツである。
その隣に修道女のような少女がちょこんと立っており、紺色の頭巾をすっぽりかぶって、そこから覗く茶色の前髪が見える。
灰色の瞳でアリストの傷の具合を目で確かめているようだ。

「ブエルは子ヤギの傷の手当を。グラーシャは奴らの相手を。私ベリトは契約の確認を」
真紅の鎧の青年ベリトがゆるゆるとお辞儀をしながら脇に居る二人に指図する。
ナイフを構える少年はグラーシャ。修道女のような少女がブエルというらしく、それぞれがすばやく動く。
グラーシャは何食わぬ顔で両手で構えたナイフをためらいもせずに修道士たちに突きつけて切りかかる。
悲鳴がどっと上がり、たった一人に大勢が制圧されていく。
それを眺めていると、目の前にブエルがしゃがみこみ、そっと傷口に触れてきた。
かわいらしい少女の悪魔は驚くことに触れただけで傷を癒す能力を持っているらしい。
次々に深い傷が消えていき驚きに息を呑んでいると、ブエルの隣にベリトがかがみこんでアリストを覗き込んだ。
「まぁ、契約内容の詳しくはここを脱出してからにしましょうか」

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.59 )
日時: 2013/05/27 23:07
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

「ケガはこれで大丈夫ね」
ブエルが傷の手当を終えて、にっこり微笑む。
清楚そうなこの少女の右目の目元には、黒い星型の模様がついていた。
良く見ると、ブエルの修道服にはところどころ六角星が刺繍されている。
「私に怪我を治してもらった患者は、これから一生北極星に祈らなくてはならないの」
ブエルは祈るように両手を組み合わせると、目を乙女のように輝かせながら言う。
「一日に三度、私が次に治す患者の怪我が治るように祈るのですよ、いいですねっ」
「は、はぁ・・・?」
びしっと人差し指を寄り目になるほど眼前に突き出され、アリストはきょとんとしながら頷く。
なにやら善良的な不思議な悪魔の少女である。本当に悪魔?とアリストが疑っていると、ケタケタ笑う声が聞こえてきて背筋が凍った。

みれば、あの刃物を手にしていた燕尾服の悪魔が身体を震わせて笑っている。
「あ・・・・」
そこで気づいたが、燕尾服の悪魔の足元には修道女や聖職者が何人か倒れて血を流しているではないか。
その修道服はじわじわ赤に染まっている。
「ククク・・・」
異様な雰囲気をまとって笑う燕尾服の悪魔、グラーシャは恍惚の表情で二つの刃物を交差させるように頭上に掲げた。
根元まで真っ赤に血を滴らせた刃物を見る目つきは、恋するようだ。
「素晴らしいです・・・あぁ、なんて綺麗なんでしょう、ねぇそう思いませんかぁ」
完全に惚れこんだように血液を見つめる悪魔に、おぞましいという感情が沸き起こる。
そこでやっとアリストは自分が致命的なミスをしたと気づいた。
(助けられるべきじゃなかった・・・こんな奴ら、僕を犠牲にしてでも始末すべきだったんだ。悪魔と契約なんて、後で何されるかわからない)
自分の肩を抱きしめ、床に座ったまま震えると、赤い鎧のベリトがイラついたようにうなる。
「いい加減にしろ、グラーシャ。お前の血液を見ると性格が猟奇的になるところは否定しないが、ちゃんと仕事は済ませろ。遊ぶのはまたの機会にしろ」
ベリトの言葉に、グラーシャが真っ赤の目を不平そうに細めて振り返る。
「数千年ぶりに遊べるというのに、我慢しろっていうんですかベリト。・・・仕方ないですね」
ため息をついたグラーシャはナイフを握りなおすと、一気に人々の群れに踏み込んだ。
いたずらに切りかかるのではなく、何か目的があるようにずんずん突き進み、そしてある人物の前に仁王立ちする。

「フォーテュン・フォン・ジロア、司祭とエクソシストの両立をする神の御使い」
言いながら、あたりの気配が変化するのをアリストは身をもって感じた。
可憐なブエル、美しいベリトまでも、目を輝かせている。
体の内側に残っている悪魔達も、何か待ち望んでいる様で、自然とアリストの動悸も早まる。
と、司祭が反撃しようとして切りつける刃物をやすやすとはじいて、グラーシャは司祭に飛びついて押し倒した。
「では、遠慮なく頂きます」
グラーシャが牙をむいて、その鋭い犬歯で司祭の首にかじりついた。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.60 )
日時: 2013/05/28 00:49
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

司祭の断末魔をあげる口を手でふさぎながら、グラーシャは暴れる司祭に馬乗りになって吸血鬼がするように首に噛み付いて血液を吸っている様だった。
ただアリストは直視できず、耳をふさいでがたがたと震えているしか出来なかった。
それは他の人々も同じで、司祭が押し倒されて食われ始めると、残りの聖職者達は泡を食ったように逃げ出した。
ただぽつんと残っているのは、マクバーレン親方であり、どうしようもない放心状態に見舞われているようだ。
ただもう刃物は床に取り落としており、倒れている人々の間に転がっている。

「さすがにエクソシストはすごいな。空腹感がすぐに消えていく」
グラーシャが司祭の首に口を寄せてから数分が立ち、最初に口火を切ったのは悪魔のベリト。
その赤い鎧に包まれた両手を開いたり閉じたりして、力がみなぎるのを確かめているようだ。
「数千年の飢えをたった一人で補うなんて、相当強い力の持ち主だったのね」
ブエルが身を乗り出して司祭を見つめる。
司祭はもう暴れておらず、覆いかぶさるグラーシャの燕尾服の隙間から見える手足は血の気を失って変色している。
「ぅ・・・・うわあああっ」
と、急に呆然と突っ立っていたマクバーレンが雄たけびを上げてグラーシャに突進した。
馬乗りで四つんばいのグラーシャは不意を疲れて突き飛ばされ、目を真ん丸くしながら大理石の床を転がった。
起き上がったグラーシャの口元は血まみれであり、それをごしごしとぬぐいながら何が起こったのかわけがわからないようで目をぱちくりしている。
実際のところ、アリストもブエルもベリトも分けがわからずに、ぽかんとマクバーレンを見つめていた。

マクバーレンは司祭にすがりつくと、必死に起きてくれと叫んでいる。
肩をがたがたゆすってその青ざめた頬をひっぱたくが、もう司祭は虫の息。
グラーシャにより、もうその体内の血液はほぼ吸いだされている。
「ウソだろ・・・最高司祭様が死ぬなんて・・・俺達はどうなるんだ」
マクバーレンが絶望的な声でつぶやくと、少々イラついたグラーシャの声が返答する。
食事を邪魔されていらだっているようだ。
しりもちをついた状態で、青白い顔色の悪い表情のまま言う。
「僕の食事の邪魔をするあなたはもちろんのこと、当然この街の連中は一人残らず僕らのご飯になりますよ。司祭が最初に裏切ったんだ、それくらいしなきゃ気がすまない」
いうなり、ものすごいスピードでグラーシャが床を蹴り、犬が主人に飛び掛るような格好でマクバーレンに飛びついた。

「司祭様一人じゃ、お腹いっぱいにはならないんでね」

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.61 )
日時: 2013/06/01 15:01
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

danke 200!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

グラーシャがマクバーレンの首に噛み付こうと組み合っているシーンを見て、アリストは思わず立ち上がった。
貧血でふらふらするが、首を振りながら白くなる視界を振り切る。
「やめろ・・・」
ブエルとベリトがはっとしてアリストを見上げるが、72の悪魔の飢えをしのぐため働くグラーシャはまだ暴れるのをやめない。
それどころかアリストに気をとられたマクバーレンが力負けして首を噛み千切られそうになっている。
「や、やめろ!」
アリストは今度こそ駆け出し、グラーシャに飛び掛った。

「うわ!」
おでこでぶつかって、ごちんと脳天に響く音が直接骨を伝って鼓膜をふるわせる。
「うわぁ・・・うぅ・・・痛い」
歯をかみ締めて頭突きしたアリストとは違い、不意打ちのグラーシャは頭に槍が突き刺さったような痛みにうずくまる。
マクバーレンは気絶しており、アリストは呼吸を確認すると安堵したようにため息をついた。
そして今更ながらおでこにジンジン走る痛みに気づき、グラーシャのように頭を抱えてうめく。
「なんてヤツだこの人・・・怖いです」
グラーシャが涙目でアリストのことをにらみ、よろよろブエルのほうへ歩いていく。
ブエルがあっけに取られたようにアリストを見つめながらグラーシャの赤くなったおでこに手を当てる。
「ありがとございますブエル」
内出血が癒されて、グラーシャはアリストをにらんで帽子を深くかぶった。

アリストも同様にブエルに癒してもらい、悪魔三人に言った。
「と、とにかくこの街の人たちに手を出すな・・・!」
おでこを撫でながら三人を見回す。
「そ、それと怪我をした聖職者さんたちの手当てと・・・司祭様の具合を見て、あの、ブエル・・・お願い」
ブエルは他の二人と目を合わせると、肩をすくめて一応従った。
幸いなことに、グラーシャに死の床まで追い詰められた司祭様はぎりぎり一命を取り留めたらしい。
多量の血液不足で障害が残るかもしれないが、生きられるという。


Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.62 )
日時: 2013/06/01 15:44
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

「ところで契約だけど—」
ベリトが口を開いた瞬間、くんくんと鼻をひくつかせる。
そしてハッとしたように祓魔の部屋の扉を押し開けた。
そこからアリストにもわかる何かが燃える香りが漂ってくる。
「なんか・・・焦げ臭いね」
アリストが顔をしかめて言うと、バカ、とベリトが叫ぶ。
「焦げ臭いどころじゃない、奴ら、この教会に火をつけたらしい。本当に聖職者か?」
最後は嘲笑するように言うが、アリストにとって笑い事ではない。
ぎょっとして思わず立ち上がる。
「ちょ、ちょっと・・・逃げなきゃ!親方と司祭様とそこの聖職者達を運んで外に出ないと!」
アリストは必死に親方の肩を叩いて起こそうとするが、そんなことしないでとブエルの声が咎めた。
えっと振り返ると、優しげな彼女は耳をそばだてるような仕草をして言う。
「あなたを殺そうとした人たちよ。起こしたらまた怪我をさせることになる。それに、この声が聞こえないの?」
アリストは親方の上着を握り締めながら、耳をそばだてる。
人の聴覚では聞こえつらいが、扉に近づけば声が聞こえた。

「もっと燃やすものを!」
「中には司祭様が?」
「構うな、もう皆とっくに死んでいる!燃やせ!」
「あの悪魔の憑いた少年を殺せばすべてはおわるのだ!」
「すべてがうまくいくように神に祈れ!」

アリストはひるんだように後ずさった。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.63 )
日時: 2013/06/05 18:49
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

「どうします、ベレス?フラロウスでも呼びますか?」
と、ふいにグラーシャがアリストに向かってしゃべりかけた。
アリストは振り返り、眉を寄せて不審げにグラーシャを見つめ、言った。
「僕の名前はアリスト—」
「—フラロウスを呼ぶと、この街のエクソシストは残らず死ぬがな」
と、自分の声にはもるように胸元から声が響き出てきた。
ビックリして胸元を見下ろすが、そこには何もない。
見かねたブエルが優しく教えてくれた。
「あなたの体の中に、今は私たち72柱が宿っているの。もちろんこの私ブエルの本尊も、今はあなたの中に存在している」
だがアリストは理解が追いつかず、ブエルを指差しながらもごもごとつぶやいた。
「でも、ブエルは・・・ちゃんとここに居るし触れるし・・・」
ブエルは小首を傾げ、目元に笑みを溜めながら微笑み、首を振った。
「お線香と同じよ。今ここに居る私は煙。煙の私は殺されても死なない。だけど、煙の元である線香を破壊されれば、煙は出なくなる。つまり私の本体である線香はあなたなのよ」
線香?と首を傾げたアリストに、グラーシャが熱心にしゃべりかけ続ける。

「・・・別にエクソシストが焼き殺されようが、僕は構わないです。子ヤギを逃がさなければ僕達も死んでしまいますからね。外に逃げてもエクソシスト共が居ますし、いっそ殺してしまった方が—」
物騒なことを言うグラーシャに、アリストが顔をしかめて言い返す。
「や、やめろ!聖職者さんたちは悪くない、殺すなんて!」
フラロウスが誰でなんなのかは良くわからないが、この場に呼ぶと聖職者はすべて殺されてしまうらしい。
拳を握って叫ぶが、グラーシャはアリストを完全無視でベレスと会話を続ける。
「だがこれ以上炎に建造物が耐えられそうもない。逃げる途中で子ヤギが建物崩壊による圧死や、煙に巻かれて死なれては困るからな—・・・」

しばらく悩んでいたベレスは、巻き上がる炎の轟音と三人の悪魔のあせるような視線でようやく、決めたようだった。
「そうだ、ハジェンティをつかわそう」

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.64 )
日時: 2013/06/06 20:55
名前: 哩 (ID: 9KPhlV9z)

「ハジェ—」—ンティ?と、つぶやいたアリストの言葉は強烈な光線にさえぎられた。
ベリトやグラーシャ、ブエルが現れたときのような光が指輪から放たれ、即座にアリストの足元に円形の輪が現れた。今回はその輪がはっきりと見ることが出来る。
淡く褐色に輝くその輪は魔方陣と呼ばれるものだが、学のないアリストはなんなのかわからないで居た。
二重の輪の中に、意味のわからない記号や地上絵のような紋様が浮かび上がる地獄の扉だとアリストは考えていたのである。

光線が去り、あたりが再び静まると、輪の中心に位置するアリストから少し離れたところに大きな影がぬっと身を起こした。
「っ・・・!!」
それを目撃して、緑の目を皿のように見開きながら、アリストは全身の毛を逆立てて硬直してしまった。
それもそのはずだろう、今まで出てきた悪魔は姿かたちは人の物だった。だが、今回出現してきたハジェンティはというと・・・。
「わしに何を望む」
ゆったりと温和そうな年寄りめいた声で語りかけてくる悪魔は、上半身は声の通りたっぷりひげを蓄えた老人。だが下半身は牛だったのだ。
つまり、キメラである。ギリシア神話でとある小島の地下迷宮に囚われていた半人半牛のキメラが、今目の前にその巨体を横たえていた。

「う、あ・・・わぁ?!」そろそろと後ずさりしたアリストは、気絶して伸びている親方の頭に躓いて後ろ向きに転んだ。
脳に振動が渡ったことがよかったのだろう、親方がハッと目を覚ました。
「親方!」
目覚めた親方にすがりついたアリストだったが、親方がものすごい叫び声を上げて立ち上がるので、固い大理石の床にしりもちをついた。
「バケモノ!何てことだ、コレは夢か?」
立ち上がった親方はきょとんとこちらを眺める四人の悪魔の内、ピンポイントでキメラのハジェンティに指を突きつけて叫んだ。
突きつけられた指先は恐怖で震えており、目は怖いくらいに見開かれ充血していた。
「ミロス島の人食いのバケモノがなぜここに居る!アレは神話じゃなかったのかよ、わけがわからん!神よ、加護を!」
いうなり、胸元の十字架を引っつかみ、もう片方の腕でアリストの華奢な腕を引っ張った。
そして決死の覚悟で走り出した。
「逃げるぞアリスト!」

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.65 )
日時: 2013/06/11 15:23
名前: 哩 (ID: b9u1LFxD)

マクバーレン親方とアリストのことを、驚くことに悪魔は誰一人として引き留める気はないらしい。
あっさりと4人の間を通過した二人は扉から出ていく。

「ハジェンティ、お前の錬金術で子ヤギを生きたまま脱出させろ」
べレスが去りゆくアリストの体の中から命令すると、牛と人のキメラの彼はゆったりうなづき、軽くあたりを見回した。
そしてそっと屈んで人差し指で大理石の床を柔らかくなでると、突如変化が訪れる。
教会の床を覆い尽くす大理石のタイルがまるで生き物のように鼓動し、巨大な手の形に盛り上がった。
ハジェンティが指先を大理石から離し、大理石でできた手を見つめ、自分の手を扉の方へ動かした。
ハジェンティの手と連動して動く大理石の手は彼の手と同じように動き、三人の悪魔に見守られながら、アリストとマクバーレンの背中を追いかけて扉を突き破り、破壊しながら進んでいく。

「親方…僕は」
親方に手を引かれて長い廊下を走るアリストは、ためらいがちにしゃべった。
廊下には二人の靴音が響き渡り、透明なガラス窓からは赤々とうねる炎の姿が時折ちらついているのが見える。
火を見て親方は驚愕の表情を浮かべていたが、窓際に見える聖職者たちが薪をくべる様子を見て何も言わない。

「僕はどうなるんですか?」
中心部から離れれば離れるほど教会の外で火を炊く聖職者の叫び声や祈りが聞こえてくる。
僕はいったいどうなるんだろう。やっぱり教会の外に無事に出られても、悪魔の憑代として殺されるんだろうか…?
そんなことを思いながら親方の返事がないところを見ると、死ぬ運命にあるらしい。

「悪魔は今祓魔の部屋にいる。お前の体から抜け出したから、もうお前が殺されることはないだろ…」
親方の言葉に、アリストは言い返す。
「でも外にいる人たちにはなんていうの?僕を殺そうとして教会に火を放ってるんだよ!」
「うるさい黙れ!悪魔どもは司祭様の体をのっとった、と言えばいいだろうが!」
叫ぶなり走る速度を上げたマクバーレン親方。アリストはついていくのに必死で黙り込んで足を懸命に動かした。

あと少しで出口というときに、アリストは妙な気配を感じて頭上を見上げた。
「親方っ上!!」
とっさに叫んだ時には、炎に舐められて限界を迎えた石造りの教会の天井が崩落した直後だった。
スローモーションが世界を支配する。親方が上を見上げて何か叫ぶが、理解できない。
アリストの瞳に映りこむのは、次第に迫ってくる巨大な石の屋根と、崩れた天井の隙間から見える星の輝く夜空だった。
あぁ、時よ留まれーそう心の中でつぶやき、悲惨な自分の未来を見ないように目を覆った.

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.66 )
日時: 2013/06/12 16:43
名前: 哩 (ID: 96w0qmMc)

硬いものにぶつかって、岩が破壊される音が続いた後、ぱらぱらと小さな砕けた石が床に転がる音が響いた。
アリストは目を覆った手を解いてみた。死ぬにしてはあまりにも痛みがなさすぎたし、身体に叩きつけるような衝撃が無いなどおかしい。

瞳を開いてみれば、目の前は曇り空のような色の滑らかな岩で覆われている。
なんだこれは、と指でその表面を撫でてみると大理石らしい。その大理石が包み込むようにアリストを閉じ込めていた。
「僕は死んだの?」
四方を眺めれば、薄暗い中にかすかに光が見える。足元には親方が伏せており、まだ事態が飲み込めていない様子だった。
「チューリップの中に閉じ込められてるみたいだ」
アリストは二人を覆う灰色の滑らかな石にふれて回った。まるでチューリップの花弁の中に閉じ込められてしまった様である。
と、その灰色の石がかすかに振動し、てっぺんから花が開くように開いて空が見えた。

澄んだ空気が辺りを包んでいる。見上げると美しい教会の残骸から、夜空が覗いている。教会はずたぼろで、もう火を噴く廃墟と化していた。
「おい、あそこ——!」
呆然と教会を眺めていたら突如声が聞こえてくる。ハッと身構えると、聖職者達がどっと押し寄せてきた。
と、アリストとマクバーレンを包み込んでいた手の形をした大理石は砂が崩れるように形をくずした。聖職者達の目に触れるのを恐れたかのようである。
「いたぞ!生きている!」
聖職者達は松明を掲げてアリストに突進してきたが、伏せていたマクバーレンが立ち上がり、聖職者達の前に立ちふさがった。
聖職者達が恨めしげにマクバーレンのことを見つめたが、親方は一歩も引かずに両手を広げて吹聴した。
「やめろ、悪魔どもは司祭様の身体に乗り移り、そして司祭様はあの火事で焼け死んだ!悪魔はもう居ない!」
その言葉で真っ赤な炎に照らされて鬼のような形相をしていた聖職者達は表情を和らげた。
皆顔を見合わせて松明を放り投げてうれしさに抱き合って涙を流すものも居た。
「我々は救われたのだ!」

「愚か者が!我々は救われてなどおらんのだ!!」
歓喜した聖職者達を罵倒するように、老人の声が雷のように空気をふるわせた。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.67 )
日時: 2013/06/25 22:55
名前: 哩 (ID: 0WXvDdTM)

「お母さん、昨日の夜何があったの?」
トルテは窓の外から見える光景に信じられないという響きを乗せて母親に尋ねた。
だが彼女の母親は答えようとせず、カウンターの傍で掃除をしている。
こちらに背を向けているので表情は見て取れない。
「ねぇ、何があったの?どうして教会が燃えちゃってるの?昨日までちゃんとあったのに、今もうぼろぼろだよ」
しつこく聞いても彼女の母親は何も答えなかった。
「お母さんなんで何も言わないの?さっきの殉教者様が来たときからずっと黙りっぱなしだよ!」
母親はなおも黙り込み、トルテはついに諦めて店の外を眺めた。
数分前、トルテと母のいるケーキ屋の戸を叩いたのは燃え尽きた教会の殉教者。
それが母親になにやら言い、それから母親はずっと黙ったままだ。
「いいよもう、アリストに聞くから。早くアリスと来ないかなぁ」
トルテは膨れたまま窓の外に顔を向けたので、その背後で母親がびくりと身を震わせたのを知る事はなかった。

ぽたんぽたんと水滴が滴る音がやけに響いている。
ここはかび臭く、冷たい場所。
光がわずかに差し、薄暗い中をねずみが鳴き合う声がする。
ここは牢獄、地下牢獄だ。教会の真下に位置するこの牢獄は神にそむく背信者を閉じ込めるためのもの。地下は焼ける事はなく、綺麗に残っていた。
そこにアリストとマクバーレンは投獄されていた。
罪状は悪魔のよりしろをかばったこと。
二人には教会から死刑が宣告されており、明日の早朝にアリストには火刑、マクバーレンには断頭刑が科せられる事になった。

教会はアリストが悪魔の力で燃やしたと、そしてマクバーレンは悪魔を庇護し、神にそむいた罪により死刑宣告されたことを、今朝の殉教者は告げまわっていたのである。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.68 )
日時: 2013/07/06 15:01
名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)

諸事情で放置してました〜
300超えてて驚いた!見てくれてる人ありがとう!


「さて、契約の確認だけどね」いつの間にかアリストの体の中に舞い戻った悪魔の声が胸から聞こえてきた。
この声は・・・たしかベリト。赤い鎧に身を包む、好青年尾悪魔だった気がする。
「僕に、何か払えるものがあるかな」アリストは完全に意気消沈した声で、体内に染込んで呪縛された悪魔に問いかけた。
「簡単簡単、別に魂をくれとはいわないし」ベリトはアリスとは対象に明るい声でそう告げてくる。「ただ—」
「おい、オマエ悪魔か」ベリトの声をさえぎって、牢の反対側に収容されているマクバーレンがその低い声で声をかけた。
アリストが顔を上げると、マクバーレンは檻に手を添えてこちらをにらんでいる。
「どうしたの親方」ほとんど棒読みでアリストがたずねると、マクバーレンは悪魔の姿を探すように辺りに目を動かす。
だが暗くじめついた、悪魔には適任のこの空間にその姿は見えない。
代わりに「何でしょうかねぇ、取引の真っ最中なんですが」と不機嫌そうな声がアリストから聞こえてくる。
「悪魔のアンタならこんなこと簡単だろ、今すぐ教会の聖職者のアホどもを全滅させてきてくれよ。こんな牢獄に突っ込みやがって腹が立ってるんだ」
だが親方はひるむことなく、悪友に頼むように悪魔に言った。
「いいですけどねぇ、あいにくその忌々しい指輪で封印されてるんで」
「だったらそんなもの早く引っこ抜いて、聖職者を全滅させて世界中に散れば良いだろ何百年も出てないんだろ、外に」
悪魔のぼやきに、親方は相当頭にきていたのだろう、悪魔をそそのかす。
「かれこれ3000年は閉じ込められました」悪魔の言葉にアリストは驚愕して「そんなに?」とつぶやいた。
「まぁとにかく、契約内容の確認ですが、それは指輪を引き抜いてほしいということです。親方さんもそういっていることだし、ついでに聖職者を喰らって出て行くので、あなた方に迷惑は掛からないかと?」

悪魔の言葉に、アリストは悩んだように少し沈黙した。


Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.69 )
日時: 2013/07/06 15:21
名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)

「何が明日の朝だ。さっさと処刑せねばまたあの悪魔がッ・・・!」
聖職者の中で一番の打撃を受けた司祭様がいらだったように目の前の机を拳で叩いた。
鈍い音がすると、その場にいた聖職者達はびくりと肩を震わせる。
ここは市役所の一室。教会は燃え尽きてしまったため、彼らの新しい本拠地はここに移転した。
4にいた聖職者の内の一人が、おずおずと前に進み出て祈るように言った。
「ですが・・・魔女狩りや魔狩りは神のおられる日曜日に行うのが名目です。神の加護を受けられ、確実に退治できるのはこの日しかありません」
言った聖職者に向けて「ばか者!」と司祭様はつばを飛ばしながら再び机を勢いよく叩いた。
その音にびくっと身を震わせ、聖職者達は数歩後ずさる。
悪魔はアリストの中に封印されていると司祭が言い張るが、マクバーレンの吐いたうそを信じ、司祭様の中に悪魔がおり、捕らえた二人を殺害することによって悪魔はいなくなったと思わせることが狙いなのではないかと、疑うものは大勢いた。
事実悪魔とのいさかいが起きてからというもの、司祭様は異常なほど猛り狂っている。
だが皆、反抗したら憑り付かれて殺される、残酷な殺され方をされる、と恐ろしくてしたがっていた。
「あの悪魔は階級が高い!すぐに始末しないと取り返しのつかないことになるぞ!いいか、死刑を早めるのだ!今日、すぐに、夕方にでもだ!」
「は、はいぃ」その剣幕に怯え悲鳴を上げながら聖職者達は逃げるように部屋を出た。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.70 )
日時: 2013/07/07 21:52
名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)

「もうじき日が沈みますね、確かあなた方の処刑は明日の朝・・・でしたね?」ベリトの声が再びして、アリストは自分が眠りこけていたことに気づく。
「あれ、いつ寝ちゃったんだろ」アリストが眠そうな目をこすりながら悪魔にたずねる。確か契約の確認の最中だったような・・・。
目の前の檻の中の親方も、豪快にごろりと寝そべって眠っている。
「ま、無理もありませんね。あなた方、昨晩は教会諮問召喚で一睡も出来なかった上に、完璧なる命の危険にさらされていましたから」
ベリトの少し上から目線な声がすると、ふいに重奏に響いていた自分の鼓動の1つがするりと身体を抜け出してくる気がした。
心臓のひとかけらが勝手に抜け出すような気分を覚え、アリストはとっさに胸元を押さえるが、その欠片は見事に目の前にふんわりと着地する。
真っ赤な鎧、契約を欲する悪魔ベリトがかがみながらアリストを見下ろしている。
「気づきました?」アリストが異様な面持ちでベリトを見上げている中、悪魔は腰に手を当てて片手を妙な具合に振りながら説明する。
「あなたの心臓の音は、今は73の重奏を奏でているんですよ。1つはあなたの、あとの72の心音は私たち悪魔のもの。つまり私たちは一心同体ということになってしまったわけでして、死の間際も一緒なんです」
あぁ、それはなんとなく解ってる、とアリストは頷いた。
まだ体内にいる71の悪魔と自分の鼓動が脈打つ胸を押さえながら「司祭様に殺される寸前に聞いた」とつぶやく。
「まぁでも、私たちの実体をいくら殺しても死なないわけで、実質的に狙われるのはあなたなんですけどね」
人事のように言われて、むっとする。
ベリトは気を悪くしたアリストのことなど気にもせず、さて、と一言つぶやくとアリストの隣に腰掛けた。
「眠いだろうけれど我慢してくださいね。現在午後4時をまわったところです。あなた方が死刑されるまで13時間しかありませんからね、さっさと契約の証を貰いますよ。さぁその手の指輪を引き抜いてください

「・・・・・・」アリストは黙ったままゆっくりと指を指輪に這わせていく。
指輪を引き抜いてしまって良いんだろうか?契約の証として、これを引き抜かないとどうなるんだろう?

と、突然、バターンと落とし戸が乱暴に跳ね上げられた音が響いた。
ハッとして身をこわばらせると、白い司祭服を身にまとう団体が、頭に真っ黒の被り物をしてこちらに下りてくるのが目に入った。
手には鎖がじゃらついており、それで誰かを縛るらしい。
と、その鎖をムチのように振り、親方とアリストの入っている檻を乱暴に叩く。鉄格子がゆれて凄まじい金属音がした。「おきろ、今夕時より、お前たちの処刑が行われる!」
言いながら、具現化したベリトに聖水をぶちまけ、その身体を消滅させた。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.71 )
日時: 2013/07/09 15:40
名前: 哩 (ID: b9u1LFxD)

最初にアリストが鎖で撃たれ、そして地上までずるずると司祭服のやからどもに連れていかれる。地下室の階段は角ばっているため膝や腰を強打し低く唸る。
「聖水を絶やすな!かけ続けろ」アリストが檻から出された直後から黒頭巾のやからは聖水をたんまりとためたスズのバケツをまるで炎を鎮火させる消防士のようにひっきりなしにアリストにかけ続けていた。
あらしの日のようにずぶぬれで呼吸もままならないまま、アリストはやがて地上に引きずり出される。
びしょ濡れの顔に赤い光が直撃して思わず顔をそむけた。
もう朝?いや違う。この赤く空を染めるのは夕日だ。まだ約束の日じゃないのに僕は処刑されそうになってる!
アリストの見開いた目に戦慄が走り、引きずられていく方向に嫌でも顔を向けてしまう。
あぁ—断頭台だ。そして僕を焼く十字架の貼り付け台と大量の薪がくべてある。
「なんだお前ら、財政難だとか言って俺の懐の金をいやらしい犬のように媚びてきたくせに!あの時の恩はどうした!それでも神の使いか?」
その怒号にアリストは我に返った。かけられる聖水の向こうからにじんだ親方が見える。
僕をかばったから親方も…アリストが悲痛そうに眉を寄せていると、72の鼓動が一気に飛び跳ねた。
聖水のせいで聞こえなくなっていた悪魔の声が、あわただしく胸の内から吹き出す。
「くそ司祭どもめが」「やっぱりフラロウスを具現化させるべきだったんですよ」「アイニも外に出て遊びたーい」
一斉に聞いた声も聞いたことのない声も噴出してきてアリストはうろたえる。司祭たちは度肝を抜かれたように飛び上がり聖水をかける手を二倍速くらいに速めた。
「くそどもめ……」悪魔たちの声は聖水がかけられると聞こえづらくなり、低音や高音が時折断片的な音を発しているようにしか聞こえなくなる。
聖水をかけられながら自分の体が縛られつつあることを悟り、アリストは真っ青になった。
左手が添え木に鎖で括り付けられた。もう動かせない。右手と両足をばたつかせるが、多勢に無勢、右足も固定される。
聖水で洗われ続ける視界の先に親方の首が断頭台に設置されるのが見えた。分厚い錠前が落され、親方が狂ったように暴れてももうはずれない。腹の底がひんやりした、親方はもう逃げられないのだ。そして僕も。
アリストの四肢すべてが鎖で撃たれ、聖水の上から油をぶちまける。
分離した油は黄色く濁り、導火線のようにはっきりと見える。

「あぁうそぉ!!」と、高らかな声が聞こえ、アリストは辺りを見回して驚愕した。
断頭台と貼り付け台を中心に半径5,6メートルほどの近さにギャラリーが集まっていたのだ。
この街初めての公開死刑に、教会から促されたのだろうか市民がずらりと並んでこちらを見ていた。
その中で、その悲鳴を上げた女の子を、すぐ見つけられたのは不思議だった。
「トルテ」ぼそりとつぶやくと同時に、トルテの母のおかみさんが、幼い彼女の口をふさいで抱きすくめる。
静かに、教会の命令で黙って見ていなくてはいけないの、と彼女の口が動くのが見えた。トルテは泣きじゃくって悲鳴を上げている。
こんな幼い彼女になんて光景を見せる気なんだ教会は、と冷静に怒りに燃えていると市民のざわめきが一気に引いた。
なにごとかと首をめぐらせると、最高司祭のフォーテュン・フォン・ジロア大司祭が斧を持ってやってくるのが見えた。

あぁ、はじまるのだ、死刑が。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.72 )
日時: 2013/07/10 17:34
名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)

あの斧は何に使うのか、いな、断頭台のギロチンの刃にくくりつけた縄を切断するためのものだ。
ギロチンにつながる、親方の命を左右するこの縄は断頭台の床に打ち付けてあり、張り詰めた弦のようにピンと張っている。
その縄をあの斧で叩ききれば、ギロチンは重力の力で親方の首もろとも落ちる。
「その子供の指にある指輪を厳重に固定せよ。二度と・・・殺したとて2度と抜けぬように」
言われたとおりに、アリストの薬指にはめられていた指輪が篭手のようなもので厳重に締め付けられる。
そのせいで指を曲げることすらもう叶わない。
あぁ—と声が聞こえた。耳をくすぐるこの美しい声は悪魔達の声か?
あぁ—契約の証—何をぐずぐずしていた—さまざまな声が胸元から声を荒げ、その72の鼓動が苦しいほどに飛び跳ねる。
「悪魔を逃がすな。聖油をかけ続けなさい」司祭様は冷静な口調で、斧を振り上げながら部下達に指図する。部下の黒頭巾たちはタルいっぱいの聖油をアリストにぶちまけ始めた。
悪魔達の声がどろりとした油の下に消えてゆく。

「市民よ、恐ろしい出来事が起きた。奴隷の子が意図して凶悪な悪魔の封印を解き放ち、あの教会を焼け落とし、この街の子供たち全員を喰らい尽くそうとした」
司祭の口からは嘘八百が飛び出し、だが聖職者達はウソと気づいていても訂正しようともしない。その言葉に市民達は震え上がる。
同情や信じられない思いでアリストとマクバーレンを見つめていた市民の瞳の、その熱が冷たい色に光っていく。
「神の洗礼を受けたはずのあの子は悪魔と手を組み、そして奴隷の主マクバーレンは悪魔に加担した。だが私があの子供の体の中に悪魔を封じ込め、そしてあの悪魔のような子供もろとも焼き殺す。神よ哀れなあの子供をどうか天に召し、その苦しみに満ちた心をいやしください。そして悪魔に加担したこの男の心を癒しください」
マクバーレンがそれはすべてウソだ!教会はお前らが燃やしただろうが、そのうえナイフで15の子供を刺し殺そうとしたくせに、と叫ぶが、すぐさま猿轡がされる。口に分厚い布をくわえさせられても、親方は悪態をつくのをやめなかった。

それが司祭の勘に触ったのだろう。司祭は祈りを終えると斧を軽く振りながら、マクバーレンの断頭台のところまで歩いていく。
断頭台のギロチンの縄に軽く手を触れながら、高らかに宣言した。
「これより、人として死を迎えられる、また高貴な身分であったマクバーレン卿を名誉の断頭により処する。皆祈りをささげたまえ」
張り詰めた空気の中、祈りをささげるものは誰一人いなかった。はじめて人が殺されるのを目撃するから、そしてその恐怖で身がすくんでいたからだ。
斧がそんな静寂を丸ごと叩ききるように、風を切って縄を引きちぎる。
ぶつりと何かがちぎれ、その一秒後には—

「おやかたっ」という乾いた悲鳴とかなさるようにゴトリと音がした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

返信72いきましたー
もうじき第二章に入ります

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.73 )
日時: 2013/07/11 21:27
名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)

血は出なかった。ただ、重すぎる物質の落下音だけが辺りに浸透する。
「あ・・・ぅ・・・おやかた・・・」アリストは目を見張り、のど元まで競りあがる吐き気と絶望による動悸に吐息に似た悲鳴を上げた。
親方が、死んだ・・・。

享年46年と少し。アリストの育て親で雇い主の街一番の大金持ちのマクバーレンは、司祭の手で処刑された。
18世紀の処刑において断頭は名誉ある死だった。かのマリーアントワネットも王族としての高貴な処刑においてギロチンによって殺された。
王族の類、貴族やら名誉騎士はみな、オノで首を叩き切られるか、可動式のギロチンによってすっぱり首を切断されて死んでいた。
—どこか名誉ある死なんだ?
アリストは恐ろしさのあまり黙り込む市民と当然だという顔で死に絶えた親方の亡骸を見つめている司祭たちをねめつけながら思った。
—首を切り取り、体からその頭が転げ落ちたその亡骸は、ほかのどんな殺され方をした遺体と結果的には同じじゃないか。
—もう親方は笑わない。怒らない、怒鳴らない、しゃべらない・・・

「ひぐっ・・・」予想外だった。緑色の瞳に大粒の涙が温泉のように湧き出て、頬を転げ落ちてゆく。下唇をかみ、声を押し殺した。
仕事でドジを踏むと怒鳴り散らす親方。何かとこき使う親方。大金のおこぼれを少しもくれなかった親方だったけど、いざ失うとこんなにもつらいとは!
奴隷として売られたとき赤子だったアリストを15年の間育てたのは他でもないマクバーレンだった。
どんなに怒鳴ろうが怒ろうが、結果的に育ての”親”だったわけで、その死は心をえぐるような痛みを走らせる。
もういないのだ、親方は。もう戻ってこないのだ、会話も出来ないのだ。そう思うとアリストは涙を止めることは出来なかった。

だが、無常にも司祭たちは死刑を進めていく。静まり返り怯える市民達の目の前で、松明を掲げた集団がゆっくりと行進して来る。
今度はアリストの番だ。
親方の断頭の処刑よりも更に上を行くむごたらしき処刑法。
生きたまま人を焼き殺す、火刑の処刑が開始されようとしていた。


Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.74 )
日時: 2013/07/12 21:46
名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)

親方が殺されてしまったことで、アリストは目前に迫るおぞましき処刑を人事のようにただ見つめていた。
足元に良く燃えるように乾燥させた木々が積み重ねられていく、聖油がその木々に満遍なくかけられている。
人の波にくぐもった悲鳴が時折聞こえるが、そんなトルテの嘆きもアリストの耳には届かない。
「これより凶悪な悪魔のより代として—」司祭様が高く松明を掲げて叫んでいるが、アリストの心はどんより曇って”声”に気づかない。

—死ぬ気か—もう一度契約を取り交わせ—間に合わないぞ—あぁなにやってんの子ヤギぃ
さまざまなその声が気を引こうと騒ぐのだが、効果は全くない。
「—よって今日ここに、古来の悪魔の封印に終止符を打つ」
司祭様の言葉が終わり、こちらに歩いてくる。その手の松明はごうごうと燃え上がりながら、黒い煙を放っている。
ソレを見て焦ったのだろう、悪魔達の声が大きくなる。
—おい、聴いているのか子ヤギ!!
ひときわ大きな悪魔の叫び声の後に、アリストはポツリとつぶやいた。
「ぼくのせいで親方は死んでしまった・・・」
かすれた声には絶望と諦めが色濃くにじんでおり、アリストは目をつぶる。もう諦めたのだ、死を受け入れたのだ。
ソレを悟った悪魔達は冗談じゃないと真っ青になる。司祭の持つたいまつはもう目の前まで迫っている。
その手が伸びて、花束でも投げるように、燃える松明がアリストの足元に投げられた。製油の油を走るように炎が駆け巡り、その迫力に市民達からは悲鳴が上がる。
アリストは熱いのも我慢してぎゅっと口と結び、自らの悲惨な運命から目をそらしていたが、ソレも後十秒も持たないだろう。
火はすでにアリストのつま先に喰らいつこうと揺らめいている。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.75 )
日時: 2013/07/12 23:35
名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)

「ぁづ・・・」アリストが押し殺した嗚咽を漏らすと、市民達は一斉に目をそらしうつむく。
恐ろしい光景だ、目の前で幼い子供が焼き殺されようとしている。
炎は聖油をかけあがり、舐めるようにアリストの足を堪能しているようだ。痛みに身をよじって悲鳴をあげるけれど、縛られているためソレはムダである。
聖職者の黒頭巾でさえ目をそらし、うつむいているのに対して司祭様だけは目をそらさなかった。悪魔がアリストと共に死ぬのを見届けるまでは何があっても目をそらさないつもりらしい。

ひときわ高いアリストの悲鳴が響くと、空が不意に光を失った。雲ひとつない青空が色を失っている。市民がその異変に気づいた頃、司祭はソレが悪魔の仕業と察知して高らかに叫ぶ。
「聖水を—!」だがその声を雷が落ちたような猛烈な声がかき消す。
「このバカ者がッ」
ひどく怒りに満ちたその声に、その場にいた皆が首をすくめる。
炎までもがその声にひれ伏し、縮こまっている。
「俺様をこんな俗世に呼び出しやがってオマエのせいだそ子ヤギッ」
姿の見えない悪魔がイラただしげに叫ぶと、炎が爆発した。
盛大に吹き飛んだ火についた木片や、火の粉が空を美しく彩るが聞こえてくるのは感嘆のため息ではなく悲鳴だ。
「聖水をかけろ!」司祭が叫び声をあげて逃げ惑う市民を押しのけて部下の聖職者達に命令する。
黒頭巾たちはすぐさま聖水の入ったバケツを抱え、アリストめがけてかけようとするが、くすぶっていた炎が火柱のように急に立ち上がり黒頭巾たちを焼いた。
ぎゃああという悲鳴と共に聖水が零れ落ち、広場のタイルに染込む。
その炎の渦の中心に見え隠れするのは、確かな人の形を取るもの。
白く良くなびく服を身に包み、赤い目には炎がゆれているように見えた。そいつが貼り付けにされたアリストのほうへ向き、怒った形相のままいう。
「アイニ、出て来い」
その声に反応してアリストの体から猫の耳が飛び出す。
ピンク色の柔らかそうな耳が現れ、そして黄色の瞳、茶色の薄汚い袖ありのワンピースを着た少女が、両手に松明を持って飛び出してくる。
その猫のようなしなやかな体がアリストの体から抜け切ると、ピンクの長いしっぽがしゅるりと空中におどった。
「わーいやったー、パイモンに呼ばれたって事は燃やしても良いんだよねぇ?」甘えたような猫なで声で、パイモンと呼ばれる炎の渦にいる悪魔に問う猫耳の悪魔アイニは首を傾げる。その背後から紫色の修道着に身を包んだ癒しの悪魔ブエルがアリストの胸元からそっと出てくる。
「さっさと片付けて持ち場に帰るぞ、俗世は好きじゃない」

実体化した悪魔をみた市民達は狂ったように逃げ、黒頭巾と聖職者でさえ逃げ腰になっている。だが司祭様だけがどうにかしてアリストを殺せとわめき散らした。


Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.76 )
日時: 2013/07/13 13:44
名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)

ブエルがアリストの足の大やけどを癒し、猫の耳を生やした悪魔と火炎柱の中で不機嫌そうに唸る悪魔がわずかに残った黒頭巾と勇敢にもオノを振り回す司祭様の相手をする。
「さぁ治ったわよ。今はずしてあげるわ」優しく言ったブエルは、悪魔には似つかわしくない献身の癒し手の悪魔である。アリストは涙ぐんだまま、ありがとうと煙でつぶれた声でつぶやいた。
死の覚悟は出来ていたはずなのに凄まじい、例えば皮膚をはぐような痛みに直面すると生に対する願望が強くなる。
辺りをうかがうと炎で赤々と照らされている。鼓動が70しか感じられないので3っつの心臓の欠片である悪魔が今出て行っているのだ。
と、70の鼓動の内のひとつが消えかかるような不思議な感覚を覚え胸元を見下ろすと、日本刀が青白い手につかまれてぬっと体から出てくるのが見えた。
「ブエル、これを使ってください」という完全にやる気をなくしたような声は殺戮が大好きで血液を見ると性格が豹変する悪魔、グラーシャ・ラボラスのもの。ブエルがその日本刀を受け取ると、慣れない手つきで構える。
そして危なっかしい所作でアリストの手足を固定していた金具を切断し、拘束から解放した。日本刀は再びアリストの体の中に引き込まれていく。グラーシャの声も聞こえなくなり、鼓動がきちんと70正確に脈打った。
「さぁ、アイニとパイモンが戦っている間に私たちは逃げるよ。アリスト、大丈夫?走れる?」
ブエルの問いにアリストは震えながらその差し出された両手を握り返し頼む。「…親方を治して」
ブエルの瞳にいっしゅん悲しみがよぎり、ソレは無理だと小さく告げる。
「死んだものを蘇らせるのは私の能力じゃない。そう、夜・・・夜になったら彼女に頼んで御覧なさい」
「彼女って・・・?」ブエルの言葉にアリストは希望を目にともらせてすがる。だがブエルはアリストの手を引きながら、逃げている間に話すと言い、アリストをせかした。
アリストはいまだ断頭台に寝転がる親方を一瞥し、焦げた服のままブエルの後を追った。


逃げ惑う人々とソレを追い立てる炎をつかさどる悪魔と放火大好きの猫耳悪魔を遠めに、屋根の上で処刑の一部始終を眺めていた人物は口元に笑みを浮かべた。
「すごいすごい、まさに僕にうってつけの人!」
そして悪魔達に見つからないように屋根を飛び降りると、背負った皮製のリュックが重そうな音を発する。かぶっていた帽子が落ちる前に片手で押さえつけ、着地する。そして逃げていくアリストの背中を興奮が抑えきれないように笑顔で追いかけていく。

Re: Wild but Safe! 危険だが安全! ( No.77 )
日時: 2013/07/13 15:06
名前: 哩 (ID: aTTiVxvD)

ここまでくれば大丈夫、とブエルがようやく足を止めた。
ここはアリストの15年間育った町から離れた、黒い森—通称シュバルツバルトの付近。針葉樹林に覆われたこの森はうっそうと茂り、光さえも通さない木々の影で支配されている。ひんやりとした空気が闇から漏れ出してアリストの上気した顔を撫でる。
「はぁ—ぶ、ブエルって女の子なのにすごい足速いし持久力あるね」
「あぁ、私は悪魔だから、姿にだまされちゃ駄目だよ」振り返った彼女は相当な距離を猛スピードで走ったというのに顔色ひとつ変えない。
息荒げて森の幹にひれ伏したアリストとは比べ物にならない。

「そうだ・・・」やっと呼吸が整ったアリストはぐったりしながらブエルにたずねる。
「親方を・・・誰が蘇らせられるの・・・?」
「はいはい、ソレは契約の証を差し出した後でまたご契約くださいね」ブエルが答える前に心臓の欠片がひとつまた消えるのを感じた。声を発しながら目の前に降り立ったのは真っ赤な鎧の青年。契約を欲する悪魔ベリト。
「まったくあなたは殺されそうになって…死ぬならあなた単体で死んで下さいよ。まったく我々まで死ぬとこでしたよ」
ベリトがイラただしげに言うので、アリストはソレは失礼しましたと頭をかく。とベリトが急にアリストの腹に手を突っ込み、手斧を取り出した。グラーシャの収集した刃物を取り出したのだろう。
本日二度目だが自分の体から刃物が出てくるのを見ていい気分はしない。取り出す際にどこか引き裂かれているのではないかと不安になる。
「さーぁて、コレを破壊しなくては」
斧を振りかげたベリトをアリストは必死になって飛びのく。
手のあった場所に斧が突き刺さり、土の塊が吹き飛ぶ。
「ベリト、やっぱりハンマーの方が良いんじゃないですか?」と、再び腹部から腕がにょっきり出てくる。その青白いグラーシャの手には工具世のハンマーが握られている。
ソレを見てブエルがやれやれと首を振って言うが「そういう問題じゃないと思うけど。日本刀で切ったらどう?」みんな悪魔は非常識でどんぐりの背比べである。

「僕だったらはずさないね。君もそう思わない?だって、ソレさえつけていたら永遠に悪魔を使役できるんでしょ」
ふいに声が降ってきてアリストは頭上を見上げた。悪魔達はいつの間にか引き締まった剣呑な顔をしている。
すとっとアリストの傍らに着地したのは16歳ほどの少年。赤茶色のかみにベージュ色の帽子と、きちんとした紳士的な服に皮製の少し大きめのカバンを背負っている。手には固そうな大型本。どす黒い赤の色だ。
何だコイツはと観察しているとその少年はアリストにウインクして言う。
「検診の癒やし手ブエルに、契約を望むものベリトっと・・・あとは、戯れる猫アイニに、炎をつかさどる者パイモン。72悪魔だね」
ビックリしたのはアリストよりも悪魔達だった。と、ふいにアリストの腹部から手が伸びて手斧が至近距離で少年に放たれる。少年は顔をしかめながら分厚い本で斧をスパンとはじく。
「血を欲する者グラーシャ・ラボラスもいるみたいだね」
そしてにこやかに場違いなことを言う。
「申し遅れました、僕、エミール・グリヨ・ド・ジヴリ。悪魔研究家の第一人者です。ジヴリと呼んでください」
あっけにとられる彼らの前で、ジヴリは優雅にお辞儀して見せた。