ダーク・ファンタジー小説
- Re: 昨日の消しゴム ( No.40 )
- 日時: 2013/06/21 22:34
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: P4ybYhOB)
◇
良く晴れたその日は、からりと乾いた風が吹いていて、空が眩しかった。
よくは覚えていないが、ふらふらと街を歩いていたら、いつの間にか河原に辿り着いていた。
俺は河原が好きだ。
白い砂利が広がる小さな砂漠の風景は、どこか空虚な気持ちに優しかった。白い砂漠を横切って流れる小川が、さらさらと飽きずに涼しげな音を立てている。きらきらと、眩しい光がいくつも水の中で踊っている。
そしてゴロリゴロリと、無造作に転がる死体の数々。
肌が痩せこけて、黒くなった屍は、かつて自身がヒトであったことをすっかり忘れてしまっているようだ。
河原の、ありのままの美しい自然の風景と、哀れな人間の黒い亡骸との対比が、あんまりにも明け透けで、空々しくって、虚しくて、綺麗だった。
ふと、何の気が向いたのか、俺は転がっている死体一つ一つの顔をじっくりと観察してみたくなった。彼らの表情を、見て見たかった。
腐臭のひどい陽炎に、嫌悪感を抱きながらも、死人の顔を覗くと言う禁忌を味わってみたくなった。それはどこか、少年じみた冒険心だったのかもしれない。
一番近くにあった俯せの死体を起こすと、女であった。性別の区別などつかないほどになってはいたが、辛うじて髪の長いところから、それが分かる。それに、固まった両腕を組むようにして、その中に死んだ赤子を抱えていた。おぞましいとは思いつつも、良い話なのかな、と疑問に思う。
「俺の親も……ここにいるのかな」
立ち上がって辺りを見回して見ても、ただただ青い空を仰いでみても、川の水音に耳を傾けてみても、答えは出ない。
代わりに突然、どこからやって来たのだろう—— 背の丸まった、可笑しな男がひきつった顔で、俺を見て狂ったように笑っているのに気が付いた。
「灰色! 灰色の髪ダ!
……どひゃア、コリャ、おまえさん、あン時の鬼子じゃネェか、エ?」
可笑しな男は、ヒャッ、ヒャッ、と不快な甲高い声で笑った。ふざけたように、両手をパチパチと叩く。
「……おじさん、それ、俺に言ってる?」
「オオォォ、そうダヨ。よく見りゃ似てるネェ、おめぇさん、母ちゃんに似てンナ。ヨカッタナァ、きっとイイ男になるヨォ、ヒャッ、ヒャッ、ヒヒ……ッ」
「母ちゃん? 俺の? ……おじさん、まさか知ってるのか、俺の親を」
「そうだヨォ、知ってるよォ」
ギョロリと、可笑しそうに男は目を剥く。
「綺麗なオンナだったヨ。ちっと気がぁネ、強かった、ヒヒ。……でもなァ、可哀想だったナァ、死んじまったサァ。ヒャッ、ヒャヒャァア」
「やっぱり、死んじゃってるんだ」
こつんと、足元の小石を蹴った。ぱしゃん、と音を立てて、白い石が、川に波紋を描く。
すると男は、また高い声で笑った。
「そらナ、当たり前だろ、今、ココニ、お前がいるンだからサ。可哀想だったヨオ、最期までサ、嫌ダ嫌ダってサ、泣いてたンだから。鬼の親は嫌ダァ、ってナ。残念だネェ、イイオンナだったのにサァ」
「……そっか」
「そうサ、俺らは困ったヨォ。お前をどおしようってサ。だってコロシたら呪いがコワイコワイコワイ! ンデサ、俺の提案でサ、籠にお前を入れてサ、川に流したサァ。ヒャッヒャッ、ヒヒヒ! 悪かったナァ、でも、さすがダネ。さすが鬼子! よくここまで育ったネェ。スゴイヨ、ホントスゴイヨ」
「そっか、そっか」
「ソウソウ、……ってオイ! どこ行くンダヨ!アレェ、」
知らず、俺はその可笑しな男から逃げるように、走り出していた。
あの、甲高い声が、耳から離れない。どうしてか、涙がこぼれて、視界が歪む。
聞かなきゃよかった。そんな、知らなくても良かった話。
知らないままで良かったのに。知らなかったら、幸せな作り話を、描いていられたのに。なんで、
そんな、生まれた時から、俺は嫌われ者だったなんて。