ダーク・ファンタジー小説

Re: ウェルト戦記(参照200ありがとうございます!) ( No.39 )
日時: 2014/01/25 23:34
名前: ヒント (ID: faSasGNm)
参照: 更新遅れてごめんなさい

第六話 後編

 「すんませーん!カレーお代わりお願いしまーす!!」

店に入ると、威勢の良い声が響く。ただし、店員のものではない。

  昼時を少し過ぎているためか、店内にいる客は一人。短めの赤髪を立たせた、座っていてもかなり、どころかとんでもなく大柄だと分かる青年だった。年の頃は二十代半ばといったところか。赤いランニングシャツと、ダークカーキのツナギを着て、ツナギの袖を腰で結んでいる。

 ルースに劣らず、かなり目立つ容貌であるが、目を引くのは別のところ、青年の座っているテーブルの上だった。


 皿。


とにかく大量の皿が、いくつかの山に分けて重ねられていた。その数は、明らかに三十枚は超えている。おまけに、カレーの追加まで頼んでいた。

 「うわ」

その光景に、思わず感嘆の声をあげそうになったアルザだが、慌てて口を手で塞ぎ、目を逸らす。

ーー知らない人だし、見なかったことにしとこう。

一度は見てしまったものの、そう思って目を逸らし続けることにした。しかし、

「うわ〜。イグにぃ、どんだけ食べたの?」

そう言って、青年にシオンが近づいた。

「よう、シオン。今、四十二皿」
「さすがイグにぃだねっ」

え、と戸惑うアルザをよそに、そのまま二人は和やかに会話を始める。

「あの人って、知り合い?」

チラチラと二人を見ながら、少しかがむようにして、テオンの耳元で囁くアルザ。

 ちなみに、テオンの背丈より大分低いため、耳元で囁くにはこうしなければならなかった。

 〈知り合いというか、〉

一瞬、テオンは端末の画面のキーを打つ手を止め、少し考えたあと、続きを打ち込む。

〈ぼく達と同じ、第八支部所属のイグナーツ〉
「……あ」

画面に浮かんだ文字を見て、アルザは今までに何度か、会話にその名が出てきたことを思い出す。そして、

ーーさっきは失礼なことを考えて、すみませんでした。

心の中で謝罪した。

***

 五分後。

半ば泣き顔になっている店員に席へ案内され、イグナーツと通路を挟んで隣のテーブルに、四人はようやく座った。結構待たされたが、先ほどから、

「クソ、これで何皿目だぁ?!!」
「もう駄目だ……。今度こそ潰される……!」
「店長ーー?!早まらないで下さいーー!!」

などと厨房から悲鳴が聞こえてくるため、誰も文句は言えなかった。

 「え〜と〜、カレー中辛を四人前で!あ、普通のを」

他の三人の注文を訊かないどころか、メニューを開きもせずに、シオンが座るなり注文する。周りの様子など、清々しいほど気にしていなかった。

 店員も店員で、

「カレーライスの中辛を四人前ですね!」

と一応確認をとると、そそくさと厨房へ入ってしまった。

「……俺、何も言ってないんだけど?」
「だいじょーぶ!ここはカレーが一番美味しいから!」

初めて来店したアルザが抗議してみるも、あまり答えているとは言い難い返答をされる。諦めてアルザがため息をつく。

「それじゃ、改めて自己紹介!」

そして、周りの様子を気にしない者がもう一人。

「オレはイグナーツ。これからよろしくなっ」

白い歯を覗かせて笑う青年ーーイグナーツである。シオン並に、そして無駄にテンションが高い。

「えっ……と。アルザ・クロニエミです。よろしくお願いします」
「おうっ!!」

アルザが自己紹介をすると、イグナーツは右手を差し出した。アルザも右手を差し出す。

「あ、あと敬語じゃなくていーから。オレ敬語使うのも使われんのも苦手だし。名前も呼び捨てで」

そう言いながら、通路越しに向き合い、握手をする。決して小さくはないアルザの手が、すっぽりと収まり、ほとんど見えなくなった。

「あ、はい」
「てか、一年くらいで新人入ってくれて助かったよ……!今まで少な過ぎて手回せない任務とかあったし。それとアレの人数も……」
「……あの」

握ったまま離さずに、延々と喋り続けるイグナーツ。アルザが呼びかけてみるも、聞いていないようだった。

「……イグナーツ」

どうしようかと悩んでいるアルザの後ろから、男女の判別のつきにくい声がかけられる。

「今年こそは……て、どした?ルース」
「いい加減手を離してやれ」

右肘をテーブルにつきながら、相変わらずの無表情でルースが注意する。当然ながら、この少女に見えにくい少女の方が、見た目通りイグナーツよりも年下である。

「あ。悪りぃ悪りぃ」

ルースに言われて、ようやくイグナーツは手を離した。

「全く……。あんたは熱くなると、いつもこれだ」

呆れているのか、ため息を漏らす。ただ、その声に刺々しさは含まれていなかった。

「あはは……と、それオレっす」

ごまかすようにして、イグナーツが苦笑する。その時、ちょうど全員分の料理が運ばれてきた。

「残りは全部こっちで〜す!」

待ちわびたというように、やや腰を浮かせてシオンが手を挙げる。そして、皿が置かれた瞬間、

「いただきま〜す!!」

と勢いよく掻き込み始めた。

〈女の子なんだからがっつかない〉

その様子を見たテオンが、端末に素早く打ち込み、シオンに画面を向けるが、当の本人は全く見ていなかった。

 そんなシオンを横目で見つつ、アルザもいただきます、と口に入れる。

「……うま」
「だろ?」「でしょ?!」

思わずこぼれた呟きに、すかさずイグナーツとシオンが反応する。実際、辛さと僅かな甘みのバランスが絶妙で、やたらと美味しかった。

 カレーを食べ終わった後、通路側に座る男子三人は談笑に、女子二人はデザートに移行していた。ルースが食べているのは、クリームとチョコレートがたっぷりとかけられたパフェである。

「……食べたいのか?」

意外に思って見ていたアルザに、ルースが問いかける。

「い、いや、なんか意外だなって思って。ルースってなんとなく甘いものとか食べなさそうなイメージあったからさ」

慌てて弁解するアルザ。慌てすぎて、若干失礼ともいえることまで口走ってしまっていた。

「『想造』使ったんだろ?お前が甘いもん食うときって、大抵『想造』使った後だもんな」

イグナーツがさりげなくフォローを入れる。彼からしてみればーールースとの付き合いが長いイグナーツからしてみれば、色んな意味で微笑ましかった。


「今日は割と平和だな」


ぼそり、と小さくイグナーツが呟く。

 と、同時に。



「いやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



外から、店内に聞こえるほどの悲鳴が響いた。

「っ?!!」
「……!!」

悲鳴に驚いたアルザとテオンが立ち上がり、

「クソ、前言撤回!やっぱり平和じゃねぇ!!」

イグナーツも怒鳴り声とともに、立ち上がる。

「え、ちょっと待って、ケーキ食べ終わってな」
「諦めろ。どうせ私の奢りなんだ。すみません、釣りは良いので支払いはまとめてこれで」

遅れてデザートを食べていた二人も、動き始める。

「行くぞ!!」

と叫んで、出入り口へ駆け出すイグナーツ。しかし、

「痛ぇ?!!」

ガンッと思いっきり上の縁に、頭をぶつけた。その横を、アルザとケースを持ったテオンが走り抜ける。

「……阿呆か」
「……大丈夫?」

シオンと、店員に多過ぎる代金を押し付けたルースが店を出て、結局イグナーツが最後となった。