ダーク・ファンタジー小説
- Re: バラと猫と女 -あたかも自分は無罪の様に- ( No.18 )
- 日時: 2013/05/21 20:50
- 名前: 利佐 (ID: LuHX0g2z)
- 参照: Gianmaria
【むかし の はなし】
何年前のことかなんて、もう忘れてしまったけれど。
*
「——ねえ、どうしてなの?」
何処かもわからないあの日の暗い路地裏。光の差さないくらい道。こんなに混乱するのも、不安になるのも、きっと初めてのことだった。
「知らない人と話したら駄目だ。危ない人だったら攫われちゃうよ」
しつこいくらいに言い聞かせてくれた父には悪いことをした。ショックで考えをまとめることができなくなった脳みそは、父の言いつけを破る行為をしてしまった。何度謝っても、その瞳が開かれることはないのだけれど。
「お父さん、お母さん?」
二人とも目を閉じて、真赤になって、一体何が在ったのかわからない。ふと気づいたら自分はここにぺたんと座っていて、愛しい両親が死んでいる。訳が分からなくなって叫びだしそうだった。——ショックで声も出なかったけれど。
「……どうして、何も言ってくれないの」
肩をゆすぶって起こそうとしたら手にはぬちゃあっっとした紅い液体がくっ付いて、妙にねとねとした触感に包まれた指は、自分の指ではない誰かのものの様な気がして、気持ちが悪かった。思わず身ぶるう。
「どうして、こんなことに……」
不安に駆られた彼女がもう一度、両親の名前を呼ぼうとした時、向こうから靴の音が響いてきた。
革靴の音なのだと気づいた。いつも父は外から帰るとこの音を鳴らして帰ってくるから。狭い道の続く先に通りがあるような様子は無く、ただ闇が広がっていた。きっと夜中だったのだろう。
中から出てきたのは男の人だった。上下共にお父さんが仕事で着ていたようなカッチリとした服。そして思った通り革靴。少し浅黒い肌色をした、まだ若そうなのに背中が少し丸まった。猫背なのだろう。
見たこともない人だ。知らない人は怖い人だ。反射的にそう思った。何か害されるかもしれないと怯えて少女は黙った。
「……」
靴の音が止む。仁王立ちをした男は、へたり込み、そして小刻みに震える少女を見下ろしていた。ただ見下ろすだけで、何か声をかける様子はなかった。彼女と、その傍らに転がる二人の死体。交互に目をやっていた。そしてやっと結んでいた口を開いた。
「……白いねえ、君」
「白」
私の頭髪の色。
「そして、紅いね」
「紅」
私の虹彩。
男は自分の手のひらや手の甲を自分で見て、そして自嘲的に「ハハッ」と笑った。
「俺とは大違いだね」
切なく微笑する男の目を、自然と少女は見るようになった。
何故かこの男からは、悪意を感じないから。
後に知る。この咎められるべき男の名前を。
後に知る。暗黒世論の皆から愛される彼の正体を。