ダーク・ファンタジー小説
- Re: 昨日の消しゴム ( No.36 )
- 日時: 2013/06/01 00:56
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: .wPT1L2r)
◇
主様に買われ、新たな土我という名と、真の名を与えられてから、半年が経ったある日。
その日は、確か秋の冷たい風が吹いていた。折角、朝一番に払った庭の枯葉が、昼過ぎにはすでに新しい枯葉で覆われていた。
主様は、そんな木枯しを眺めながら、考え深げに目を細めた。
「なぁ、土我や」
半年前、新たに与えられた、自分の名前を呼ばれて、すぐに駆けて寄った。
「お呼びでしょうか」
「おお、良い子じゃ。お前はいつでもすぐに来るのう」
「お褒めのお言葉ありがたき喜びにございます、しかし手前は、そこにおりましたから」
言いながら、庭の、橘の木のあたりを指差した。
「なに、そこにおったのか、気付かなかった。随分と考え込んでしまったようだな、わたしは」
「はぁ」
主様はそっと手を伸ばして、俺の頭を撫でた。大きくて、温かい手だ。
「なぁ、土我や—— 、お前、学問をする気は無いかね」
「ガクモン、とはいかなるものでしょうか?」
「そうだ、学問だ。……私はお前が愛しい。他人など愛したことがなかった私だが、お前だけは本当に愛しい。なぜだろうね、きっとお前が弟に似ているからかな」
そう言いながらも、主様のいつも通り表情のないお面のような顔には何の変化もない。全く愛しくなさそうに、いや、なんの感情も伝わらない顔で、愛しい愛しい、と繰り返し仰られる。
「主様の弟殿ですか?」
「ああ、でも今はいない。ある物の怪に、私の心と一緒に喰われてしまった。わたしが守ってやれなかった」
ああ、だから—— 主様には感情が無いんだ。
俺は一人で納得した。今までの半年間、そばで離れず仕えてきたが、主様にはおよそ人間味というものがほとんど無かった。笑った顔も見たことが無い。
「だから、お前には物の怪に負けないくらい強い者に育ってほしい。不思議だなぁ、そうすることが、私の罪滅ぼしのように思えて仕方がないのだよ」
「……それが、ガクモンをする、ということなのですか?」
「そう、そうだ。やはり賢い子だよ、お前は。私の目は確かだったのだね」
「そんな、自分には勿体無いお言葉です。そのガクモンとやら、是非とも私めにお教え頂きたく存じます」
すると主様は満足そうに頷いた。
「良いだろう。……ようこそ、我ら陰陽師の世界へ」