ダーク・ファンタジー小説
- Re: ウェルト戦記(参照200ありがとうございます!) ( No.28 )
- 日時: 2013/10/14 18:23
- 名前: ヒント (ID: LZyMpIsd)
- 参照: ようやく更新……
第五話
ーー終わらなかった。
「グルル……」
「ガルルル……」
突如聞こえる、獣の唸り声。それも一つではなく、複数だった。
「え?」
アルザが驚いて辺りを見回す。
「狼?いや……」
「ああ、『魔物』だな」
魔物とは、『魔力』ーー魔法を発動する際に使う力を、人間やエルフなどの亜人種の他に持つもののことである。
現在、狼によく似た魔物がアルザ達を取り囲んでいた。
「どうするんだ?ルース」
「そうだな、適当に痛めつけて追い払……」
と、そこまで言ったルースが口をつぐむ。そして、
「変更だ、アルザ。こいつらは確実に殺すぞ。」
そう言ったルースの眼は、険しさを帯びていた。山賊達を相手にしていた時ですら、こんな眼はしていなかった。
「良いのか、殺すって……?」
ルースの眼を見て、僅かにたじろぎながらアルザが尋ねる。
魔物も、生態系を形作っている。無闇に殺せば他の生物を殺すのと同じように、生態系への影響が出る。もちろん、ルースもそれを十分に理解している。それでも『殺す』と言ったのは、
「人の味を覚えている。こいつらは私達を警戒して出てきたんじゃない。狩るために出てきたんだ」
「どうして分かるんだ?」
「目が飢えている」
言われて、アルザは魔物達の目を見る。飢えた、獰猛な目。普通の獣の目ではなかった。
「どこで食ったのかは分からないが……、確実に仕留めるぞ」
そう言うと、ルースは背中に手を回し、ジャケットの中に隠したホルスターから、スライド式の拳銃を二丁取り出す。
「了解」
アルザもそれに倣い、同じように背中に手を回す。アルザが取り出したのは、二本のダガーだった。それを、両手にそれぞれ逆手に構える。
「それと」
ルースが拳銃の弾倉を取り替えながら、すっかり空気と化していた黒ローブの魔道士の方を向く。
「逃げるなよ」
「ひ、ひぃ、はいぃぃぃぃ!」
悲鳴混じりに返事をする魔道士。もっとも、ルースに腕を縛られる際に足も縛られていたため、逃げようにも逃げられないのだが。
そこに、ついに痺れを切らしたのか、魔物の数匹がルースに飛びかかる。ルースはバックステップで後ろへ躱すと、引き金を引いた。放たれたのは、今まで使われていた非致死性の弾丸ではなく、実弾だった。
「ギャウンッ!!」
弾丸は全て命中し、数匹は息絶える。残りは急所を外れ、まだ生きていた。ルースはとどめを刺そうとして、さらに数発撃ち込む。しかし、今度は全ては当たらなかった。魔物が横に跳んで避けたのだ。
ーー傷を負っている割には、速すぎる。
「っまさか……」
疑問に思って魔物を観察したルースが、いつもは無表情である顔を僅かに歪める。アルザも、自分がダガーで切りつけた魔物を見た。
受けたはずの傷が、回復していた。それもかなりの速さで。
「どういうことだ?今までこんな回復力はなかったぞ」
「そうなのか?」
「ああ。せいぜい普通の狼よりも、身体能力が高いくらいだった」
魔物には、稀に魔法を使える個体もいるが、基本的には普通の獣よりも身体能力と知能が高いだけである。
「さっさと殺さないと、回復されるということか」
そう言うと、拳銃の安全装置をかけ、背中のホルスターにしまう。そして、
「『トランジション』!」
瞬間、ルースの手にPDWが現れた。
『トランジション』とは、『転送』を表す『魔法語』ーー単体で呪文になる言葉のことである。ルースの場合、魔装であるオーバーグローブも利用している。テーザー弾を撃つ際に使用していたショットガンも、最初から持ってきていたのではなく、同じようにして『転送』していたのだ。
ちなみにPDWとは、Personal Defence Weponーー個人防衛火器の略称である。サブマシンガン程度の大きさしかないが、ライフル並みの貫通力を持っているため、跳弾を最小限に抑えることができ、人質がいる場合などにむいている。また、小回りが効くため、狭い場所で使用されることも多い。
ルースはPDWを構えると、近づいてきた魔物から次々と撃ち抜く。アルザも首や心臓などの急所を中心に狙い、ダガーで応戦する。
しかし、なかなか致命傷には至らず、息の根を止めることができたのは僅かだった。魔物達は学習してきたのか、ルースに対しては横の動きで対応し、アルザにはダガーの届かない位置から飛びかかり、攻撃していた。
「うわっと……、クソッ!」
アルザは魔物の攻撃を『闇』になることで避けると、悪態をつきながら襲ってきた魔物の首にダガーを突き刺す。
「てか、どんだけ多いんだよ!!」
これまで二人は、回復されているとはいえ、かなりの数の魔物を倒している。それでも、一向に減る気配がなかった。それどころか、
「……さっきよりも増えているな、これは」
森の中から出てきたのか、最初よりも数が増えていた。二人とも、攻撃をくらうことだけは避けていたが、劣勢であることは確かだった。
「仕方が無い、やるか」
ルースは呟くと、PDWを『転送』した。
「なっ……!!」
アルザは絶句した。この状況で武器を手放すなど、自殺行為に等しい。実際、それを見た魔物がルースに飛びかかった。
「『想造』!!!」
ルースが叫んだ瞬間、鮮血が飛び散った。
「ルースッっ!!」
アルザはルースがやられたのかと思い、叫んだ。しかし、倒れたのは魔物の方だった。
ルースの手には、髪と同じ色の、白い大鎌が握られていた。その姿はどこか禍々しく、同時に美しかった。
ルースが大鎌を、横薙ぎに振る。一度に数匹の魔物が切られ、またも大量の鮮血が飛び散った。回復力など、もはや無意味に等しい。切られた魔物のほとんどが、両断され、一瞬で息絶えていた。
「すっげえ……、うおっ?!」
ルースの戦う姿に完全に見入っていたアルザだが、体を魔物がすり抜け、悲鳴をあげる。
「アルザ!油断しすぎだ!!」
ルースはアルザを一喝しながらも、大鎌を振るい続ける。ルースが魔法を発動させてから、約二分。既に生き残っている魔物の数は、十を切っていた。
アルザも再び戦い始め、その数をさらに減らす。残るは、一匹。しかし、最後の一匹は逃げ出した。
「逃がすか!」
アルザが駆け出す。だが、魔物の逃げ足はかなり速かった。
ーー逃げ切られる。
アルザがそう思って諦めかけた、そのときだった。
『ルーねぇ〜〜?!!!どこ〜〜!!!わかんないんだけど〜〜?!!!』
森中に、とてつもなく大きな『声』が鳴り響き、それに魔物が怯む。その瞬間を見逃さなかったのは、ルースだった。
ルースが大鎌を下から右上へ、斜めに振るう。刃が魔物の首を切り落とし、頭部が地面に落ちた。
ルースが魔物が完全に死んだことを確認すると、大鎌が徐々に霧散して、やがて消える。そして、ルースは通信端末を取り出した。
「テオンか?今から位置情報送るから、シオンが『操音』使うのをやめさせてくれ」
『ルーねぇ〜〜?!!!』
森ではいまだに大声が響き続けていた。
***
『いた〜〜!!!ルーねぇ〜〜!!!』
「だから『操音』使うのをやめろ」
「うぅ〜、ルーねぇ、いつにも増して冷たいよ……、ってその人誰?」
森から出てきた声の主は、青い髪をツインテールに纏めた小柄な少女だった。後ろには、初夏だというのにネックウォーマーを着けている金髪の少年と、十人程の軍人と警察官がついてきていた。
「アルザだ。昨日から第八所属になった。アルザ、このうるさいのがシオン。後ろの静かなのがテオンだ」
「よろしく〜〜!」
「…………」
「あ、ああ、よろしく」
ルースが紹介すると、青髪の少女、シオンが飛び跳ね、金髪の少年、テオンが無言で頭を下げた。アルザも若干(主にシオンに)ひきながらも、応える。
「それにしても、早かったな。イグナーツの方が早く帰ってくるものだとばかり思っていた」
「イグにぃの方が早く終わって、手伝ってくれたんだよ」
「そうだったのか」
「ルーねぇ、お昼奢ってよ〜。カレー奢って〜〜」
「ちょっと待て、話飛んだぞ」
ーールーねぇ?
これまでルースとシオンの会話を、横で聞いていたアルザだが、あることに気づく。
「とりあえず、私は山賊達を引き渡してくるから、少し待っててくれ」
そう言ってルースが離れると、アルザはシオンに今気づいた事について尋ねる。
「ルーねぇって言ってるけど……、ルースって女子?」
「そうだよ〜〜。あんなにかっこいいけど、女の子だよ」
アルザは自分の中で、何かが崩壊する音が聞こえたような気がした。これまでの口調や仕草、そして先ほどの戦いで、ルースの事を完全に男であると思い込んでいたのであった。
「引き渡しも終わったし、いつもの店で昼でも食べるか……って、どうしたんだ?みんなして」
戻ってきたルースの目には、一人笑っているシオンと、呆然として佇むアルザ。そして、そんなアルザを哀れそうな目で見ているテオンが映っていた。