ダーク・ファンタジー小説
- Re: ウェルト戦記(参照100ありがとうございます!) ( No.21 )
- 日時: 2013/10/06 23:05
- 名前: ヒント (ID: LZyMpIsd)
参照100突破記念番外編 〜疎外少年の憂鬱〜
担任の話が終わり、皆が席を立って挨拶をする。
俺もそれに倣った。
これで今日もようやく解放される。
この窮屈で、居心地の悪い教室から。
毎日がこの繰り返し。
無意味に続くループ。
それも、もう少し我慢すれば終わる。
ーーけど、やっぱり憂鬱だ。
そんな事を考えながら、教室を出て真っ直ぐに昇降口へ向かう。
外に出た途端に、突き刺さる視線。
俺は見世物か?
お前らだって他にやることあるんじゃないのか。
もう、放っておいてくれ。
ーー誰も俺に構わないでくれ。
***
ザハリアーシュ大陸の北東部、レオラ民主国にある村、セドヴィナ。そこの中学校に銀髪の少年、アルザ・クロニエミは通っていた。
季節は三月、そして三年生であるアルザは五日後に卒業を控えていた。かと言って、特に学校に対する感慨があるわけではない。
その日の学校も終わり、下校途中のアルザ。その周りに同じ制服を着た者は誰もおらず、一人で住宅街の通りを歩いていた。不意に視線を感じ、そちらを見る。女性が二人、アルザを指差しながら、声を潜めて会話していた。
「あの子って、あのクロニエミの……」
「しっ、聞こえるわよ」
正確には潜めているつもりで、アルザには丸聞こえだったのだが。
ーーまたかよ。どうだっていいだろ、俺がクロニエミであることなんて。
そんな言葉を飲み込んで、ただ真っ直ぐと自宅であるアパートに向かう。途中で、視線を幾度となく感じたが、全て無視する。
これがアルザにとっての『日常』であった。先程のようについ反応してしまうこともあるが、十五年間の人生で、基本的には無視できるようになっていた。
アパートに着いて鍵を開け、中に入る。その際、『ただいま』は言わない。言ったところで、返事が無い事は分かっているからだ。同居人がいないわけではない。しかし、その同居人が帰って来るのは週に一度あるかないかである。実質アルザは、ほとんど一人暮らしをしているようなものであった。
自室に入って鞄を放り投げ、靴を脱いでベットに寝転ぶ。
ーー憂鬱だ。何もかも。学校も、通学路も、何も変えられない自分も。
***
クロニエミ家。かつて、レオラ民主国の領主だった貴族の一族である。と言っても、元はこの国の貴族ではない。『あの王国』がこの地を占領した際に、領主となることを命じられた一族だった。
しかし、十五年前に、レオラ民主国は独立した。そのときに当時のクロニエミ家当主、アウクス・クロニエミは処刑され、その妻と娘も当時の首都から離れた土地に追放された。そうして、レオラ民主国は『あの国』とクロニエミ家の圧政から解放されたのであったーー。
「ほんっと、好き勝手書いてるよな、これ……」
そう呟きながらアルザは社会科の教科書を投げ捨てた。ベッドの横のサイドテーブルに置いてあった教科書を、何気なく開いてみたらちょうどこのページが出てきたのである。
「よく知りもしない親のこと、教科書に書かれている身にもなってみろ」
アウクス・クロニエミは、アルザが産まれる数ヶ月前に処刑されたため、アルザは父親のことをほとんど知らない。ただ、学校の教師や近所の大人達から、当時のことについて色々と聞かされていた。ほぼ全てが誹謗中傷ではあったが。
母親に父親について尋ねたこともある。しかし、母親は微笑むだけで答えてはくれなかった。結局、その母親もアルザが八歳になる年に病気で死んだ。
ふと窓の外を見ると、既に暗くなり始めていた。
ーーメシ食ってさっさと寝よう。
そう思って、ベッドから起き上がったところで気付く。まだ制服を着たままであった。
***
その後も、学校へ行って自習と卒業式の練習を繰り返す日々を過ごすアルザ。自習と言っても、既に受験を終わらせ、進学先も決まっているため、本を読んでいるだけであるが。そして、卒業式も時間短縮のためということで、アルザが一人で言う台詞もなく、特に何もすることがなかった。せいぜい、卒業証書を受け取るくらいである。
卒業式の前日、通信端末がメールを受信していた。差出人は同居人ーーアルザの姉であった。メールを開いて内容を見る。そこには、
『飛行機のチケットが取れなかったので、卒業式に行くことができません。本当にごめんなさい』
とあった。しかし、アルザは特に落胆はしない。慣れ切ったことであった。特に何とも思っていない旨を書き、返信した。そのまま通話画面を開き、担任に連絡を取る。留守電だった。保護者が卒業式に行けないことをメッセージに残す。
「はあ……」
アルザは自分でも気づかない内にため息を漏らした。
***
卒業式当日。アルザは保護者と共に校門をくぐる同級生達の横を、一人で通りすぎる。感じる複数の視線。そのほとんどが、保護者からのものであった。同級生達は敢えて、アルザを見ようとはしない。
体育館の前で受け付けをしている担任教師の元へ向かう。
「お前、保護者さんは……って、来ないんだったな。よし、良いぞ」
これで終わりだった。他のクラスメイト達に対しては、「卒業おめでとう」などの言葉を掛けているが、アルザにはこれだけだった。
「……分かりやすいよな」
一人呟き、集合場所である教室に行った。
教室では、クラスメイト達が騒ぎあっていた。女子の中には、既に泣き出している者もいる。しかし、アルザが入った途端に教室全体が沈黙する。そんなクラスメイト達の中を通り抜け、自分の席へ向かう。アルザが座ると、それを合図にしたかの様に、また教室内が騒がしくなった。
しばらくすると、担任が教室に入り、全員が席につく。担任が卒業式についての説明を終えると、体育館に入場するために廊下に並んだ。
「卒業生、入場」
進行役の教師が号令をかけ、卒業生達が順番に入場する。アルザが保護者の横を通った時、わずかにざわめき出す。その中には、「本当にいるんだ」という声も混じっていた。
ーー悪かったな、俺がいて。
一瞬、そう言おうかと思ったが、流石にやめておいた。波風立たず、平和に終わってくれれば良い。彼にとっての卒業式への思いは、それだけだった。しかし、事は起きた。それは卒業証書授与の時だった。
卒業証書授与はステージに上がった後、名前を呼ばれてから卒業証書を受け取る手順になっている。そう、『名前を呼ばれる』。つまり、『クロニエミ』がいるということをこの場にいる全員が認知するということだった。それがどういったことなのか、教師達は気づかなかった。
「アルザ・クロニエミ」
「『クロニエミ』だと?!」
「なんでいるのよ?!」
「あの悪魔め!!」
アルザの担任教師が呼んだ瞬間、体育館全体がざわめき出した。入場の時の比ではない。ヒステリックな叫びすら、中にはあった。進行役の教師が止めようとしたが、収まるはずも無い。校長ですら、固まっている中、
「何してるんですか、早くしないと止まってますよ」
当事者であるアルザは至って平静を保っていた。
「あ、ああ、そうだな。お、おめでとう」
アルザに声をかけられてようやく、校長が証書を渡す。アルザは証書を受け取り、一礼をしてからステージを降りる。証書を集める係の教師に渡すと、そのまま何もなかったかのように、元の椅子に座った。
十数分後、徐々にだが騒ぎは収まり始めた。数分後には止まっていた式も再開する。その後の式は特に何も起こらずに進行し、そして終わった。
式が終わった後、アルザは一人、学校を出た。他の卒業生達は最後のホームルームということで、再び教室に集まっていたのだが、アルザは行かなかった。
***
学校を出て、アルザが向かったのは自宅ではなく、近くにある森であった。この森に近寄る者は他にはおらず、幼い頃に偶然見つけてからは、よくこうして訪れていた。
「……『闇武者』」
魔法を発動させると、木々の影に溶けるようにして潜り込む。こうしている時が、アルザにとって一番落ち着いていられる時間だった。
魔道士の中には、生まれつき高位魔法を使える者がいる。アルザもその一人である。それもまた、彼が疎外されてきた理由の一つでもあったのだが。
ーーこのままずっと、こうしていられれば良いのにな……。
そう思いながら、『闇』の中に漂い続けた。
この時、少年は知らなかった。自らの身に降りかかる悲劇を。そして、新たな出会いのことをーー。