ダーク・ファンタジー小説

Re: 昨日の消しゴム ( No.16 )
日時: 2012/08/05 22:22
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .pUthb6u)
参照: 前作の一部修正


「にほんしょき……?」
「そういうね、胡散臭い話が腐るほど載ってる面白いものがあるんです。それに出てくるんですよ。ヤマタノオロチっていう八つ頭の大蛇の怪物がね。」
「八つ頭の蛇だと。本当に居たのかそんなものが。この国に。」

「本当に居たかどうか、そんなことはどうでもいいんです。」由雅は人差し指を一本、ピンと立てて、空中にくるくると円を描きながら話し続けた。「昔の人が、そういう話を日本書紀に書いた、つまり後世の人間、私たちにそれを伝えたかった。ただそれだけのことでしょう。」
「怪物の存在の真偽より、先人の意向の方が重要だとでも言いたいのか。」

由雅はフフフと楽しそうに笑った。「面白くなってきましたね。私、こういうの大好きです。」
「人がとんでもない呪いを受けたのかもしれないのにか。」つくづく、恐ろしい娘である。
「別に、土我さんがどうなろうと私の知ったことではないですし。最初からアカの他人なんですから。」

確かに、どうして、自分は今の今までこの矛盾に気が付かなかったんだろうか。どうして、さっき、殺すのを躊躇ったのだろう。どうして、こんなにも同情を求めてしまうのだろう。
たった数日前に偶然出会った娘に。

「では、どうしてお前は八日前の朝、俺を助けたのだ。」少しヤケになって、捨てるように聞く。
「おもしろそうだったから、ただそれだけです。それにね、土我さん、あなた最初の時と随分人当たりが違うじゃない?! なんなんですか、その乱暴な言葉遣いは。」
「別にどうこうという意味はない。あの時は太刀をお前に取られていたからな。いい面でもしておかないと返ってこないかと思っただけだ。」……それでなくとも、こいつと話しているとだんだんと口が悪くなるのが自分でもはっきりと分かる。「それでなんなのだ、ヤマタノオロチとは。はよ言わぬか。」

由雅は大儀そうに腕を組み直した。「そんなにヤマタノオロチの話が聞きたいんですか?人にものを頼むときはもうちょっと言葉遣いに気を付けるものですよ。」

やっと、少しだがこの娘の性格が掴めてきたようだ。どこまでも人を小馬鹿にする、人を苛立たせる、怪奇話が好き、女のくせに文字が読めて頭も良い。おまけに、妙な妖術まで使えるときた。まるで歯の立たない女だ。こいつこそ本物の鬼ではないのか。

「で、聞きたいんですか?聞きたくないんですか?」
「……聞きたいが、」

由雅は偉そうに ふふん、と鼻を鳴らした。「そんなに聞きたいならしょうがないですねー。では、この国が誕生したところから始めましょうかね。」

「昔々、境界なんてものは無くて、地の泥も天の雲も同じ靄だった時代。世界が生まれたばかりの話です……」





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「イザナミとイザナギは知っていますか?」
「いや。」

「日本国創造の神とされるつがいの夫婦神です。彼らは海や空を造り、国土を形成しました。ちょうど粘土遊びのようにね。それから、万物の神々を産みます。イザナミの方は最後に火の神を産んだ際に火傷を負って、死んでしまいますけどね。」

「神も死ぬことがあるのか?」 神が死ぬだなんて少し、信じられなかった。
「普通は死にません。うーん、言い方が悪かったかな。正確に言うと彼らには“死”と言う観念はありません。消える、って言った方が語弊が無いかも。まぁ、それでイザナミの子供たちの中で特に凶暴だった“スサノオ”っていう奴が居ます。こいつが問題児でね、色々と天界で事件を起こした末に、天界の高天原(タカマノハラ)から下界へと追放されてしまいます。追放された先は出雲の国(イズモノクニ)と言ってね、本当にここから西北西の方向にあるところですが。
 で、話を随分はしょりますが、そこで奇稲田姫(クシナダヒメ)っていう可愛い女の子が困っているところをたまたまスサノオが通りかかります。何でも、その子は今夜ヤマタノオロチっていう、頭と尾が八つある大蛇の怪物に喰われてしまうらしいのね。
 あんまりにも可哀想に思ったスサノオはヤマタノオロチ退治を打って出ます。まぁ、スサノオは神様なんだから、当然ヤマタノオロチは退治されてしまいますが。
 すると、あら不思議。退治したヤマタノオロチの尾の先から聖剣、草薙剣(クサナギノツルギ)が出てきます。そして、奇稲田姫はスサノオに一目ぼれして、二人は夫婦になりましたとさ……ってところですかねー。」

話し終えて、由雅は深呼吸をした。どうやら神話の余韻に浸っているらしい。

「なんとも突拍子の無い話だな。」それを楽しそうに話すこいつも突拍子もないが。
「でも、でもね!本当に日本書紀に書いてあるんですよ。私が読んだのは写本ですけどね。古事記っていうのにも書いてあるらしいけど、まだそっちは私読んでないんだよなぁ〜。あー読みたい!!」

由雅は熱に浮かれたように話し続けた。「それで、その土我さんに掘られた蛇の入れ墨はヤマタノオロチにしか思えないんですよ。そうなると、あの赤面の鬼はヤマタノオロチに何か関係があるはずですよね。」


「ああ、そうかもな……」

つくづく、よく喋る娘だ。



スサノオ。ヤマタノオロチ。
もし、この入れ墨がそんな得体の知れないモノ達が関係している呪いなら、自分はもう長くないだろう。


別に、死ぬのが怖いわけではない。嫌なわけではない。どうなっても別にいい。
初めから、呪われた体なのだ。鬼子の命の短いことぐらい、教えられずとも知っている。
けれども、やはり自分の寿命ぐらいは知っておきたかった。

「なぁ、由雅。」
俺に呼ばれて、由雅は何か話している途中だったが、こちらに振り向いてきた。

「じゃあ……じゃあ、もし、この入れ墨の呪いがそのようなものだったとして。俺はあとどのくらい生きられる?」