ダーク・ファンタジー小説

Re: 昨日の消しゴム ( No.7 )
日時: 2012/07/12 23:02
名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: LWvVdf8p)
参照: もう我慢できないから更新。明日数学のテストだけどね!



——————じゃあ、まず最初に僕から質問。

自己って何だと思う?俺は俺だぞ、っていう確かな自己定義って。



僕っていう自我は、どんな定義を持って苓見土我という存在に帰結するんだろうね。僕が僕である由縁。僕が僕である証拠。

考えてみればキリが無いんだ。勘付いてるとは思うけど、僕はすごい長生きで、ギーゼラの生きてきた時間の百倍近くは生きてる。でも、この疑問にはそれだけの時間を以てしてもどうしたって答えが出ない。自己と他者との境界は常に曖昧で、それ故に人は孤独を嫌がるんだと思う。どんなに足掻いたって自分と他者を区切る完璧な壁は創り出せないから。壁が作れず、完全に自分の世界に籠ることができないのなら、誰かと関わって生きていくしかないから。……そこまでは分かっているんだけど。


あはは、すごっく分かりにくい話だね。ごめん、僕の回りくどさは昔からでさ。


……例えばさ、ギーゼラ。君ってどこまでが君かな。—— 爪の先から髪の一本一本まで全部が私だって? うん、じゃあそういうことにしようか。だったらさ、抜け落ちた髪の毛はやっぱり君だって言える?君を動かしてる血液一滴一滴までもが君だって言える?


「言えるわ。だって私の一部であることには変わりないのだし。」
ギーゼラが、にっこりと不敵に微笑んで答えた。風が吹いて、耳に掛かった長い髪がゆらゆらと揺れる。遠くで、カモメの鳴く声が聞こえた。

「うん、この質問をするとね、初めはみんなそう言うんだ。それで僕はこの答えが来ると必ずこうして見せるの。……見ててね。」

そう言って、さっきギーゼラから貰った小さなクッキー缶を開ける。可愛げな装飾のなされた蓋を開けると、中には香ばしい香りと共に、砂浜色のクッキーが沢山入っていた。その一つを摘まんで、もう一回ギーゼラを見る。

「今から僕はこのおいしそうなクッキーを食べようと思います。そこで質問なんだけど、このクッキーは僕?それとも僕じゃない?」

そう言ってクッキーをひょいと口に放り込んだ、目の前の灰色の髪の日本人を見て、ギーゼラが朗らかに笑う。「もちろん土我じゃないに決まってるわ。だってそれ、私の作ったクッキーだもの。」

「ははは、確かにそう思うよね。でもどうかな。さっきギーゼラは血液の一滴一滴も自分自身だ、って言ったよね。今食べたクッキーはやがて僕の身体の中に吸収されて、僕の一部になる。そしたらさ、このクッキーも僕って言えないかな。」

「む。確かにそうかもしれないけど……」なんとなく負かされたような気がして、悔しい。「でも、食べる前のクッキーは確かにあなたじゃないはずよ!質問の仕方が悪いわ。」
少し意固地になって、負けん気で答えてしまった。我ながら幼い子供のようで、恥ずかしい。でも優しい土我はごめんごめん、と笑って受け流してくれる。

「ははは、確かに僕の質問の仕方が悪かった。でもさ、僕の言いたいことは分かったでしょ。………今の例とは逆に、僕が虎かなんかに片足食べられちゃったとする。でも体の大部分は残ってる。片足が無くなったって、僕が僕であることに変わりはないよね。そんな感じで次はライオンに右手を食べられちゃう。でも、僕が僕であることには変わらない。こんな感じで次は、ってやってくとさ、結局僕が僕じゃなくなっちゃうのっていつなんだろうね。」

「頭が食べられちゃったときじゃない?脳が無ければ考えられないのだし、人格も無くなってしまうのだから。」

「脳 イコール 自分  って考え方だね。先進的でよろしい。じゃ、条件を変えてみる。このままもっともっと技術が進歩して、……そうだなぁ、二十一世紀になったらあるいは———— 脳を人工で作れるようになったとする。ギーゼラの脳そのまま、同じ脳を作るんだ。それで、ギーゼラとまるまる同じ脳を持ったギーゼラ二号ができたとする。脳が同じなんだから考えることも趣味も、それに特技だってぜーんぶギーゼラと一緒。だって脳イコール自分なんだから。そんなギーゼラ二号のことを、それでもギーゼラは自信をもって「これは私よ!」って言える?」

「それは……ちょっと無理かな。」いっくら自分と同じ脳を持っていたとしても、それは自分じゃない。だって私という存在は、ここに確かに居るのだから。

「そうだよね、それに関しては僕も全くの同意見。自分が二人居るなんて考えただけで気持ちが悪いし、そんなの肯定したくない。脳がすなわち自分自身なんだとして、それと同じ脳を持った自分のクローンが居たとしても、やっぱりそのクローンは自分じゃ無くて他人なわけで。ああ、何の話をしていたのだっけ。」

ギーゼラはこんな答えの無い僕の質問に飽きてしまったのか、僕の話なんてもう聞かずに、良く晴れた空に、気持ち良さ気に涼しい風に髪を遊ばしている。僕が見ているのに気が付くと ああ、ごめんなさい、と全く悪びれずに謝ってきた。

「ごめんなさいね、土我の話があんまりにもつまらなくて……、じゃなくって、あんまりにも途方も無い話だから私ついつい飽きてしまって。」
「うぅ、ギーゼラは容赦ないなぁ。」ちょっとションボリして、肩を落として見せるとギーゼラはふふ、と愛らしく笑った。



「うん、そんなに言うならもうこの話止めるよ。確かにつまらないしね。」
「そうよ、私が聞きたいのはあなたの昔話。あなたの持論じゃないわ。」
相変わらずに容赦無い彼女のコトバ。けれど、悪意の全くない純粋さは、どこか聞いていて気持ちがいい。


——————— とおくで、なみの おとが きこえた。



「それじゃあ今から始めましょう、つまらない僕の、つまらない昔話を。僕の話を信じるか信じないかは君次第。まぁだけど、暇つぶしくらいにはなると思うな。」