ダーク・ファンタジー小説

Re: 昨日の消しゴム ( No.14 )
日時: 2012/07/26 20:35
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .pUthb6u)
参照: 前作の修正版。

それから、土我が体を起こしたのは空が白み始めた頃だった。

右肩に尋常じゃない痛みを感じた。ズキリと骨まで凍るように痛い。着物の帯を解いて肩を見てみると、円形の入れ墨が入れてあった。よく見るとただの円ではない、蛇が何匹も絡みついた、気色の悪い模様であった。
思い出した。ここは昨日バケモノの爪が喰いこんだところだ。

「はぁ……。」
思わずため息が出る。きっとこれは何かの呪いの一種だろう。
立ち上がると、自分の周りには見知らぬ七人の男女。昨晩の被害者たちだ。むっと鼻につく鉄錆の赤い匂いが吐き気を催す。

地面に落ちていた太刀を拾い上げる。昨日とは違い、死んだようにずっしりと重かった。まだ細い朝日に刃身を照らすと、刀には自分の肩にあったような同じ模様が掘られていた。刀に掘られた蛇の目が、自分を嘲笑うようににやりとこちらを見ていた。……この太刀も、俺と同じ運命を辿ることになるのか。

ふらふらと、平衡感覚の取れない体を動かして、身体と着物の汚れを落とすために土我は川へ赴いた。まだ人々が眠っている間に、あそこに居た証拠は全て消さなければいけない。

川へ着いて水の中へ入ると、心の臓が止まってしまうかと思うほど冷たかった。無理もない。まだ時間が早いのだ。
しばらくバシャバシャやっていると、遠くから歌うような、優しい声が流れてきた。女の声である。
耳を澄ましていると、女の声は遠ざかっていった。まるで水の精が唄っているようだった。よく透き通った、綺麗な声だった。



「土ー我ーさんっ!」

突然、背後から声がした。ギョッとして振り返ると藍色の着物を着た女の子が居た。
……自分は今まで着物に付いた血を落としていたのだ。川の水はほんのりと赤くなっている。この女にこの状況を見られた以上は、生かしておくにはいかない。

一瞬を置かず、水の中から女の居る川岸へと飛び移り、女の胸倉を掴んで草むらへと張り倒す。草と、女の身体が薙ぎ倒される乱雑な音を川のせせらぎが消していく。
女にまたがって、身動きをできないようにしてから太刀を抜いて、女の細い首筋に鋭い刃先を向けた。

「おのれ何のつもりだ。」
「なんのって、」まだ若いその女の子は、自分の置かれた状況を理解しているのかしていないのか、けろっとしている。「私ですよ、私。由雅です。覚えてないのかなー?」

「ああ、お前か……」全身の力が抜ける。いつか、出会ったあの子か。

気を抜いた瞬間、太刀を握っていた右手にまるですっぱりと切られたような激痛が走った。思わず太刀を取り落とすと、由雅はすぐに、いま落とした太刀の柄を逆手に持って、俺のみぞおちを物凄い勢いで突いてきた。胃袋の中身が、ウッと喉元にまでせり上がる。

突然の攻撃に慄いていると、由雅は勢いに任せて俺を蹴り上げながら、何か呪文のようなものを鋭く叫んだ。同時に、まるで化猫のようにするりと俺の腕の間をすり抜けていった。

「金縛りよ、土我さん。」由雅は勝ち誇ったように ふふん、と鼻で得意げに笑った。「あたしに勝てるとでも思いましたぁ?」

全身が凍りついたように動かない。確かにこれは金縛りだ。
由雅は動けない俺の前に仁王立ちになって、話し続けた。

「だいじょーぶ。あたしは検非違使のお役人に連続殺人事件の犯人さんを突きだすようなマネはしません。ただ、なんでこんなことしたのか話してほしいのよ。あたしはね、退屈なのが一番ガマンできない人なんです。ちょっとでもワクワクするような話をしてくれたら私にしたことは許してあげますよ。」由雅はイタズラっぽく笑った。……言っている事とは裏腹に、笑顔だけは天使のように無垢である。

「ほら、早く話してください。なんなら、また私の家に来ます?」

言いながら、由雅は俺の周りの地面に、木の枝で円を書き始めた。
それから、円のなかにごちゃごちゃと様々に怪しげな模様を付け足していき、最後に円の中心に文字のようなものを書き込んだ。

由雅は書き終わると満足そうにニッコリ笑って、木の枝を円の外へ放り投げた。枝は、大きく半円を描いて川に落ちていく。パシャリ、という水音が後ろで聞こえた。

「閉!」

由雅が大きな声でそう叫ぶと、目の前が真っ暗になった。円の淵沿いに、黒い壁が突然現れたのである。

「乱暴でごめんなさいね。」
由雅が俺の胸倉を女の力とは思えない怪力で握り、黒い壁に向かって俺を押し倒した。